九球目 ③清水夏蓮パート「ちゅ、仲介者……?」
◇キャスト◆
清水夏蓮
田村信次
月島叶恵
篠原柚月
中島咲
牛島唯
東條菫
菱川凛
星川美鈴
植本きらら
May・C・Alphard
「そ、そそそそれでは、ミーティング始めまシュ!!」
週末を終えた月曜日の放課後の、笹浦第二高等学校。その一室である二年二組の教壇には、先日女子ソフトボール部の主将と決まった少女――清水夏蓮が細く短い足まで震わせていた。教室廊下側の後方には牛島唯を中心に植本きららと星川美鈴が並び、また中央列二列目には中島咲と篠原柚月、その後ろに月島叶恵。そして窓側最前列には東條菫をセンターにした、菱川凛とMay・C・Alphardでまとまり、以前キャプテン決めをした際と同じ席順で参加していた。
教員用事務机に腰を添える田村信次から温暖に見守られる中、夏蓮は今回また別の内容でミーティングを開こうと臨んでいる。しかし人前に立つことに慣れておらず、開始直後から多大なる緊張のせいで上擦ってしまった。部員たちからも配慮の目を向けられ、主将らしからぬ肩の狭さを公に晒している。
「夏蓮ガンバァ~!! アタシが着いてるよ~!」
「夏蓮ちゃんセンパイ!! Believe in yourself!」
「咲ちゃん、メイちゃん……ありがとぉ~」
咲とメイの元気コンビから声援を受けたことで、夏蓮は一度深呼吸で全身の強張り解き、改めてミーティング内容を皆に説明する。
「――突然なんだけど、今度の日曜日に練習試合のお誘いがきてるの。参加するかしないか、みんなで決めよう!」
それは、新生笹二ソフト部にとって初陣を表す、練習試合提案だった。もちろん夏蓮自身もついさっき信次から聞いた身で、部員一人も知らない招待状内容である。
「場所なんだけど、私たちの練習場所の総合公園になってるの」
「へぇ~。それなら遠征費も掛かんなくて、オレとしては助かるぜ」
夏蓮の説明に納得気味の唯が背凭れに寄りかかると、左右のきららと美鈴も頷きを返していた。どうやら三人は早速賛成のようだ。
「時間は、午前中のみを予定してるの。相手チームの都合もあって、できるのは一試合だけなんだって」
「あたし午前中だけなら、椿に留守番してもらえれば大丈夫かもです」
今度は頼れる弟の名を呟いた菫が頬を上げ、隣の凛とハニカミを交える。
「Oh! It's a nice idea.帰りが遅くならなければ、ママにも怒られずに済みマスネ!」
また、厳しい門限を設定されているらしいメイもガッツポーズまで決め、一年生三人組も練習試合への挑戦意思を示してくれた。
ここまで誰かに反対されることもなく進められている。夏蓮は徐々に表情のゆとりを浮かべ、残る三人の気持ちへ踏み込む。
「……とまぁ、ざっくり言うとこんな感じかな。咲ちゃんと柚月ちゃんと叶恵ちゃんは、どうかな?」
中央列の三人の賛成を得ようと、内気な夏蓮は自ら質問を煽る。まず咲からは爽快に、
「モチのロン!!」
と立ち上がり、盛大ながら受け入れてくれた。しかし、柚月は考え込んだ頬杖の姿に移ろい、また叶恵からは怪訝な細目を向けられた。何かに恐れを抱く、眉間の皺まで浮かべて。
『二人はあまり、望んでないのかな……? 特に、叶恵ちゃんは……』
「……てかさ、その対戦相手はどこなのよ?」
先に鳴らしたのは、腕組みを続ける叶恵だった。厳しく睨んだ目付きが顕在で、夏蓮が見せたせっかくの前向きさも衰えていく。
「そ、それは……その……」
「なによ? 勿体振ってないで、早く言いなさいよ?」
「う、うん……」
口角に微動が走った夏蓮は思わず、スカート裾をギュッと握り締める。恐らく叶恵からは反対される可能性があると、抱きたくもない確信があったからである。この時期にこの相手となれば、彼女にとって悲壮なデジャブ以外何物でもないために。
『私も不思議なんだよ……。なんで対戦相手が、寄りにも寄って、このチームなのか……』
面は落ち込み、夏蓮はいつしか叶恵ではなく、自身の擦りむいた膝に目を落としていた。
確かに、練習試合を早くやりたい想いは胸にある。創部開始からは一ヶ月経たぬ現在とはいえ、現時点での立ち位置が気になるところだ。全員が未経験者という訳でもないだけに、また短い期間ながらも辛い練習を乗り越えてきたのだから。対外試合には、すでに準備が整っているつもりだ。
『でも、相手が相手なんだよね……』
誘い込んできた相手の名を知れば、きっと叶恵が一番苦めるかもしれない。また県内で優秀な一チームでもあり、仮に惨敗したら、部員たちが離れていく危惧まで想像着いてしまう。夏蓮自身は経験していない、一年前のように。
『いい機会だとは思ったけど、断った方がいいかな……?』
「その、相手は……」
無気力な声に変わってしまった夏蓮は、俯きながら言葉を落とした。緊張の汗と共に吹き出た固唾を飲み込み、尋問者の叶恵へ相手チーム名を明かそうとしたが。
――「筑海高校だよ! 去年、月島のソフト部が戦った相手さ」
「――っ! せ、先生……」
夏蓮の代わりに事務机から答えたのは、紛れもなく顧問の信次だった。言いづらかった台詞を代弁してくれたことは良いのだが、対する叶恵の想いが気になり、すぐに当事者に目が渡る。
「――っ! ……な、なんでよ?」
「叶恵ちゃん……」
やはり叶恵は驚愕の見開きを放っていた。机上の騒音を経てて起立し、信次に鋭く尖った目をぶつけ始める。
『やっぱり、そうだよね……叶恵ちゃん』
叶恵と信次の静かなる対面が続き、やがて二年二組に不穏の空気が漂う。夢見る少女の一方的な睨みと、逞し気な男性の挑発的な微笑みが対峙しながら。
しかし、夏蓮は叶恵の荒ぶる内心を察していた。きっと怒っているに違いない。相手が筑海高校となれば、練習試合など放棄するつもりなのだろうとまで。
『――だって筑海高校は、去年叶恵ちゃんが創った笹二ソフト部を、惨敗させた強敵だもん……』
一年前、旧笹二ソフト部員たちの興味を抉り取ったと告げても過言ではないチーム――茨城県立筑海高校。部費横領問題の末に廃部となった叶恵のソフト部だが、退部員の原因の一つを招いた相手でもある。
そんな相手との再戦など、叶恵はきっと受け入れてくれないだろう。隣の柚月がスマートフォンを取り出していたことも視界に入ったが、夏蓮はひたすらに相対した二人にセミショートボブを振らす。
「どうした月島? 再戦できることは、嬉しくないかい?」
まずは信次から、希望垣間見える瞳で叶恵に投げる。
「チッ……てか、どうしてよ? どうして筑海が……どうして宇都木監督が、私らなんかに練習試合の申し出を……」
どうやら筑海高校の監督らしき苗字を挙げた叶恵だが、信次の言った嬉しさなど全く抱かないしかめ面だった。戸惑いもあるためか俯き、視線の代わりに自身の経験談を交える。
「……私らのときは、コッチから無理言って、わざわざ練習試合やってもらったのよ? ただでさえ県内の御手本的なチームだからね。それなのに、なんで今回は……もしかして、アンタがお願いしたの!?」
怒号と共に叶恵の剣幕が再び上がるが、向かった先の信次は表情を変えぬまま首を左右に振る。
「ボクは何もしてない。練習試合のお誘いを受け取った側だから、もちろん断ることもできるよ」
やはり筑海高校側からの提案らしい。よくよく考えれば、ソフトボール未経験並びに新任教諭の彼だ。練習試合の申し出など、到底できそうにない。
『だとしても、どうして筑海高校からお願いしてきたんだろう……?』
夏蓮は二人の相反した表情を見つめながら、不思議に思っていた。筑海高校の高いレベルを考慮すれば、むしろ出来立ての自分たちが依頼するはずなのに。叶えられそうにない、嘆願まで叫んで。
「……ねぇ先生? ホントに筑海高校が、練習試合をやりたいって言ってきたの?」
根拠が見出だせなかった夏蓮はつい、信次を叶恵から振り向かす。しかし返されたのは意外にも、二重否定となる左右への首振りだった。要は、笹二ソフト部がお願いした訳でなければ、筑海ソフト部も誘った訳でもないということだ。
「今回はね、ボクらを結んでくれた仲介者がいたんだよ」
「ちゅ、仲介者……?」
「誰よ? その、仲介者って?」
瞬きを繰り返した夏蓮に続き、瞳を尖らせたままの叶恵が正体を求めた。両者を繋げた発想――イタズラとも捉えられる――を提唱した相手とは一体誰なのか。
その真相を存じる者こそ信次のようで、深く頷いてから夏蓮に一目放り、改めて叶恵に向かって明かす。
「――ボクらの校長先生だよ。清水秀校長先生さ」
「お、おじィ~ちゃんがッ!?」
仲介者の正体とは、笹浦二高学校長でもあり、夏蓮の祖父でもある存在――清水秀だったのだ。共に暮らしている家庭では一切聞かされていなかったため、慣れない大声を裏返してしまった。
信次の笑顔を見せらたことで、本当に秀が練習試合の提唱者のようだ。実際にソフト部のために行動を起こしてくれたことは、孫娘としてもたいへん快い。が、なぜ相手を筑海高校に選出したのかと、感謝よりも不審な想いが深さを増す。校長の祖父ならば、去年の悲壮的事態を忘れた訳ではあるまい。一年前の出来事を繰り返すような、イタズラ染みた試合設定だと感じざるを得ない。
しかし信次からは相変わらずの微笑みと頷きを返され、仲介者が決めた根拠を述べる。
「筑海高校の監督さんとは、昔ながらの知り合いらしくてね。それで今回、校長先生自ら、笹二ソフト部のためにお願いしてくれたんだよ。去年の二の舞にならないようにっていう、気持ちも込めてね!」
「おじいちゃん……私たちのために、そこまで……」
未だ正式な部として認められていない、笹浦二高女子ソフトボール部。愛好会程度の集団だと判別されているため、学校側からの部費は皆無。また部室も付与されていなければ、練習道具だって体育倉庫から拝借している現状だ。
『でも、おじいちゃんはやっぱり、味方してくれてるんだ……』
発展途上にも満たない、未発達なクラブ否めない、新生笹二ソフト部だ。しかし、校長の秀は少なくとも見守ってくれていることがわかる。
思い返せば、信次と共に校長室へ入ったあの日、秀は夏蓮の創部案を否定する間もなく認めてくれたのだ。教頭先生の目も危惧していたことだろう。それでも受け入れてくれた祖父は、やはり創部当初からの一応援者として明らかだった。
『ありがと、おじいちゃん……』
正直恥ずかしいあまりで、声に出せるような台詞ではなかった。たとえ本人が目の前にいなくても、つい制服袖口を握り締めるほどに。
夏蓮は心の声として止めたが、確かな感謝の想いに耽る。それは秀が自分たちに、初の練習試合となる機会を与えてくれたこと――だけではなかった。なぜなら、信次が伝えた“去年の二の舞にならないように”という言葉をヒントに、孫娘は祖父の真心まで察していたからである。
『――私たちに、絆を試す機会もくれて……』
いづれ必ず直面する困難を乗り越える鍵――絆の強さを確認してくれと、夏蓮は秀の根本的心理をそう汲み取っていた。大敗しても部員として続けてくれるであろう、最高の絆で結ばれた仲間たちと共に。
すると夏蓮は眉を立て、提案反対姿勢の叶恵を目に映す。秀の期待に応えなければと、今度は小さな手のひらで勇気を握る。
「叶恵ちゃん! 練習試合やろうよ!」
「夏蓮……」
「去年みたいになんかならないよ、きっと! 私たちなら、みんなといっしょなら、大丈夫だよ!」
「……」
叶恵は黙ってしまったが、それも無理はない。去年の退部員を目の当たりにしているのは彼女だけなのだから、苦悩して当然だ。しかし、夏蓮はひたすらに賛成の応答を待ち望んでいた。選手としては一番最初に入部してくれた、もう一人の発起人の一声を。
――「やっぱそうだ! 筑海でやってるんだぁ!」
「え? 柚月ちゃん?」
すると突発的に、先ほどからスマートフォンを使用している柚月が立ち上がった。どうやら調べものを行っていたようだが、美白に覆われた頬の上がりからは嬉しさが見て取れる。ドSな彼女がよく見せる笑みではなく、きらびやかで無垢な笑顔だ。
「お願い月島さん! 私からも、練習試合の賛成頼むわ!」
「な、なんでアンタまで……」
「フフ! 実は筑海にね、私たちの旧友がいるのよ!」
「旧友……?」
練習試合に賛成を煽る姿は良しとして、愉快に満たされた柚月の言葉には、叶恵だけでなく夏蓮も反応して首を傾げた。
一体誰が在籍しているのだろうか。はたまたその人は自分にとっても昔からの知り合いなのだろうか。
気になってしまった夏蓮は換わって柚月に問いかけようとしたが、すぐに丸く開けた瞳を合わされ、横に伸びた誘惑の唇から飛び出す。
「――穂乃よ! 穂乃も今、筑海でソフトやってるんだって!」
「穂乃って、穂乃ちゃんが筑海ソフト部にいるの!?」
夏蓮の驚愕の後には咲も、
「マジマジマジ~!? 涼子ちゃんがキャプテンに選んだ、あの穂乃がァ!!」
と高らかな笑顔で歓喜していた。なぜなら三人にとって、確かに旧友である一人の少女名を聞き取れたからである。
『――花咲穂乃ちゃん……。私たちが小学生のとき、いっしょにソフトボールクラブでガンバった戦友だ。……懐かしいなぁ~!』
その少女はかつて、同級生の夏蓮たちが在籍していたソフトボールクラブ―――笹浦スターガールズのメンバー、且つ六年次にはキャプテンも務めていた戦友――花咲穂乃である。別学区を理由に中学から音沙汰が無くなってしまったため、久方ぶりの名前だった。
練習試合を行えば、五年振りの再会を果たせることになる。あとは、残る一人の叶恵さえ納得してくれれば……。
「……わかったわ。アンタたちがそこまでやりたいって言うなら、私も賛成するわよ……」
「ありがと~叶恵ちゃん!!」
「フン! 再戦、受けて立つわ。……去年と同じようには、絶対にさせない……」
部員一人一人の顔を窺い回った叶恵は厳しい表情のままだが、夏蓮は全員賛成の結果を得られたことに、正面からは見えない教卓裏で小さなガッツポーズを決めていた。
『筑海高校との練習試合、楽しみだなぁ~!!』
部としては、初めての対外試合が行える。また夏蓮たちとしては、懐かしい旧友と再会できるのだから。
見届けていた信次も嬉しそうに笑う中、第二回ミーティングの幕が降りた。筑海高校との練習試合は六日後の日曜日に決行が定まり、部内の意識は高まりつつあった。喜びから生まれた気合いに満ち溢れ、明日からの練習も前向きに活動していけそうだ。
ただ一人、どこか晴れてない様子の叶恵だけを除いて……。




