一回表エピローグ◇みんなで待ってるから―清水夏蓮◆
ニャプコンゲームセンター。
柄の悪い利用者が増える夜の時間帯ではあるが、バッティングセンターも併用されているため、高校球児や少年団などにもよく利用されている一娯楽施設だ。しかし今夜からは、普段見慣れない一人の少女が自動ドアを潜る。
『……よ、よしっ!』
入り口の前に立っていたのは、つい先ほどチームキャプテンに選ばれた、笹浦二高ジャージ姿の清水夏蓮だ。相変わらず、自分には相当の能力が無いことを感じているため、今日からバッティング練習を目的に通い詰めようと決めたところである。
意気込みながらバッティングコーナーへ向かい始めると、まずはUFOキャッチャー、次にパチンコスロットなどのメダルゲーム、最近流行っているオンラインカードゲームなどが並び、大きなサウンドが耳に入ってくる。パチンコスロットに夢中になっている男子高校生。大人数でプリクラマシンを占領する女子高生。タバコを何本も灰皿に置いてテーブルゲームする中年男性など、夏蓮にとっては全く縁がない、居心地の悪い場所ではあった。
そんな夏蓮は早足でバッティングコーナーに進入すると、ゲームセンターの音が遮断されているこの空間で、一度安堵の一息をつく。変なトラブルにも巻き込まれずに済み、一先ず気が安らぐ。
――バシィィッ!!
「ん……?」
突如夏蓮の耳には、バッティングセンターでは聞き慣れない物音が響いた。本来なら打球音、もしくはピッチングコーナーで的に当たったときの衝突音が聞こえてくるはずだ。しかしさっきから挙がっている音は明らかにグローブでの捕球音で、珍しい利用方法否めない。
夏蓮は思わず音源の方角を覗いてみると、ネットで仕切られた端のバッターボックスで二人ほど利用者が目に映る。
ただ不思議なことに、二人の女子は同時にボックスへ臨んでいたのだ。内一人は制服纏って右打者を演じており、またもう一人はキャッチャーレガースからマスクまで備え、ホームベースを正面にしてしゃがみ構えている。
『もしかして、キャッチャーの練習してるのかな……?』
捕手に打者が指導する様子からは、どうやら捕手の練習だと窺える。しかし夏蓮にはやはり気になる光景で、僅かにも聞こえる会話に恐る恐る耳を傾けてみる。
「……うん。大分よくなってきたわね。じゃあ次は、バントの構えをされたときの捕球練習よ」
「……」
「ん? なにボーっとしてるのよ?」
「……いや。スカートの下、ハーパンかぁ~と思って」
「内容変更。今からバット受け止め練習にするから」
「ご、御勘弁を!!」
『あれ……? もしかして……』
会話の内容など大した物でなかったが、夏蓮は聞き覚えのある声に見慣れたやり取りだと受け取った。自ずと二人の利用者に近づいていくと、やはり予想通りの相手だったと確信し、嬉しさと意外を込めた叫びを轟かせる。
「――柚月ちゃん!! 咲ちゃん!! 二人も来てたんだぁ!」
「あら、夏蓮じゃない!」
その相手たちは言わずもがな、まず一人は、一旦打席から離れて振り向いた制服女子――篠原柚月。
「夏蓮だ!! ヤッホ~!!」
そしてもう一人は、マスクを外して眩い笑顔を向けてきたキャッチャー――中島咲。
両者も同じ施設に来ていたことには夏蓮も驚き、呆然としたまま立ち固まってしまう。
「二人とも……もしかして、ここでも練習してたの?」
夏蓮の質問に頷いた二人からは、どうも以前からこの場で、咲のキャッチャー練習を行っているそうだ。現捕手に選ばれた咲に、元捕手だった柚月が付き合っているという形態だ。
「あ~あ。アタシたちの秘密の特訓、夏蓮にバレちゃったなぁ~」
「フフ。別に隠してた訳じゃないでしょ?」
なぜ咲と柚月がここで練習していたのか、夏蓮はもちろん知らなかった。まだ未知なる捕手に馴れることを目的に努力しているのだろう。
「二人とも、さすがだね。学校以外でも練習してて」
「違うよ夏蓮!! これはアタシと柚月の、秘密の特訓なの!!」
「と、特訓?」
しかしそれはあくまで練習であり、特訓までには至らない目的だと咲は叫んだ。確かに、放たれる球速が高速に設定されていることから、いくら捕球練習にしては初歩的ではない。
だとすれば、秘密の特訓と呼べるほどの目的は何なのだろうかと、夏蓮は改めて聞きだそうとした。すると想いを察してくれたのか、立ち上がった咲が自ら答えを明かしてくれる。
「――梓に、本気で投げてもらうためだよ!」
それは、未だ部に入っていない少女――舞園梓のためを考えた特訓だったのだ。最高の絆で結ばれた、一人の仲間のためを思ったが故の、輝く目的意識そのものだった。
「咲ちゃん……梓ちゃんのことまで、考えてくれてたんだね」
「アタシだけじゃないよ! 柚月だって考えてるもんね!」
咲の声と視線にも煽られ、夏蓮は次に柚月へ目が渡る。以前は梓の入部に反対していた彼女だったが、今は得意気な微笑みで頷き認める。
「――梓が入部って初めて、私たち笹二ソフト部でしょ? だって、みんな待ってるんだから、梓のことを」
「柚月ちゃん……うん!」
夏蓮は逞しい返事で応答すると、自分も努力しようも隣のバッターボックスに身を運ぶ。
『辛いこと、苦しいこと、この先もっと多くなると思う。仲間の数だけ、仲間の絆の本数だけ、悩みの種はきっと増えるはず……』
グリップがボロボロで、たくさんの凹みが窺えるバットを持ち、まずは何度か素振りを試す。
『でも私たちには、その分だけ強くなれる希望がある。人は仲間の数だけ強くなり、さらに絆の強度が増して、どんな困難だって乗り越えていけるんだ』
やがて一息つくと、夏蓮は貴重な百円玉を投入し、右打席に立って挑む。
『だから私は、諦めたりなんかしたくない。例え茨だらけの道だとわかっていても、その先で望む未来があるなら、歩きたい……』
投球マシンからは作動開始の機械音が鳴らされ、いよいよバッティング練習が始まろうとしていた。野球投手の映像も浮かんだ画面の小口から、投球モーションと合わせてボールが飛び出てくる造りだ。
『未来がどうなるとか、正直わからない。もしかしたら、運命はすでに決まってるかもしれないし……。それでも、私は挫けずに進んでいきたい。だって、私のそばにはたくさんの仲間がいてくれるから』
膝を少し折り曲げ、夏蓮はグリップをしっかりと握り締め、狭い肩にバットを一度乗せる。
『――最高の絆で結ばれた、仲間たちが。もちろん、梓ちゃんだってその一人だよ』
ふと部員たちの顔――月島叶恵と牛島唯、植本きららに星川美鈴、東條菫と菱川凛からMay・C・Alphard、そして咲と柚月を脳裏に浮かべながら、夏蓮はバットと眉を立てる。
『だから待ってるよ! 私も、みんなといっしょに!』
そして、放たれようとするボールに向かって、夏蓮は勇ましく構えてみせる。
『――みんなといっしょなら、大丈夫! そう信じてるから!!』
――バジイ゛イィィィィン!!
「へ……は、速くない……?」
高まった気合いも束の間、あまり衝撃音で後方ネットに当たった速球に、夏蓮はバットも振れず立ち竦んでしまう。
ふと設定を確認してみると、高速ランプが点灯していたことから、機械の誤作動ではないようだ。しかし自分で設定した覚えがなく、眉を潜めながら低速に戻そうとボタンを押した。
「フフフ……」
「柚月ちゃん? ……っ! うぅ~」
すると、ネット裏でお腹を抱えながら笑う柚月が見えたことで、夏蓮は怒りと共に真実を知ることができた。なぜ覚えのない高速設定になっていたのかを。かの有名なドSマネージャーを目撃したが故に。
「柚月ちゃんのイジワルゥゥゥゥウ!!」
どうやら笹浦二高女子ソフトボール部の主将には、余裕の二文字はまだまだ遠く掛け離れた概念に思える。失敗を何度も繰り返し、もはやカッコ悪さまで窺えるほどだ。しかし、何とも清水夏蓮らしい始まりを迎えられたことは確かで、その夜のバッティングコーナーは普段より騒がしかった。春に訪れる、星が瞬いた夜空の下で。
◇一回表 終了◆




