八球目④咲→信次パート 「ナイスボール!!」
◇キャスト◆
中島咲
月島叶恵
牛島唯
東條菫
菱川凛
星川美鈴
清水夏蓮
植本きらら
May・C・Alphard
篠原柚月
田村信次
大和田慶助
「これがレガースかぁ……。なんか動きづらいし、変な感じぃ~」
「経験者とはいえ、咲は今までファーストばっかだったからね」
笹浦総合公園ソフトボール場ベンチ付近では、中島咲が篠原柚月の手も借りながら、黒のキャッチャーレガースを身に付けているところだ。体育倉庫より拝借したもののせいか、点々と拡散した白の石灰が目立つが、汚れを気にせず両脚と胴体、そして鍔無しの捕手ヘルメットを身に付けていく。
「これでよしと! じゃあ咲。ムードメーカーのアンタに、キャッチャー任せたわよ?」
「勿の論!! 張りきって、行ってきまァァす!!」
本音としては、初の装着には違和感ばかりを覚える。両脚の締め付けに屈伸を抑制した働きが生まれ、胴体も走る度に揺れて顎に当たる。が、咲は得意の前向きスマイルを絶やさず、左利きノッカーの月島叶恵が立ち待つバッターボックスへ駆けていった。相反した険しい表情が窺えるが、お転婆娘はそれも気にしない。
「おまたせ~!! アタシはオッケーだよ!」
「時間掛かりすぎよ~もぉ~……まぁいいわ。追々、早くしなさいよ?」
「ガッテン承知でヤンス!!」
敬礼した咲をきっかけに、叶恵の視線が内野へと向かう。先ほど柚月から決められた通り、サードには仁王立ちの牛島唯、ショートには腕のストレッチを行う東條菫、セカンドには大きなグローブの底を覗き込む菱川凛、そしてファーストにはサード方向をじっと眺める星川美鈴が、それぞれのポジションに着いていた。個性がばらつく中、ついにフィールディングが始まる。
「それじゃあいくわよ!! まずはバックホォォム!!」
叶恵がメガホン不必要な轟きを上げると、まずはサード方向にボールを打つ。カキーン!! と低く鋭い打球は地面を這いながら唯に近づいていくが。
「ち……ちょっとサード!! なにボケ~っと突っ立ってるのよ~!!」
「えっ!? なに!? これってオレから始まんの!?」
どうやら唯は、サードが最初に自分に受けると思っていなかったようだ。さすがに咲も苦笑いで精いっぱいだが、ガニ股の叶恵はすでに怒り有頂天に達している。
「当ったり前でしょうが!! もう一球行くわよ!!」
「ったく……不意討ちなんて卑怯だっつうの……。なぁ東條?」
「不意討ち~、だったんですかねぇ……?」
ショートの菫にも苦笑いをもたらした唯は不貞腐れ気味だが、改めて叶恵から再び打球を飛ばされる。すると今度はしっかり反応して正面に入り、捕球しようと開いたグローブ先を地に着ける。
「んなッ!?」
――ボゴッ!!
「――ッ!! 牛島さん大丈夫!?」
しかし咲も驚いた打球は、バウンドが急変したイレギュラーと化し、構えていた唯の腹部に直撃してしまった。痛々しさ感じさせる鈍い音が聞こえ、他の内野陣からも注目を集めるが。
「平気平気~! 顔じゃねぇなら問題ねぇよ」
唯は至って平然としている。痛がった様子も全く見受けられず、むしろジャージに着いた泥に嫌気が差してるようで、右手のひらで払っていた。
『牛島さん……良かったぁ~』
「こらっ!! すぐにキャッチャーに投げなさいよ!!」
咲の安堵も束の間、叶恵に怒号をぶつけられた唯は舌打ちを鳴らしてから、地面のボールを拾い投げる。
――バシッ!!
「オッケー!! 牛島さんナイスボールだよ!!」
強い送球が胸元に決められ、咲の表情が咲き誇る。どんなプレー中でも、エラーした後が肝心であるため、やり通した唯に親指を立てて誉め称えた。
「サンキュー中島! でも今のじゃ、ちっと納得できねぇかな」
「コッチだって同じよ~!! サードもう一本ッ!!」
「つ、月島さんコワ……」
あの咲も黙る、憤怒の鬼と化した叶恵はバット先と歯ぎしりをサードに見せ、再び厳しいゴロを打ち込む。
しかし今度の唯はグローブにしっかり収めることができ、右足から踏み込んだステップの勢いで投じる。
――バシィッ!!
「ナイスボール!! 牛島さん完の璧だよ!!」
「へへっ! どんなもんじゃい!!」
周りの部員たちも唯を誉め称え、特にファーストに美鈴からは、
「さすが唯先輩っす!!」
と、誰よりも飛び抜けて万歳を繰り返していた。
一つのプレー成功に皆が喜び分かち合う姿が、咲が見守る内野陣営から揃って放たれる。初めてのフィールディング練習にしては、もはや上出来だと思える流れだが、やはり隣でバットを下ろした鬼軍曹は顕在だった。
「できるなら最初からやりないよ!!」
「チッ、元はといえば、お前の不意討ちから始まったんだろうがよ! なぁ東條?」
「ん~ですかねぇ……」
一打目のときも同じようなやり取りが三人で演じられた。
しかし、咲としては良い雰囲気の中で行えていると感じ、心から微笑むことができた。声だけ聞けば、唯と叶恵のケンカだとも捉えられる音響だが、二人は決して仲が悪い訳ではない。なぜなら彼女たちの最後に見せるハニカミが、確かに見受けられたからだ。
『最後には笑って、みんな楽しそう。月島さんも、牛島さんも、何だかんだで東條さんも!』
怒号をぶつけ合う二年の叶恵と唯も、最後には雄々《おお》しく笑う。また一年生の菫が苦笑するも、下がった眉が上昇していた。少し荒々しいやり取りなのかもしれない。が、これはこれで一つのまとまりが生まれたように思え、眺める咲まで元気がもらえる景色だった。
『何の意味もないやり取りかもだけど……こうやって、繋がっていくんだよね』
咲は唯と菫の交じり合いを見つめながら、ふと大切な先輩後輩関係を思い出す。それは言うまでもなく、転部した今でも愛してやまない存在だ。
『アタシと涼子ちゃんも、あんな感じで繋がったっけなぁ~』
咲も小学生時代、今の唯も菫のように、泉田涼子と初めて会話した日を覚えている。笹浦スターガールズに所属してから間もなくの出来事で、ドタバタしていた自分を、先輩は接してくれた。
しかも、同じこの地で。
「……じゃあ次はショートね!!」
「はい!! お願いします!!」
咲の大声を起点に、今度はショートの菫に打球が飛ぶ。相変わらず低く速い軌道を辿った叶恵のゴロが、遊撃手の正面に襲い掛かる。
しかし菫は一発目からしっかりボールを見つめつつ低姿勢を保ち、リズミカルに足を動かしながら、見事にキャッチしてみせる。すぐに持ちかえたボールを投じ、唯と似た速球が咲の胸元に向かう。
――バシッ!!
「ナイスボール!! 東條さんスゴ~い!! 一発クリアだよ!!」
「お~! 東條やる~!」
「ありがとうございます! 中島先輩!! 牛島先輩!!」
捕球してからの後処理も問題無し。文句一つ言わせぬ、菫の健全な守備には、咲を始めに唯、凛や美鈴からも拍手と声援が湧いた。本当に未経験者なのか疑わしいくらいに、無邪気に笑うショートの右手からは、喜ばしさを相乗させるピースが放たれていた。
『そういえば、涼子ちゃんにも同じことされたなぁ~』
スターガールズ時代の練習をふと思い返せば、咲がファーストを守っていたとき、ショートは紛れもなく涼子だったのだ。上級生とはいえ、学年一つしか違わない先輩のプレーはいつも全力懸命で、ボールを放たれる度に輝いて見えた過去を覚えてる。
『アタシがナイスボールっていうと、涼子ちゃんはいつも嬉しそうにピースしてくれた。今の東條さんみたいに、スッゴく喜んで』
練習中にも関わらず咲が懐かしさに浸る一方で、ノッカーは次にセカンドの凛に打球を飛ばした。相変わらずの強く速いゴロだが、菫のように軽やかに動きキャッチし、投じたボールは速くなかったが、しっかりと咲の胸にまで届く。
「ナイスボール!! 菱川さんもグッジョ~ブ!!」
「凛やるじゃ~ん!!」
「菫の真似、しただけだよ」
菫にも歓声を受けた凛は落ち着いていたが、僅かに上がった頬が発見でき、色白がほんのり赤みを帯びていた。当初の予定では別ポジションのはずだった彼女だが、打球反応に捕り方、ステップの踏み込みから送球まで正確で、問題点は今のところ見当たらない。
『一つのプレーを、みんなで喜び分かち合う……そうだよね。だってそれが、チームスポーツに欠かせない、チームプレーだもんね!』
「……次はファーストだよ!! 星川さん行くよ~!!」
「よろっす~!!」
咲の一声に答えた美鈴にも、叶恵から執拗染みたゴロが放たれた。どうやら未経験者であろうとも、打球強度とは関係ないようだ。
美鈴は膝を折ることで低い体勢を整え、真正面より捕球しようとグローブを開く。しかし、一度収めたはずのボールはグローブから飛び出て落球してしまう。
「アア゛ッ!! ゴメンなさいっす!!」
「謝らないで星川さん!! 送球はオッケーだから、次に集中だよ!!」
唯と同じように美鈴の後処理も無事に行われ、咲はにっこりと明るげに接した。まるでエラーを帳消しにするかのように励ましたが、やはり短気ノッカーは黙っていられない様子だ。
「だ~か~ら!! 無駄なエラーしないでって言ってるでしょ!? 掴むことなんて何回もやってきたんだから、できない訳ないでしょうが!!」
「美鈴~! あんまりうるせぇ幼女のこと気にすんなよ~! お前の精いっぱいは、コッチから見てるオレでもわかっから~!」
「ゆ、唯先輩……」
「だ、誰がチビじゃァァア!!」
ワンアクション多いフィールディングではあるが、二球目を放たれた美鈴は唯の応援もあってか、今度は確とグローブに収める。もちろん後の送球まで集中して躍動し、咲が受けたミット音が更に増していた。
『エラーしたら、みんなで励まし合う……それだって、チームワークだよね』
成功でも失敗でも、チームスポーツでは決して一人にならない。みんなと同じグランド上で、同じ空の下で、同じ部で活動しているのだから。集団で行う全てに、チームという言葉が加わる限り。互いの声が、響き渡る限り。
別競技だとはいえ、長年集団スポーツを経験してきた咲には、笹二ソフト部も既にチームとして成り立っていると感じていた。それは小学生時代活動した笹浦スターガールズと、また中学から始めたバレーボール部とよく似た、活気溢れる球団だと捉えられる。
『――涼子ちゃん……アタシ、こっちでもガンバれそうだよ。バレー部にいたときと同じくらい、仲良くなれそうな仲間たちが、たくさんいるから』
全守備位置を眺められる捕手のポジションで、咲はそう思っていた。
数回繰り返されると叶恵より、
「オールファースト!!」
と叫ばれ、次は捕球後にファーストへ投じる形態に移る。サードの唯は得意の力で強肩を魅せ、ショートの菫も広い守備範囲を示し反応していた。また意外だったのは、ファーストの美鈴が猛ダッシュでバント処理をする際、セカンドの凛が欠かさずベースカバーに入っていたことだ。本人からは、
「テレビで観たから……」
と当たり前そうに告げられたが、たとえ経験者でも忘れてしまう動作だけに、咲と叶恵も驚きを見せていた。今考えてみれば、内野手は皆未経験者だというのに、もはや経験者顔負けのフィールディング内容である。
サード唯の、怪力が顕な強気プレー。
ショート菫の、軽快にさばく万能プレー。
セカンド凛の、豊富な知識を活かした的確プレー。
ファースト美鈴の、全力で打球に飛び付くガッツプレー。
『内野のみんな、スゴいなぁ。……あ、そういえば……』
ふと思い出したように、瞬きを繰り返した咲は、経験者二人を含む外野手たちを探索し始める。レフト方向に向かう。
「……あ、アハハ~……」
レフト方向に思わず苦笑いを吹き出した咲には、三人の外野組――清水夏蓮と植本きららにMay・C・Alphardらの変わり果てた姿だった。芝生上でうつ伏せの状態からスタートし、顧問の田村信次に遠くへ投じられた飛球を、即座に起き上がって捕球する練習のようだが……。
「みんな……ダイジョウブなのかな~?」
「平気でしょ。外野は篠原に任せてるんだから」
「うん。それって余計ダイジョバないよね」
ホームベース付近の叶恵に囁かれた咲だが、遠くから心配目でもわかるほど、夏蓮たちは疲弊していることがわかる。練習開始から十分も経っていない気がするが、三人に暇の瞬間も与えない連射を窺えば無理もない。やはり柚月の恐怖監察の下で行われており、やがてうつ伏せではなく、仰向けで倒れるように移ろいでいた。
「ハァハァ……なにこれ、死んじゃう……死んじゃうよ~お~……」
「にゃあ~……。何だかきららは、とっても眠いにゃあよ~……」
「ハァハァ……Oh my god.艱難、汝を玉にす。……これを乗り越えればワタクシも、nice bodyになれるのデショウカ……」
後に外野も加えたフィールディングに変わるが、三人の動きは果てしなく鈍かったことが確かだ。レフトのきららは、ゴロを後ろに逸らすトンネルばかり。センターのメイは、捕球するも弱い送球で内野に届かず。そしてライトの夏蓮は、何度も転んでいた。
◇みんなのキャプテン――栄光の扉、開くとき◆
笹浦二高昇降口前。
時刻は午後七時を回り、完全下校時間を越していた。数々の部活動生徒たちが練習を終え、次々に夜の帰宅道へと歩んでいく。
「それじゃあみんなお疲れさん! また明日!!」
明かりにも劣らぬ笑顔を灯した信次は、同じく正門から出ていく笹二ソフト部のみんなを見送っていた。叶恵とメイはそれぞれ急ぎ足で消えてしまったが、菫と凛は隣り合い、唯と美鈴にきららに関しても会話を弾ませて進んでいく。また咲と柚月、そして夏蓮の三人は仲睦まじい様子で横並びし、ついに各々のグループが異なる帰路を辿っていった。
『ホントに、みんなよくガンバってるなぁ』
彼女たちの疲れた様子は、乱れた後ろ髪から見受けられるほどだ。帰りのランニングの際でも、学校に到着できた皆がしばらく動けなかったくらいで、本日のメニューは相当苦しかったはずだ。
それでもみんなは、“また明日ね!!”と告げ合い去っていった。それはたいへんな部でも辞めないという意思表示そのもので、顧問の信次にとっては嬉しすぎる帰りの言葉でもあった。
『ボクも、みんなを見習わないとなぁ……』
正直今日の練習では、叶恵と柚月が先頭に立って部員らを指示していた。しかし一方の信次は指導もできなければ、大した手伝いもせずに終えてしまったことが否めない。せいぜい荷物運びで運転したくらいで、内心的には己の弱さに羞恥を覚えるばかりだ。
『ガンバらなきゃ……ボクだって、ソフト部の顧問なんだから』
未だにノッカーも果たせない信次は一度深呼吸を放ち、まずは職員室へと向かおうと動き出す。教職員用の下駄箱から自身の上靴を取り出したが、ふと入口前に一台の白ワンボックスカーが停車したことで、同じように停止してしまう。
『あれ……もしかして届いたのかな?』
そう思った信次は結局履き替えぬまま、車を観察しながら昇降口前へ再度現れる。
目の前に停まった車のドア部分には“虹色スポーツ”と、カラフルな丸みを帯びた字体描かれていたが、すぐに運転席のドアが開かれる。
「ちわーっす、虹色スポーツっす。受け取りお願いしまーす」
「こ、こんばんは!!」
すると低いトーンの持ち主である男性が、会社用ロゴ付き制服姿で登場した。素顔を窺えないほど深々と帽子も被っていたが、運転手は早速荷台から大きな段ボール箱を三つ取り出し、信次の足元へ黙々と置いていく。
「……」
「あ、あの、注文した田村と申します。お忙しい中、ありがとうございます!!」
「へっ、やっぱりそうか……」
「ほい……?」
まるで届け先者の予想が当たったと思わせる、得意気な口振りだった。改めて注視した男性は運び終えると信次の目の前に立ち、帽子の鍔を摘まんで素顔を公にする。
「よう! 久しぶりだなぁ信次。元気だったか?」
「え……うそ……」
童顔な信次とは掛け離れた歳だと思える男性だが、ヤンキー口調のまま、恐さを秘める尖った瞳で合わせてきた。
無精髭残る顎の先端を向けられ、雄々《おお》しい挑発的態度だとも捉えられるが、正体を知れた信次は満面の笑みを型どっていく。
なぜなら彼は、信次にとって唯一無二の親友だったからである。
「――慶助!! 大和田慶助じゃんか!!」
信次の輝き増した瞳に映ったのは、小学生時代に出会った同級生―――大和田慶助だ。信次と同等の背丈は筋肉質の逞しさが窺え、男にしては長い髪を結ぶことで、半透明な細眉を公にしている。
長年連絡が途絶えていたため、思い返せば十年近い久方ぶりの再会が訪れた。
「うぉ~慶助だぁ! やっぱり慶助だぁ!!」
「ったく、うるせぇなぁ……。まぁ、それが信次らしいっちゃらしいけどよ……へへ」
喧しく感じた様子の慶助からは苦笑いを受けたが、親友との再会に、信次は高鳴る歓喜を抑えられず笑っていた。
どうやら慶助は現在、虹色スポーツという用品店で働いているようだ。残念ながらまだアルバイトの段階だが、今回の運搬を始め、店内では時間帯責任者の役柄を持つほどの優良的存在らしい。
「へぇ~! 慶助もちゃんと働いてたんだねぇ!」
「じゃなきゃ生きていけねぇだろうが。こっちは貯金もねぇっつのに。……まぁとりあえず、今回の前金もらってるから、サインだけ頼むわ。念のため、注文書に目を通してからな」
「ラジャー!!」
早速既に支払い済みの信次は慶助から注文書を渡され、抜かりないが一つ一つチェックしていく。
“ソフトボール練習用ユニフォーム上下セット――SS×2 S×3 M×4 L×2。サンバイザー×11”
と、商品名と共にレディースサイズまで記載されていた。また下記にはスパイクシューズも同じように記されており、十一人分の用品が揃っていることがわかる。
『よしっ。部員全員分、間違いなくある!』
正確な商品名及び数量に注文者は頷き、ボールペンで“田村“とサイン欄を埋め、慶助へ渡し済ませる。
「ありがと、慶助!」
「しかし、なんでこんなもん買ったんだよ? 部活動の顧問でもやってんのか?」
「あぁ!! 今は女子ソフトボール部の顧問をやってるんだ!!」
「信次……」
突如黙り込んだ慶助からは訝しげに睨まれたが、信次は足元の段ボールに目を落とす。全部で三箱の大荷物となってしまったが、自腹購入した後悔も抱かず微笑む。
『これは、毎日ガンバるみんなへ、ボクからの些細なプレゼントなんだ。尊敬する十人と、あと一人に対して』
全部で十一人分の練習着セットとスパイク。十人の部員と顧問を足せば、確かに同等の人数分にはなる。が、そのレディースサイズの中には、男性である信次自身の数は無論含まれていなかった。ならば残る一人とは、もはや言うまでもないだろう。
『――準備はできてるから、舞園。いつでもきていいからね』
「……あ、自分の分買うの忘れた」
「女子の、か。……なぁ信次……」
「へい?」
生徒のことばかり考え自身の数を怠った信次だが、不意にも慶助に振り向かされる。先ほどと変わらぬ厳しい目付きが窺えるが、すると緊張の糸が途切れたように、呆れたため息を吐かれる。
「……わかってると思うけどよ……お前……前みたいなこと、繰り返したら……」
「……あぁわかってる、慶助」
なんとも言いづらそうだっただけに、察した信次は手助けするように言葉尻を被せる。すると慶助は俯いて静止したが、それも彼が他者を思う優しさを秘めた者だからであると、親友への感謝を抱きながら囁く。
「……でもボクは、夢を追いかける生徒の力になりたい。今度は、ちゃんと周りの意見を聞きながら、ね……」
「そっか……。それなら、いいけどよ……」
注文書をギュっと握り締めた慶助は背を向け、運転席へ歩んでいく。どうやら仕事に戻る時間が来たようだ。
エンジン音が再び鳴り響くと車体は一度バックし、信次に運転席が近づいてくる。やがてドライブギアへ換える頃には正面に慶助の姿が見え、開いた窓から微笑を向けられた。
「まぁガンバれよ。少なくとも俺は、いつまでもお前の味方だからよ」
「あぁ。きっとまた注文するから、よろしくね」
「おぅ!」
最後に親指を立てた慶助はついに車を走らせ、軽快ながら遠退いていく。ウィンカーの点滅が体育館にも飛び散る中、虹色スポーツのワンボックスカーが左折し、ついに校門より出ていった。
『慶助……ボクのことを心配してくれてたんだね。ありがとう』
辺りは再び静かな夜に戻ったが、信次は早速段ボール箱を一つ一つ、自身のクラス――二年二組に運び始める。廊下と階段を計三回も往復することになったが、心のそこでは終始同じことばかり考えていた。
『――でもね、慶助……ボクは、ボクの生きる道が無くなったとしても、生徒たちが幸せのために突き進む道が拓ければ、とても幸せなんだよ』
過去の自分を知る親友だからこそ、心配までしてくれている。長年会っていなかったにも関わらず、遠い空の下でずっと。
慶助には感謝ばかり募るが、信次にも通したい筋が、担任として抱いている。
先生は、生徒のために。
たとえ身を滅ぼすことになろうとも、生徒が幸福を得られるのならば構わない。
そんなことを思いながら、信次は夢と希望と期待が詰まった段ボール箱を運び続けた。




