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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
◇プロローグ◆再開と共に始まる、数多なる再会――プレイッ!!
4/118

一球目 ③清水夏蓮パート 「……すごい」

◇キャスト◆


清水夏蓮


篠原柚月


中島咲


舞園梓


田村信次


 笹浦二高の昇降口を上がった夏蓮と柚月。

 身長に差がある二人の姿は姉妹にも窺われるなか、先を歩く夏蓮が新たな教室――二年二組のスライド扉を開ける。



 ガラガラ……。



 いざ室内を覗けば、去年同じクラスだったであろう生徒同士が立って会話をしていたが、見知らぬ生徒がほとんどであり、その多くが着席して黙っている。


「ゆ、柚月ちゃん……二組で、いいんだよね?」


「さっき、昇降口でクラス表見たばかりでしょ? 間違いなく、あたしたちはここよ。それに……まぁ頼りないけど、咲だって言ってたんだから」


 背後の柚月から呆れたように返された夏蓮だが、異質な教室の空気から、クラスを間違えたかのようにも感じていた。


 引っ込み思案で内気な自分が、新たなクラスに馴染めるのかという不安も抱えながら、足が動かしづらく入口で立ち止まっていたのだが、すると二人には、廊下を駆け寄る足音が耳に入ると共に、一人の女子の眩しいほど元気な声が照らし始める。



「――おっはよおぉぉ~~!! ゆ~づき~!! か~れん~!!」



 揃って振り向いた柚月と夏蓮には、ショートヘアな前髪を頭頂部で束ねた、ひたいを太陽の如く光らせたお転婆娘が目に映り込む。

 大きな声に最初は驚いたが、彼女のことを知る二人はすぐに頬を緩まして声を鳴らす。


「噂をすれば、現れたわね」

「咲ちゃん! おはよう!」


 柚月の後に夏蓮は喜ばしいながらに迎えると、中島咲が急ブレーキを掛けて停止する。

 小学生当時から相変わらず慌ただしい様子であるが、咲はニッと白い歯を見せながら、身長の近い柚月と、逆に低い夏蓮の肩に、それぞれ手のひらを載せた。


「二人とも!! 新学期、よろしくね!!」

「もちろんだよ咲ちゃん! お互いにとって、良い一年にしようね!」

「う゛んッ!!」


 夏蓮と咲が満面の笑みを向け合っているなか、柚月は微笑しながらもため息をついてしまう。


「もう、あんたは朝から騒がしいのよ。あんなスピードで廊下走ったら、危ないでしょうよ?」

「いや~面目めんぼく無い! 朝練終わったら、すぐに柚月たちと会いたかったからさ~」


 咲が苦笑いをしながら後頭部を掻いていると、話を聴いていた夏蓮は再び驚かされていた。


「し、始業式なのに、朝練あったの!?」


 始業式当日にも練習をするとは、いくら何でもハードな女子バレーボール部だ。毎年準決勝まで駒を進めているだけのことはある。


 運動など苦手な夏蓮にとっては、笹二バレーボール部の活動が恐ろしく思っていたが、咲は胸を張って仁王立ちしてみせる。


「勿の論!! 今年はレギュラーになって、それにインターハイも目指して頑張ってるんだから!!」


 自信に満ち足りた咲は答えると、柚月からあざとい冷やかしを受けることとなったが、表情は変わらずにおでこをキラリと輝かせていた。



「インターハイ、か……」



 親友同士の明るく懐かしいやり取りが目の前で繰り広げられるなか、普通だったら顔を上げて、自分よりも背の高い二人を見上げなければならない。

 しかし夏蓮は逆に俯いた姿勢をとっており、咲の言葉から胸中にわだかまりを持ち始めていたときだった。




「――おはよう、みんな……」




 それは夏蓮たちにとって聞き覚えのある、物静かな女子の声だった。


 ハッと気づいたように振り向いた三人には、再び教室から現れた女子高校生が目に映る。黒く長い髪の毛を垂らした彼女は咲とは大違いで、とても大人しく、細い目ながら穏やかな視線を放っていた。


 少し暗い様子だった夏蓮の表情は次第に晴れていくと、再び映った親友の姿に頬を緩ます。



「おはよう、あず……」

「おっはよおぉぉ~~~~!! あずさ~!!」



 しかし、夏蓮の言葉尻を被せた咲は満面の笑みのまま教室へ飛び入り、彼女――舞園梓に抱きついてしまう。


「え、咲はさっき体育館前で、ウチと挨拶したじゃん……」

「いいじゃん、いいじゃん! 減るもんじゃないんだからさ~!」

「うぅ……強、い……」


 苦笑した梓を気にしないお転婆娘がさらに強く抱き締めて苦しめているなか、夏蓮と柚月もつられて笑っていた。


「あら、梓? 新学期早々、たいへんそうねぇ~」

「ゆ、柚月……見てないで、助けてよ……」


 咲の力強い抱き締めで窒息気味な梓だが、柚月は決して近づかず、眩しいほどの笑顔で見守っていた。



「あ、梓ちゃん!?」



 一方で夏蓮は、梓のことが徐々に心配になっており、咲の名を呼んで止めようと試みる。彼女の顔が、青ざめているではないか。


「咲ちゃん、ストップ!! 梓ちゃんが死んじゃうよォ!!」

「ア~は梓のア~、ズ~も梓のズ~、サ~ラミはおいし~い!」

「なんで最後は食べ物!?」


 挙げ句の果てにはツッコミを入れてしまう夏蓮は案の定、咲の暴走を止めることができず慌てふためいていた。



 四人のバラバラなやり取りは続き、教室を騒がしい物にしていることは間違いない。しかし夏蓮は困惑を覚えながらも、すこしばかり微笑んでいた。



『やっぱり、みんなといると楽しいなぁ』



 夏蓮には、今のようにバタバタした日は、久しく無い気がしていた。一体いつぶりだろうと考えてみると、やはりあのときだったことに気づく。




『――六年前だよね。わたしたち四人が、まだソフトボールをやっていた日』




 夏蓮たちの六年前。

 それは彼女たちが小学五年生だったときのことである。


 四人は市内にあったソフトボールクラブ――笹浦スターガールズの一員として所属していた。週末に行われる練習は厳しいものだったが、その分だけ思い出に重味を感じる。


 チームのキャッチャーとして、また関東代表として選ばれた選手でもある篠原柚月。


 ファーストから繰り出す大きな声で、誰よりもチームを盛り上げていた中島咲。


 そしてチームのエースピッチャーとして、幾度の勝負を投げ抜いてきた舞園梓。



 一方で夏蓮はというと、年下の子たちに負けてしまうほど能力がなく、万年ベンチにいる控え選手として過ごしていた。


 チームの中で活躍する場など、三人と比べればとても数少ない。

 だが夏蓮にとって、それ以上に大切にしていたのは、最高の絆で結ばれた仲間たちの存在だった。


 大好きな仲間たちとの、大好きなソフトボールの練習、また昼休憩時のたわいもない会話まで、今日まで覚えている。

 あの日に何があったかと聞かれれば、即答できるほど鮮明に残っており、確かな思い出として胸に閉まってある。




 ――もちろん、六年前の悲劇も……。




「……懐かしいなぁ~」

「夏蓮? どうしたの?」

「うわッ……」


 俯いていた夏蓮を気づかせたのは、先ほどまで梓を苦しめていた咲の声だった。

 距離にして十センチないほどの近さで対面し驚いてしまうが、夏蓮は首を左右に振る。


「ゴメン、なんでもないよ。ところで、梓ちゃんは?」

「梓はあっち! 席に戻ったよ!」


 すると咲が窓際の方を指差すと、梓が自席でびくともせずにうつ伏せになっている姿が目に入る。


「そ、そっか……生きてる、よね」


 夏蓮は顔をひきつってしまったが、すると背後にいた柚月から肩を叩かれ、横を通り過ぎていく。


「もうチャイム鳴るわよ~。面倒な担任かもしれないから、席に着きましょう」


 ふと教室の丸時計を覗けば、時刻は八時四十分を迎えるところだ。ホームルーム開始も同時刻なため、夏蓮は柚月、そして咲にも向けて頷く。


「そうだね。じゃあ、またあとで話そうね」


 夏蓮の後に咲の高らかな返事が響き、三人も自席に着こうと歩き出した。



 縦六列並んだ四十席近くの机。


 梓は窓際の前から二番目。


 また咲は窓際隣の列で、丁度真ん中の席。


 一方で柚月は中央に並んだ右席の一番後ろ。



 そして、出席番号が柚月の次である夏蓮はもちろん、教卓目の前の席となってしまった。


「授業中、居眠りしないよう気を付けよう……」


 まるで貧乏くじを引いてしまったかのように顔を強張らせて、夏蓮は小さなため息を漏らしてから椅子に座った。


 重たいスクールバッグから教科書とノートを取り出し、難しそうな印象を与える表紙を見ないように机に入れる。



 ――キーンコーンカーンコーン……。



 そして軽くなったバッグをフックに掛けるほぼ同時に、笹浦二高のチャイムが鳴り響いた。


 夏蓮は、ついに始まる新学期がどんなものかと考えようとしたが、すぐに教室の扉が開けられたことで止める。



「――おはよォ~~!!」


 すると扉からは、男性ながら高い声が放たれる。


 きっと担任の先生であることを察しながら、夏蓮は視線を向けて顔を確認した。


「あれ……?」


 しかし、目を疑ってしまう男の顔に、何度も瞬きを繰り返していた。見覚えのある顔、そして聞いたばかりの男声。


「え……?」


 入り口にはスーツを着た一人の若々しい男が立っており、優しそうな風貌を保ったまま入室する。


「まさか……?」


 小さな独り言が止まらない夏蓮だが、担任と思われる男は教卓に手を置き、生徒たちに笑顔を向けて立ち止まる。


「――!?」


 どことなく明るく、うっかり心を開いてしまいそうな柔らかい表情の男であるが、息を飲まされた夏蓮は突如後ろを振り向き、目を大きく見開いた顔を柚月に放つ。


「あ……」


 すると予想通り、柚月も愕然として口を開けており、何歳か老けた顔をしているのがはっきりとわかる。


『アハハ……やっぱ、そうだよね……』


 再び正面を向いた夏蓮はもう一度、男性教諭の顔を眺めてみるが、ついに疑念が確信へと変わってしまう。




『――柚月ちゃんといっしょに見た、今朝の不審者の人だァ~~!!』




 心で叫んだ夏蓮は、本日の登校時に遭遇した男であると理解し、背筋を伸ばしながら見つめていた。まさかあの遅刻且つナンパ男が、自分たちの新しい担任だったとは。



「はい、起立ッ!!」



 号令を掛け始めた男により、生徒たちが皆起立していくが、柚月と夏蓮は完全に遅れて立っていた。


「礼ッ!! おはよーございまーすッ!!」


 ――「「「「おはようございます!」」」」――


「はい、着席!」


 挨拶を終えて再び着席していく生徒たちだが、柚月の呆気に取られた様子と夏蓮の驚愕は、未だに収まりそうになかった。


 すると通称不審者の男は背を向け始め、チョークを握って黒板に文字を書いていく。力んでいたせいか、一本目をすぐに折ってしまうと、空かさず二本目を持って漢字を縦に記していった。


「……よしっと! これでいいだろう!」


 男はチョークを置いて再び素顔を現し、どうやら彼の名前らしい四文字の漢字を皆に見せる。


 夏蓮には、なかなか綺麗な字体ではあることが見てわかったが、一字一字があまりにも大きく書きすぎたのか、最後の一文字である“次”が潰れかかっていることが一番印象的だった。


 そして男は再び振り向くと、大きく息を吸って声を鳴らす。



「君たちの担任になった、田村たむら信次しんじですッ!! みんなとは、仲良く元気良く、やっていこうと思ってるので、どうかよろしくねッ!!」



『たむら、しんじ先生……』



 夏蓮を始め、生徒たちからは茫然とした視線を受ける田村信次。だが、元気が有り余った様子の彼はすぐに出欠を取り始めようと口を開ける。


「では早速、最初の出欠を取るよ! 一番、浅野あさのしずく!!」


 ――「は、はい……」


 信次は廊下側一番前の席の女子生徒と目を合わし、返事の後に笑顔を見せていた。


「じゃあ次! 二番、天笠あまがさ優子ゆうこ


 ――「はい」


 二年二組の出欠確認はどんどん進んでいき、生徒の返事をより遥かに大きい信次の声が鳴り続く。



 一見は何も変ではない、当たり前で普通の出欠確認ではある。しかし一番前の夏蓮は教卓上を見つめながら、信次の見えない努力に驚かされていた。




『すごい。生徒名簿も見てないのに、みんなのフルネームが言えてる……』





 夏蓮には確かに、信次との間にある教卓上には、黒く威厳ある生徒名簿が目に見える。しかしそれは開けられずに置かれており、決して触れられることはなかった。


「はい!! じゃあ次は……」

「……すごい」

「ん? どうした清水?」

「え……?」


 信次に無意識の独り言を反応された夏蓮はすぐに顔を上げ、今朝に遭遇したときのように目を合わせる。


 微笑みを絶やさない、髭も生えていない、少しばかり少年のようにも見えてしまう、童顔な新任教諭の笑顔。


「い、いや! なんでも……」

「……そういえば、今朝はゴメンね」

「あ……は、はい……」


 夏蓮の言葉尻を被せて、清い眉をハの字に信次だが、頬の緩みは残ったままだった。


「さぁ! 気を取り直して、次は十番、貝塚かいづかゆい!! あれ?」


 再び生徒たちの名前を呼ぶ信次を、夏蓮は依然として眺めている。こんな教員に会ったのは、初めてかもしれない。大概の先生たちは決まって、初日は名簿を見ながらでも間違えて呼んでしまうのに。


「誰か、貝塚のこと知らないかな?」

「か、貝塚さんは!」


 ふと夏蓮は腰を浮かせ、信次を見上げながら再び瞳を交わす。


「清水、知ってるかい?」

「あ、その……いつも通り、遅刻だと思います……」

「そっか! 教えてくれて、ありがと!! じゃあ次は、十ー番、國枝くにえだ和也かずや!」


 満面の笑みを見せられた夏蓮は静かに腰を着け、再開した信次の出欠確認を見つめていた。



 決して恋愛感情が芽生えた訳ではない。柚月にもちゃかされた登校時だが、その感情は今も心にはないし、これからも発生はしないだろう。




 ――しかし夏蓮には、信次に対する好意を抱き始めていた。




 クラス生徒の名前を全て覚えていたから、信次は今朝だって夏蓮の名前を知っている様子だったのだ。


 つまりは夏蓮にとって、一番最初の出欠は、今朝の登校時だったと言っても過言ではない。




『――田村、信次先生か……』



 小さな再会を果たした二人。


 そんな夏蓮は驚きから解放された様子を微笑みで示し、信次の声を目の前で聞きながら、自分の呼ばれる番を心待ちにしていた。

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