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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
一回表◇最高の絆で結ばれた、仲間集め――創部活動編◆
38/118

七球目⑤中島咲パート「せん、せい……」

◇キャスト◆


中島咲

田村信次

清水夏蓮

篠原柚月

舞園梓

牛島唯

泉田涼子


 次の日。

 笹浦二高二年二組の教室。

 午後の穏やかな春陽が眠気を襲う窓側近くの席に、中島なかじまえみは今朝から居眠りの体勢を維持していた。まばゆい額を抱く顔を両腕で隠し、一筋の光すら目に当たらず、丸まった背だけをが注ぐ。

 一見体調を崩した生徒だとも捉えきれない、珍しく静かなお転婆娘の咲。過ぎ去った昼休みには親友の清水しみず夏蓮かれんからも心配の一言を浴びたほどだ。しかし風邪を引いていないのはもちろん、部活動の練習で疲弊ひへいしている訳でもなかった。むしろ本日は朝練が無かったため、いつもよりは身体が軽いはずなのだが。



『アタシが、やりたいこと……そんなのどっちもに決まってる! 決まってるけど、それでいいのかな……?』



 うつぶせになりながらも、咲は戸惑い色の瞳を開き続け考えていた。昨晩、大好きな先輩である泉田いずみだ涼子りょうこから告げられた宿題を、朝のホームルームからずっと。



“「今の咲が、本当にやりたいこと。明日の放課後までに考えてきてね」”



 何とも淡々とした宿題内容だった。が、簡単な問いであるだけに、答えの形が咲にはなかなか想像できなかった。単純にやりたいことを並べるのであれば、現在所属中の笹浦二高女子バレーボール部と、新たに創部された笹浦二高女子ソフトボール部の兼部以外何もない。

 しかし、どちらも懸命な努力を見せつける部なだけに、現実が許してくれそうになかった。



 ――「よし、じゃあここの音読を中島! ……中島?」



「え……あ、はい!!」

 突如席を立った咲は、教壇で不思議そうに視線を向けた担任――田村たむら信次しんじと目が合う。そういえば現在は現代文の授業中だったと、流れる時間も拡がる正面の世界も忘れてしまっていた。机上きじょうで閉じられたままの教科書を急いで開き、指定された文章を読み下していく。


 今回の授業内容は、第二次世界対戦中の小説。

 満州事変を経て戦争が激化したある日、青年主人公の元にはいくさへの召集令状、通称“赤紙”が届く。しかしその一方で、独り身で貧しい青年の主人公には医者になりたいという夢があり、心の中では行くか行かないかの迷いと葛藤かっとうが続いた。

 なれるのであれば、医者になりたい。幼い頃からの夢で、周囲の人たちからの応援や金銭的援助に支えられながら、今日まで目標に掲げ生き抜いてきたのだから。

 くじかぬはずの意志を備えた、若き主人公。しかし当時の戦争国日本では、赤紙が届いたにも関わらず兵として出向かない者は、国の反逆者扱いとされてしまう風潮が随所にうかがえた。

 貧しい自分を支えてくれた恩恵ある方々から、反逆者などと思われたくない。きっとこれは恩返しとして、せざるを得ない運命なのだ。

 そう考えた主人公はついに己の夢を諦め、全身を迷彩軍服に包み隠して町から離れていった。

 そして彼が同じ地に二度と帰って来なかったことなど、もはや文章に載せるまでもない。



「ヨシッ!! ありがと、中島!! まぁちょっと重い話だったけど、これからこの話のまとめに入るよ!!」

 音読を終えた咲は着席すると、小説内容と空気が懸け離れた信次が要約に切り換える。果たして、この筆者が伝えたかったこととは何かと、事前に予習を済ませるよう指示されていた二組の生徒たちへ尋ねていく。



『あ、ヤバッ!! 現代文の予習全然やってない!』



 しかし涼子からの宿題ばかりを昨晩から考えていた咲は、予習内容も頭の中も真っ白だった。普段は復習しなくても最低限の予習だけはやるため、指名されたらどうしようと不安の焦りが生まれる。


「……よし、ありがと!! じゃあ次は~清水! よろしくね」

「はい」


 何人かの生徒が発表した後、今度は信次が夏蓮を指して起立させた。

 授業に集中するようになった咲は、一度当てられた自分はもう指されないのではと予想し、決定した訳ではない結果オーライの未来に早くも安堵しながら、ノートも覗かず発表する夏蓮へ目を向ける。


「やっぱり、戦争はあってはいけないものです。悲しみばかり生まれる戦争を、決して繰り返さないでください……だと思います」

「そうだね。確かに戦争はあってはならない、パンドラの箱のような物だね。はい、清水ありがとう!! じゃあ次は、篠原しのはら!」

「は~い」


 得意の笑顔を放つ信次から夏蓮が着席をうながされると、次は気怠けだるそうな篠原しのはら柚月ゆづきが、席と頬杖を着いたまま意見を表す。


「……まぁやっぱり戦争もいけないけど、周りも周りで酷いと思った。現実ばっかにとらわれちゃいけない……ってとこかしら」

「素晴らしい!! 主人公ではなく、周囲の人物に注目したなんて流石さすがだね! 間違いを間違ってるって言える勇気は、人としてとっても大切なことだよね。ありがと、篠原!! さて、じゃあ次の発表者は、舞園まいぞの!」

「はい……」


 今度は舞園まいぞのあずさがどこか冷徹な瞳で、夏蓮の如くすでに頭に内容が入った様子で、視線を交じわせる信次へ立ち放つ。


「現実は恐ろしいもの……。だからこそ生きてる人たちは、受け入れる勇気が必要だって、ことだと……」

「なるほど~!! これもまた素晴らしい意見だ! 勇気がなければ、輝かしい未来へは向かえない。ありがと、舞園!! それじゃあ次は、牛島うしじま!!」

「ウッス……」


 梓の次には牛島うしじまゆいが指名され、手に持つノートを見ながら席を立つと共に咳払いから始める。


「えっと、やっぱり戦争はあってはいけないものです。……んで、現実にばっか囚われてはいけ……」

「……牛島、予想忘れただろ?」

「は、ハァ!? や、やってきたから発表してんだろうがッ!!」


 言葉尻を被せられた唯は怒号の発射に変わってしまったが、一方で信次は呆れたようにため息を漏らす。


「だって、清水と篠原の内容、丸パクリじゃないか? 恐らくだけど最後は舞園が言った、“受け入れる勇気が必要”とかで終わるんでしょ?」

「クッ……アァそうだよ、忘れました! ゴメンなさあい~だ!」


 唯は図星を突かれたと言わんばかりの顔で舌打ちを響かせ、不貞ふてくされたまま着席してしまう。

 傍観者として授業内発表を観察している咲は、珍しくも一人一人の意見をしっかり聞いていた。迷いの表れがない明確化された発表を見せるみんなは、自分と違い予習をちゃんと済ませており――唯だけは忘れていたが――、やるべきことをしかと成し遂げる姿に感心を覚える。特に頭と心に残っていたのは、やはり親友三人の一言たちだったことが否めない。


『夏蓮も柚月も梓も、みんなすごいなぁ……。よくあんな難しいこと言えるよ……』


「……よし、じゃあ次は~中島!!」

「え……は、はい!? またアタシ~!?」

「またって、中島はまだ発表してないじゃないか?」


 信次から何度も瞬きを繰り返されてしまったが、咲は眉間の皺が取れずにいた。さっきの音読担当でもう指名されないと思っていたのに。まさか再び自分の番が来るなど全く考えていなかったため、驚き震える脚で起立する。


「中島はどう感じたかな?」

「じ、実は、その……予習忘れました! すみません!!」


 唯とは違って反省の意を御辞儀で示すが、信次にも眉間の皺が乗り移ってしまう。


「中島もか~……。それはダメだなぁ~。やることはしっかりやらないと」

「ホントにすみません!! 昨晩はそれどころじゃなくて……」


 先輩からの難題で、今日の予定すら忘れるほどいっぱいいっぱいだったのだ。しかし咲は自分に罪があることを自覚しながら頭を下げていると、一言も怒鳴らなかった信次が頬を緩ます。


「じゃあ中島! 今この話を聞いて、感じたことや思ったことを、発表してくれないかい?」

「え、えっと……その~……」


 優しく穏やかに質問された咲だが、なかなか言葉が思いつかなかった。興味など示したことがない授業への不満ならすぐ浮かぶのだが……。


「ん~……そうだな~……」

「簡単でいいよ。中島の率直な感想を教えてほしいんだ」

「あ、はい。え~っと~……」


 正面の信次から後押しまで受けながら、咲は飲み込み悪い筋肉脳をフル稼働させる。簡単で率直な意見 が許されるのであればこれだろうと、一時いちじしのぎを焦点に当てつつ、自信の眉を立てる。



「――あ、ありのままが大切だぁ~!! ……あ、あれ?」



 どうも妙な空気を感じた咲は周りをキョロキョロと覗いてみると、生徒みんなの沈黙した気まずい様子が窺えた。一応真面目に考えて発表したつもりだったが、何かマズイことを言ってしまったのだろうか。信次からもリアクションを返されなかっただけに額が戸惑いの線を浮かべる。


 ――「フフフッ……」

「ん?」


 しかし、とある一人の静かな笑い声をきっかけに、辺りからは次第にクスクス笑いが耳に訪れるよう変化していく。

 波紋の如く拡がり、気づけばほとんどの生徒たちが笑いを堪えている二年二組。すると咲は、一番最初に笑い声が聞こえた方へ振り向くと、かがんでお腹を押さえている唯から満面の笑み放たれる。



「中島サイッコー!! オレもそれ言えば良かった~アッハハ!! 田村くーん、座布団一ま~い!!」

 ――「「「アハハハハハ!!」」」――



 唯の嘲笑ちょうしょう気味な発言をきっかけに、ついに生徒全員が噴き出す。座布団一枚では収まりきらないほどバカウケさせてしまったが、きっと自分の幼い発表内容が原因なのだろう。


「アハハ~失礼しました~アハハ~……はぁ~」


 一人だけ苦笑いの咲は頭を掻きながら座り、とりあえず難から逃れることができた安堵あんどに浸る。あとは授業終了のチャイムを待つだけだと、このまま俯せになろうとした、そのときだった。



「――ボクは、中島の感想とまったくいっしょだよ!」



「へ……えッ!! アタシのが先生といっしょ!?」

 そんな訳がないと、咲は再び立ち上がるまでに驚きを顕にした。こんな簡単で率直な意見を、高校現代文に相応する筆者が伝えたいことなど有り得ない。夏蓮たちが説明したように、もっと文学的なのではと。

 しかし信次は、咲に同意を明らかにする笑顔で頷き返し、教壇から生徒たちへ光る目を向ける。


「発表してくれたみんなの考えも、ボクは決して間違っていないと思う。でもこの作者は、戦争の悲惨さよりも、自己の悲惨さを言いたかったんだ」


 生徒たちからはポカーンとした虚ろな目が見受けられ、咲も茫然と立ち竦んでいた。



「要するに主人公は、自分のやりたいことをやらずに死んでしまったことがポイントだったんだ。自己の想いではなく、他者からの見方を重視してしまったがためにね」



 信次の流れ奏でる言葉を、二組の生徒たちはしっかり聞き届けている。中でも咲は未だに立ちながら、ふとあることに気づいてひらけた教科書に目を添える。今の自分と作中の主人公を照らし合わせながら……。



『この人、アタシと似てるかも……』



 何となく共通点が垣間かいま見えたからだ。周りの意見や視線を気にするあまり、本音を打ち明けられない自分とそっくりだった気がしてならなかった。他者の目や気持ちばかりを意識し過ぎて、想いを放てず悩む自分自身と。


「つまり筆者の言いたいことは、他者からどう思われるかよりも、自分のやりたいことを大切にしなさい……ということなんだ」

「で、でも先生……」

「ん? どうした中島?」


 思わず小声を漏らすと、信次の明るげな応答が返ってきた。しかし心の暗雲に俯きを促され、咲は机上の教科書ばかりを覗き込んだまま言葉を紡ぐ。



「そういうのって、自分勝手って、言うんじゃないんですか?」



 作中主人公と似た境遇に立たされている者として、咲は反抗めいた一言を溢してしまった。周囲の大切な人々の気持ちも考えず、自分のやりたいことばかりを続けるのは良くないと、担任の信次に、そして今の自分自身にも言い聞かせながら。



「――自分勝手と素直を、いっしょにしちゃあいけないよ?」



「自分勝手と、素直……?」

 すると信次の穏和な声が、咲の心に光のきざしをもたらす。自然と目線が教科書から離れ、気づけば担任の微笑みと頷きが瞳に映っていた。


「ボクらはね、人前で素直になって初めて、自分自身のマラソンというスタートラインに立てるんだ。まぁそれまでの経験は、本番前の準備体操ってとこかな?」


 辛いことや苦しいこと。

 生きていれば愉快な出来事よりも多い、避けられない生活行事だ。何度も頭を抱えて悩み、幾度となくこめかみを掴んで困惑しながら、人は心の臓を鳴らし続けていく。

 しかし、様々な苦い経験を味わうことで、人は初めて心の欲求を探し当てることができる。それは未来への希望、将来なりたい夢、そしてゴール地点である目標までの経路を示し表すのだ。


「だからこそ、一度っきりの人生ものがたりにムダな時間なんて無いんだ。一分一秒、コンマ単位だって、全ての瞬間が尊いものなんだよ」

「じ、じゃあ、自分勝手は……?」


 もはやマンツーマン化した現代文の授業だが、生徒たちの視線は信次と咲かられることなかった。


「自分勝手とは、スタートした後に見える、ギャラリーからの声にそむく姿かな。大切な人たちからの声援を無視して、ただ独り駆けていくのは良くないのは確かだ。後押しも受けない孤独なランナーの後ろ姿は何もなくて、とても儚いものだからね」


 素直とは、相手に心を開くこと。逆に自分勝手とは、相手の心を閉ざすこと。求める未来へのみちを走り出せば、必ず批判や物言いが景色に現れる。時には挫折へ導くような、阿漕あこぎある野次ヤジまで飛びうことも……。

 しかしそのほとんどの音源は、ランナーに正しき走路に向かってほしいという、信頼置ける大切な人々からの想いだ。指摘や指導という言葉を無視することこそ、人は自分勝手だと悪評されてしまう。故に応援者の真心はいつしか消え、二度とランナーの姿を目にしなくなる心理的情景なのだ。


「素直になり、中島が言ってくれた“ありのまま”を見せることで、ボクらは大切な人から、期待や応援をしてもらえるんだ。自分勝手かどうかを決めるのはギャラリーの人たちなんだから、走り出してから考えればいい。だからね……」


 そして咲が抱く心の鍵穴が、ふとひたいを拭った信次の一声に馴染む。



「――まずは一番信頼してる人の前で、素直になることが大切なんだ。そうすればきっと、今よりずっと笑えるよ。表情も、心も」



「せん、せい……」

 揺らめく瞳に、最近なかなか訪れなかった温度が舞い込んだ咲。我を取り戻したかのようにようやく着席すると、自分の胸に手を当てて瞳を閉じて考える。


『アタシのやりたいこと……それはもう、決まってたんだ』


 それは女子バレーボール部の継続、そして女子ソフトボール部の入部だ。現実味を帯びない願い事に違わないと、運動部を経験してきた咲は痛いほどわかっている。高き目標を掲げる二つの部の両立などハード過ぎて、身体を壊し兼ねない未来であると。



『――でも、それがアタシの素直な気持ちなんだ。アタシが心から求める、アタシのやりたいことなんだ!』



 己がやりたいこと――それはつまり、自心がずっと笑っていられる未来と直結することだったのだ。率直で素直な気持ちを伝えることから始まるもので、決断という勇気を必須条件として。

 もう考えない。今抱いている明確な気持ちを、一番大好きで大切な先輩――泉田涼子にぶつけるだけなのだ。

 咲は手のひらを当てた胸から、明らかな覚悟と確かな想いを感じ取りながら、生徒たちへ向けた信次の授業最後を受け入れる。



「――残念ながら、ボクら人間にも善と悪が存在する。でも自分の素直な気持ちを伝えたとき、それを認めて応援してくれる人だったら、その人は善であり良き人なんだ。ここにいるみんなには是非、確かな自己を抱きながら、良き人と共に生きてほしい!」



 ――キーンコーンカーンコーン♪


 授業終了のチャイムが鳴り響き、日直の号令で起立を指示される。生徒との一礼を済ませた信次はすぐに教室から出ていってしまうが、咲の心には暗雲が少しだけ晴れ、久方ぶりの強気な瞳がかえっていた。

 放課後の涼子に伝える宿題を頭で整理しながら、咲は現代文の教科書を仕舞おうと手に触れる。ただ、今回の掲載作品は“作者不詳”と記されており、筆者の正体だけがわからぬままそっと閉じた。




 ◇心からのエミ◆




 放課後の体育館。

 授業を終えた咲はすぐに教室から向かうと、まずはネットやボールが準備された館内が覗け、また部室入口にはすでにジャージ姿の涼子が、壁に寄りかかって待っていたことに気づく。


「せんぱーい!! 御待たせしました~!!」


 高らかに声を挙げた咲に涼子は振り向き、優しさ表す微笑みを見せてくれた。


「咲、早かったね。もっとゆっくりで良かったのに」

「いえいえ! その、泉田先輩……」


 目の前にたどり着いた咲は息を整えてから、覚悟の瞳で涼子と目を合わせる。もう迷い吹っ切れた、覚悟と勇気を保った光る目で。



「先輩が出した宿題の答え! それは、梓や柚月に夏蓮、そして泉田先輩とずっといっしょにいることです!!」



「……じゃあ、バレー部を続けるの? それとも、ソフトボール部に行くの?」

 言い切った残響が消えてから、涼子の落ち着いた声に少し恐く感じた。しかし咲は臆せず、素直な気持ちを心から張り上げる。



「――もちろんバレー部を続けます!! そしてソフト部にも入って、両立させてみせます!!」



「……ホントに?」

「はい!! アタシ、嘘ついてませんよ!」


 変に重くのしかかる涼子の一言に、咲は負けず意思を貫き通す。きっと無理な願い事だと思われているに違いないが、曲げるつもりは毛頭無い。これこそが、今自分が最もやりたいことなのだから。


「じゃあ咲はさ、バレー部はいつまで続けるつもりなの?」

「そ、それは……やっぱ泉田先輩がいなくなるまで……」

「そっか……わかったわ、ありがと。じゃあ、予定通りだね……」


 瞳を閉じた涼子に笑顔が浮かび、咲も思わず頬を緩ませた。機嫌を損なった様子も見受けられず、どうやら認められたようだと嬉しさが倍増する。

そして次の瞬間、開いた先輩の瞳は確かに笑っていたが、裏腹な返しをされてしまう。




「――今日で咲は、引退してもらうね」




「へ……」

 最初は聞き違いだと信じたかった。涼子の表情と言葉の意味が、全くと言っていいほど噛み合っていなかったからだ。

 が、それは確かな現実だった。まるで目の前の世界が全壊するよう見えてしまい、今まで築き上げてきたものが、跡形もなく消えていくような錯覚さえ感じる。計り知れないほど深い地割れの底に突き落とされ、たった一人闇の世界にほうむられたかのように。

 しかし、何故か咲は涙が流れなかった。それはきっと目の前の涼子が、どうも嬉しそうに笑っているよう窺えたからだろう。


「じゃあ咲。黙ってたけど、始めるよ?」

「な、何を、ですか……?」


 首を傾げた咲の両肩に涼子は手を置き、閉ざされていた部室にウィンクの合図を送る。すると、すでにユニフォーム姿の女子バレーボール部員の姿が続々と現れ、二人っきりだった館内に騒がしさが誕生した。



『ど、どどどどういうこと? わかんないことだらけなんだけど……』


 一変した環境にもはや着いていけてない咲は頭が真っ白になっていたが、未だに微笑みを残す涼子が目前でジャージを脱ぎ、キャプテンマークを着けたユニフォーム姿へ変わる。



「――今から、咲の引退試合をやるからね」



「引退……試合~!?」

 部員に監督と関係者全てが笹浦二高体育館にいたことを、咲はやっと今になって目にしたのだ。




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