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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
一回表◇最高の絆で結ばれた、仲間集め――創部活動編◆
37/118

七球目④咲→涼子パート「アタシが、やりたいこと……」

◇キャスト◆

中島咲

泉田涼子

清水夏蓮

篠原柚月

舞園梓


中島愉快里

中島笑心

 夜を迎え僅かな外灯が並んだ、笹浦市の町並み。決して都会のような輝かしさはないが、小さな町を少しだけ照らす様子は、悩める者たちを包み込むいこいの場の雰囲気をかもし出していた。今日もガンバろう! が朝陽で、今日はお疲れ様と語るのが夕陽ならば、陽の姿がないこの時間帯はきっと無言の優しさを表しているのかもしれない。


「今日もお疲れさまね、えみ

「……」

「咲……?」

「へ……あ、はい!! お疲れさまです!! りょ、泉田いずみだ先輩!!」


 笹浦二高の制服を着こなした二人の女子バレーボール部員――二年生の中島なかじまえみと、三年生でつ主将の泉田いずみだ涼子りょうこが、暗く見辛い帰り道を共に歩んでいた。


「も、もうすぐ大会!! 張り切っていかなきゃですよね!! うぅ~ゴォー!!」

「張り切るのはいいけど、こんな時期にケガしないようにね?」

「エヘヘ~」


 二人がこうして帰るのは中学生当時からで、先輩の涼子が後輩の咲を自宅まで送っている。朝練がある日に関しては、中島家のインターホンを鳴らして起こし向かうといった、ただの近所付き合いでは説明できない先輩の思い遣りが毎日(うかが)える。

 一方で、こんなにもかけがえのない愛を受けている咲だが、今夜は得意の快活さに違和感が見られる。さっきは大好きな涼子の応答に遅れるほど気が散漫さんまんするほどで、無理強いにも笑顔を出して返していた。いつも御世話になっている先輩の隣が辛いなど全く思っていないのだが、迫られた選択にどうしたら良いかと、俯いた姿勢で苦悩を顕にしながら進み続けていた。


『アタシはバレーボール部なんだ。ソフトボール部じゃなく、バレーボール部、なのに……』


「……ねぇ咲?」

「は、はい?」


 すると涼子が優しく包むような瞳で、歩きながらも迷える咲と目を合わせる。



「何か、あったの?」



「え? ……と、特に、何も」

 涼子のあまりに唐突な発言に、焦った咲は驚きで片言になっていた。前髪を上げて広げたひたいを拭う動作を無意識に示すと、先輩からクスクス笑いが鳴らされる。


「嘘よ。何かあったんでしょ?」

「え……ど、どうして、わかるんですか……?」

「咲の心が、そう言ってるから」

「え、はぁ……」


 涼子の言葉からはいい加減な理由だとも感じた咲。しかし、確かに嘘をついたことが否定できなかった。ただでさえいつも面倒みてくれる先輩に、無駄な心配をかけたくない想いから生じた訳だが、目を落として暗い自白を溢す。


「……今日、あずさに言われたんです……。自分のやりたいようにやればいいって……」


 二人の親友――篠原しのはら柚月ゆづき清水しみず夏蓮かれんから勧誘を受けたことも悩める要因としてあるが、それ以上に咲は今日の昼休みに、もう一人の親友である舞園まいぞのあずさから言われた言葉を気にしていたのだ。


「へぇ~。あの梓が、そんなことをねぇ」

「はい……なんか、その言葉の意味が、よくわかんないんです……」

「そっか……」


 大好きな先輩のトーンも下がったように聞こえ、呆れられてしまったと危惧きぐした咲は立ち止まり、振り向いてくれた涼子と真剣に向き合う。


「あ、アタシは! バレーボール部大好きですよ!! 泉田先輩といっしょに試合出たいし、部員のみんなだっていい人ばかりで……ただ、なんか……」


 勢いが次第におとろえていく咲。その脳裏のうりにはなぜか、かつてソフトボールを共にプレーした夏蓮、柚月、そして梓の顔まで浮かんでいた。三人とも穏やかな表情で、一人他の部に所属する自分を待っているかのように。


「すみません……よくわかんないんです……。アタシはどうしたら、いいのか……どうするべきなのか……」

「そっか……とりあえずさ、もうすぐ咲の家つくから、歩こう?」

「あ、はい!」


 再び同じ台詞せりふを呟いてしまった咲は、煌めく星も残さない瞳で涼子を追いかける。横から縦に並ぶ配置に換わった二人の間には沈黙が生まれ、いつもの楽しげな帰り道はどこにも見当たらなかった。


 中島家の前。

 地元でパン屋を営む中島家の表には、“エミニコ☆ホームベーカリー♪”と描かれた看板と、きれいに磨かれたガラスの入り口が歓迎し、パラソル付きの丸席が見守る道が開けている。配達用の軽自動車のみが入る駐車場スペースであるため、主に近所に住まう来客者が多く、理想的な地元密着型の自営業の一家庭である。

 営業時間を終えた現在も来客は一人も観察されず、入り口には“準備中”の札が掛けられている。ガラス越しに売れ残ったパンたちの姿が視界にも映る中、咲と涼子と今日の別れを告げるところだった。


「先輩……なんか今日はすみません。気まずい感じにしちゃって……」

「気まずい? そんなことないわよ」


 涼子は否定してくれたが、咲はここまでずっと申し訳なさで心が染まっていた。自分のやりたいことを見つけられず、それがかえって話を聞いてくれた先輩にも迷惑をかけた気がし、合わせる瞳すらなかった。

 親友の夏蓮が努力し創ろうとしている、笹浦二高女子ソフトボール部には協力したい。

 しかし同じく、今日まで涼子と共に励んできた、笹浦二高女子バレーボール部だって手放したくない。

 愛好会やレクリエーション感覚の部ならばまだしも、大きな目標と一勝を願う二つの運動部を考慮すれば、兼部けんぶなど到底できたものではない。考えればその分だけ脚に緊張が走り、咲は制服スカートを両手でギュッと握り締めることだけしかできなかった。



「じゃあ咲……突然だけどさ、うちから咲に宿題よ」



「し……しゅ、宿題~!?」

 優しく微笑む涼子に肩を持たれた咲は、営業時間外にも関わらず大声を上げてしまった。なぜなら咲にとって宿題とは、この世界で最も嫌っている勉学の一種だからだ。その名を聞いただけで鳥肌が立つばかりで、もしも何か願いを叶えてもらえる機会が訪れたとしたら、きっと迷わず勉強という戦争の無い世界を求めるだろう。

 そんな赤点少女の咲には、涼子から自信を持った頷きが返される。


「今の咲が、本当にやりたいこと。明日の放課後までに考えてきてね」

「エェ~!! しかも期限が明日までですか!? 確かに忘れる心配はないけど……」


 提出期限ばかり気にして学習内容を覚えない咲とっては非常に頭に入れやすかったが、いくら何でも急過ぎる提出期日だ。スクールバッグの重みが増したように錯覚し、上げた前髪も下がりきるほど心が俯く。


「明日は朝練も無いんだから、ゆっくり考えられるでしょ? いい? 明日の放課後よ。部活始まる前に、体育館で教えてね」

「は~い……」

「あ……その、あとさ……」


 棒読みで返した咲には気にしていない様子で、涼子は何かもう一つ付け加えようと囁いた。ふと顔色を覗くと、僅かに口許が微動し発言しづらそうな様子が窺えたが、吹っ切れたかのごとく微笑みが出現し、妙な間を空けてからの続きが鳴らされる。



「――明日、バレーボール部で記念撮影があるの。だから試合用ユニフォームも、忘れずにね」



「は、はぁ……ユニフォームなら、全然問題ないですけど……」

「ありがと。じゃあ、また明日ね」

「は、はい……さよなら……」


 伝達事項を伝えた涼子は最後に手を小振りし、咲の元から静かに去っていった。まるで先輩の後ろ姿をしっかり見せつけるかのように、一度も振り向かないまま。

 いつもならとどろかんばかりの大声で、またね~!! と叫び両手を振る咲だが、今日に限っては大好きな先輩の背中を茫然と見つめるだけに留まる。見えなくなるまで見送れば、家庭のれ光すら反射させてしまう半開きの瞳で、裏口から自宅へと進入した。 


「ただいま……」

 ――「おかえり、咲」

 ――「お姉ちゃん、おかえり~」


 戸を開けて入ればすぐに現れる中島家のリビングからは、まずはキッチンで明日の仕込みに励む咲の母――中島なかじま愉快里ゆかりと、ソファーで横たわり恋愛漫画から目を離さない小学五年生女子――中島なかじま笑心にこから返事を受けた。今のところ父親は不在だが、いつもの如く徒歩で傍のスーパーに出向いているのだろう。


「咲、なんか元気ないんじゃない? 具合でも悪いの?」

「ううん、大丈夫……」


 靴を脱いで上がった咲には、長身で凛とした愉快里から心配の念を受けたが、弱々しい声ながらも返してリビングを歩む。


「そ、そう……そういえば、今日も涼子ちゃんと帰ってきたの?」

「うん……部活帰りはいつも送ってもらってるから」

「そうなんだぁ。涼子ちゃんには、小さいときから頭が上がらないわ。今度また、お礼にパン送らなきゃね」

「そうだね……」


 母の愉快里も昔から、近所の涼子が面倒見の良い女の子だと知っている。パン屋を営む父と母が仕事で咲と笑心の面倒を見られないときは、いつも泉田家に預けて遊んだり勉強したりと過ごしてもらってきた。

 今になっても変わらない思い遣りを抱く涼子を素直に誉める母だが、一方で咲は見向きも反応もろくにしないままリビングから退出し、母と妹の会話が聞こえてくる自室への階段を上る。


「お姉ちゃんどうかしたの? 元気なかったみたいだけど……」

「う~んどうしたんだろうねぇ……涼子ちゃんの話をすると、いつも元気になるのに……」

「も、もしかしてお姉ちゃんにも恋とか? それとも失恋とか!?」

「もぉ~、笑心は漫画の読みすぎよ」


 盛り上がり気味な明るいリビングとは違って、静かに自室へ入った咲はスクールバッグを落とし、制服のネクタイをほどいてベッドへ仰向けに倒れる。


「アタシが、やりたいこと……」


 独り言を白い天井に呟いた咲は、開けた額に右腕を置きながら、先ほど涼子から出された宿題を考え始める。

 今思う、自分自身が心から求めている行動とは何か?

 やはり咲には、ソフトボール部とバレーボール部の活動が真っ先に浮かぶ。ソフト部には親友の夏蓮と柚月、バレー部には姉のような先輩の涼子が在籍している。どちらにも大切な人たちが集まっているため、叶うものなら兼部をこころみたいほどだ。

 しかし、それが現実味を帯びていない願い事だということは咲にも理解できる内容だった。インターハイを目指し必死の努力を繰り返す運動部では、兼部など叶う訳がないと。どちらかを選択することなど、天井よりも真っ白な頭では決断できなかった。


「そんなこと、急に言われてもなぁ~……」


 大きなため息を吐き出した咲は寝返りを打って机の方へと目を向けた。すると、悩める少女の瞳にはある一枚の写真が映る。


『みんな……』


 心で囁くようになった咲はそっとベッドから起き上がり、机(そば)の壁に貼られた小さな写真に触れる。

 それは六年前の小学五年生のとき、ソフトボールクラブの大会帰り道に撮ってもらった思い出写真だ。穏やかな夕陽を反射する柳川を背景に、なごやかな四人の少女が写っている。四人の中央には、帽子のツバを後頭部に向けて大きなピースを放つ咲、その隣で優しく微笑みながら小さなピースを見せる夏蓮。またその二人を挟むように、左には少し顔を赤くしながら微笑する梓、そして右で片足に重心を置き腰に手を添える得意気な柚月が立ち並んでいる。


『この頃は、本当に楽しかったなぁ……』


 六年前の思い出に改めてふける咲は、写真を壁から外してじっと黙視する。


『アタシがいて、そこにはいつも、夏蓮や柚月、梓だっていた……』


 写真と思い出を語るように、咲の心が言葉を増していた。


 写真とは、現在だった過去を思い出に塗り替える具現物である。当時の幼い見た目や姿はもちろん、そのとき抱いていた見えない想いまで遺してくれる記憶保管絵画だ。それは撮影された過去の自分が、今の自分自身に表情で語り思い出させてくれる。



『あのときは、みんないっしょだった……。そう、みんな……』



 しかし一般的な写真には、全ての思い出を遺す万能性はない。なぜなら経由せざるを得ないカメラのレンズは、前だけを向いているからだ。

 それはつまり、写った者がいるということは、うつした者がいる。

 撮影において一番大切なのに忘れがちで、画面に投影されない影の愛が誕生させるのが、たった一枚の写真である。

 しかしうつろと化した愛の姿は今でも、記憶力の悪い咲の脳には焼印やきいんされていた。



『――涼子ちゃんだって、いたんだから……』



 それは、今から六年前。

 女子小学生ソフトボールクラブ大会からの帰り道、小学五年生の咲が、夏蓮と梓に柚月の四人で、この先もいっしょにソフトボールをやり続け、願わくばプロを目指そうと誓い合ったときのことだ。“最高の絆で結ばれた仲間たち”と咲が称した四人の関係性は、友だちという言葉では収まり切らないほど強靭きょうじんなものである。


 ――「あ、みんな~!! 今日はお疲れさま!」


 そんな四人が柳川の橋上で話していた中、ふと後方から暖める優しげな一声が鳴らされた。夏蓮と柚月に梓たちも聞き慣れた声に反応して振り向くと、そこにはやはり笹浦スターガールズの泥だらけなユニフォームをまとった、一人の六年生キャプテンの微笑み姿が見えた。

 しかしそのときにはすでに、咲は満面の笑顔で駆け出し、声主であるチームの上級生()つキャプテンの胸へ飛び込む。



「――涼子ちゃ~ん!! お疲れさま~!!」



「もう、咲ったら何するのよ? 泥だらけなんだから汚いわよ?」

 抱き締めた涼子から注意されたものの、咲は決して手放さないことで否定を表す。


「それでもアタシは、涼子ちゃんとこうしたいの!! ギュゥ~と!!」

「全くもう……フフ」


 無邪気な咲による返しに、困りながらの吹いて嬉しさを現した涼子。すると二人の元には夏蓮たち三人も訪れ、名門スターガールズ主将の瞳色に変わる。


「今日の優勝は、ホントにあなたたちのおかげよ。六年生を代表して言わせてもらうわ。ありがと」


 真っ直ぐな面と御辞儀まで受けた三人は照れ隠しすることもできず、梓は頬を赤くして視線を逸らし、柚月はニヤリとした上から目線気味の微笑みを、そして夏蓮は控えだっただけに顕著な苦笑いを放っていた。

 もちろん咲は心からの笑みを依然としてあらわにしていたが、涼子の視線はまず梓に向かう。


「今日もナイスピッチング。梓の球は速くて魂(こも)ってて、素晴らしいピッチングだったよ」

「いや、そんなこと無いですって……まだまだ未熟者ですから……」


 謙虚を貫きに応答した梓は緊張気味だったが、涼子は次に柚月に振り向く。


「さすが関東選抜のキャッチャーってところね。打撃守備だけじゃなく、みんなへの指示も適格で。正直、キャプテンのうちでも真似できないよ」

「フフフ。キャプテンってホント、人を褒めてばっかりだよねぇ。優しすぎて、な~んか変なの」


 ドSな柚月とは真反対の性格である涼子は、褒め言葉を鼻で笑われてしまった。が、すぐにキリッとした真面目な顔を上げられ、

「これからも成長していくから」

 と、関東選抜選手の誇らしい言葉に頷く。


「それから、夏蓮!!」

「は、はい!!」

「ベンチからの応援、スゴく勇気付けられたよ。夏蓮だって、立派に戦ってたって、うちは思ってるから」

「わ、わたしが……エヘヘ。ありがと、涼子ちゃん。これからもガンバるね!」


 夏蓮の苦笑いもついに生まれ変わり、幼い少女の素直な笑顔が夕陽というスポットライトに照らされていた。


「ねぇねぇ涼子ちゃん!! アタシは!? アタシは!?」

「はいはい……」


 自分にも早く言ってほしいあまり、咲は涼子のペースを乱すよう叫ぶ。すると幼い妹をあやすかのように、キャプテンが下級生選手の頭にたなごころを添える。


「咲のファーストからのでっかい声は、チームにとって欠かせなかった。チャンスのときはもちろん、ピンチのときだって、咲の積極性から生まれる声と笑顔は、確かにみんなを元気付けてくれてた。ショート守ってたうちとしては、とっても投げやすかったよ」

「わーい!! やったぁー!!」



 両手を挙げて歓喜した咲は、告げられた四人の中で一番煌めいた笑顔だった。ファーストの自分がチームに貢献していたこと、そして何よりも大好きな涼子に褒められたことで、胸の熱さは試合以上に高まっていた。


「……ところで、四人で何か話していたの?」

「うん!! 四人で最高の絆を結んだの!!」

「最高の絆……?」


 すると涼子による四人への問い掛けに、一番近くの咲が大音量で返した。プロになることも考慮した結び合いには身分不相応を感じた様子で、あまり知られたくないと言わんばかりの夏蓮たち三人の表情は強張っていたが、“最高の絆で結ばれた仲間たち”の発言者の明るさに負けて頷き、賛同をキャプテンへ示す。


「そうなんだ、ステキじゃない……。じゃあせっかくだからさ、四人の集合写真でもどう?」

「集合写真? また?」


 本日の大会終了間際にチームの集合写真を済ませていたため、咲は再び撮影することに首を傾げていた。必要性があるのか疑問だったが、頷いた涼子には別の意味があるからさとらされる。


「チームの写真は撮ったけど、今この四人ではまだ撮ってないでしょ? 最高の絆を結んだ記念日として、良い思い出にするためにも、うちが撮ってあげるわ」

「なるほど~!! 思い出写真だぁ~!!」


 結局すぐに写真撮影に賛成した咲は涼子から離れ、涼子がエナメルバッグから取り出したデジタルカメラレンズに、はしゃいぎながらも映り込む。隣に夏蓮、両端に梓と柚月も立ち並び、四人の笑顔に涼子の操作でピントが合わせられる。


「よし、みんな笑って~。ポーズも忘れずにね」

「涼子ちゃんは入らないの~?」

うちが入ったら撮る人いないでしょ~! はい撮るよ~! せ~のっ」


「「「「シャイニー!!」」」」


 ――パシャ……。



 あの撮影から六年後の現在。

 自室で一人の咲は、あの日ソフトボールクラブのキャプテンだった涼子に撮られた思い出写真を、静かに目に映していた。

 夏蓮と柚月、梓までも在籍し、そして大好きな涼子までいっしょにプレーしていた、かけがえのない素晴らしき過去。誰一人欠けていなかった当時は毎日が楽しくて、厳しい練習でさえしのぐことができた。

 大切で愛するみんなが傍にいたがゆえに咲は、今手に持つ写真の自分が、心から笑っている笑顔だと見える。それは夏の照り付ける太陽のように眩しいが、つい見とれてしまうほどの憧れた輝きを放っているように思えてならなかった。



『――できるなら戻りたいよ、あの頃のように……』



 進学した中学校には涼子の存在はあったが、女子ソフトボール部が無かったのだ。そのため運動部に入りたかった咲は大好き先輩の跡を追うようにバレーボール部に入部し、現在の高校二年生に至る。

 今では、夏蓮たちはソフトボール部、一方で涼子と咲はバレーボール部。

 いっそのこと涼子がソフトボール部に転部すれば、再びみんな集まってハッピーエンドなのかもしれない。が、大きな栄光を掴もうと励む主将の先輩が転部など考えてないことなど、今日まで共に活動してきた自分には痛いほどわかってる。約二ヶ月後に行われるインターハイ予選で引退がかかっている、すでに三年生となった者なのだから。


「アタシの、やりたいこと……どっちなんだろう……?」


 写真に小さく呟いた咲は、当時の円満気味な自分自身に尋ねるように目を置く。しかし静止した過去の姿が話し出す訳がなく、室内に苦悩の沈黙が舞っていた。



 ◇心からのエミ◆



 中島家から数十メートルほど離れた一軒家。“泉田家”と表札にしるされた二階建ての一部屋に、涼子は机に寄り掛かりながらスマートフォンをタップしていた。


「明日、ユニフォーム忘れずにねっと……」


 SNSアプリ“SHINE”を通して咲に再び、明日の記念撮影の連絡事項を文として送信する。すぐに既読マークが付くと、了解です! と簡単な一言が返され、涼子の微笑みが画面の光で照らされる。



『でもゴメンね、咲……。ホントは記念撮影なんて、無いんだ……』



 心では話したものの、それを文として送信しなかった涼子は画面を切り換える。すると早速グループ作成をしようと指を動かし、多くのユーザーたちを招待していく。その相手は全て笹浦二高女子バレーボール部員たちで、抜けなく監督にまで誘いを促していた。


「……お、よしよし。みんな反応速くて助かる」


 つい独り言を呟いた涼子の見る画面には、早くもグループに次々と参加者の名が出現する。共に一言も送られ始め、急にどうしたの? と同級生から、ケンカでもしたんですか? と後輩から、泣いているスタンプまで送信され様々な方向から心配されてわ問われた。

 しかし涼子は姿勢を変えず、凛々しいままに明日の予定を記していく。少しだけ震えた、細い指先で。


 “明日、試合用ユニフォームを持ってきてください。詳細と理由は、この通りです。”


 以降に涼子は、明日の予定内容を事細かに送信し続け、スマートフォンの充電を切らしそうになるほど時間をかけて説明していった。


『……っ! ありがと、みんな』


 すると誘った部員からは素直に了承され、涼子の思い浮かんだ予定が現実性を増してくる。思いつきとはいえ、きっとこれが今一番すべき行動である案を許容してもらえただけに、仲間たちに感謝するばかりだった。

 明日はよろしくね!! とメッセージを送り、会話を止めた涼子。しかし、作成したこのグループにはたった一人だけ、誘われていなければ存在も知らされていない部員がいた。なぜなら、彼女に知られては困ると判断したからだ。嘘をついてまでだました意味がなくなるため、あえて除外したのだが、キャプテンとしてではなく泉田涼子として罪悪感を覚えてならなかった。


 では、その除外それた一人の部員とは誰なのか?

 それは涼子が決めたグループ名を見れば、誰もが一目瞭然だった。



『――ゴメンね、咲。うち、明日咲に、相当酷いことするね……』



 グループ名を示す画面上には、“笹二バレー部(咲を除く一日限定グループ)”と、鮮明ながら出力されていた。まるで中島咲を部員として認めないかのように、はっきりと。

 ただ、そのときの涼子の表情は、消灯されたスマートフォン以上に暗く窺え、瞳を閉じると共に流れた雫が画面に落ちていた。


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