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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
一回表◇最高の絆で結ばれた、仲間集め――創部活動編◆
35/118

七球目②中島咲パート「ゴメンね……」

◇キャスト◆

中島咲

泉田涼子

田村信次

清水夏蓮

篠原柚月

 時刻は十九時。

 外で活動する部はナイター設備を整えた硬式野球部のみで、ほとんどの部活動が本日の練習から解散し下校する時間だ。多大な疲労はあれど、明日もまたガンバろう! と主将と一言で皆のヤル気を維持させ、決してくじけない強き心が周囲ではぐくまれていた。

 一方で室内競技である部活動も練習から下校し、笹浦二高体育館の明かりが次第に消えていく。


「よしッ!! これで戸締まりバッチリっと!」


 館内に一人残っていたのは、女子バレーボール部員二年生――中島なかじまえみだった。使用した練習用具を部室に仕舞しまい、まだ部員の誰か残っていないかも確認してから、今週当番の施錠せじょう係の役割をきちんと果たして体育館出口に向かう。自身のパンパンに膨れたスクールバッグを背負い、体育会系にとってはぎこちない学校指定の革靴をき、早速正門へと駆けていった。


泉田いずみだ先輩!! おまたせしました~!!」


 前髪を広げて見せる額のように、咲は向日葵ひまわりの笑顔を浮かべて叫んだ。なぜなら正門の前で、いつもいっしょに登下校を歩む女子バレーボール部主将――泉田いずみだ涼子りょうこの姿があったからだ。ベリーショートの咲よりもやや長めのセミロングをヘアゴムとヘアピンでまとめ、背の高さや優しさうかがえる風貌ふうぼうからは、お姉ちゃんらしい先輩だと言える。


「咲、お疲れさま。もう誰も残ってないかな?」

「モチのロンです!! アタシが見たんですから、心配御無用!!」

「フフ……じゃあ、帰ろっか」

「はい!!」


 穏やかな微笑みと暑苦しいまでに元気な笑顔が交わり、二人は隣合いながら正門から去り、同じ方向の帰路を辿り始めた。


「もうすぐ大会ですね!! 楽しみだなぁ~!」

「そうねぇ。インターハイ前の大会だから、ケガにも用心して、張り切っていかなきゃだね」


 先輩後輩の関係である涼子と咲は、中学のときから共に女子バレーボール部で活動している。高校も同じ学校に進学することになった現在は、キャプテンの涼子は司令塔しれいとうとしてボールをトスするセッター、また二年生の咲は――まだレギュラーではないが――そのボールを打ち込むスパイカーとしてポジションを確立しつつある。


うちら、どこまで勝てるかな……?」

「きっと優勝間違いなしですよ!! だってアタシたち、いっつも一生懸命練習してるんですから!!」

「フフ。それはどこの高校も同じよ?」

「そ、そんなぁ~!! ションボリ~……」


 二人の息が合ったコンビネーションは本日も顕在で、周囲の部員からは“姉妹コンビ”と称されるほどだ。その根源こんげんとなっているのはきっと、近所同士の二人がこうして愉快に歩み、時には涼子が咲の悩み事を聞くという付き合い方からだろう。


「はぁ~……ねぇ、りょ……泉田先輩」

「どうしたの? 咲がため息なんて、らしくないよ?」 


 ふと陰りを見せた太陽の微笑みが、涼子の目に現れる。


「アタシ、今度の大会出られるかな~って思ったら、心配で心配で……アァ~!! 試合出た~い!!」


 頭を抱えた咲は星が煌めく夜空へ叫び、髪型をモミクシャに変えていた。まだ二年生であるが故に、同じポジションには上級生が在籍している。途中出場でもありがたい話なのだが、今の咲は涼子との先発出場を誰よりも願っていたのだ。



『涼子ちゃんと試合に出られるのも、今年で最後だもんなぁ~……』



 本来なら“涼子ちゃん”と呼びたいのだが、おおやけでは禁止されていることもあってわざと苗字で呼んでいる咲。言いたいことも言えないじれったい気持ちにより、再び悩ましいため息を吐いていた。ガックリと肩は落ちて下を向いて歩くようになっていたが、すると隣の涼子の温かな手のひらが、ポンっと肩に乗る。


「りょ、泉田先輩……」

「今の咲なら、今度は先発で出れると思うよ」

「ほ、本当に~!? で、ですか~?」


 先輩への敬語を何とか添えた咲の瞳は、夜空の星よりもまたたいた。まだ証拠も理由もわかっていないのに、必ず実現するだろうと信じ込みながら。


「うん。だって、咲のスパイクとかサーブの強さは、中学のときからピカイチだもん。それがここ一年でさらに強くなったんだから、このままいけばきっと先発よ」


 それは中学生のときから共に活動している、涼子なりの論理だった。それも確かな過程に基づいた説明で、どこにも抜けが見受けられない証明だ。


「いや~そんな強いだなんて、そんなことありませんよ~」

「背筋が強い証拠よ。正直、うちも羨ましいくらいだわ」

「先輩にそう言われると……何だか凄く照れますなぁ!! エッヘヘ!」


 まずは素直に褒めてくれた理想の先輩像、またずっと前から自分を見てくれている涼子の優しさに、咲は照れと嬉しさが倍増し、頭を掻きながらも無邪気に笑っていた。

 バレーボールの選手として強くなれたのも、全ては涼子のおかげだと、咲は心の底から思っている。練習から何までいっしょに付き合ってくれているのだから。近所に住まい、幼い頃から仲良くしてもらっている、幼馴染みでもある一人の先輩なのだから。



『――涼子ちゃんとは、やっぱりこの先もずっといっしょにいたい。いつまでも、涼子ちゃんの隣にいたいんだ……』



 素直にありがとうございます!! と伝えるべきだとはわかっていた。が、咲は恥じらいのせいで、強くなれた他の要因を無理矢理に口にする。



「――きっと、小さい頃にソフトボールやってたから、ですかね……」



「――っ!」

「……あれ、泉田先輩?」

 突如息を飲んで立ち止まった涼子に気づき、咲はきびすを返して首を傾げる。何か気分を害することでも言ってしまったのかという不安にも駆られたが、先輩から穏和な瞳を向けられる。



「咲さ……またソフトボール、やらないの?」



「え……ど、どうしていきなりそんなことを~!?」

 涼子から思わぬ一言を告げられ、咲は腹から驚き声をとどろかせた。さっきまでバレーボール先発出場の話をしていただけに、あまりにも突発的な発言だったからである。


「だってほら、今日の練習中も、外でやってたソフトボール部のこと見てたようだからさ……もしかして咲は、ソフトボール部に入りたいんじゃないのかなっと思ってね」

「い、いやいやいやいや! やりませんよ!! アタシ、バレーボールも大好きですし!!」


 もちろんバレーボールが好きである咲。しかし最近の練習中はよく、外のグランドのすみで活動する部――笹浦二高女子ソフトボール部を観察していた。同級生で親友の清水しみず夏蓮かれんの希望する創部のために、まだ部員がいないときには著名もしてあげたほどだ。大切な親友のために、少しでも力になろうと思って。

 笹二ソフト部の現在は、同じく親友の篠原しのはら柚月ゆづきも加わり、また部員もみるみる数を増やしたようで、大切な仲間たちの笑顔という姿に見とれてしまうときが多々ある。


 時折、六年前活動したソフトボールクラブ――笹浦スターガールズの日々を思い出しながら……。


 当時の予定では、スターガールズのみんなで中学もソフトボールをやるはずだった。しかしマイナースポーツであるためか、入学した中学には女子ソフトボール部が無かったのだ。また柚月のケガ、もう一人の親友――舞園まいぞのあずさの件もあって、創部活動を一切しなかったこともいなめない。

 そこで体育会系少女の咲は、知り合い以上恋人未満――可能なら恋人になりたい――泉田涼子が在籍していた女子バレーボール部に入部し、今に至る。決して後悔の選択をした覚えなどないが、眉間にしわを寄せて戸惑いを隠せていなかった。


「アタシ、バレーボールでレギュラー取れそうなんですよ!? ここまで来て辞める訳、ありませんよ……絶対に……」


 声と共に視線も下がった咲は、右手で一度額を拭う。悲しげなうつむきの姿勢採りながら、涼子からの優しい言葉を待ってしまう。


「……ねぇ咲?」

「はい!? ウォ……」


 呼び掛けに顔を上げられた咲には、さっきよりも顔を近づけて立つ涼子が目に映り驚く。吐息すら当たる中で緊張が走るが、大好きな先輩による相変わらずの微笑みが続き、あこがれる瞳を合わせられる。



「――自分には絶対に、嘘つかないでね……?」



「へ……ど、どういう意味、ですか……?」

 正直、涼子の放った意味が理解できなかった。漠然と聞き返した咲は涼子の顔を見続けていたが、クスッと笑われて横を通過される。


「そのままの意味よ。ほら、遅くなっちゃったら家族が心配するわよ?」

「そのまま……あ、待ってくださいよ~!!」


 結局涼子からの説明など一切無く、意味がわからずじまいになったしまった。



『涼子ちゃん、どうしてそんのこと言ったんだろう?』



まるで女子ソフトボール部への入部をうながすような言葉だった。すでに女子バレーボール部に所属しているというのに。

しかし唯一それしか理解できなかった咲は涼子の背中を、今夜も追い駆けていった。



 ◇心からのエミ◆



 次の日の朝。

 インターハイ出場を目標にする女子バレーボール部の朝練を終えた咲は、部室で制服に着替えてから二年二組へ向かい始める。体育館を出てすぐの昇降口でシューズから上履きに履き替え、今日も嫌いな勉強時間の始まりだと、大きなため息も下駄箱に仕舞い込んだ。


『今日の授業、早く終わんないかな~? どうせ全部寝ちゃうのに~……』


 部活による早起きと疲れもあって、咲にとって授業時間とは基本的に睡眠時間だと言ってよい。学業成績がふるわないことは言わずもがな、もちろん担当の教諭からは説教ばかり受けるため、授業に良い印象など抱いていない。強いて言えば、昼休みの御弁当ぐらいしか楽しみがない。


「……?」


 昇降口前の掲示板廊下を歩いていた咲だが、ふと視界に入った一枚の勧誘ポスターに目と足が止まる。


 『笹浦二高女子ソフトボール部、部員募集か……』


 それは、親友の夏蓮が立ち上げようとしている新生部活動――笹浦二高女子ソフトボール部のポスターだった。女の子らしいキラキラとした星のみにとどまらず、ソフトボールにちなんだボールやバットのデザインまで、きっと美術部と兼ねる柚月が描いたのだろうと予想着く。ただ奇妙なことに、グシャグシャなポスターはしわだらけで、誰かに引き裂かれた跡まで残っていた。



『柚月も夏蓮も、スゴいな……有限実行しようと、一生懸命ガンバってるんだもん』



 今年の始業式に夏蓮から女子ソフトボール部の創部案を、咲は確かに耳に入れている。決して実現化しないなどとは思っていなかったが、親友たちの努力に瞳キラキラと煌めかせていた。



 ――「おう!! 中島おはよう!!」



「ん? あ、田村たむら先生! おはよーございます!!」

 少し離れた階段付近には担任の田村たむら信次しんじの笑顔が見え、すぐに二人のみが距離を縮め向かい合う。


「今日も元気で何よりだ!! 朝練ガンバってるんだってね。ちゃんと続けてて偉いじゃないか!」

「エヘヘ~そんな、偉いだなんて~」


 田村信次という担任が相手をよく褒めることは、二年二組の一生徒として咲も知っている。しかし改めて目の前で言われると、どうも照れ笑いをしてしまった。いい加減でお調子者の自分が褒め慣れていないこともあるのだろうが。


「ところで中島。こんなところで立ち止まってて、一体どうしたの?」

「あ、このポスター見てたんです。笹二ソフト部の!」

「あぁ~ウチの部のやつかい」


 咲が掲示板の部員募集ポスターに人差し指を向けると、ソフト部の顧問である信次の微笑ましい目も同じく向かう。


「訳あってクシャクシャなんだけどね。でもこれは、清水と篠原が一生懸命作ってくれたポスターなんだ」

「やっぱり、二人が作ったんだ~」


 勉学において考慮もできなければ予想すらも全く的中しない咲だが、珍しく当てられたことに喜びの頬が上がると、信次は腕組みをしながら頷く。


「この努力から始まったおかげで、部員はもう九人も集まったんだよ」

「え……ええぇぇ!? じ、じゃあ、もう試合できるところまで来たってこと!?」

「あ、いや、正確に言えば、選手が八人だね。だから、あと一人って訳だ」

「そ、そっか……柚月はできないんだもんね……てか、あと一人いれば試合できるってこと!?」


 信次の言葉に再び驚く咲。確かに部員が集まっていることは目にしてきたが、いつの間にそこまで数を増やしているとはと、内心だけにとどまらず驚愕きょうがくしていた。ついこの間まで、たった二人だったはずなのに。


「そうだよ。だからボクも、誰かが早く入ってくれるとうれしいんだけどね」

「そっか……あと一人、なんですね……」


 咲のトーンは信次の言葉が続くに連れて、視線と共に下がって落ちていく。できるものであれば自分も入部し、夏蓮と柚月の力になりたい。ソフトボール自体嫌いになった訳でもないし、むしろ今だって面白い一つの競技だととらえている。六年前のように大切な仲間たちとまた共に活動することを考えると、胸が高鳴るあまり眠れない日だって、ここ最近でもよく訪れる。



『でも、やっぱり無理だよ……だって今のアタシは、もう運動部に入ってるんだもん……』



 小さい頃からソフトボール大好き少女の咲。しかし同じように、中学から始めたバレーボールだって今では心のいやし的存在だ。兼部という考えもあるのだろうが、どちらも掲げているインターハイ出場の目標を考慮すれば、二つの種目を行うことはとてもできたものではない。愛好会ならばともかく、笹二ソフト部だって練習風景をうかがった限りでは、いい加減な選手など誰一人いない、立派な一運動部だ。

 残念ながら、二つの競技を今と同じだけ努力を注ぐことなど、体育会系の咲でも到底できそうになかった。ヤル気はもちろんあるが本気になれない未来が待っているのならば、かえって双者そうしゃに迷惑をかけるはずだ。本気でインターハイ出場を願うのならば、兼部などしている暇などない。



『――ゴメンね、夏蓮、柚月……。今のアタシじゃ、やっぱソフト部には入れないよ……』



「……九人目には、なれない……」

「ん? 中島?」

「……へ、いや! 何でもないです!! ほ、ほら先生!! 早く教室行こう!! 遅刻になっちゃいますから~!!」

「お、おいおい! 危ないから押さないでくれよ」


 すると咲は輝く額を手のひらで拭ってから、無理強いにも元気を取り戻して信次の背中を押し進む。掲示板廊下からそのまま階段を駆け上り、足が重かったはずの二年二組の教室へ向かう。


 ガラガラ……。


「ヨッシャー!! ランナー咲ちゃん、間一髪のところでセーフ!!」

「まだホームルーム十分前なんだけど……」


 教室の扉を開いたと同時に、咲のかん高いジャッジと信次の困惑したコールが室内に響く。やはり辺りからの視線に襲われて羞恥しゅうちしてしまったが、お転婆娘の元気までは消えなかった。


 ――「あ、咲ちゃん、おはよう」

 ――「おはよう咲」


「あ、おはよう!! 夏蓮!! 柚月!!」

 入室して早速挨拶をしてくれたのは、誰にも代えられない親友の二人――夏蓮と柚月だった。離れた後ろ席である机に柚月が着席し、その隣で夏蓮が立っている。今日はどことなく陰りがある二人の様子が目に映ったが、咲は元気を分けてあげるかのように明々《めいめい》と挨拶を返し、即座に距離を詰めていく。



「二人とも聞いたよ!! あと一人で試合できるんだってね!!」

「う、うん……」

「まぁ、そうなんだけどね……」



 夏蓮が柚月の表情を見ながら頷いていたが、どうも二人の眉がハの字のままだった。笑ってはいるものの、何かを言いたげでもどかしそうな、少女の悩ましい苦笑いが目に焼きつく。


「よかったじゃん!! きっとあと一人なんて、簡単に見つかるよ!!」


 それでも、元気印の咲は二人に明るくなってもらおうと、夏蓮のか弱い肩を叩いて鼓舞こぶする。どんな苦悩を抱えているのか知らなくても、やっぱり心を置ける親友には笑って元気にいてほしい。


「まだ四月だもん!! このペースなら九人目ももうじき……」

「……あのさ、咲ちゃん……?」

「ん?」


 すると夏蓮に言葉尻を被され、咲のよく動く口が止まってしまう。さっきよりも暗い表情で下を向いている姿が不思議だったが、すると何か言いたげな少女の震えた口許が開く。



「咲ちゃんは、やっぱりソフトボールやらない……?」



「え……」

「ちょ、ちょっと夏蓮!!」


 いつか言われるとは何となく予想していたのだが、それでも言葉を失い茫然自失化した咲。すると代わりに怒号を返した柚月が席を立ち、恐い表情で小さな夏蓮を見下す。 


「変なこと言わないでよ! 咲は今バレーボール必死にガンバってるって、昨日も言ったよね!?」

「で、でも、やっぱりわたしは……」


 叱るよう怒鳴った柚月だが、唇を噛む夏蓮は受け入れきれない様子のまま、弱くもあらがう泣き顔へとうつろいでいた。


『二人とも……』


 夏蓮と柚月のケンカ染みた雰囲気が漂い始めたことに、咲は顔をしかめずにいられなかった。

 晴れていたはずの空が突如暗雲に見舞われ、強い雨が振り出しそうな、嵐の前の静けさ。普通の人ならば、被害に遭わぬよう危険に備えるだろう。自分の身を第一と考える人間は、危害を加えられてはたまったものではないのだから。



 しかし、そんな準備もしないお調子者こそが、太陽のような元気娘――中島咲なのだ。



「もぉ~! 二人でそんな顔しな~いでよ~!!」



「ちょ、咲ちゃん!?」

「咲、突然何するのよ!?」


 夏蓮と柚月を驚かせた咲の行動とは、左右の二人を一人で包み込むような抱き着きだった。それも場違いな、眩しい笑顔のままで。


「夏蓮も柚月も、ありがと。アタシなんかを気にしてくれて」

「咲ちゃん……」

「咲……」


 右の柚月と左の夏蓮それぞれを腕一本で抱き締めながら、咲は顔を見せないよう各々の耳元で呟いた。

 ソフト部に誘ってくれた夏蓮の嬉しさ、一方で今の状況を考えてくれて怒鳴ってくれた柚月の優しさ。そのどちらにも共通することは、中島咲という一人の少女を想った発言だということだ。


『アタシは幸せ者だ。とってもとっても……。だからこそ、この二人には言わなきゃね……』


 こんなにも素晴らしい親友が、自分の傍にいてくれる。身体だけでなく心まで寄り添ってくれる彼女たちを、最高の絆で結ばれた仲間たちだと何度も思いながら、咲は最後に言葉を添える。



「――ゴメンね、夏蓮、柚月。力になれなくて……」



「「――っ!」」

 夏蓮と柚月の背筋が急に張ったのを感じ取ったが、咲は二人を解放して再び笑顔を見せてから離れていく。教卓から信次の視線も感じたが気にせず自席に向かい、いつもとは早めの着席に試みた。


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