七球目◇心からのエミ◆①清水夏蓮パート「……やっぱ、いてほしいよ」
一年生の東條菫、菱川凛、そしてMay・C・Alphardの加入で、いよいよ残り一人で試合ができる状態になってきた笹浦二高女子ソフトボール部。
九人目の選手は一体誰なのかと楽しみになる一方で、清水夏蓮はすでに二人の親友へ加入を求めていた。
そして、現在笹浦二高女子バレーボール部に所属する中島咲は、大きな苦悩の分岐点に立たされていた。
最高の絆で結ばれた仲間たちのために、ソフト部に入るか?
それとも、今日まで共に過ごしてきた大好きな先輩のために、バレー部に残留するか?
そこで咲が出した答えとは……?
六年前の小学生時代も一部明らかになります。
◇キャスト◆
清水夏蓮
篠原柚月
中島咲
舞園梓
それは、今から六年前。
空は快晴で強い陽射しが攻撃する中、茨城県営ソフトボール場にはたくさんの群衆がベンチを埋めていた。外野席の芝生もレジャーシートや折り畳み椅子で半分を隠され、両ベンチから飛び出した少女たちの挨拶で、主審の右手が挙がる。
――「互いに礼!!」
――「「「「お願いしま~す!!」」」」――
夏の全国ソフトボール予選大会、女子小学生の部。
全国大会への切符を掴める一方、小学六年生には引退が懸かった世紀の一大会。茨城県の小学生ソフトボールチーム全てが参加し、誰もが夢に向かって駆け進んでいた。
積み重ねてきた数多の練習量の苦悩を自信に換え、少女たちの胸に希望の炎が、夏の太陽を超越した温度で燃え盛る。守備ならば常に全力投球を心掛け、攻撃ならばひたすら全力疾走を意識しながら、グランドの土に力強い足跡を刻んでわ足元を均す。
乙女になりたい少女たちによる、幾多の死闘激戦が繰り広げられ、二日間行われた大会も最後の試合が終了しようとしていた。破れたライバル、今日まで指導し育ててくれた監督コーチ、そして誰よりも、この日までソフトボールをやらせてくれた家族への感謝の心を秘めながら、一球入魂の生き生きと白熱したプレーが量産された。
――「ゲームッ!!」
――「「「「ありがとございました~!!」」」」――
そしてついに、今大会の優勝チームが決まったのだ。
それは笹浦市を拠点とした名門チーム――笹浦スターガールズ。
六年生が四人という少ない状況もあり、笹浦スターガールズの先発選手の半分以上は五年生で編成されていた。バッテリーを任されたキャッチャー――篠原柚月、速球派の左ピッチャー――舞園梓。また二人の近くで応援を止めず守ったファースト――中島咲などの五年生が主にチームを支え、そして同学年で唯一ベンチから見守り声援を送った控え――清水夏蓮が在籍している。キャプテンは言うまでもなく六年生ではあるが、チームの中心として躍動していたのは、“華の五年生”とも称された下級生と言っても過言ではなかった。
二日間の連戦を終え、夏空が微笑みのオレンジ色に変わった夕方。解散場所から去った夏蓮たち四人は、泥の着いたユニフォーム姿で帰路を辿っていた。通学路としても通る柳川の橋上へ、先頭に咲、続いて夏蓮、柚月と梓が隣り合いながら踏み入れる。
「やったね! アタシたち優勝しちゃったよ!! まだ五年生なのにさ~!!」
静観とした橋上で大きな声を出したのは、チームの元気印でもある咲だ。ベリーショートな前髪を上げて見せる額と共に、右拳を空高く突き上げて、眩し過ぎるほどの笑顔を放っていた。連戦の疲れなど全く見受けられず、まだ一試合いけそうなほど有り余っている。
「そうだよ、ホントにスゴいよ~! きっと来年はもっとスゴいんだろうなぁ~……まぁ、私は試合出てないけどさ……」
しかし咲とは真逆に、夏蓮はか弱い肩と目を落として歩いていた。同じ五年生である三人が試合に出ていたこともあり、自分だけ出られなかったことを少々残念がっていたからだ。とはいえ、自身の運動能力の低さ、四人の中で一人小さな身長と体型を考えれば仕方ないことだと、現実の受け入れをため息で納得させていた。
「……? 柚月ちゃん?」
すると隣に歩み寄った柚月が、夏蓮の沈んだ肩に手をポンと置く。
「まあまあ。夏蓮は間違いなく上手くなってるんだからさ。自信もって、これからもガンバりな」
「柚月ちゃん……うん! 私ガンバります!!」
柚月の珍しい優しげな声掛けに、夏蓮の涙腺が思わず緩む。さすがは、来年チームのキャプテン候補である篠原柚月だ。春先の関東選抜の一選手というハイスペックな一面を持つだけでなく、小学生離れした大人らしい美しさも魅せつける彼女には、幼い夏蓮は慰められるばかりだった。ただ、騒ぐ男子も黙るドSの性格さえ無ければ完璧なのにと、胸の内で密かに思っているが。
もうじき日が沈む頃、橋から柳川へと四人の影が更に長く伸びていた。笹浦市に聳え立つマンションの灯りも水面に反射し、少しずつ夜景を彩り始めている。
帰宅完了まであと少しと差し迫り、四人それぞれの別れ道を進むところだ。
「……? 梓ちゃん、どうしたの?」
しかし水面上の景色を覗いていた夏蓮には、突然立ち止まった梓の反射姿が見えた。振り返って実像を窺えば、夜空に変わろうとしている天を見上げており、まるで星に憧れる長髪の少女絵だと捉えられる。
「梓ちゃん……?」
夏蓮の不思議な声に、咲と柚月も反応し立ち止まる。
「どうしたの、梓? もしかして流れ星!?」
「な~に黄昏てんのよ? 少なくとも、アンタは乙女座なんかにはなれないわよ?」
「……あのさ、みんな……」
普段からクールで寡黙な梓がふと呟く。少しの間を空けた次の瞬間、星の光を残した瞳が水面の反射で更に煌めき、そのまま夏蓮たち三人に放たれる。
「これからもずっと、いっしょにガンバろうね……」
「あ、梓ちゃん……」
囁き返した夏蓮だが、正直意味理解に苦しんだ。どうして梓が突然そんなことを言うのだろうかと。寡黙な彼女は普段こんな台詞を漏らさないだけに、別人にも思えてしまう胸中だった。
円らな瞳でじっと梓を見つめている夏蓮。すると隣の柚月が空気を戻すように笑い出し、ついにはお腹まで抱えていた。
「改まって何言ってんのよ? 唐突過ぎだし段取りもないし。ホント不器用娘なんだから。まぁ、そこらの芸人よりかはウケたわよ?」
「ぶ、不器用で悪かったね。それに私は芸人なんか目指してないし……」
これでもかと笑い続ける柚月には、さすがの梓も頬を赤くして目を逸らす。いつものイジリイジラレ役者の二人は、本日も名演技だ。
「ずっと、いっしょか……」
「アタシもそう思う!!」
「咲ちゃん?」
夏蓮が梓の言葉を一唱した刹那、今度は咲が笑顔で三人の中心に立つ。
「――アタシたちってさ、最高の絆で結ばれた仲間たちだって思うんだ!! アタシに梓に柚月に夏蓮!! だからアタシも、この四人で一生ガンバりたい!!」
「最高の絆で……ど、どうして?」
思わず疑問を投げた夏蓮は、なぜ自分も選ばれているのかわからなかった。試合で活躍した咲たち三人ならともかく、同じチームにも同級生やレギュラー選手がいるのに、なぜ控えばかりの自分が四人目なのかと。
「ん~……そりゃあ、何となくだよ!」
「な、何となく!? フィーリングだってこと!?」
「モチのロン!!」
「そ、そうですか……」
白い歯でニッと無邪気さを貫く咲には、夏蓮も呆れて返す言葉がなかった。確かに彼女の小学生単元テストの出来を考慮すれば、深い考えや意味に期待はできない。ちなみにこの前、算数でついに無得点を達成したそうだ……。
『でも、最高の絆で結ばれた仲間たちか……そのうちの一人が私だなんて……けど、嬉しい』
身分不相応であることは重々承知しているつもりだ。が、夏蓮は咲のフィーリング発言を快く受け取った。こんな凡人以下の自分でも、こんな上級者たちと絆を結べられるのだと。ただひたすらに、表情と心の笑みを押さえきれなかった。
――「フフ……ねぇ、どうせだったらさ……」
すると今度は柚月の上品な笑いに、三人の目が向かう。また恐ろしいことでも考えているのか疑わしいところではあるが、得意気な表情からはあまり闇を感じなかった。
しかし、予想外の言葉が鳴らされる。
「――私たちみんなで、プロを目指すなんてどうかしら?」
「……プ……プ、プププ、プロに~!? 私たちがァ!?」
「え~!? それってつまり、色んなバラエティー番組に出るってこと!?」
「咲ちゃんは何でそうなるのかな……?」
大事だと気づかず乗り気な咲には呆れたが、夏蓮は未だに驚きの鳥肌が立ったままだ。
日本のスポーツには様々なプロ競技がある。野球を始めサッカーやゴルフやテニス等々《などなど》。
しかし女子ソフトボールに関しては、残念ながらプロという段階は過去も現在もない。主に実業団と呼ばれる会社に就職し、社会人として仕事をしながら練習するもので、学業を労働に置き換えた学生部活動と似たものだろう。
要するに、女子ソフトボールにおけるプロとは何か――それは柚月を凝視している夏蓮は気づいていた。
『つまり柚月ちゃんは、オリンピックに出ようって言ってるの~!?』
「……い、いきなりそんなこと言われても……まぁ、三人なら行けるかもしれないけど、私は試合もまともに出れない下手っぴだし……」
オリンピック出場発案者の柚月、驚きは観察されないが沈黙している梓、そして出演したいテレビ番組を指折り数える咲たちを指した夏蓮。チームの柱として活躍している三人ならまだしも、控えどころかグランド整備や用具運び、最近はブルペンキャッチャーというサポーター役の自分には、実現できそうのない遥か彼方の夢と感じてならなかった。こんな田舎染みた地方から海を渡るなど、小さな脳内では毛頭想像できない。
「へへッ……良いかもね、柚月のそれ……」
「へ……あ、梓ちゃんまでェ!?」
梓が柚月に賛成を意を評したことに、夏蓮は慣れない大声を裏返していた。四人でプロを目指されても、きっと自分だけが三人の足を引っ張ることになるだろうに。
「確かに、プロになるのはとても難しい、そんなことはわかってる。私だって、なれるとは思ってないからさ……」
「え? じゃあどうして柚月ちゃんに賛成なの?」
興奮のあまり早口で返した夏蓮だが、すると梓からは自信持った頷きを受け、勇ましさと健気さを備えた瞳を開ける。
「――でっかい夢がある方が、中学も高校も、またその先でも、四人いっしょでガンバれるって、思ったから……」
「梓、ちゃん……でっかい、夢……」
柚月、咲へと梓の目が移り、最後に合わされた夏蓮の瞳は輝きを増していた。
大きな夢があるこそ、人はたくさんの努力を積み重ねようとする。もちろんそれには多大な時間を掛け、また周囲の協力が必要となるだろう。努力の継続とは、誰かと支え合うことで成り立つ心構えなのだから。
オリンピックなど、夢のまた夢……いや、それ以上の果てしない距離ががあるはずだと、夏蓮はわかっている。しかし、やっと梓にも微笑みを向けることができ、ついには うんッ!! と、頷きまで現していた。
「――最高の絆で結ばれた仲間たちなら……四人いっしょなら、大丈夫って、ことだよね!」
咲の、感覚的とはいえ叫んだ、最高の絆で結ばれた仲間たちという関係性。
柚月の、テキトーかどうかは扠置き告げた、オリンピックという大き過ぎる夢。
そして梓の、不器用ながらも前を向いて放った、いっしょにガンバろうという未来。
そのどれもが、小学五年生の清水夏蓮には新鮮で、弱気で内気な瞳を不思議と大きく開けられた。なぜなら三人の言葉が、心に光を生み出す呪文のように感じたからである。これから舞い込む未来への不安も解消させるほどで、闇をも晴らしてくれる小さな灯火を。
この四人がいっしょなら、大丈夫。
明日も明後日も、そしていつまでも、四人で共に。
最高の絆で結ばれた仲間たちなのだから、きっと大丈夫だ。
あの日夏蓮はそう思いながら、夜景と四人が写った柳川の水面を見つめていた。
「あれから、もう六年が経つんだよね、柚月ちゃん……」
「そうね……ここに来ると、昨日のように思えるわ……」
笹浦市に静かな春夜が訪れた今現在、高校二年生となった夏蓮と柚月は橋上から柳川を覗き込んでいた。水面に写し出された景色は六年前のものと変わっており、当時は無かった高層マンション、新しくできたショッピングセンターなどの灯りが新加入していた。その一方で、老朽化で取り壊しが決定された老舗や小さなアパートなど、姿を消した像も多くある。
いつも共に歩んできた四人のうち二人――中島咲と舞園梓の姿も。
「ねぇ柚月ちゃん……」
「なに?」
「あと一人で、試合ができるね」
「そうね……あと一人で、か……」
自身の成長した姿も観察しながら、夏蓮は反射した柚月と目を合わせて尋ねた。
四月の中旬を迎えたこの頃、笹浦二高女子ソフトボール部は順調にメンバーの数を増やしている。部内で鬼軍曹と化している月島叶恵の後には、二年生の牛島唯と植本きららに、一年生の星川美鈴。そして本日新たに入部した一年生たち――東條菫と菱川凛にMay・C・Alphardの三人。
マネージャーの柚月を抜けば、選手は夏蓮を含めて計八人まで数えることができる。顧問の田村信次や他の関係者たちのおかげでここまで集められたと、内外問わず嬉しく思っていた。
「ハァ~……」
「柚月ちゃん?」
大きなため息を鳴らされた夏蓮は首を傾げ、実像の柚月へ顔を向ける。
「……まぁ、これで一件落着か。あと一人入れば、咲も梓も入部しなくて済む訳だもん……」
「柚月ちゃん……確かにそうだね……」
現実の辛さで俯夏蓮の瞳は再び柳川に戻り、さっきよりも暗い自分の表情が、夜の春風の影響もあってか、揺れて曖昧に写っていた。
元はと言えば、この四人でやろうと思っていた笹二ソフト部。
“「――私わたしたち四人で、もう一度ソフトボール、できないかな?」”
六年前のように、もう一度同じチームでソフトボールをやりたい。そう願って発起人となった夏蓮だが、この勢いでいけば九人目の選手もすぐ入部してくれる気がしていた。二年生でなくとも、新学期仮入部期間の一年生なら、きっと。
試合ができるようになるのは無論、小さな胸は高鳴る思いだ。が、その入部をきっかけで咲と梓の加入が遠退くのは、どことなく切なく感じてならなかった。
「あと一人……四月中に入部決めてくれれば、五月の関東予選は出場でき……」
「……やっぱ、いてほしいよ」
「はい?」
小声ながらも言葉尻を被せた夏蓮は身体ごと柚月に振り向き、眉を立てた真剣な顔を上げてみせる。
「やっぱり私は、咲ちゃんにも梓ちゃんにも、入部してほしい」
春風が二人の髪を靡かせる中、戸惑いながらも熱意を放つ夏蓮の瞳は、どこか冷たげな柚月の目が交差する。
「だって、約束したから……四人でずっと、ソフトボールガンバろうって……この場所でさ」
「夏蓮……アンタ、本気なの?」
「ほ、本気だよ! だって、私たちは……」
自分よりも背が高い柚月からの上から目線に、より冷徹さを感じ狼狽えかけたが、夏蓮の内に秘めた小さな光は消えなかった。
「――最高の絆で結ばれた仲間たちだから! 四人いっしょなら、大丈夫だって信じてるから!!」
夏蓮の高らかな声は、夜の笹浦市に降り注いだ。春風にも載せられて、向こう側の道路橋まで届くほどに。
「……あのさ、夏蓮。いい加減、現実見なさい」
「え……」
しかし、目の前の柚月の心には響かなかったようだ。セミロングの髪をひらりと揺らし、元逸材選手の背を向けられる。
「夏蓮さ、梓がもうソフトボールできる訳ないってのは、あの練習試合を見てるからわかるでしょ?」
表情を見なくても、微動する背中と握り拳から柚月の怒りが伝わってくる。声も格段と低くなった親友に、夏蓮は固唾を飲み込まされるも、まだ灯されている希望の光を絶やず目を運ぶ。
「……で、ても! もしかしたら治るかもしれない!」
「治る? 梓が……?」
元バッテリーからの返答には震えが増していたが、夏蓮は控えとして見てきた者として、恐れず戦くず喉を鳴らす。
「慣れればきっと、梓ちゃんはもう一度プレートを踏めると思うの」
「……」
「きっと、投球練習さえ続ければ、また再起できるって!」
「……チッ」
「……き、きっと梓ちゃんなら、そんな壁乗り越えてくれるって……」
「……夢みたいなこと言わないでよォ!!」
その瞬間、振り返った柚月から轟音を鳴らされた。心臓が止まりそうなほど驚愕してしまったが、すぐに鬼の表情で夏蓮の両肩を握り掴む。
「ゆ、柚月ちゃん……」
「何が治るですってェ? よくもそんな無責任なこと言えたわねェ!!」
単に柚月が恐かった。あの大人びた彼女から放たれる瞳が皆目見当たらず、つり上がったまま夏蓮の目前に最接近する。
「――じゃあアンタは梓のためなら! ボコボコになっても血だらけになっても打席に立ってられんの!? “あれ”を乗り越えるってそういうことだよね!?」
有頂天を迎えた柚月の憤怒に、夏蓮は喉まで畏縮し呼吸が止まった。全身が金縛りに遭ったかのように緊張し、身震いしかできない。
「……治る訳ないでしょ? いくら不器用な梓でも、あんな一球投げたら……壊れるわよ……」
「ゆ……柚月、ちゃん……」
恐ろしい面を伏せて落ち着きを取り戻した様子の親友に、夏蓮の喉は僅かにも働いたものの、見開く瞳には恐怖のあまり涙が浮かんでいた。未だに全身には電気が走ったままで、細い両脚が痙攣している。
「……ご、ゴメン……柚月ちゃん……」
「……私の方こそ……みっともないことしたわね……ゴメン」
顔を下げたまま返された夏蓮だが、正直柚月が梓のことで怒るのも仕方ないことだと捉え始めていた。二人は元バッテリーを組んでいた仲なのだから。エースの気持ちを誰よりもわかっている恋女房が黙っちゃいないはずだと。
「……それに咲だってさ……」
大分小さく暗いトーンに変わった柚月から、鼻を啜る夏蓮は再度俯いた背を見せられる。
「――中学から女子バレーボール部なのよ? それも、あの涼子先輩と同じチーム……。今さら咲を転部させるなんて、反って二人を悲しませるだけよ……」
「……グズッ」
「ほら、帰るわよ? あと一人くらい、また田村先生が連れてくるでしょ……」
すると柚月は自身のスクールバッグを拾い、少しずつ夏蓮から遠ざかっていく。元関東選抜女子らしからぬ、猫背で弱々しい後ろ姿のままで。
『柚月ちゃん……』
中々歩き出せず、立ち竦んだまま一人残った夏蓮。柚月が橋を渡り終える頃を迎えていたが、怒濤に駆られた彼女の表情を
どうしても目に焼き付いてしまっていた。
しかし、夏蓮は心で呟く。
『――柚月ちゃん、泣いてた……ビビった私以上に、ずっと……』
柚月が面を伏せたのは、きっと恥ずかしくて泣き顔を見せたくなかったからだろう。彼女の強がりな性格は、幼馴染みであるが故によくわかってしまった。
確かに柚月は、今まで目にしたことがない怒りをぶつけてきた。もちろんそれは自分の失言が原因に違いない。
だが、これで柚月の、梓へ対する想いまで理解することができた。
『――柚月ちゃんは、梓ちゃんを治ってもらいたいんだ。それでまた、ピッチャーとして活躍してほしいって、心の底から願ってるんだ……』
だからこそ、最初に悩ましいため息を出していたのだ。
現実主義の柚月にだって、叶えたい夢のような希望がある。どんなに無理だと言われても、篠原柚月という少女には熱い想いが宿っているのだ。六年前、この橋上で発言したときから。
柚月とずいぶん距離を取ってしまったが、夏蓮はまだ残っていた涙を拭ってスクールバッグを手に持って走り、柳川の水面から姿を消した。




