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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
一回表◇最高の絆で結ばれた、仲間集め――創部活動編◆
30/118

六球目 ③東條菫パート「き、共通点……?」

◇キャスト◆

東條菫

東條椿

東條苺

菱川凛

東條桜

東條百合

東條蓮華

 笹浦市に溶け込んだ、とある愉快な二階建て一軒家。外の道路が見えない石の垣根かきねで包まれた庭では、その日も姉と弟妹ていまいら三人が遊んでいた。


いちごお姉ちゃん! いっくよ~!!」

「よしっ! じゃあすみれ、わたしのここに投げてみな。ほら、椿つばきも応援してあげて」

「ガンバれ~すみれ姉ちゃん!!」


 和気わきほこる高らかな空気にもおおわれ、今年から小学生になった東條とうじょうすみれという名の少女は、今年二歳の少年――東條とうじょう椿つばきに応援を受けながら、捕手のようにしゃがんでグローブを構えた小学五年生の姉――東條とうじょういちごにソフトボールを突き出して見せる。

ドッジボールやバレーボールにバドミントンなど、様々な球技で過ごしてきた東條家の姉弟妹していまいの三人。本日はソフトボールを扱ったキャッチボールのようだ。どうやらこのボールは、菫が下校途中で偶然拾ってきた物らしく、縫い目の間には“S☆G”と書かれていた。恐らくは、持ち主のチームを示すロゴか何かなのだろう。

 しかしソフトボールクラブについては無知であるため、幼い菫は既に我が物顔で気にせぬまま振りかぶる。


「すぅ~……ハッ!!」


 ――バシッ!!


 乾いた音を鳴らしたグローブは微動だにせず、菫の直球が胸元に決まり、苺の表情が咲き笑う。


「ストラ~イク!! 菫ナイスボール! さすがボールスロー優勝娘ね」

「エヘヘ~! ちなみに、他の種目も一位だったよ!! シャトルランとか~持久走とか~、ちょうざ~……えっと~……あと幅跳びとかも!!」


 通う小学校の体育でも大活躍な菫は長座対前屈こそ言えなかったが、運動神経にけた元気いっぱい少女だ。基本的にこうして外で遊ぶことが幼少時からの過ごし方で、身体を動かさないでいるのは本人曰いわく辛いらしい。


「よしっ! じゃあ菫、もう一球ここに……」

「……おれもおれも~!! 投げさせて~‼」


 すると言葉尻を被せてきた椿に突如、菫は返球を奪われそうになり歯を食い縛る。


「ちょっと椿!! あたしが投げるんだから~!」

「菫姉ちゃんばっかズルいよ~!! おれも投げたい~!」


 取り合いが始まってしまった弟妹ていまいの仁義なきバトルは、姉の苺も苦笑いせずにはいられない様子だ。強くにらむ菫は力ずくでボールを死守し椿を突き放そうとしたが、ふと苺が、待って! と仕方なさそうに立ち上がり、バチバチの二人を向かす。


「つまらないケンカはしない。わたしたち姉妹弟していまいの約束でしょ?」

「だって椿が~……」

「おれだって投げてみたいんだもん!!」


 平行線が未来みらい永劫えいごうに続きそうな幼い弟妹には、苺はいつもこめかみを押さえがちのようだ。共にため息を着き、日課のごとく菫を見下ろす。


「菫……悪いんだけど、椿に投げさせてあげて」

「えぇ~!? あたしも投げたいのに~!!」

「菫は椿のお姉ちゃんでしょ? だからゆずってあげて」

「……は~い」


 納得など皆無な菫だが、苺の指示通りソフトボールを椿に受け渡した。すぐに少年の笑顔とありがとう! を受けたが、それでも自分が投げたい気持ちが勝りそっぽを向いてしまう。


「よっしゃ~!! いくよ苺姉ちゃん!!」

「はいよ~椿。じゃあ、ここ!」

「必殺!! シャイニングソルジェントキャノン~!! エイッ!!」

「――ッ!! ちょっと椿! どこ投げてんの!」


 姉のあせった叫びで菫の瞳は二人に戻る。すると椿が投じたボールは苺の頭上を越え、垣根まで通り過ぎて道路へと姿を消してしまった。


「へへ~!! 見たか! おれのチョーファインプレー!!」

「……いや、大暴投だから」

「あたし取ってくる!!」

「え、菫待って!」


 今度こそ自分が投げてみせる。

 待ちきれない菫はすぐに駆け出し、庭から門へと急ぎ向かう。


「……っ! あそこだ!!」

「菫! 待ってってば!!」


 苺の制止させる声も聞こえない菫には、門のすぐ前で転がるボールが目に映った。早く投げたいの気持ちが加速ばかりに、さらにスピードを上げて門から跳び出した、そのときだった。



 ――ブゥゥゥゥーーーー!!



『え……?』

 あまりにも大きな轟音にはさすがの菫も振り向き、活発な足まで止められてしまう。


『トラック……』


 音の正体がクラクション音だと気づいた頃には、大型トラックが菫の目前まで迫っていた。ブレーキの摩擦音が鳴らされていたが、停止する気配など全く感じないまま道路をすべる。


『……』


 心の呟きも、そして考えることも停止した七歳の少女。ただ漠然ばくぜんと立ちすくみ、見上げる大型トラックとの衝突を棒立ちで待ちのぞんでしまう。


 しかし……



 ――トスッ……。



『へ……』

 トラックより先に、菫の背中には何かが当たり、身体が前傾姿勢ぜんけいしせいのまま進む。

 強く押されたはずなのに痛みが走らない、暖かくて柔らかな感触だった。

 空気のように軽くなった身体はそのまま前へ進み、トラックの正面から離れる。が、倒れそうになっている菫は不思議ながら振り向くと、すぐ後ろでもう一人の少女の必死たる表情が目に留まる。



『――苺、お姉ちゃん……』



 菫の背後では、姉の苺が右手を突き出したまま宙を舞っていたのだ。その姿はまるで、懸命にボールへしがみつこうと飛び込んだ選手のようで、ファインプレー思わせる勇姿のワンショットだった。

 トラックから地面へと衝突相手が換わった菫。もうじきアスファルトが全身に当たるところだったが、瞳だけは苺から離れていなかった。すると恐く見えた姉の表情が突如弛み、ハの字な眉と小さな微笑みが表れる。



「――頼んだよ、菫……」



「苺お姉ちゃん!!」

「うわっ……いきなりどうしたの菫?」

「り、りん……」

 叫んだ菫の目の前には、なぜか親友の菱川ひしかわりんの驚いた小顔が現れた。


「……あれ……どうして凛が、ここに?」

「寝ぼけないでよ。昨日泊めさせてくれたでしょ?」

「寝ぼけ……?」


 不満気な表情に移った凛にもあおられ、菫は辺りを見回し始める。いつもと変わらぬ和室、平和そうに眠る子どもたち、そして窓ガラスに反射された自身の姿を見て、布団から起きた菫はやっと気づく。



『――そっか。また、“あの日”の夢か……』



 今年女子高校一年生を迎えられた菫には、よく再生される夢の一つだった。

 大好きな姉といっしょに遊ぶ、幼き日の思い出。

 楽しい夢には違いなかった。笑顔で無邪気なまま、実の姉とキャッチボールをしたのだから。懐かしいばかりで、あの日に戻りたい想いすら生ませるワンシーンだ。

 しかし、目覚めたばかりの菫にはやはり後味が悪く、今度は苦き横顔がうっすら反射されていた。

 全てがスローモーションに進んだ、“あの日”の一瞬。時間にすれば一秒あるかないかの過去のはずなのに、今でも脳裏にしっかり残っている。まるで昨日のように……もはや、ついさっき起こった出来事かのように。



 ――きっとそれはあの言葉が、妹に送った姉の、他ならない遺言ゆいごんだったからだろう。



 叶うなら、どうかあの日に戻りたい。

 一度でいいから戻って、もう一度あの日の出来事を修正したい。が、世の過去を変えられないことは、十五歳まで成長した自分には痛いほど理解している。タイムマシーンやファンタジーの世界でもなければ、実現できる訳がない願い事にすぎないのだ。


 しかし、どうも少女の心が認めようとしてくれなかった。


 東條家の元長女――東條苺の最期を迎えさせてしまった者として、現在姉となった菫は凛の目の前でしばらくうつむきを止められず座っていた。


「……それよりも菫。早く起きて。妙なことが起きてるの」

「へ? 妙なこと……?」


 ふと切り替えるかのように促した凛の言葉に、菫は首を傾げながら立ち上がる。親友の珍しい焦りの表情まで目に映り、早速寝室から退出してみる。

 すると確かに、普段見慣れない世界が東條家のリビングに拡がっていた。


「つ、椿!? どうしたの!?」

「あ、姉ちゃんおはよー!! それに凛姉ちゃんも!!」


 小学五年生の弟――東條椿の姿がキッチンから窺えた刹那、菫は驚きを声にまで表してしまった。いつも起こしてやるときは二度寝ばかり繰り返す少年が、今日ではいつの間にか起きて朝食を作っていたからである。

 しかし家事全般を任されている菫には異様な光景すぎて、すぐに椿の元へ向かう。


「突然どうしたの? みんなのご飯はあたしが作るからいいってば」

「大丈夫大丈夫! おれに任せて!」

「じゃあ、せめて手伝うよ。何すればいい?」


「おれ一人で大丈夫だって!! だから姉ちゃんは凛姉ちゃんとゆっくりしててよ」

「いや、気持ちは嬉しいんだけど……」


 ただひたすらに心配だったのだ。いくら家庭科が始まった小学五年生と言えども、いっしょにご飯を作った覚えもなければ見たことも聞いたこともない。

 ワンパク少年な椿が家事など、菫はどうも受け入れられず表情を曇らせていた。すると、すでにスーツ姿の父母が現れ、二人の柔らかな表情が放たれる。


「おぉ椿! 男が家事なんて立派じゃないか。父さん嬉しいぞ~」

「じゃあ菫、それに椿も、あとはよろしくね。お母さんたち、御仕事行ってくるわ」

「父ちゃん母ちゃん行ってらっしゃ~い!!」

「い、行ってらっしゃい……」



 菫とは違って父母の二人は椿の変化を微笑みで受け入れ、早速職場へ向かおうと玄関から姿を消した。いつも朝食を作る姉としては、弟の突発的行動を止めてほしかったことか本音だが……。


『椿のやつ……一体どうしたんだろう?』


 再びた椿のキッチン姿を視界に入れ、菫は悩ましい眉の字を放った。やはり手慣れていないためか、行ったり来たりのバタバタとしたせわしさが随所ずいしょに見受けられる。

 習慣着いてる菫はもちろん手伝ってやりたい気持ちがあるが、きっとまた反対されてしまうのがオチだろう。離れたところからただじっと椿を観察しながら、不安の重力ばかりが増していった。


「……とりあえず、わたし蓮華れんげのオムツ換えてくるね」

「凛、ありがとう。よろし……」

「……それはおれがやるよ!!」

「え!? 椿が!?」


 焦り気味の椿から言葉尻を被され、菫はさらに心配の念に満たされる。

「……でも、忙しそうだよ? それに蓮華のオムツ換えなんて考えられないって、いつも言ってたじゃんか?」

「今日から大丈夫!! だから姉ちゃんたちはゆっくりしててって!!」

「は、はぁ……」


 目が合わないほど動き回る椿には、菫は素直な返事と感謝が言えなかった。まだ一歳満たない東條とうじょう蓮華れんげの世話をよくしてくれる凛も小首を傾げ、二人の女子高校生にも共通した想いが生まれる。


 ――「グッモ~お姉ちゃん……」

「さ、さくら……おはよう」

 ――「凛お姉ちゃんおっはよ~!!」

百合ゆり……おはよう」


 今度は弟妹たち――眠たげな小学二年生の東條とうじょうさくらと、早速元気いっぱいな幼稚園年中娘の東條とうじょう百合ゆりが現れる。


「……てかなんで、椿が作ってるの? 今日はお姉ちゃんじゃないの?」

「さぁ~。あたしにもさっぱり……」

「凛お姉ちゃん!! お着替え手伝って~!!」

「うん、わかった。じゃあ百合の幼稚園制服持ってく……」

「……それもおれがやるよ!!」


 今度は凛の言葉尻までも被せてきた椿。理由は誰にも理解できないまま指示されたが、ふと菫は台所から怪しいにおいを鼻で感じ取る。


「つ、椿……げてない?」

「え……わぁ~!! 真っ黒!!」


 黒煙にも気づき驚いた椿はすぐにコンロの火を停めたが、中のしゃけはすでに還らぬすみと化していた。またフライパンに油をき忘れ、固まった目玉焼きががせなかったり、炊飯器のスイッチは押されていたが、白米なのに餅米もちごめ設定でかれていたりと、“てんやわんや”という言葉の説明映像を流していた。


「椿、無理してるよね……」

「アハハハァ~……はぁ~……」


 共に椿を観察している凛が冷たげに呟き、菫は我慢していたため息を吐いてしまう。昨日の晩には代わりに作るも何も聞いていないため、小学五年生の男心おとこごころが全くわからない。いっそのことすぐめてもらい、今までの生活システムに戻したい思いすら募る。



『だけど《や》止めないだろうなぁ~。一度やるって決めた椿は、言うこと聞いてくれないし……』


 男として、一度決めたことは最後までり通す。

 そんな頑固な一面も備える少年は何とか事無きをて、本日の朝ごはん――てんやわんや定食を完成させたのだった。



 ◇支えられて……。◆



 無事に朝ごはんを済ませた菫は家を出て、凛と隣り合いながら笹浦二高へ歩んでいた。本来なら菫が蓮華を背負って近所の御宅へ、凛が百合の手を引き幼稚園へと連れていくところだ。が、今日からはおれがやる!! と、全て椿が引き受けたため慣れない登校路となっていた。


「椿、ホントに大丈夫なのかなぁ?」

「……昨晩、椿に何か話したの?」

「いや、椿には何も……」


 突然変異した少年が頭から離れない菫。爽やかな青空を迎えたはずなのに、どうも心の曇りが晴れず俯き考えていた。


「そっか……じゃあさ、菫のお父さんとお母さんには、何か話したってこと?」

「えっ……ま、まぁ話したけど……」


 凛の洞察力にはいつも驚かされている。菫は自分よりずっと背の低い凛を見下ろしてまばたきを繰り返すと、同学年ながら妹のような少女がほのかに笑う。



「それって、苺お姉さんのことでしょ?」



「えッ!! なんでわかったの!?」

 もしや昨晩、寝室から聞かれていたのだろうか。

 亡くなった苺の存在については、親友の凛にも話したことがあるし、御線香までいてくれたほどだ。しかし驚きが増した菫は立ち止まるほど身が固まり、恐れ多いほどの洞察力備えた親友のか弱い背を凝視ぎょうししてしまう。

 しかし凛は首を左右に振ることで否定し、きびすを返して微笑みを再びあらわにする。


「何となく、だよ。今の椿を刺激する話っていえば、苺お姉さんのことくらいしかないと思うし……」

「苺お姉ちゃんの話が……じ、じゃあなんで、苺お姉ちゃんの話が、椿を刺激することになるの?」


 凛が抱く予想など全く思い付かないまま、菫は固唾を飲み込んで尋ねた。椿だって姉の苺がいたことをもちろん覚えているし、共に遊んだ記憶だって残っているはずだ。


 それなのに、なぜ今になって刺激を加える存在だと言えるのだろうか?


「フフッ、そっか。菫はまだ気づいてないんだね」

「へ……気づいてないって、何を?」


 疑問符ばかりが浮かぶ受け答えには、菫の頭はオーバーヒートを迎えようとしていた。姉として、弟の椿の何を気づいてやれていないのだろうかと、理解している様子の凛にすぐ聞き返そうとする。しかしその刹那せつな、真実を握る少女が再び微笑びしょうし、小さな口を開ける。



「――あの日亡くなった苺お姉さんと、今生きている椿にある、二人だけの共通点だよ」



「き、共通点……?」

 凛から告げられたことは、何とも不透明な答えだった。

 菫は未だにわからず眉間のしわだけが鮮明で、姉弟していらの共通点を思い当たらず頭を抱えていた。


「二人の共通点……異性なのに、二人だけの共通点……」

「それに気づけば、今の椿の気持ち、わかるんじゃない?」

「ん~……! 凛待ってよ!」


 凛が開始した歩みには気づき、菫はすぐに跡を追って隣に並んだ。

 道中では早く答えを知りたいため尋ね続けたが、やはり凛からははっきりとした答えは放たれない。ヒントのような言葉ばかりで、より頭の質量が増していく覚えが走る。



『苺お姉ちゃんと椿……二人だけの共通点ってなに? 全然思い当たらないんだけど……』



 しっかり者の姉と、やんちゃな弟らの共通点。

 似通うはずもない二人の性格からまでも思考を邪魔されながら、菫は浮かない表情のまま笹二へと距離を縮めていった。


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