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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
◇プロローグ◆再開と共に始まる、数多なる再会――プレイッ!!
3/118

一球目 ②田村信次パート 「大丈夫。ボクは、ボクらしくで……」

◇キャスト◆


田村信次


如月彩音


校長先生


教頭先生



「――うわあぁぁ!! 遅刻だあぁぁはぁ~~!!」



 一人のスーツ姿の男性――田村たむら信次しんじは、鞄を大きく揺らしながら猛ダッシュで走っていた。


「どうして、目覚ましの電池切れちゃったんだよー!! 昨晩取り換えたばっかじゃないかぁ~!!」


 残念ながら電池が切れていた訳ではなく、単純にプラスマイナスを反対に入れていたためである。そのときに彼がどうして秒針が止まっていることに気づかなかったのか、もはや迷宮入りだ。


「初日からこんなことになるなんてぇ!! あんまりだぁ~~!!」


 息を荒げて愚痴を溢しながら、ふと身につけていた腕時計を確認する。だが二本の指針らは午前七時半を迎えようとしており、職員会議開始時刻まで残り僅かだと、無慈悲にも伝えていた。


「まずいまずい!! 今日から始業式なのに~!!」


 新学期早々慌ただしい信次は、まるで少年のように疾走していく。

 始業式当日から寝坊というとんでもない事故に見舞われてしまったのだが、もちろん望んでやったわけではない。だがその分だけ、ショックと焦りが計り知れなく、心まで汗びっしょりとなっていた。



「奇跡よッ!! 起きてくれえぇぇ――――!!」



 既に登校してる高校生たちにも見られながら、信次は春の暖かな陽と、揺れ落ちる桜の花びらに迎えられながら、新たな就職先の高等学校へ走って行っくのだった。





 茨城県立笹浦第二高等学校。


 男女共学で入学偏差値は六十弱とされ、県内では進学校としても認められている。校内の生徒数は、現在在籍してる二三年生だけで六百人以上であり、数日後の入学式から含まれる新一年生を加えれば、全部で九百人を超える一般的な県立高校だ。



 そしてこの学校でも、今日から始業式が始まろうとしていたのだ。



 生徒のみんなは新しいクラスに向かい、ある者はクラスが友人といっしょで喜び、ある者はクラスが別れてしまい悲しむといった、様々な顔立ちで新教室を訪れている。


 そんな空気を漂わす生徒たちがうかがわれる頃、全力疾走してきた信次は職員専用の下駄箱へとたどり着いたのだ。


「うお~~!! 間に合ったあぁぁ~!!」


 一声上げて靴を履き替える信次は、何とか会議五分前に到着し、僅かな希望に感謝を抱いていた。しかし安堵のため息を漏らさす間もなく、すぐに誰もいない廊下と階段を猛スピードで走り、現れた威厳極まりない職員室のドアを開ける。



「――おはよーございます!!」

 ――「「「「……」」」」――

「おや……?」



 すると入った職員室には、厳正で静かな空間が拡がっていた。


 目に映ったのは、前方で数多くの先生が机に着いており、奥の方には新任教師と見られる人が四人ほど並んでいる。またその四人の前には、面接のときに会った、苦笑いの校長先生と、瞳を尖らせた教頭先生の眼鏡コンビが立っていた。


 間に合ったはずなのに、嫌な予感がする。


  職員室内にいるほとんどの人から冷たい視線すら浴びる信次は、もしかして? と腕時計を覗こうとしたときだった。


「田村先生だね……待っていたよ」

「こ、校長先生!?」


 笑顔で答えてくれた校長先生の穏和な話し声からは、歓迎の意を込められてると感じた。しかし、信次は相変わらず焦りを隠せず、ごくりと唾を飲み込む。


「……ボク、遅刻でしょうか?」

「一応セーフだけど、社会人は五分前行動が原則だよ」

「はッ!! 申し訳ありません!!」


 ――ガン!!

「いったぁ~~!!」


 謝罪のため勢いよく頭を下げたが、すぐそばにあった机に頭をぶつけてしまう。しかし、先ほどの冷たい雰囲気とは変わって、周りからは呆れた笑い声が響いかされ、場の和みを作らすことができた。


 多少は緊張感が和らいだ信次は、赤くなった額を擦りながら笑っていると、ふと校長先生から咳払いを受けて注意を促される。


「さあ、田村先生。今から新任教師の自己紹介をしてもらうから、君も前に来なさいな」

「は、はい!!」


 信次はすぐに移動を始め、新任教師の列の隣に並ぶ。

 とりあえず間に合ったようだと、やっと安堵のため息を漏らすことができたが、すぐそばで眼鏡をかけた教頭先生から、鋭い眼光が向けられて悪寒が走る。


「全く、初日早々、世話の焼ける人ですね」


「エヘヘ……すみません。随時反省しております……」


「二度と! こんなことがないように」


 離れていく教頭先生に言い残された信次は、何度か頭を掻きながら苦い顔を下に向ける。

 こんなはずではなかった。


 目覚ましさえちゃんと鳴っていれば、開始開始時刻一時間前には来ていたのに。


 やはり昨日、徹夜してしまったことが問題なのだろう。




『――やっぱり徹夜しても、ろくなことないよなぁ……』




 そう思った信次は、今度は悩ましいため息を放って、強張った肩を落として反省していた。





「はい。では、新任教師の自己紹介をしてもらいますので、よろしくお願いします」


 校長先生がそう告げると、新任教師たちがそれぞれの名前、出身校、担当教科、意気込みなど手短に発表していく。全ての教員から注目を浴びながらの発表は、大人である彼らたちでも緊張しており、所々噛んでしまったり、頭の中が真っ白になって言葉が止まってしまったりとしていた。


 再び多大なる緊張感に包まれた職員室では、四人の新任教師の自己紹介が終わり、ついに信次へとバトンが渡される。


「はい、ありがとう。じゃあ最後は、田村先生だね。よろしくお願いします」


「はいッ!! かしこまりましたぁ!!」


 校長先生からの優しい言葉に敬礼した信次は、職員室全体に響くどころか、他の部屋まで聞こえるのではないかと思わせるほどの大きな声で返事をした。


 たくさんの視線を浴びながら、そして新任教師の列から一歩踏み出し、胸を張って声を鳴らす。




「――田村たむら信次しんじと申します!! 今年で三十路の独身です!! あ、あと……担当する教科は国語で、主に現代文です!! 大学は、通信制の大学に通って免許を取得しました!! ふつつかものですが、どうかよろしくお願いします!!」



 三十歳にしては若々しい童顔と声を持つ信次しんじは、最後に勢いよく一礼する。今度は机にぶつけずに済み、満面の笑顔を上げることができていた。




 こうして新任教師の紹介が終わると、信次たちはそれぞれ、設けられた自分の机へと向かい、静かに腰を置く。


 まだ緊張の面立ちを見せていたが、唯ー信次だけは嬉しそうに笑っており、これから始まる職員会議に迷いなく集中して臨んでいた。

 

 

 校長先生からは本日行われる始業式と、それぞれ学級活動内容の説明をされ、あっという間に職員会議が終わってしまう

 。

 全ての先生方も動きだすなか、信次は早速、担任として受け持ったクラスへと向かう準備をしていた。


「さてと、ボクのクラスは二年二組かぁ。楽しみだなぁ!」


 周りにも聞こえる独り言を漏らしながら、机上で生徒名簿と、クラス報告書が閉じられたファイルをトントンと叩いていた。


 ずっと夢に見てた教師が、ついに叶う。

 今はこれ以上の幸せは他にないだろう。


 信次は下手な鼻歌を鳴らしながら立ち上がると、同時に起立した前の女性と目が合う。


「田村先生」

「は、はい!!」


 突如柔らかな声をかけられた信次は驚き、目の前の女性に気をつけの姿勢をしていた。まだ話したことがない女性教員からは、教師らしい風格を感じる一方で、艶のある長い黒髪を揺らしながら、若くてきらびやかな笑顔を向けられていた。

 男として見とれてしまうほどの華やかさを感じていたが、信次の凝視する、薄いルージュで染まった唇が動き出す。


「わたしは如月きさらぎ彩音あやねです。理系クラスの六組を担当することになりましたので、同じ学年同士、よろしくお願いしますね」


「あっ、如月先生! こ、こちらこそよろしくお願いします!! き、如月先生はその、ここで、何年働いていらっしゃるんですか?」


 ふと年齢を気になった信次だが、女性に対してその質問は失礼であることを知ってる。そこであえて勤続年数を問うと、彩音からは大人びた微笑みを放たれる。


「わたしは今年で三年目です。難しい職業で、まだまだ新米同然ですよ」


「いやいや、ボクなんかと比べたら全然!! 足引っ張らないように頑張りますので、末永くよろしくお願いいたします!!」


 眩しいほど明るい声で伝えると、恐らく年齢が近いであろう、如月彩音と共に席を立って廊下に出る。





「…………」


「新学期、晴れて良かったですよね」


「は、はい!! そうでございます!!…………」


 いざ廊下を歩き始めた二人の会話は、とてもぎこちない様子である。


 もちろん結婚などしていない、終いには彼女を持った経験もない信次にとっては、隣に女性を置いて歩くなど非日常なことであり、終始胸の脈打ちが止まらずにいた。


 学校が恋愛をする場所でないことは、いくら愚かな自分でもわかってると感じていたが、どうしても眉間の皺がとれず、への口を止められない。踏み出す一歩一歩も普段より重く、本日の遅刻とは比べ物にならぬほどの圧迫感に襲われていた。


「…………」


「……田村先生?」


 不思議そうに声を鳴らした彩音。


 しかし彼女を無視するかのように、信次は顔を強張らせたまま進んでいく。

 すでに緊張で気が確かでなく、何も耳に入ってこない心持ちだった。

 こんな黙ったまま隣にいたら、早くも嫌われてしまうだろう。


 だからといって、話題を作れるほどの余裕もない。


「……どうしよう?」

 動揺を隠せない信次が小さく呟いたが、悲壮な表情のまま頭を抱え出す。




『やっぱ無理だぁ~……大人の女性と話すだなんて……』




 決して彩音のことを嫌ってる訳ではない。むしろ仲良くしたい気持ちが強くある。


 しかし、あまりにも場馴れしていない。生徒となら躊躇ためらいなく話せる自信はあるが、相手が大人、まして同じく教師ともなると呼吸が止まってしまいそうだ。


 苦悩している信次はついに立ち止まり、隣に身体を向けて急に御辞儀をしてしまう。


「ゴメンなさいッ!! ボクは話題もろくに作れない、つまらない男なんです! どうか御許しください!!」


 誠心誠意を込めて謝罪した信次は、職員室でも見せなかった苦い顔をしていた。しかし彩音から返答が返されず、嫌な空気を感じてならない。もう、手遅れなのだろうか。


 恐る恐るゆっくりと顔を上げていく、女性不馴れな信次。


「……あ、あれ?」


 だが、隣にいたはずの彩音が見当たらず、目が点になって瞬きを繰り返してしまう。


 置いてかれたのかと思って進行方向先を眺めるが、やはり足音すら耳に入ってこない。


 おかしいと首を傾げようとした信次だが、彩音の居場所はすぐに知らされる。


「田村先生? どこに行かれるんですか?」

「ぅえ!?」


 彩音の声が背後から聞こえた信次は、驚きながらも踵を返す。すると少し離れた階段の傍に彼女がおり、微笑みを保ちながらも不思議そうな表情を放っていた。


「そっちは、三年生のクラスですよ? 二年生のクラスは、この階段を上った後です」


「…………わぉ……」


 小さなリアクションを見せた信次だが、彩音の言葉は確かなものであり、動揺のあまり自身のクラスにすら向かっていなかったことに気づく。


「ご、ゴメンなさ~い!!」


 彩音は笑顔のまま見守ってくれていたが、焦る信次の表情は余裕の欠片もなく駆け戻る。

 いくら彼女が自分よりも長い経歴があると言えども、歳上の者として恥ずかしいあまりだった。




 二階から三階へと上った信次と彩音も、やっと別れのときが訪れる。突き当たりとなった廊下には、


 “←理系クラス兼特別進学クラス5~9組”

 “文系クラス1~4組→”


 と場所が示された貼り紙が掲載されており、生徒でもない信次にも大きく役立っていた。



「それでは田村先生。また職員室で」


「は、はい!! 如月先生ありがとうございました!!」


 突き当たり左へ向かった彩音の小さな背に、信次は得意の一礼を再び見せる。


 動揺していたとはいえ、ここまで共に来てくれたことには感謝している。やはり教師とは年齢ではなく、どれだけの経験を持つのかが大切なのだろう。

 そう思いながら信次は顔を上げると、すでに彩音の姿が見えなくなって一人となる。しかし大きな緊張から解放された心持ちで、安堵のため息をついてから右方向に歩み出した。


「二年二組……楽しいクラスにしたいなぁ~」



 笑顔が絶えない、毎日が幸せだと感じられるクラスにさせてあげたい。



 前向きな思いを抱きながらの独り言が楽しげに響かされると、次第に文系クラスが隣並びに姿を現していき、信次の瞳はさらに輝きを増していった。


「あったあった!」


 はにかみながら見つめた先には自身のクラス、二年二組のクラス表札が掲げられている。廊下には人が見当たらず静寂な雰囲気が取り囲んでいることから、生徒および担任の先生もすでに教室にいるのだろう。


 ついに二組の扉前にたどり着いた信次。


 中からはまだ生徒たちの話し声が聞こえてくるなか、ふと大きな深呼吸を吐いて瞳を閉じる。



「大丈夫。きっと、大丈夫……」



 微笑みを消さぬままそっと呟いた信次は、今日ここに来られたことに多大な嬉しさを抱いていた。


 十代の頃から願っていた夢が、ただ今叶おうとしている。何にも形容し難い、眩しい世界が扉をの先に待っているようだった。


「大丈夫。ボクは、ボクらしくで……」


 ここまでの夢の道は、決して安易なものではなかった。もちろん全ては、自身の悪い行いが影響しているため自業自得なのだが、人並み外れた厳しい道のりだったことは否めない。


 しかし、それでも夢を叶えられたのは周囲の支えがあったからだろう。


 信次にはあまり友だちと呼べる存在がいなく、知り合いですら数えられるほどしかいない。


 採用してくれた校長先生を始め、今は音信不通だが身体を張って応援してくれた親友と一人の生徒、そして家族を亡くした自分を育ててくれた、今は亡き里親。


 周りからしてみれば僅かな支えなのかもしれない。それでも信次は大きな力だと思っており、感謝の意を抑えられないほどだった。面倒を見てくれた人がいるだけで、かけがえのない幸せを感じてならない。




『――だったらボクは、絶対に生徒を幸せにさせてみせる。今度こそ、周りからもちゃんと認められる、正しいやり方で!』




 凛とした表情ながらも微笑みを残す信次はついに手を伸ばし、スライド式ドアに触れる。


 神様も祝福してくているのか、直後にチャイムが鳴らされると同時に扉を開け、目も当てられないほど眩しい世界に、信次は大きな一歩を踏み出したのだ。


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