六球目◇支えられて……。◆①清水夏蓮パート「んも、もォいっちょォ!!」
貝塚改め、牛島唯たち三人の加入により、徐々に雰囲気の明るさが増してきた笹浦二高女子ソフトボール部。
残り四人と迫った現状だが、放課後に清水夏蓮がスーパーに向かったところで、小さな再会を果たす。
◇キャスト◆
清水夏蓮
篠原柚月
月島叶恵
牛島唯
植本きらら
星川美鈴
田村信次
東條菫
菱川凛
東條蓮華
四月中旬の朝八時前。
新一年生の入学式を終えてから約一週間が経った現在、桜を僅かとした笹浦第二高等学校では数々の新友姿が見受けられる。同じクラスで隣同士の席になったことをきっかけに、今日の帰りはカラオケに行こうと楽しげに登校する女子たち。また自宅が近所であることを理由に、昨日やったゲームの情報交換をしながら校門を潜る男子たち。
一年生の数多くの笑顔は朝の春陽に照らされ、新たな友情を祝福するかのようにスポットライトを浴びていた。
いつまでも、ずっといっしょにいたい。
そんな一声が漏らされることはなかったが、彼女ら彼らの交える微笑みを窺えば自然とわかるほどだった。穏やかな雰囲気が漂い、静かな朝が今日も訪れているようにも思える一日の始まりだ。
――「んも、もォいっちょォ!!」
しかしその平和な日常の一方で、笹浦二高グランドからは清水夏蓮の苦き叫び声が挙げられていた。
他に朝練を行う部活動はごく限られており、グランドでは甲子園を夢見る硬式野球部、体育館ではインターハイを目指す女子バレーボール部くらい。高き目標設定のために、毎朝努力を積み重ねているようだ。
にも関わらずグランド端の方では、まだまだ出来立ての笹浦二高女子ソフトボール部が活動しており、部員皆ジャージ姿で臨んでいた。
現在締めを迎えた最後の朝練内容は短距離個人ノックで、一人の小さなノッカーとしてバットとボールを握る月島叶恵の隣に、キャッチャーとして自前の赤いミットをはめた篠原柚月が立ち並んでいる。また二人の背後には顧問の田村信次が、普段の彼らしいスーツ姿で練習を監督し、三人が見つめる先には縦に並んだ残りの部員――後ろから植本きらら、星川美鈴、牛島唯、そして先頭に夏蓮を置いた状態が続いている。
「んも、もういっちょ、お願いします!!」
息を切らしながらも、夏蓮はもう一度叫ぶ。しかし何度もエラーを繰り返してしまった発起人は、ノッカーであるもう一人の発起人を苛立たせていた。
「アンタこれで何球目だと思ってんのよ!? 五球目よ五球目ェ!! いい加減逃げずに打球を捕りなさい!!」
「は、はい!!」
相変わらず刺々しい罵声を浴びる中、次こそ捕ると誓い構えた夏蓮。すると間髪入れぬ瞬間に、叶恵が握っていたボールが宙へ浮き始める。
――カキーン!!
鋭い速さで地を這うように放たれた打球に恐れながらも、夏蓮は唇を噛み締めながら正面に入った。
「ふ、ふわッ!!」
しかしボールは夏蓮の開かれた股下を綺麗に通過し、後ろの唯によって拾われる。これで五回もエラーが続いてしまった。
「コラァ!! まだ腰が浮いてんのよ!! 低い体勢にならなきゃダメって、始めっから言ってるでしょうがァ!!」
「は、はい!! ごめんなさい!!」
「謝るなら最初からそうしなさいよォ!!」
「は、はい!!」
怒濤の叶恵から執拗な檄を飛ばされ続ける。大好きなソフトボールをやっている最中なのに、表情には本日の青空に似つかわない曇天が浮かんでいた。
そんなエラーだらけな夏蓮の背後からは、唯たちの同情するような囁きが鳴らされる。
「うわ~アイツ、コォッワ……」
「怖いっすね。もはやツインテール悪魔っす……」
「カナカナ~!! もう少し優しく打つにゃあ!! カレリーニャがかわいそうにゃあよ!!」
唯に美鈴が同意した直後に声を投げたきららだが、それは反って叶恵のイライラゲージを高めるだけだった。
「それじゃ練習にならないでしょうが!? 試合はもっと強い打球があるのよ!! 後ろのアンタらも覚悟しなさい!!」
「そんな酷いにゃあ。カレリーニャが早死しちゃうにゃあよ……」
「清水だって頑張ってんのに……おっかねぇ鬼だな」
「確かにあれは鬼っすね……バットじゃなく金棒で、清水先輩を襲ってるようにしか見えないっすもん」
きららを泣き出しそうなまでに追い込んだ叶恵に唯と美鈴が呆れ、これ以上何も言えない様子が夏蓮の背に伝わった。
現在の部内雰囲気は、どちらかと言えば悪いはずだ。誰も笑ってはいないし、むしろ怒り狂う叶恵しか目立っていないのだから。ちなみに柚月はクスクス笑っているが……。
しかし、夏蓮はほのかに浮かべた微笑みを、唯たち三人に向けていた。
『心配してくれてありがと、きららちゃん、唯ちゃん、美鈴ちゃん』
練習中の同情は反って、努力する選手の能力向上を妨げかねない。
それは経験者である夏蓮にもわかる、一選手としてごく当たり前な定義だ。また経験者にも関わらず下手な自分は、より努力を重ねなければいけないとさえ思っている。発起人という立場もあり、大きな責任を感じながら。しかし、正直嬉しかったのが事実である。
なぜなら初めて、練習中に心配や同情を見せてくれる戦友が現れたのだから。
叶恵からは――決して嫌われている訳ではないが――轟く罵声を、柚月からは幼い時と変わらないドSな無慈悲を受けてきた。また顧問の信次からは暖かき応援を繰り出されるが、唯たちのように同情までは示さない。
――同じ選手という立場で、同じ少女という性で、心配してくれるきららに唯と美鈴には微笑ましく思えていたのだ。
「……もういっちょ、もォいっちょッ!! お願いします!!」
自分は支えられている。しかも、未経験者の三人に。
決してありがとうを口にはしなかった夏蓮は、ヤル気と気合いを取り戻し、今度は六球目のノックボールに向けて眉を立てる。
――カキーン!!
今度の叶恵から放たれた打球は強い勢い変わらず、真正面から急接近してくる。僅かにバウンドすると共に、グランドの土を弾き飛ばしながら、まるで水面を飛び移る水切りの如く迫ってきた。
『だけどもう逃げない! きららちゃんや唯ちゃん、それに美鈴ちゃんにも迷惑掛けないために!!』
心配してくれることには愛を感じる。しかし心配されぬよう行うことが、何よりの恩返しに違いない。
覚悟した夏蓮はもちろん打球正面で捕球体勢に入る。今回は腰を浮かすことなく、踵のみ上げたままグローブ先を地に着け、捕る瞬間まで見逃さぬよう瞳を凝らしていた。
――バシッ!!
「ああ! 捕れた!!」
「はい、捕ったらすぐ投げる!!」
「あ、はい!!」
やっと自身のグローブに打球を収めることができた夏蓮。背後の唯たち三人からもスゴいと祝福を受けながら、叶恵の指示に従ってキャッチャーの柚月へと返球する。
――シュッ!!
――バシッ……。
「……まぁオッケーかな。夏蓮あがりね」
「ありがと、柚月ちゃん! それに叶恵ちゃんも、ノック打ってくれてありがとう!」
「アンタだけ時間掛かりすぎなのよ……ほらあがったあがったぁ!」
返球が弱かったせいか、柚月は苦笑いのまま認めてくれ、また叶恵は頭を抱えるように憂鬱気味だった。
しかし夏蓮は無事に成功できたこと――いや、仲間たちの想いを蔑ろにせず済んだことに安堵し、微笑のままノック列から外れる。
小走りで進みながら叶恵と柚月のもとへ向かったが、すると二人の傍で監督していた信次の笑顔と出会す。
「清水! ナイスキャッチだったよ!! さすが部の創設者だ!」
「先生、ありがと!! 先生が応援してくれたおかげだよ!」
内気な夏蓮にも満面な笑顔が浮かび、普段見せない右拳のガッツポーズを思わず放っていた。まるで自分もプレーに成功して笑む信次には、無意識にも前向きになれる。
「フン。まだまだ甘いわよ……はいじゃあ次!!」
相変わらず厳しいコメントを残す叶恵は狭い背中から鳴らすと、柚月からボールを受け取って再び恐慌ノッカーを務める。
次なる選手は牛島唯。自分の順番が来ていたことを忘れがちだった様子だが、長く荒れ気味な髪を揺らしながらゆっくり一歩踏み出し、先ほどの夏蓮のように腰を低くして守備の体勢に変わる。
「……」
「ちょっとォ!! 何か叫びなさいよ!! 声出して気合いを見せなさいッ!!」
無言のまま構えていた大きな新入部員に、叶恵は再び檄を飛ばし、唯に舌打ちを鳴らすイライラを生ませていた。
「めんどくせぇなぁ……こーい」
「ハァ!? なに!? 聞こえないわよ!! 気合いが足りない証拠よ!! 腹の底から声を出しなさいッ!!」
「うわ~うっぜぇ。聞こえてるくせに……」
唯の表情も曇りがちだったが、先に終了した夏蓮は微笑みを絶やさず見つめていた。
『なんか不思議だなぁ。今まで不登校とか遅刻ばかりだった唯ちゃんを、朝から見てるなんて……』
確か唯とは中学生のときから同じ校舎で過ごしてきた。しかし滅多に会話をする機会がなく、いわゆる他人だった。性格や趣味も全く異なっているだけに、当時からついこの前までは交わるシーンなど思い当たらない。
しかし現在では、笹二ソフト部に入部してくれた唯が、また同学年のきらら、そして出会ったことが皆無な美鈴たちには、とても近く親しい存在になれた気がする。名字も変えた姉御肌少女には、関係なかった自分も寄り添ってみたいと思いながら。
「……唯ちゃんガンバレ~!!」
「――ッ!! ゆ、唯ちゃん言うなッ!!」
「コラァ!! 集中しろォ!!」
「だって清水のヤツが!!」
叶恵の怒号が挙がる結果となったが、唯の頬は依然として真っ赤に染まったいた。きっと“ちゃん”付け呼ばわりに慣れていないのだろう。仲良しの友だちにはそう呼んでいる夏蓮には、少しだけ面白おかしく笑ってしまった。
「なんか、いい雰囲気だなぁ」
ボソッと一人言を呟いてみると、隣で腕組みしながら部員計六人を見守る信次も深々と頷く。
「人の数だけ、明るさが増してる。九人になったら、もっと輝くんだろうね」
「うん。そのためにも、私たちガンバらなきゃだよね」
愛好会程度では、ろくな試合もできやしない。その結果、ソフトボールの楽しみさえわからず終いになるのがオチだ。
そんな思いには、これから入ってくれるであろう部員たちにはさせたくない。
『――あと四人……あと四人で、試合ができるところまで来たんだから……絶対にガンバらなくっちゃ!』
夏蓮は発起人として、ソフトボールファンとして、そして大切な仲間のために、今後の辛い努力の積み重ねを胸に誓ったところだった。
――「あの御二人さん? いい雰囲気なのは悪くないんだけど……」
ふとキャッチャーをボール受けを担当していた柚月が振り向き、冷めた目を向けられた。何か気に障ることでも言ってしまったのだろうか。
「柚月ちゃん、どうしたの?」
「もちろん夏蓮は努力しなきゃダメよ? でも、一番ガンバらなきゃいけないのは~……」
一拍置いた柚月は変わらぬ温度の瞳が、夏蓮から少しだけ逸れた。
「――先生だからね。ノックもできない顧問とか、マジであり得ないから……」
「ギクッ……」
「あ、アハハハ~はぁ……」
背筋が凍り付いたようにピンと伸ばした信次には、夏蓮は苦笑いで応援することしかできなかった。
『確かに、柚月ちゃんは間違ってない。だって先生、一球もバットに当てられなかったんだもん……』
ノック開始時、最初にバットを握ったのは叶恵ではなく信次本人だった。しかし片手でボールを上げてわ落とす動作が繰り返され、何度も空を切り続けた。ついには膝から崩れ落ち、誰よりもショックを抱いていたことまで覚えている。
「せ、先生? お互いガンバろうね」
「は、はい……」
肩を狭めた信次に、夏蓮はまだまだ苦笑いが消えなかったが、輝ける未来のために、双方の努力を誓い合って朝練を乗り越えた。
◇支えられて……。◆
放課後。時刻は午後の五時。
笹浦二高問わず全ての小中高校から生徒が出ていき、街並みは制服を着飾る者たちで溢れる時間帯だ。
本日は午後の部活動が早終わりになった笹浦二高女子ソフトボール部。理由としてはマネージャーの柚月が通院日、また叶恵も何やら明かせない急用があって不参加、そして顧問の信次も外出してどこかに向かってしまったためだ。
足腰強化のため走り込みだけ済ませた残り四人たち。その中で無事に済ませてきた夏蓮は、多大なる疲労感を覚えながら、制服姿で自宅近くのスーパーに入った。いつも使用してるフローラルシャンプーが切れてしまったため、寄り道しているところだった。
「……あ、あったあった! あ……」
早速シャンプーコーナーへたどり着き目的の品前に立った夏蓮。しかし見えた光景に唖然としてしまう。
『た、高い……』
それはシャンプーの値段――ではなかった。いつも購入している物のため相場は既知で、またスーパーだけに安価な提示もされている。
しかし、天を仰ぐようにシャンプーを見つめる夏蓮の思いは変わらなかった。
『ダメだ……あそこまで届かない……』
夏蓮の欲しがるシャンプーは現在、棚の最上段に並べられていた。何列にも展開されているため、在庫にも余裕を感じる。
しかし、女子高校生平均身長満たない夏蓮には、手を伸ばしても届きそうにないくらいの高さに位置していたのだ。背伸びを加えたとしても、精々《せいぜい》上から二段目までが限界だろう。
周辺に台、この際脚立でもいいと思いながら探してみたが、どうも見当たらない。また店員の姿もシャンプーコーナーにおらず、夏蓮という一人の少女だけの空間となったいた。
『どおしよぉ~……店員さんに聞きに行くのも恥ずかしいし、きっとレジとかで忙しいところだと思うし~……』
内気と気遣いが合わさり、動くに動けなかった。
こうなったらやむを得ないと、夏蓮は固唾を飲み込み、再び最上段のフローラルシャンプーを見上げる。
『よしっ! 絶対に取ってみせる!!』
不安による冷や汗まで浮かべながらも、夏蓮は覚悟を決めて一歩踏み出し、短く小さな右手を差し伸ばす。試しに背伸びをしてみたが、予想通り指先が二段目に触れるところで止まった。
しかし諦めない気持ちを抱いた夏蓮は、今度は部活動で鍛えたジャンプまで加える。
「よっ、とぉ……ふっ!」
ふんわりボブと共に、スカートを靡かせながら何度も飛び跳ねてみた。が、あと数センチところで届かない状態が続き、諦めムードが漂う。
『あともう少し……あともう少しなのに……』
「てい、ほっ……やぁ!」
いつからこんなに諦め悪い少女になってしまったのだろうか。
夏蓮は我ながらそう思いながらも、必死の“147cm”を見せ続けた。すると身体が慣れてきたのか、指先は最初に比べて最上段に近づくようになり、残り僅かまで到達していた。
「はぁはぁ……よしっ……」
次で絶対に取る。
恥ずかしさなど疾うに忘れた夏蓮は足裏に力を込め、脹脛のバネを縮めた、そのときだった。
――「はい! どうぞ」
「へ……」
目標としていたシャンプーが突如他の手に取り去られ、ジャンプしかけていた夏蓮の胸元に運ばれる。思わずマヌケな声を漏らしてしまうほど、突発的な女声まで聞こえた。
「欲しかったの、これかな?」
「え、あ、はい。あ、ありがと」
「どう致しまして!」
結果的にフローラルシャンプーを手にした夏蓮に見えたのは、片手に大量の品が入ったカゴを待ち、眠っている赤子を背負った女子だった。親友の三人――篠原柚月や中島咲、そして舞園梓らと同身長クラスで、緑のシュシュで整えたポニーテール女子だった。
そう考えると、夏蓮は四人の中でも一人だけ小さいことがわかる……。
『――てか、あれ? この娘、笹二の制服……それに、いつかどこかで見たような……』
名前の知らない彼女は確かに笹浦二高の制服で、今年の一年生を示す緑リボンを結んでいた。また高らかな声といい、しっかりとした雰囲気といい、どうも夏蓮には見覚えがあるように思えた。
――「菫、どうしたの……?」
するとまた別の女声が、姉のような女子の背後から鳴らされた。今度は打って変わり、か細く小さな声で身体も細々としていたが、ひょっこりと小顔を出したショートヘアな少女も笹二制服姿だった。ちなみに気になる身長は、夏蓮よりも小さい。
「あぁ凛! ちょっと困ってた人を手伝ってただけ!」
「そう……あれ? あのとき漫才してた人だ……」
「ま、漫才……?」
漫才をした記憶はないが、仲むつまじい姉妹のような二人の姿が公開され、菫と呼ばれた女子だけでなく、凛とわかった少女のことも夏蓮には覚えがあった。
「……はっ! あのとき、ボール返してくれた娘だ!」
「へ? ……あ~あ! 確かあのときの、ソフトボール部の娘だよね!」
どうやら菫という彼女も、夏蓮と共に思い出したようだ。
そのときはついこの前、唯ときららに美鈴が入部した日のことだ。キャッチボール中に逸らしてしまったボールを遠くの校舎から――しかも胸元へ――返してくれたのが彼女である。
「あのときも、わざわざありがとう」
「いやいや! そんなに気にしないで!」
頭を掻きながら照れ臭そうに返されると、改めて彼女たちの自己紹介が始まる。
「――あたしは東條菫! よろしくね! 一年二組で、たぶん来年は文系になるかなぁ。あと、この背中にいる娘は蓮華。あともう少しで一歳なんだ!」
「ほ、ほう……私は、清水夏蓮です……」
安らかに眠っている赤子の東條蓮華も含めた東條菫。一方で相槌を打った夏蓮は妙に言葉遣いを気にしていたが、次は隣のか弱く静寂な少女に手のひらが向かう。
「それから、この娘が菱川凛! 小学生のときからの付き合いで、よく妹だって間違われるんだけど、あたしの大切な親友なんだ!!」
「……あのさ、菫?」
「ん? どうしたの凛?」
「この人、二年生だよ。制服のリボン見て……」
「え……あっ!」
高校一年生にしては幼く見える菱川凛は夏蓮の制服リボンに指差し、菫に見るよう促した。色は現在の二年生を現す青色だが、驚いた表情を見る限り気づいていなかったらしい。
「うわぁ~ごめんなさい!! うっかり勘違いして……失礼しました!!」
「あ、そんな頭まで下げないで! 赤ちゃん起きちゃまずいし、私全然気にしてないから!」
とは言ったものの、夏蓮は眉を潜めてため息を溢していた。
『そういえば、叶恵ちゃんも美鈴ちゃんに間違われてたっけなぁ~……そっか、こんな気持ちになるんだね……』
やるせないの一言に尽きる。生まれもった低身長でここまで悩ましく思ったのは久しぶりだ。
「……? てか東條さん、ずいぶん買い物多いんだね?」
ふと菫の買い物カゴを窺った夏蓮は不思議ながら囁いた。恐らく大きなレジ袋二つはいきそうな品数で、また凛のカゴも含めると合計三袋に到達してしまうことだろう。
「いやぁ~、まぁいつものことですよ。長女として、これくらいへっちゃらです!」
「菫の家族は全部で、は、七人いますから……」
「へぇ~、七人もいるんだぁ……」
どうやら菫は大家族の姉らしい。一人っ娘の夏蓮には想像着かないほどの人数だ。
「そっかぁ……じゃあ、家までの荷物運び、私も手伝うよ!」
「えっ!? でも悪いですよ、そんなの……」
「シャンプーも取ってくれたし、この前の返球の御礼だよ。だから任せて!」
先輩らしいところを見せるチャンスだと、夏蓮は小さな胸を張ってみせた。名誉挽回のチャンスだと言わんばかりに堂々と。
「清水先輩……じゃあ、御言葉に甘えさせていただきます!」
「よしっ! じゃあ早速レジに向かおう!」
「はい!」
快く受け入れてくれた菫のカゴを持ってあげながら、夏蓮はまっすぐレジへと歩み進んでいった。凛からの心配目が向けられていたことは否めないが、それでも少女は人のためにガンバろうとしていた。




