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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
一回表◇最高の絆で結ばれた、仲間集め――創部活動編◆
23/118

五球目②(貝塚)唯パート 「……テメェは、殴《なぐ》んねぇのかよ?」

◇キャスト◆

(貝塚)唯

田村信次

植本きらら

星川美鈴


「にゃはは~!! 信次くん! 信次く~ん!!」

「う、植本うえもと離してくれ!! 誰かに見つかったらホントにマズイから!」

「きららは別に良いにゃあよ?」

「ボクは良くないって!!」


 女子高校生三人が解放されたゲームセンター前、今度は植本うえもときららに腕を抱き締められた田村たむら信次しんじは、何とか離れてほしいと言わんばかりに身体を彼女から反らして進もうとしていた。男性教諭と女子高校生のこんな姿を目撃されれば、どんな理由があろうとも処刑以外の未来は望まれないだろう。


「アハハ! きらら先輩最高っす!! もっともっとやってほしいっす!!」


 しかし信次が嫌がる一方で、さっきまで暗い表情だった星川ほしかわ美鈴みすずが悪乗りするかの如く、きららに笑顔のエールを送り続ける。


「ミスズンがそう言うんにゃら~……やっちゃうにゃあ!!」

「わぁ!! 植本~!?」

「ハッハハ!! ハンパねぇっす!!」


 とにかく愉快なきららに困惑している新任教諭の信次、そんな彼を眺めて高らかに嘲笑ちょうしょうする新一年生の美鈴と、男性教諭を中心に場は一時の和みが漂い流れているかと思えた。



「――きらら、ソイツをあんま信じんなよ……」



「ゆ、唯……」

「唯先輩……」

 声が鳴らされた後ろを振り向いたきららと美鈴の先には、センターから出てやっと声を発した貝塚かいづかゆいが一人、冷徹なままに疑う瞳を信次に向けていた。重苦しい雰囲気が、再び四人を包み始める。


「貝塚……どうして?」

「どうせテメェだって、オレらのこと気に入ってねぇんだろ? キレるならとっととキレればいいさ。後々ガヤガヤ言われんのもダリぃしよ……」


 唯は怒りをあおるように、片目を細めてガンを飛ばす。拳を固め前のめりな姿勢は相手を受け付けない嫌悪けんおを示し、自身の担任すらも遠ざけようとしていた。


「べ、別に、ボクは貝塚たちを嫌ってなんか……」

「……テメェは、なぐんねぇのかよ?」

「え?」


 得意の微笑みで繰り出してきた信次だが、すぐに言葉尻を被せた唯によって、緩みが途絶える。どうしてそんなことを聞くのだろうかと、開いた目で語りかけるように。

 きららや美鈴も心配気な表情に染まる中、唯は信次から視線をらし、荒れ気味なロングヘアーと共にうつむく。その表情には、人一倍の闇がうかがえるほどの黒いオーラ顕在けんざいだった。


『大人のことなんて、誰が信じっかよ? 自分のことしか考えらんねぇ、野蛮やばんなヤツらなんかを……』


 大人という存在を忌み嫌う唯。それは自身の女離れした荒々しい性格、平気で欠席する行い、そして日々の暮らしを考慮すれば仕方ないことなのだ。もちろん誰にも伝えたことがない、悲壮ひそうたる日常を。



『どうせ大人なんてみんな、うちのヤツと同じなんだよ。きっと……』



「――どうして、殴る必要があるのかな?」



「はぁ……?」

 ふと信次の拍子抜けさせる声で、唯は思い出したように眉を立てた顔を上げた。すると再び担任の笑みが目に映り、ほんの少しだけ眉間のしわが取れる。


「だって貝塚は、人間じゃないか」

「……あ、ア゛ァ!? どういう意味だよ!?」


 バカにされたと受け取った唯だが、信次の悠然ゆうぜんとした穏やかな微笑みは続く。



「体罰から学ぶ。それは、動物と同じだ。でも、貝塚は動物なんかじゃない。自ら考えて行動する、立派な人間だ。だから考えることができる貝塚を殴る理由なんて、どこにもない。少なくとも、ボクはそう思うよ?」



 優しく言いかける音量でつむがれた、信次の真心込められた言葉たち。唯の耳を通してではなく、心そのものに直接送り染み込ませるかのように。


「な、なんだよ、それ……」


 しかし唯は再び視線を横下のアスファルトに向け、信次の穏やかな態度を見ない努力をしてしまう。目の前の大人に心を許しかけてしまうと、単純に怖かったからだ。



『――そんなこと、今まで言われたことなんかねぇのに……』



 小中高と思い返しても、唯は登校した学校でいつも罵声ばせいをぶつけられてきた。寝坊して遅刻してしまったり、訳あってわざとスカートを足元まで長くしたり、時には腹が立って殴った壁に穴を空けたりと、校内ではいつも問題児扱いを受けてわ怒られてきた。相手の表情をみればいつも鬼の形相で、誰も暖かく見つめてくれる大人などいやしなかった。


 誰一人からも……。



 ――そんな唯に初めて、田村信次という大人から優しさを向けられたのだ。



「なんなんだよ、チクショウ……」

 唯の頬は徐々に赤みを増していたが、決して信次を異性として捉えた訳ではない。経験の覚えがない優しさに包まれ、単に馴れていなかったからである。



 大嫌いな大人からの、真っ直ぐな優しさを。



「……信次くん。早く行こうにゃあ。信次くんだって、忙しいはずにゃんだから」

 すると微笑みを戻したきららが信次の後ろから袖を引き、沈黙しかけていた空気をともす。


「ありがと植本。明日は土曜だけど、君たちも振り替えで学校あるもんね」


 勉学で多忙な高校生を夜遅くまで残す訳にはいかないと、信次はきららと共に歩き出しゲームセンターから離れていく。


「ほら! 唯もミスズンも行くにゃあよ!!」


 元気まで取り戻したきららは歩きながら、呆然ぼうぜんと動きが止まっていた美鈴、そして未だに俯き黙った唯へ呼び掛けた。二対二に割れた四人の距離が増していき、反ってそれが残った二人の行動をうながす。


「ゆ、唯先輩。きらら先輩が……」

「わりぃな美鈴。お前のこと、遅くまで残しちまってさ……」

「え……?」


 戸惑う様子で美鈴が振り向くと、唯は小さなため息を吐いてからやっと動き出した。隣を通り過ぎるところで、小さな後輩の肩にゆっくりと暖かな手のひらを置き、穏やかな瞳で合わせる。


「い、いや別に、うちは……」

「オレたちも行こうぜ。きららをひとりにする訳にはいかねぇからさ」

「は、はいっす!」


 いつしか唯の顔には後輩を思う優しさが現れ、小さな美鈴を横に置きながら、きららたちの隣り合う後ろ姿を追っていった。

 別に早く家に帰りたい訳ではない。そしてまだ信次に心を許したつもりも毛頭もうとうない。唯の脳裏に浮かぶのは、大切な後輩である美鈴を長く残してやりたくなかったこと、そして大切な親友のきららをほおっておきたくなかったことだけだ。なぜなら二人は唯にとって、かけがえのない大切な存在だからである。



『家族みてぇなもんだからさ、オレらは……』



 共に笑い、共に悲しみ、共に想いを共有しながら生活していきたい。

 きららと美鈴に心を置く唯はそう密かに思いながら、乾いた革靴の音を静かにて続けていた。


 やっと帰路をたどり進むこととなった四人。まずは唯の発案で、一年生である美鈴の自宅へ向かうことにした。家が近かったこともあるが、何よりも学年が一番低い彼女を先に帰してやりたかったからである。

 暗い道中は主にきららと信次の話で盛り上がり、それを背後で唯と美鈴が聞く体制となっていた。

 唯は信次が、きららに何か変なことしたら許さないと言わんばかりに大きな背を注視していたが、ふと振り返られ、思わず目が合い驚く。


「な、なんだよ……?」

「それにしても、元気そうで良かったよ。始業式から学校来てなかったから心配してたんだ」


 信次が子どものように無邪気なはにかみを放つと、唯だけでなく美鈴ときららにも向ける。


「信次くん……心配してくれたのかにゃあ?」


 すると隣のきららが珍しく困った表情で呟いたが、信次は落ち着いたままに頷く。


「もちろん心配したさ。ボクにとって、君ら三人は大切な生徒なんだから」


 信次は代表としてきららを見つめながら語りかけたが、カールがいた御嬢様の茶髪が首の傾げと共に揺れる。


「……でも、きららは他のクラスにゃあよ? それにミスズンなんかは学年も違うにゃあ」

「そ、そうっすよ。てかなんで、うちが休んでたことも知ってるっすか?」


 不思議がる二人に質問攻めにってしまうが、それでも信次は動じる様子を放たず、頬の上がりをめなかった。


「君たちのクラスの現代文は、ボクが担当だからね。授業で出欠確認するしさ。君たちが欠席した理由もわからなかったから、余計に心配してたんだよ」


 担任でもないにも関わらず、信次は現代文の出席簿を元に二人の欠席を気にしていたのだ。きららの場合は始業式当日の一日だけ。美鈴に関しては未だに出席マークが着いていない状況だ。


「信次くん……」

「田村、先生……」


 嬉しそうに瞳を輝かすきらら、また小さくも驚いて目の灯火ともしびを揺らめかす美鈴に見つめられた信次。たとえ彼女たちの担任でなくとも、一人の校内生徒として大切にする想いの現れだ。



「――どうせ、嘘だろ……」



 しかし平和な雰囲気をかき消すように、信次を担任としている唯はふてぶてしくつぶやく。


「貝塚……」

「そう言って、オレらの心を掴もうとしてるだけだろ?」


 唯は未だに、今年の担任へ信頼を置けていなかったのだ。今はこうして優しく接していても、きっとそのうち問題児扱いされ、いつかは突き放されるのがオチに違いないと。

 美鈴の自宅に近づきながらも、唯の威嚇いかくする瞳は続いていた。が、信次からは再びニコッと柔らかな陽を向けられる。


「そんなことはないよ。心を掴もうだなんて、そんなこと考えたことはないし、しようとしたこともない」

「へっ……じゃあオレらは、どうでもいいガキ扱いしてるってことじゃんかよ?」


 呆れて吹いてしまった唯はさらに追いつめてやろうと返したが、信次は表情を変えず、静かに首を左右に振る。


「ボクはね、生徒たちを尊敬し、信じているんだ。だからそんなうやまうべき生徒たちが自ら、ボクに心を寄せてくれたらいいなって、思ってるだけだよ」


 すると信次は唯の前で、自身の手のひらをのぞき込む。



「――生徒の心を掴もうだなんて……この汚い手で掴もうとするのは、ホントに失礼極まりないからね……」



「な、なんでそんのこと……」

 思いもしてなかった応答と態度を受けた唯は息を飲み、信頼などしていない信次を思わず見つめてしまった。確かに小指下の月丘げっきゅうには黒いボールペン跡が点々と刻まれているが、至って大きなよごれなど見当たらない。

 しかし、妙に暗鬱あんうつな俯きを現した担任からは、他者には見えないけがれを背負わされているかのように窺え、維持した微笑みが反って悲しみを強めているよう感じてしまった。


『なんで、そんな顔すんだよ……?』


 声には出さなかった唯だが、少しばかり信次を気にし始める。何かを隠しながら辛い現実を生きている者として、似た共通点があるととらえたからである。


 誰にも言えない――というかは言いたくない、背負わされた苦しみを。



 四人が歩き続けて十分少々、ついに美鈴の家の前にたどり着いた。住宅地に建ったよくある一軒家二階建てだが、点灯された電気は一つもなく真っ暗な状態。美鈴が言うには、共働きの両親もまだ帰宅していないらしく、信次たちの訪問を迎えてくれる者などいなかった。


「じゃあ、親御おやごさんによろしく伝えておいてね」

「ミスズン! また明日会おうにゃあ」


 門を開けた美鈴は信次からなぜか敬礼を、そしてきららからは夜道も照らすような笑顔で手を振られた。


「あ、ありがとうございましたっす、田村先生、きらら先輩……ゆ、唯先輩も……」


 美鈴が話しづらそうに声を向けた信次たちの後ろに、唯は一人 たたずんでいた。夜の闇に溶け込みそうな表情で下を向いていたが、すぐに穏便な瞳を上げる。


「またな、美鈴。今日はホントに、ゴメンな」

「唯先輩……はいっす……」


 先輩の静かなささやきに、美鈴は悩ましい表情で返していた。心配している様子が垣間見かいまみえるほどの目の潤みだが、唯たちは背を向け去っていき、次の目的地へと出発した。

 次に向かう場所は再び唯の意見で、きららの自宅に決まった。

 信次ともっと時間過ごしたかったきららからは猛反対されてしまったが、信頼できない大人と二人きりにさせたくなかったのが唯の本音である。


「それにしても、星川はいい後輩じゃないか。いつから仲良くなったの?」


 話題を作り出した信次が二人に問うと、隣で背を曲げ寄り添うきららが猫口を向ける。


「きららは、この前の入学式のときだにゃあ。ミスズンはチョ~かわいい妹みたいな存在にゃあよ!! ちなみにミスズンは、唯とは前からの付き合いらしいにゃあ」

「へぇ~。じゃあ貝塚の実の後輩ってことかぁ。じゃあ貝塚と星川は、どうやって出会ったの?」


 二人の跡を追うようにしていた唯は二人に顔向けされたが、不貞腐ふてくされながら視線を逸らす。


「歩けなくなっていた美鈴を、助けてやった。そんときだ……」

「そうか~。貝塚は優しいんだなぁ」

「うっせ……」


 信次の感嘆的な返しには、唯は無視する姿勢を貫いた。聞き手に届くのかあやういほど、かすかでかすれた小声で。

 しかし今度は二人を焦点にした話題に変えられ、担任と生徒の距離をさらに縮められる。


「君ら二人も仲がいいよな~。二人はいつから?」

「きららと唯は、中二のときに知り合ったんだにゃあ。実はそのときも、唯はきららを助けてくれたんだにゃあよ」

「助けた? 植本も歩けなくなったの?」


 信次からはまばたき繰り返されたきららだが、すぐにフンワリ茶髪を左右に振り、唯に微笑む瞳を送る。


「いつも一人だったきららの親友になってくれたんだにゃあ。唯はきららを、孤独こどくひつぎから助けてくれたんだにゃあよ」


 目を合わせ語りかけられた唯は相変わらず、一人だけ取り残されたように沈黙を続けていた。信次には良いことだと誉められ、きららからはありがとうの言葉を送られ、そっと包み込んでくれる二つの光に見舞われた。

 しかし、唯の瞳に温度なともることはなかった。



『――オレはまだ、助けてなんかいねぇだろ、きらら。お前がホントに苦しんでたのはそこじゃねぇし、今も続いてるはずだろ?』



 目には目を。内なる心には聞こえない想いで。

 唯はきららに細めた瞳を交差させた。するとおちゃらけた様子を放たない、御嬢様の上品な頬の緩みを放たれるだけで、二人の会話が起こることはなかった。



 歩くこと長くして三十分以上。三人はやっときららの家の前に到着した。


「よし着いた……ってここ!?」


 童眼をより開いた信次が見つめるきららの家は、一言で言えば正に大豪邸だいごうていだった。赤く立ち並んだレンガの壁、玄関まで距離がある黒光りする門、小さな公園よりもはるかに広大な庭、そして城のような家の前には噴水まで顕在けんざいだ。


「あ、明かりがいてるってことは、親御さんはいるみたいだね」


 未だに目が点の信次だが、きららは飛びっきりのにゃあを響かせてから大きな門を開ける。


「今日はありがとにゃあ!! と~っても楽しかったにゃあ!!」

「楽しかったって……もう二度と、こんなことしないようにね」


 困りながらも微笑みを持った信次に、きららは暗夜あんよを惑わす笑顔で頷く。


「わかったにゃあ!! ……あ、そうそう。あと最後に、信次くんだけに内緒の話があるにゃあ。ちょっと耳貸してほしいにゃあ」

「お、おい! きらら!?」


 きららの突然な一言に、唯は怒りの身構えで近づこうした。いつまでも仲良さげだっただけに、早速の告白でもしてしまうのかと思ったからである。

 しかしきららからは手のひらを向けられ、門前払いを受けてしまう。


「唯は聞いちゃダメにゃあ!! これは、きららと信次くんの、禁断の内緒話なんだからにゃあ!」

「……チッ、もう勝手にしろ」


 唯は腕組みをしながら袖をギュッと握り締め、心配しながらもきららから離れる。仮に信次と付き合ったとしても知らないぞと、なかば見捨てるような気持ちで二人の様子を観察していた。

 一方で茫然とした信次は疑念を抱く様子できららに近づき、言われた通り片耳を向ける。するとゆっくり御嬢様の白い手のひらに包まれ、離れた唯には全く聞こえない声量で言葉を送る。



「…………っ! え……?」



「ん……?」

 信次は一体何に驚いているのだろうと、一人距離を置いて眺める唯は不機嫌ながらも目をさらに尖らせていた。

 信次からすぐに視線を投げられ、またきららからも静かな微笑みを向けられ、不審ばかりがつのりイライラが増しそうだ。


「何話したんだよ?」

「じゃあ唯。それに信次くんも、また明日にゃあ!」

「お、おいきらら!?」


 信次に話した内容など微塵みじんおおやけにしなかったきらら。唯の大声を無視するよう二人に手を振り、門を閉めてすぐに城の玄関へ姿を消していった。


『な、なんだよ、二人だけの話って? オレにも話せねぇ内容だっていうのかよ?』


 もしや恋愛事すらも飛び越えたちぎりでも結んだのかと、唯は普段使おうともしない脳で考えてみる。が、もちろん真実などわかるはずもなく、明日にでも無理矢理聞き出した方が早いと結論着け落ち着いた。

 ふとため息を鳴らして気分を切り替えた唯。思えば今現在、信頼など置けやしない大人且つ担任の信次と二人きりの状況に気づいたが、冷静という冷めた態度で半身を映す。


「……よし。じゃあ最後は貝塚の家……」

「……二人きりになったぞ? まだ殴らねぇのか?」


 いつの間にか驚きをめた信次だが、唯は言葉尻を被せ冷徹な瞳で対峙する。いくら教員と言えども、誰からも見られていない場ならば体罰を平気で下すはずだ。だから先に美鈴やきららを帰してやり、怒られ慣れた自分が一人残ったのだ。



『――傷つくのは、オレだけで充分だから……』



「だからそんなことはしないって。ほら、行くよ?」

 しかし信次からは予想と裏腹の笑顔で告げられてしまい、唯の口は動かず固まっていた。何を考えているのか本当に訳がわからない男だと呆れ、身構えを止めてそそくさと歩きだし、共に担任が後ろから見送り続けるよう跡を追われた。

 今夜の春風のように暖かで優しく、不意に心を揺らしかねない突発的な強風に遭遇しながら、唯は重い足取りを小刻みにして進でいった。

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