四球目 ②月島叶恵パート「ヤバ、彩音ちゃんからじゃん……」
◇キャスト◆
月島叶恵
叶恵の母
井村幸三
宙継希望未
「……はぁ、腹立った……」
太陽が沈んだ暗い夜道、一人静かに呟いた女子高校二年生――月島叶恵は現在、自宅玄関前にたどり着いたところだ。二階建て一軒家のありふれた家屋、革靴を脱いだ叶恵は何も口にしないまま紺ソックスを床に乗せると、奥のリビングから母親の姿が現れる。
「あら、おかえりなさい。今日は珍しく遅かったわね?」
「……まぁ、色々調べ物してたからさ」
「そう……ところで、今日は?」
「今日は、もう疲れたから行かない……」
「そ、そう……わかったわ……」
気怠さを放って母の笑みを消した叶恵は階段を上り、自身の部屋に入ってすぐベットにうつ伏せで倒れる。
「はぁ……マジ疲れた……」
確かに疲れたのは事実だ。今日は始業式当日で、叶恵は、生徒会に属する同じクラスの友だちを助ける意で、式片付けの手伝いを行うことになった。多くの事務椅子を畳み運び、体育館に飾られた看板や垂れ幕などを取り外し仕舞ったりと、肉体労働を自ら受けたことに今さらながら後悔のため息を溢していた。
寝返りを打って天井を覗くように寝転んだ、制服のままツインテールを広げる叶恵。自分以外誰もいない静かな空間と疲労のせいか、今にも眠りに着いてしまいそうな中、頭から離れない今日の出来事を浮かべていた。
『な~にが笹二ソフト部よ? バカじゃないの……』
今にも新設されようとしている、笹浦二高女子ソフトボール部。清水夏蓮を始めに、篠原柚月や田村信次らが早速勧誘に力を注ぐ様子がフラッシュバックする。が、叶恵からしてみれば、今では腹立たしい活動としか捉えられず、新生笹二ソフト部など、勧誘ポスターを剥がしてしまうほど嫌悪的な存在でしかなかった。
『どうせ去年と同じよ……また騙されて、傷つけられるのがオチに決まってんでしょ……』
瞳を左腕で隠した叶恵は今度、去年の出来事を思い出していた。それは彼女にとって、できるだけ思い出したくない過去であり、共に永遠に忘れることのできない心の傷でもある。
今から一年前の春。
その日も笹浦第二高等学校では始業式が行われた。様々な新一年生が入学し新天地に訪れた中、そこにはヤル気と熱意を抱いた一年生――月島叶恵がいたのだ。
当時一年一組となった叶恵は始業式当日放課後、担任の男性教諭――井村幸三にとある申し出をした。
「先生!! 私ソフトボール部を創りたいです!! 私、ソフトボール経験者で、プロになりたい夢があるんです!! だから是非! 協力してくれませんか!?」
人数の少ない職員室で、心からの雄叫びが響いた。
小学生から中学生までソフトボールを続けてきた叶恵は、初めはソフト部が有名な一つの高校に入学しようと考えていた。しかしスポーツ推薦でしか入部できない強豪校で、彼女が培ってきた努力では入学できなかったのだ。
こうして経緯を経て入学したのが、自宅から近い笹浦第二高等学校。学力は叶恵とちょうど合って受験競争を制したが、今度は創部という壁を乗り越えようとしている。
「新しい部活か……わかった。ちょっと考えてみるよ」
幸三からは渋めな顔を見せられたものの、叶恵は嬉しいあまり自身のツインテールを揺らし、ダブルピースを額に当てる。
「ありがとうございます!! カーナッカナー!!」
「……なんだよ、それ?」
引目な幸三だが、意図して行った叶恵は胸を張って仁王立ちを放つ。
「これは、私の願いよ叶え~!! っていう魔法の呪文です! 結構かわいいでしょ」
「そんなこと言われてもなぁ……」
幸三には明白な苦笑いをされたが、叶恵の満面な笑みが崩れることはなかった。
『まずは第一関門突破! このまま部員も集めて、絶対ソフト部創ってやるんだから!!』
その後下校し自宅へ帰った叶恵は自身の部屋で、ソフトボール部創設のため様々な内容を考えていた。
やはり目標は、全国大会を意味するインターハイ出場。練習場は学校近くにある市営公園――笹浦総合公園ソフトボール場に決定。道具に関しては、体育館倉庫から借りるのも念頭に置いていたが、最終的には生徒自身で、または部員から集まる部費で購入しよう等々。
『絶対に創ってみせる! 笹浦二高女子ソフトボール部を、私の力で!!』
次の日になると、登校してきた叶恵は幸三から部活動申請書を渡され、すぐに著名兼部員集めを始める。授業の合間を縫ったり昼休みを利用したりと、一年生各々の教室を訪れて勧誘を試みた。
「ねぇねぇ!! ソフトボール興味ない!? おもしろいよ~!!」
まずは一人。
「良かったらいっしょにソフトボールやろうよ!! 絶対に楽しいからさ!!」
次に二人。
「インターハイ目指してるの!! いっしょに頑張ろッ!!」
そして三人と、創部に必要とされる三つの著名数があっという間に集まった。
『フフ、結構簡単じゃない。この勢いで、今週中にでも九人集めてやろっと!』
勧誘する相手がまだ部活動を決めていない新入学生という点もあったからかもしれない。が、叶恵の活動的な努力は報われ、目標の九人を大きく上回り、週末には十四人もの希望部員を集めることができたのだ。
担任の幸三にも驚かれる中、叶恵たちは申請書と共に校長室へ入り、規約通り清水秀から創部の申請を受け入れてもらえた。
「女子ソフトボール部かぁ。夏蓮も早く入ればいいのにぃ……」
「こ、校長先生?」
「いやいや、私事だよ。これからがたいへんだと思うから、是非頑張ってね。月島叶恵ちゃん」
「ありがとうございます!! 目指すはインターハイ出場で、頑張ります!! カーナッカナー!!」
叶恵は秀にも魔法の呪文のポーズで告げ、同時に部の責任者として幸三が指名された。
幸三は何やら部費の件を秀に尋ねていたが、もちろんまだ未知数な女子ソフトボール部には出せないの説明され、どこか不満そうに爪を噛んでいた。
『そんなことよりも、これで部はできた! 明日からでもすぐに始動しよう!!』
不貞腐れた幸三とは対照的に、前向きな叶恵は下校して自宅に着くと、直ぐ様スマートフォンを取り出す。入部希望者の連絡先を事前に聞いていたため、SNSアプリ――“SHINE”を開いて明日からの練習を伝えた。
「送信っと。はぁ~、早く練習したいなぁ……」
独り言を呟いた叶恵は白い天井を見上げ、目を輝かせていた。それは室内の蛍光灯の影響ではなく、心に秘めた夢への希望が光となっていたからである。
翌日の土曜日。
朝の九時に集合を掛けた叶恵の元には無事に、入部希望者十五人が体育倉庫前に集まる。まだユニフォームもないため学校指定ジャージ姿の皆だが、叶恵の熱を冷ますことはなかった。
「みんな揃ったわね!! 今日からインターハイ目指して、頑張っていくわよ!!」
叶恵はキャプテンのように声を張り上げ、部員たちと共に倉庫からバットやグローブ、ソフトボールの道具を取りだし、歩いて十五分で着く笹浦総合公園へ向かった。
東京ドーム五個分の敷地がある大きな公園――笹浦総合公園。小さな子供たちが遊ぶ遊具がある場所、辺りが芝生で埋め尽くされた広場、毎日クラブの人が通うテニスコート、大きな鯉が複数泳いでいる池など、様々な施設がある中、叶恵たちはソフトボール場に訪れた。グランドには芝生が内野以外を覆い、バッターボックスの後ろには背の高い緑のネットと、社会人や少年野球の子供たちも利用する施設である。
まだ幸三が来ていないことも不思議だったが、叶恵たちは準備体操を済ませ、笹浦二高女子ソフトボール部初の練習を始める。
「目指すは、インターハイよッ!!」
まずはランニング。叶恵を先頭にして、広大なグランドの周りをみんなで走る。アップとしてだけでなく、足腰の筋肉強化も考慮して、最低でも二十分。
もはやマラソンとも似た練習だが、叶恵は部員らのヤル気をもり立てようと声を出しながら駆ける。
「さぁ! あと一周!!」
――「叶恵~まだ走るの~? もう疲れたよぉ~……」
「なに言ってるんよ!? これくらい乗り越えなきゃ、ろくな試合もできないわよ!! さぁ走った走った!」
一人後ろから、部内初の弱音を吐き出す部員がいた。しかし、叶恵は叱るように鼓舞させ続けさせ、終われば今度は即座にキャッチボールが始まる。長いランニングの後の休憩は水分補給のみで、数人の運動不慣れな部員たちからは眉間の皺を向けられた。が、叶恵はそのまま練習を続行させ、二人一組のグループに仕向ける。
「よし!! じゃあまずは、キャッチボールやる前に基礎練習よ!! 私の真似をしてね!!」
すると叶恵は足を肩幅二つ分近く開き、太股の筋肉で支えながら上体を倒す。
「まずはゴロの捕り方よ!! 遅いボールでも、捕る瞬間までしっかり見るのよ!!」
部員みんなに指示した後、叶恵は皆が正しくできているかをチェックするため、ゴロ捕り練習を行いながらも周囲の様子を窺う。
「ちょっとそこ!! 上体がまだ高いわ!! 背中と地面が平行になるくらいやるのよ!!」
――「わ、わかった……」
「ねぇそこ!! ちゃんとボール見てる!? 基礎は大切なんだから、適当にやらないで!!」
――「はーい……」
荒々しくもみんなに一生懸命指導する叶恵。
次はボールが跳ねるワンバウンドを捕る練習を始めた。
「次はワンバウンドの練習よ!! ボールを捕る瞬間を見るのはもちろん、グローブの位置は顔の前で、ボールと同じ高さに保つのがコツよ!!」
再びみんなに真似するように伝え、厳しいチェック、罵声のような指導が繰り返された。
その後の基礎練習はショートバウンドを捕る練習、またフライを捕る練習を行い、やっと本題のキャッチボールが始まるところだった。
――「まだキャッチボールなのに……ソフトボールって、こんな疲れるの?」
また一人、弱音を鳴らす者がいた。
「まだ練習って言うほど動いてないわよ!! さぁ声出してキャッチボール開始よ!!」
それでも叶恵は負けじと、強めに言い返す。
こんなやり取りが続き、笹浦二高女子ソフトボール部は活動を進めていく。キャッチボールが終われば守備を強めるフィールディング。それが終われば僅かな昼休憩を挟み、唯一経験者の叶恵が投手を行うバッティング練習がスタートした。
「一人はバッター、一人は素振り、残りはボール拾いよ!! みんな集中してやりなさい!!」
相変わらずのかん高い声を放つ叶恵を中心に、バッティング練習が始まる。ソフトボール独特の投げ方であるウィンドミル投法を駆使し、細い左腕でキャッチャーへと放り込んでいった。
――「ちょっと、ボール速いよ……そんなのバットに当たらないって」
「はぁ!?」
すると空振りしたバッターから申し立てを受けてしまい、叶恵は怒り気味に返球を受け取る。
「これのどこが速いのよ!? まずは、ボールをしっかり見なさい! 当たる瞬間まで見なきゃダメ。あとスイングスピードが遅すぎ! 今日から素振り一日百回はやりなさい!!」
――「うわ……そりゃないわ……」
意気消沈としたバッターは後の言葉を紡がなかった。
叶恵は他の部員らにも同じくバッティング練習をさせてみたが、みんな同じような結果で、言葉は更に鋭さを増していく。
「アンタらヤル気あんの!? もっともっと気合い入れなさいよ!!」
発起人の罵声は止まるところを知らないまま続き、結局初の練習日は終了予定時刻を大きく越してしまい、学校に着いた時には夕方の五時となっていた。
「今日はお疲れ様! 明日の日曜も、今日と同じくやっていくからね!!」
帰り仕度を始める部員からは鈍よりとした返事をされてしまい、たった一日の疲労がずいぶんと蓄積されているようだった。しかし叶恵の瞳には熱がまだ残ったままで、まだ練習を続けたい気持ちすら抱いていた。
「おい月島~」
「あ、井村先生!!」
すると、体育館倉庫の施錠を終えた叶恵たちの前に、すでに帰る仕度が整った幸三が現れた。
「明日は先生も練習来てくださいね!! ノッカーとかボール拾いとか、よろしくお願いし……」
「……そんなことよりも、まずは部費を集めよう」
ふと言葉尻を被せた幸三に冷たくも返され、叶恵は丸い瞳で瞬きを繰り返す。
「ぶ、部費ですか?」
「あぁ。ソフトボールって、結構な金が掛かるだろ? だから今のうちに集めてほしい。これ、みんなの集金袋だ」
幸三は集金袋を叶恵や他の部員たち一人一人に渡すと、荷物を持ってそそくさと去っていく。
『部費か……フフ! 井村先生、クールな感じだけど、ちゃんと部のこと考えてるのね!』
冷徹とも捉えられる幸三だが、叶恵は彼の背に向かって、さようなら!! と、大きく直向きな一声を挙げて自宅へ帰ることにした。
次の日の日曜日。
昨日と同じく、朝には部員たちが体育館倉庫前に集まり、叶恵を筆頭に笹浦総合公園に向かおうとしていた頃だ。
「……? みんなどうしたの? 元気無いじゃない」
――「いや、筋肉痛が……」
――「疲れがとれないよ……」
本日は開始前から弱音を吐かれる日となっていた。
「はぁ~……アンタたち何言ってるの!? 筋肉痛は成長してるときなんだから、今こそ身体を動かさなきゃ!! さぁ練習練習!!」
正直自分だって、昨日のバッティングピッチャーの投げ過ぎで疲れている。それも言いたかった叶恵は呆れたため息を繰り返し、集金してから練習へと向かった。
『まだまだこれから! 私たちの物語は、始まったばかりなのよ!!』
部員だけでなく己自身も元気付けた叶恵。今日も、また明日、そして明後日と、オフ無き練習漬けの日々がスタートした。絶対にインターハイへ行くと心に誓い、決して曲げない姿勢を貫いていこうと皆で活動していく。
――そのはずだった……。
「え?辞めるの!?」
笹二ソフト部が始動してから五日後。教室にいた叶恵の前に、一人の部員が退部を申し出る。その娘はもともとハードな運動部に入る予定がなかったため、控えめな運動部、または文化部に入りたいと告げられたのだ。
「そ、そう……わかったわ。でも、気が変わったらいつでも戻ってきなさいね。待ってるからさ!」
叶恵は彼女の肩を叩いて明るく微笑む。確かに部員は減ってしまったが、まだ十三人もの仲間がいる。一人ぐらいは仕方ないと、開き直って退部を受け入れた。
しかし、悪循環は今後も続くこととなった。
――「ゴメン。私も辛いから辞める……」
――「他の部からも勧誘されてたから、そっちに行くね」
弱音を吐き辞める部員はどんどん増えていき、四月時点で部員は八人までに減ってしまった。近々初の練習試合まで決めていただけに、このときばかりは叶恵も俯きかけた瞬間である。
『でも私を抜いて八人いれば、試合はギリできる。練習試合をやれば、きっとみんなも辛い練習の意味をわかってくれるはず!』
辛いながらもプラスに捉えて挑んだのが、笹浦二高女子ソフトボール部初の練習試合。
相手は同じ県南地区に属する高校――県立 筑海高等学校。笹二と同様にほとんどが未経験者揃いで、また叶恵の願いで、相手は全て同級生で限定させてもらい、まだまだ不慣れな練習様子さえ窺えるチームだった。
「よし!! 試合張り切って行くわよ!!」
いつも以上の気合いを叩き入れ、勢いのままに叶恵たち九人は練習試合を始めた。
しかし……。
――ゲームセット!!
一 二 三 四 五 六 七 計
笹二|1|0|0|0| | | |1|
筑海|3|8|14|×| | | |25|
「そ、そんな……」
スタミナ切れの叶恵には勢いも残っておらず、試合は圧倒的な差を見せられコールド負け。七回が最終回と決まっている高校女子ソフトボールらしからぬ終わり方を迎えてしまった。
敗因としては言うまでもなく、笹浦二高選手たちの度重なった守備のエラー。また叶恵よりも断然球速の速い相手投手から、打球を転がせない三振の山を築き上げられてしまったことだ。
――「私、他の部活行くわ……」
――「こんなんじゃ全国は無理だよ……」
――「じゃあ私も……」
『待ってよ……待ってよ、みんな……』
叶恵が想像してなかった結果は更なる激震を与え、笹二ソフト部の崩壊が早まっていく。部員は九人を割り、ついには試合も出来ない状況になってしまったのだ。そうなればより面白味を見つけられない者まで出てきてしまう。
――「試合が出来ないなら辞める。他の部にいくわ……」
――「練習だけとかつまらないし……」
『待ってよ……待ってったら……』
激減していく笹浦二高女子ソフトボール部。気づいたときには、部員は叶恵を含めてたったの二人だけとなっていた。もはやキャッチボールで精いっぱいの人数である。
そして最後の悲劇が、叶恵を襲う。
「廃部だ」
「え? どうして!?」
部の存続で相談しに向かった叶恵だが、顧問の幸三からは淡々と絶望の二文字を告げられ驚いた。
「ぶ、部員ならまた集めますよ!! 今度はきっと上手くいきま……」
「……冗談じゃないよ」
低い声で言葉尻を被せた幸三は立ち上がり、小さな叶恵の潤目に、鋭く尖った視線を投げ込む。
「――こっちだって金にならないんだ。ボランティアでなんてやってられるか!」
「へ……」
叶恵はもう言葉を発することができなかった。首も傾げられず、悲しみで溢れそうだった涙も溢れず、ただ茫然と立ち竦み沈黙していた。
その後すぐに、笹浦二高女子ソフトボール部は廃部となった。もちろん部員の数が理由の一つとして挙げられたのだが、真の廃部理由は幸三の悪行にあった。
――井村幸三は部員から集めた金銭を、自分自身の収入としていたのだ。
それが発覚したのは、ゴールデンウィークに入る前の五月 初旬。集めた部費について知らなかった叶恵が、秀に伝え調べてもらったところ、幸三が隠し持っていたことが発覚した。
基本的に部費は学校側と部員側から集まるもので、今回部員側の金銭は学校の干渉無しで責任者の幸三に向かった。校長の秀も叶恵に言われるまでは生徒から集金していた事実を知らず、もちろんその部費を何に充てたのかも幸三以外わからない。
事件は秀の判断と努力で何とか公に至らなかったが、犯罪者同等の幸三はもちろん懲戒免職。校内でも一切顔を見せなくなり、一年一組の担任も急遽交替となった。
ソフトボール部や部員は疎か、ついには協力してくれた顧問まで消えた。もう一度勧誘活動から始めたとしても、皆のソフトボールに対するイメージはきっと悪くなったに違いない。
「そっか……一人じゃん、私……」
一人では何もできない――それが集団スポーツであり、紛れもないソフトボール。誰も振り向いてはくれないし、多くの元部員生徒からも無視される校内生活となった。
――あの日を境に、叶恵の夢は一人歩きとなってしまったのだ。
「あれから、もう一年が経ったんだ……」
叶恵は今も、一年前と変わらない天井に目を向けて呟いた。しかしあの日の輝きなど皆無で、白い蛍光灯の明かりすら覆ってしまう、闇色の儚い瞳と化していた。騙された絶望と、傷つけられた心を抱きながら……。
――shine♪
すると突如鳴り響いたのは、SNSアプリの着信音だった。
叶恵はベットに寝転んだままスマートフォンを点灯させて確認すると、すぐに差出人の名が画面に浮かぶ。
「ヤバ、彩音ちゃんからだ……」
画面に出たのは担任――如月彩音の名と、“明日は必ず学校に来てね♪”の一言だった。音符があるだけまだ愉快に思わせる短文だが、叶恵は、きっと明日は怒られるのだと悟って電源を落とす。ポスターを破ったことを叱るでろう彩音の怒れる表情を想像し、天井まで届きそうなため息を吐き出す。
――shine♪
「え、また?」
再び鳴った着信音に不審がったが、叶恵はもう一度点灯して本文を確認する。また彩音からだろうかと、しつこいと思いながら嫌々に。
「……あれ? 希望未からじゃん……」
しかし相手は彩音ではなく、同じクラスメイトであり今日始業式の片付けを手伝った友だち――宙継希望未からである。“今日は手伝ってくれてありがとう☆”と星の記号が入った、素直で明るい感謝文だ。
『……フフ。希望未って、ホントに律儀なんだから……』
別に明日にでも言えば良いのにと、叶恵は呆れ笑いを浮かべて身体を起こし、何かしら返信しようと考え始める。
――shine♪
――shine♪
「って、しつこッ!!」
立て続けに希望未からメッセージが送られてしまい、困り顔を画面にも映し出していた。一言一言を何度も送るのではなく、一文にまとめて送ればいいのに。
――shine♪
「何よ~もぉ~……え、へ……?」
すると送られてきた三文目で、叶恵の呼吸は急に止まる。内容から素直に驚かされ、短文を何度も読み下すこととなった。
「彩音ちゃん…………はぁ、仕方ない。明日も行ってみるか」
再び天井を仰ぐように倒れた叶恵。明日彩音から怒鳴られるのも危惧しているが、とりあえず登校しようと決めて夜を過ごした。




