三球目 ③彩音→唯パート「やっぱり……やっぱそうだ!!」
◇キャスト◆
如月彩音
月島叶恵
(貝塚)唯
植本きらら
星川美鈴
笹浦二高二年六組。
如月彩音を担任とする六組理系クラスでも、ただ今始業式の説明が行われていた。信次が受け持つ二組文系クラスとは比べ物にならないほど静閑としており、彩音の小さな声が室内を響き渡っている。
「最初の拍手で新入生を出迎えますが、その時の大きさが大切です。みんな、よろしくね」
――「「「「は~い」」」」――
少し暗めな返事が起こった理系クラスだが、決して彩音のことを嫌っている訳ではない。むしろ去年一年生の担任でもあったため、今年も引き継ぐ形でこの二年生たちの前に立っている。また自身の切ない恋愛話をよく持ち出す彼女でもあるため、クラス生徒皆――特に女子生徒が多いが――からは大きな親近感すらいただいている身だ。
「えっと、それから~」
「チッ、何よこれ……」
「ん?」
始業式の説明途中、突如彩音には舌打ち音と女子生徒の呟きが聴こえた。どうやら中央列後ろ席の方からだと、教壇から奥を窺う。
「……悪かったわねぇ~、一年生に見えて……」
微かな音であるが、怒りで声が震えているながよく聞き取れた。
きっとあの子だろうと、彩音は不思議にも首を傾げたまま、後ろ席の女子生徒を観察する。背が低く覗きづらかったが、綺麗に整った長いツインテールがさっきから微動しており、ドスの効いた低い声と共に続いている。
『朝から何か、嫌なことでもあったのかしら……?』
次第に心配になってきた彩音は説明も止めてしまい、静かに眺めていた。
「っざけんじゃないわよ……今さら、今さらぁ……」
やはり怒りが止まらない様子の生徒だが、どうやら手に持つプリントに向かって囁いているようだ。
それは小さなチラシで、裏面にはボールペンで力強く書かれた筆跡さえ見える。
『――っ! あれって……』
するとチラシの正体に気づいた彩音は、小さくも驚いて息を飲む。あの女子生徒が持っているのは、先ほど職員室で話題になっていた、その一枚だったからだ。
咄嗟に女子生徒の名前を呼ぼうとした彩音。
しかし心配の声は間に合わず、次の瞬間女子生徒は机をバンッ!! と叩いて立ち上がる。
「っざけんじゃないわよォ!!」
――ビリビリビリビリ……。
突然怒鳴った女子生徒はついにチラシを破り、クシャクシャに丸めて背後のゴミ箱床に投げ入れてしまう。
「あ、あの……?」
「あ゛ん!?」
やっと声が出せた彩音は、鬼の形相となっている女子生徒を振り向かせた。二年生にしては背が低いにも関わらず、今では可愛げなど見当たらない、禍々《まがまが》しく恐ろしい存在に映ている。
「彩音ちゃんまでなに……あ……」
担任すら“ちゃん付け”する荒々しい小さな二年生女子生徒。しかし気づいたのだろうか、彼女には彩音だけでなく、周囲の生徒からも不審な視線を集めていたのだ。
「……あ、アハハハ~! いやいや~! 昨日観たドラマの真似ですよ~! 気にしないで気にしないで~!」
するとツインテール女子は笑い誤魔化そうと、四方八方の生徒たちに笑顔を向けていた。が、彩音の表情はいっこうに強張ったままで、恐怖に駆られながらも女子生徒の名を呼ぶ。
「――月島さん、ホントに平気なの……?」
彩音が心配し恐怖までしてしまった女子生徒。
――彼女こそが、月島叶恵である。
「もちろんもちろん!! 私は元気ですし、何ともありませんよ~!! このとおり、カーナッカナー!! ハハハ~!!」
月島叶恵は何やら呪文のような言葉まで繰り出し、アイドルのような高い声でダブルピースを見せていた。クラスの生徒たちからも笑いが起こり、結果的にはその場をやり過ごすことに成功する。
クラスの中でも先陣に立ち、相手を鼓舞することもあるリーダーシップに富んだ月島叶恵。だからこそ彼女の、怒りをぶちまける姿など見た覚えがない彩音は冷や汗まで浮かべ、なかなか始業式の説明を再開できずにいた。
だが、叶恵が怒るのも無理はなかった。その理由は、去年の途中から急遽担任として傍にいる彩音にはよくわかっている。
『――だって、月島さんに女子ソフトボール部の勧誘なんて……正に喧嘩売ってるようなものだもの……』
叶恵が左手で投じた、ビリビリで丸まったチラシ。そのタイトルは言うまでもなく、“急募!! 女子ソフトボールスタッフ!!”と記されていた。
◇◆
笹浦二高で始業式が始まった頃の午前。
もちろん住宅街には制服を纏う者などおらず、いつにも増して静かな空間と化している。
だが、とある一軒家――貝塚家からは女子高校生二人組の会話が鳴らされていた。
「う~ん……退屈にゃあ~!」
「何もない方が、平和でいいだろ……」
その家にはさっきから意見が合わない二人――貝塚唯と植本きららが笹浦二高制服姿で過ごしていた。
自身の部屋にいる唯は床に寝転びながらスマートホンを弄り、一方できららはベットに仰向けになりながら漫画を読んでいた。しかしあまりにも退屈さを感じてしまったのか、漫画を閉じてふと起き上がる。
「唯!! ゲーセン行こうにゃあ!!」
「この時間にゲーセンなんて行ったら、サツに通報されるだけだろ?」
「にゃあ~!! つまんないにゃあ!! なんかおもしろいことないかにゃあ~」
呆気なく論破されたきららは再び寝転び、大の字となって天井を見上げていた。元気が有り余っているせいか、にゃぷ~っと、大きなため息さえ吐き出す。
しかし唯にとっては、こうした何もない日々こそ大切だと感じている。親友のきららと二人きりで休み、他の誰からも干渉されず、何よりも父親がいないこの時間こそが幸せ以外何物でもなかった。
――ピーンポーン♪
すると突如、貝塚家のチャイム音が鳴る。今まで学校をサボったことは何度もあるが、この朝の時間には聞き慣れない物だけに気になった。
「……訪問販売か?」
「きっとお客さんだにゃあ!!」
「おい、きらら!! ちょっと待て!!」
飛び起きて玄関へと走り向かったきららを、唯はスマートホンをテーブルに置いてから追いかけた。いくら相手が訪問販売者と言えども、自分たちがここにいることを知られたら面倒だと。
唯は必死ながらも階段を下りて跡を追ったが、きららすでに玄関ドアノブに触れていた。
「おい!! バカ!!」
「誰かにゃあ!! ……にゃあ?」
ついに扉を開けてしまったきらら。しかし唯は、彼女の首を傾げた後ろ姿を見せられ、共に不審目をで窺う。
モデルのように背が高いきららの前には、相手の姿が隠れて見えないし、訪問販売者の如く気前だけ良い挨拶もなかなか鳴らされなかった。
『チッ、誰だよ? まったく……』
恐らく訪問販売者ではないだろうと悟った唯だが、他者であることには代わりなかったため、身を潜めながら観察する。
「あれ? 確かここの家だったはずなのに……」
「にゃあ? 間違いピンポンかにゃあ?」
やっと声を鳴らした相手は、どうやら女性のようだ。しかも、どこかで聞いた覚えのある少女の声だとも感じ、唯はゆっくりと歩み出して近づく。
「あ、あの……ここって、貝塚先輩の家っすよね?」
「そうにゃあ! ところで、お嬢ちゃんの名前は何かにゃあ?」
『あれ? もしかして……』
きららに尋ねた女子の声で、顔まで鮮明に思い出してきた唯は驚くままに、歩みを早めて玄関にたどり着く。
「もしかしてその声……っ!」
「――っ! 唯先輩!!」
「にゃあ?」
すると目の前には、唯ときららたちより遥かに小さな少女が立っていた。前髪はパッツンと揃い、側頭部で短めのツインテールを下げ、パッチリ瞳はキラキラと輝いている。しかも訪問少女の服装は、間違いなく笹浦二高の制服だった。
「やっぱり……やっぱそうだ!!」
「はい!! お久しぶりっす!!」
「にゃぷ~? 唯の知り合いかにゃあ?」
唯と少女が再会を果たした様子だが、きららは相手が誰だかわからない状況が続いていた。
「ああわりぃわりぃ! きららにも紹介するよ!!」
すると唯はきららを通り抜け、玄関前の少女の隣に立つ。少し広めでとても低い肩に手を置き、頼もしげな白い歯を放ちながら語る。
「――コイツは星川美鈴! 中学は違ったけどオレと一つ下で、大切な後輩なんだ!」
「星川美鈴っす!! よろしくっす!!」
嬉しさ絶えない唯にも煽られ、星川美鈴は笑顔のままで、背の高いきららを見上げていた。
「唯の後輩だったのかにゃあ~!! はじめまして、植本きららにゃあ! ミスズン!! よ~ろしっくにゃあ!!」
「ミスズン? うぐっ!」
早速あだ名を着けたきららは早速美鈴を抱き締め、唯の目の前で小さな呻き声を上げさせていた。
「おい、きらら!?」
「にゃあ~! 小さくてかわいくて、お人形さんみたいにゃあ~! ほっぺもプニプニ。今日からきららがお姉ちゃんになってあげるにゃあ!!」
「あ、ありがとうございま、っす……」
抱きついたきららから頬を触れられたり合わせられたりと、美鈴が赤面状態でいることは何とも可愛らしかった。が、唯はそれ以上に大切な後輩が青ざめて苦しんでいることに気づき、直ぐ様二人を引き離そうと試みる。
「おいきらら、美鈴を殺す気か!? 強い強い!!」
「あ、ゴメンにゃあ! つい可愛くて~!」
「ほっぺ、プニプニ~って……」
何とか二人を離すことができた唯だが、きららからは頭を掻いた謝罪、また美鈴からはどこか幸福に酔いしれている様子が窺えた。
『美鈴、そんなに嬉しかったのか? 完全に女の顔になってやがる……』
きららから抱き締められてから、明らかに美鈴の様子が違っていた。緩んだ頬を両手で押さえながら天を仰ぐ姿には、唯も訳がわからず言葉が出てこなかった。
「……まぁ美鈴。今日はわざわざ来てくれてありがとな」
細めた目を元に戻した唯は改めて、美鈴を優しく出迎えることにした。
「ほっぺへへ~……っ! いえいえ!! 大好きな唯先輩に会うためなら、例え火山の中氷山の中っす!!」
「……オレと山、全然関係ねぇし……クッハハハ!!」
唯は呆れてしまったが、すぐに笑って美鈴を自宅に入れることにした。自分の部屋にも入れ、こうして招いたのはきらら以外初めての行動でもあり珍しい。
それはもちろん唯にとって、星川美鈴という存在がとても大切に思っているからである。
『――美鈴はオレにとって、たった一人の後輩なんだ。やっと同じ学校になれて、もうホント嬉しいぜ! 』
「さぁて、これでまた一人、家族が増えたって訳だな!」
「そうにゃあ!!」
「はいっす!!」
新たに訪れた大切な後輩一年生を、家族とまで称した笑顔の唯。
きららが様々な個人情報を聞き、美鈴が恥ずかしいながらも答え、その様子がおもしろおかしくて唯が笑う。
そんな今日の自室はいつにも増して会話が弾み、愉快な空間へと換わっていた。新鮮味溢れる、新学期スタートにも劣らない希望の朝陽が射し込んでいた。
再会によって生まれた幸福な一時が、唯たち三人を包んでくれた本日。だが忘れてはいけないのが、今日は始業式当日だということである。




