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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
一回表◇最高の絆で結ばれた、仲間集め――創部活動編◆
13/118

三球目 ②篠原柚月パート「咲? ……っ!」

◇キャスト◆


篠原柚月

清水夏蓮

中島咲

田村信次

 笹浦二高二年二組の教室。


 朝のホームルーム前で、まだ担任の信次は来ていない。きっと今ごろは、朝におこなってしまった勧誘行動で、教頭先生から大きな罵声を浴びてることだろう。


 一方で登校してきた生徒や、部活動の朝練から入室する生徒たちが集まり、昨日見たテレビの話、芸能人の話やゲームの話など、男女に別れて様々な雑談が繰り広げられている。



 そんな和気わき藹々《あいあい》とした雰囲気の室内では、ぐったりした様子で席に倒れた夏蓮を、未だに笑いが残る柚月が傍で見つめていた。


「はあ~ビックリしたぁ……」


「フフフ、おもしろかった~。夏蓮と先生、息ピッタリだったし。佳作賞ぐらいはいけるんじゃない?」


「漫才コンビなんて組まないよぉ~……」



 信次の勧誘騒動にうんざりしている夏蓮。

 これでは反って笹浦二高女子ソフトボール部のイメージが悪くなっただろうと言わんばかりに、身の丈に合わない大きなため息を、手に握る束のチラシにぶつけていた。が、一方の柚月はドタバタ感満載な二人がうらやましくも感じ、終始笑いを止められずにいた。




「――おっはよ~!! 柚月!! 夏蓮!!」




 すると二人の後方からは、元気で高らかな女声が当てられた。

 ふと柚月が振り向いて見れば、やはり声主だった中島なかじまえみが大きなエナメルバッグを掛けながら、眩しい笑顔のまま近づいてくるのが窺えた。


「あら、咲おはよう。入学式なのに朝練?」


「もちのろん!! 夢見る乙女に、休める暇などないのだ!!」


「……咲はどっちかと言うと、たぶんお転婆娘の方よ?」


 相変わらず元気絶えないオデコ娘には、柚月も苦笑いを放って返した。


 現在女子バレーボール部に所属している咲は、どうやら今日も朝練が終わってから来たようだ。男子にも劣らないベリーショートヘアには少し湿り気が残っていたが、それは汗ではなくシャンプーの香りを含んだ水分。


 きっと体育館に設備されたシャワールームで浴びてきたのだろうと、柚月には簡単に予想が着いていた。


「夏蓮も! おっはぁー!!」


 すると咲は、机でうつ伏せになっている夏蓮に、強い陽射しを一筋浴びせる。


「咲ちゃん、おはよ~おぉ~……」


「どうしたの夏蓮? 元気ないねぇ」


「朝からたいへんだったの……もう疲れた……」



 顔も上げられないほどの夏蓮が机上に囁き続ける中、代わって柚月が再び笑いながら、不思議がる咲に説明する。


「フフフ。田村先生が、新入生にソフト部の勧誘をしてたの。入学式当日にやるなんて、新入生からしたらインパクトあったろうな~」


「へぇ~!! インパクトかぁ~!」


「悪い意味でね……」


 感心した様子の咲の後、夏蓮は弱々しく呟いて起き上がる。うつ伏せで隠れていた机上の勧誘チラシを掴み、困り顔で観察を始めた。



「はぁ~……こんなチラシ作っても、入部する人なんているわけないよ……トホホ~」


「チラシ? アタシにも見せて見せて!!」


 早速咲も夏蓮の肩にあごを添え――しかも頬まで着けて――二人いっしょに束の勧誘チラシに目を向ける。


「……ブッハハハ!! 何これ~!? 小学生の絵みたい!!」


「このヤンチャな感じ……全然女の子っぽくないよ……」



 あまりのクオリティの低さに咲が爆笑、一方で夏蓮のため息が止まらない。



 止めね払いのクセが強いせいで、荒々しく汚くも見える字体。


 面白味が物足りないどころか、興味をかき消してしまいそうな、胡散うさんくさいフレーズ。


 活動時間や活動場所が書かれていない、ただ募集するだけで信憑しんぴょう性に欠ける全文。


 歓迎の“歓”をよく見ると、“観”になっている誤字脱字。


 そして絵心を全く感じない、見たこともないボール型キャラクターまで描いてある。



「ぶっちゃけありえな~い……」


「おっと!」


 すると夏蓮は再び机に倒れてしまい、肩に乗っていた咲の顔が驚きと共に遠ざかる。微動だにしなくなったふんわりショートヘアの弾力性も、今や皆無となったように垂れ下がっていた。


「フフフ。それだけじゃないの。勧誘してた先生と、それを止めにいった夏蓮たちのやり取りが、マジでおもしろかったんだから~」


「もぉ~、柚月ちゃんまで~……」


「フフフ。ゴメンゴメン。でも、ホントのことだからさ」


「うぅ~はぁ~……」



 悩ましいため息を繰り返し、その分だけ笑ってしまうドSな柚月。

 もちろん夏蓮をいじめている訳ではなく、親友としていじってるまでだ。ドSな柚月様からしてみれば、こうやって苦悩している少女の可愛らしさに笑いが止まらないらしい。




「――でもさ、やっぱ田村先生ってスゴいよね!!」




 すると咲がニッと微笑み、柚月の笑いを止めてみせる。


 果たして、体育系お転婆娘であり勉強できない娘でもある咲が、一体何を考えて言ったのか?


 もちろん予想などしていなければ、期待もしてない。そんな柚月は首を傾げてしまい、同時に夏蓮も起き上がって、どうして? と素朴そぼくに尋ねる。




「いや~だってさ、先生はわざわざ、これ作ったんでしょ? 部員を集めるためにさ!」




 すると咲は、信次が一生懸命作ったであろう、白黒のチラシ束から一枚手に取る。束の山が崩れて夏蓮の机を覆い尽くしていたが、幼馴染みのお転婆娘は気にする素振そぶりを見せない。




「クオリティは低いかもだけど……なんかスゴく価値があるものって感じだよ。なかなかいないんじゃないかな? ここまで尽くしてくれる先生って」




「咲? ……っ!」

「咲ちゃん……? つまり、どういうこと?」


 何かに気づいたような柚月が茫然とする一方、夏蓮は疑問を示す眉間のしわを咲に向けていた。


 確かに咲は、なぜ信次のチラシが価値あるものなのかまでは証言してなかったし、終いには夏蓮にこれ以上の説明ができていなかった。文系クラスでありながら、言葉で説明できないとは……。


 しかし一人――柚月だけは、何となくだが理解できていた。


 なぜ白黒で雑なチラシたちに価値があるのか?


 それは美術部の彼女だからこそわかる、束から垣間見えた多くのチラシたちから伝わる真実が、眼鏡越しに映っていたのだ。




『――たぶんこれ、一枚も印刷してない……先生は手描きで、何枚も描いたんだ。一夜で……しかも、一人で』




 重なったチラシの見た目はパッと見、どれも同じ物だと言えよう。しかしよく見れば、夏蓮が指摘していた誤字脱字が見当たらない紙も数枚窺えた。


 たった一人で、こんな枚数を……いや、夏蓮の机上にあるチラシは本の一部に過ぎない。多くの残りは信次が持って帰り、また配ったチラシのことも考えれば、まだまだたくさんの枚数があるはずだ。



 だとすれば、この何倍の数を、信次は作り上げたということになる。



 それは、信次自身のためでないことは誰だってわかる。


 そう、間違いなく夏蓮のためだ。

 創部を願う、一人の女子高校生のために、一晩時間を割いたのだ。ただでさえたいへんな教職にも関わらず……。



 先生は、生徒のために……。




 ――つまり信次は、夏蓮の小さな夢のために、身を捨てるほど必死に応援しているのだ。




「……夏蓮、ちょっと借りるね」


 すると柚月はチラシ全てを拾い、改めて一枚一枚を拝見する。

 やはり、何処どこかしらには誤字脱字が含まれていた。どうやら使用したのはボールペンらしく、重なったチラシの裏にはインクが写り、一方の字が延びぼやけているのも観察できる。


 小汚いチラシと言われれば、無念だが否定できない。

 しかしじっくり見つめる柚月には、チラシの内容ではなく、描いた信次の熱い気持ちがひしひしと伝わっていた。


 これが、誰かのために協力することであると、教え込まれるように。




『誰かの力になる……っ! それなら、あたしでも、できるかもしれない』




「ねぇ夏蓮?」

「なに、柚月ちゃん?」


 不思議がった夏蓮が聞き返すと、柚月はチラシから目を離し、真剣な目付きのまま瞳を交わす。




「良かったら、勧誘ポスター作ってみない? あたし、描くからさ」




 美術部の自分なら、できるかもしれない。


 柚月は自信と覚悟を抱いて放つと、夏蓮は一時固まって口を開けていた。が、次の瞬間には立ち上がり、即座に柚月の手を両手で握り始める。



「ほ、ホントに!? もちろんだよ! 美術部の柚月ちゃんがいてくれれば、もう百人力ひゃくにんりきだよ~!」


 夏蓮の瞳はキラキラと輝いていた。まるで信次の勧誘事件を忘れたかのように、澄み渡って鮮明な双眼と化している。


「いいのいいの。あたしはこんなときしか協力できないからね。じゃあ、今日の放課後にでも、早速作ってみるわ」


「ありがと~!! よろしくね!!」


 夏蓮の瞳は更に輝きを増し、次第に潤目うるめに移ろいでいることに気づいた柚月。

 ただポスターを作るだけというのに大袈裟だと、内心少しだけ呆れていた。


 近くにいた咲も、二人の前向きな姿を微笑みで迎えていた。ふと柚月が抱えるチラシを覗こうと顎を上げて観察していたが、すると騒がしいお転婆には珍しい、どこか憧れと儚さがこもった細目に変える、そのときだった。




 ――キーンコーンカーンコーン♪




「みんなぁ~おはよぉ~!」


 チャイムの鳴り際、相変わらず笑顔な信次が教室に入ってきた。


 夏蓮はそのまま着席、咲と柚月もそれぞれの自席へ戻ろうと駆け足で去っていく。


 日直の号令で朝の挨拶を交わし、本日行われる入学式の説明で始まったホームルーム。


 普段通り淡々と進んでいく先生の一言だが、中央列一番後ろ席の柚月は、どこか違和感を覚える信次の様子をまじまじと眺めていた。声がいつもより少し低くも感じ、乾燥したガラガラ声だとも聞こえる。


 信次からは決して口にはしなかったが、きっと厳しい教頭先生にこっぴどく叱られたことが理由だとは、始業式にも見ている二年二組の生徒たちは思い付く。




 しかし、にやついた柚月だけは異なり、元キャッチャーとして磨いた鋭い観察力で、信次が黙っていた真実を見抜いていた。




『――あたしにバレないとでも思った? 隠れ徹夜の、田村先生?』




 視力があまり良くない眼鏡の柚月は一番離れた席にも関わらず、信次の目下もっかにできた、薄いくまを見つけ出すことができていた。

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