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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
二回◇すれ違いからの因縁へ――vs釘裂(くぎざけ)高校◆
118/118

45話 ④夏蓮×叶恵パート「そんな……」

   一 二 三 四 五 六 七 計

釘裂|0| | | | | | |0|

笹二| | | | | | | |0|


 一回裏


 B◇◇◇

 S◇◇

 O◇◇


◇キャスト◆


清水夏蓮


月島叶恵


鮫津愛華


内海翔子


瀬戸風吹輝


如月彩音


清水秀

 一回表が終わり、いよいよ笹浦二高の攻撃を迎えた一回裏。


 一二番を任された叶恵と夏蓮は早速ヘルメットを被り、それぞれの普段使用するバットを握ってベンチを出る。心配の念も抱きながらだが、相手投手――鮫津愛華の投球練習をしっかり目に焼き付けていた。



 ――バシイィィッ!!



 女子では相応しくない、プレートから飛び立つようなツーステップから、勢いのまま繰り出すストレート。

 それは構えた捕手――内海翔子のミットを引き裂くような豪速球以外何物でもない。むしろ受ける側のキャッチャーもよく捕れるといったところだ。


「は、速いね……」

「そうね。あまり大量点は望めなさそうだわ……」


 自分らよりも背が高く体格優れた愛華を、夏蓮と叶恵は固唾を飲み込んで見つめていた。ただでさえ速いストレートに重ね、ツーステップで投球距離を詰められては、そう簡単には打たせてくれないだろう。



「ボールバ~ック!!」



 ついに投球練習ラストを迎えた頃、愛華は最後も得意なストレートを投げ込む。一方でミットを鳴らした翔子は一拍置いてから、二塁で待つセカンド――瀬戸風吹輝に、捕球しやすいように胸元へ山なりのボールを投じた。


「……夏蓮?」

「なに?」


 相手捕手を見つめたままの叶恵に、夏蓮は咄嗟に振り向く。


「とりあえずアタシが出塁したら、筑海つくみとの練習試合のときみたいに攻めるわよ?」

「筑海……うん。わかった!」


 眉を立てた夏蓮が凛々しく返事をすると、笹浦二高のエースナンバーを背負った一番が左打席へ向かっていく。


 叶恵が言い残していった、筑海高校との練習試合と同じ攻め方。

 一塁側ネクストバッターズサークルで叶恵の一番を凝視するキャプテンには、もちろん意図を理解していた。



『叶恵ちゃんが一塁から盗塁して、そのあとわたしが送りバントして、だよね』



 俊足しゅんそくの叶恵が一塁に出ることは、夏蓮にとってはもはや二塁打と同じ結果だと感じている。筑海高校との練習試合でも盗塁を複数決めた彼女の足は、笹浦二高の中でピカ一だ。


 叶恵が盗塁で二塁に、そして夏蓮が送りバントを決めれば、状況はワンアウトランナー三塁という絶好の得点チャンスを迎えられる。



わたしの後ろにはえみちゃん。それにゆいちゃんだっているんだから、きっと先制点を取れるはずだ!』



 ソフトボール経験者であり親友の咲、加えて未経験者ながらすでにホームランを放ったことがある唯。


 笹二のクリーンナップ打順も決して弱くないものだと、キャプテンの夏蓮はチーム先制点の自信を明確にしながら、ネクストバッターズサークル内で膝を着け待ち構えていた。



「お願いしますッ!! サァコイッ!!」



 相手投手の愛華にバットの先と闘志を向けた叶恵の打席登場で、笹二の攻撃がついにスタート。しかしどこか震えているようにも窺える、先頭打者の様子が垣間見える。



『何震えてんのよ、アタシ! 今はバッティングに集中しなきゃでしょ!?』



 一回表では結果的に無失点で抑えることができた叶恵。しかし三四番の鳥肌際立たせる打撃、荒々しい釘裂不良部員たちの雰囲気、そして自分よりも恐怖を示す捕手の咲もあって、状況が替わった今でも恐怖心を拭い切れていなかった。


 バットを微動する肩に乗せた叶恵はなんとか強い目付きで愛華を睨みながら、まずは第一球目を待った。一番の役割として、相手の球筋を覗こうと。

 すると恐い顔の愛華はキャッチャーの指示に頷き、ダイナミックなツーステップ投法を顕にする。



 ――バシイィィッ!!



「ストライ~ク!!」

「愛華ちゃんナイスボール!」


 主審の清水秀のジャッジが決まるとすぐ、キャッチャーの翔子は褒め言葉と共に愛華へ返球した。


 見送った初球はど真ん中ストレートだとわかった叶恵は、一旦打席から離れて数回の素振りを重ねる。近くで見るほど速さを感じる直球は、悔しいながらよく伝わっていた。

 しかし叶恵は今の一球には他にも愛華の特徴を見抜くことができ、ロジンを手に馴染ませる釘裂エースを再度注視していた。



『ボールは速いけど、コントロールはあまりよくないみたいね。いくらなんでも、初球ど真ん中はピッチャーとして致命的だわ……』



 ど真ん中に投げるなど、まるで見てください打ってくださいと言っているようなものだ。


 同じ投手としての意見を持った叶恵は、愛華の猪突猛進ちょとつもうしんな投球内容に否定的であった。しかしこれは反ってチャンスであると、左打席の足場をスパイクで整えてから構え立つ。



『ゾーンばかりで勝負してくるなら、喜んで打たせてもらうわ』



 すると叶恵の震えは収まり始め、深呼吸をしてバットを短めに持ち換える。気持ちを上手く切り替えることができると、すぐに愛華から第二球目が投じられる。


 今度も、ど真ん中に向かうストレート。


 豪速球に間違いはないが、強気になった叶恵は待ってましたと言わんばかりに口許を弛め、立てていたバットを真っ直ぐ下ろす。



 ――コーン……。



「ヨシッ!」

「サード!!」


 小さくもついガッツポーズを見せた叶恵のバントは、見事にサードライン際フェアゾーンを蛇行する。

 一方でキャプテンの翔子に呼び掛けられたサードの選手は、不意を突かれたように打球へ急いで向かう。しかし拾って投げようとしたときにはすでに、叶恵は一塁まであと数歩まで迫っており、結局投げず終いとなった。



「叶恵ちゃんナイスバント~!」



 二球目という速い段階からセーフティーバントを決めた叶恵に、夏蓮を始め、笹二ベンチからも声援が送られていた。いつもなら、不意打ちだ と罵声を浴びせる唯でさえも、ナイス! と叫んでいる。

 中でも夏蓮は、叶恵自身が言っていた通りの状況を作り出してくれたことに、さすがは熱血経験者の一人であり副キャプテンであると、心から尊敬を示していた。



『よしっ! ここからは、わたしも頑張らなくっちゃ!』



 続いて二番打者の夏蓮は立ち上がり、一塁ベースを片足で踏み構えた叶恵と目を合わせながら、右打席へと向かう。特攻隊長のような強い眼差しで見つめられたが、とても気持ちが伝わる面構えである。



『初球から行くから、演技頼んだわよ?』

『うん。叶恵ちゃんも、盗塁よろしくね』



「よろしくお願いします!」

 ヘルメットを取って丁寧に御辞儀した夏蓮。緊張もある中で右打席に入ると、まず相手捕手の翔子と目が合う。警戒心を思わせるほどの、細く尖った瞳が眼鏡越しに映っていた。


「あ、あの……よろしく」

「……フン!」

「えぇ~!? 挨拶しただけなのに~!」


 やはり、釘裂主将――内海翔子から嫌われているのだろうか。同じキャプテンの人間として、仲良くしたい想いはやまやまなのに。


 不機嫌そうにそっぽを向かれてしまった夏蓮は翔子の気持ちも気にしていたが、すぐにマスクで顔を隠され、見えない距離を置かれてしまう。

 悩ましいままに右打席に立つことになったが、するとピッチャーズサークルからは、以前同じ中学を通った同級生の愛華による視線を受けていた。


「鮫津さん……」


 思わず独り言を鳴らした夏蓮は変わり果ててしまった鮫津愛華の姿を、茫然と見つめてしまった。


 話したことがない相手ではあるが、同じクラスにもなったことがある夏蓮は愛華の人間性を知っている。

 いつも大人しく、優しい静閑を放っていた中学生の愛華。背が大きい姿とは裏腹に、自分と似たオドオドする様子をよく見てきた。運動部になど入らず、勉強と帰宅ばかりを繰り返す日々まで似ていた気がするほどで、会話でもしていたらすぐに仲良くなれたかもしれない一人である。



 だがそれも、愛華が唯と出会うまでの話である。



『そして今では、金髪に染めるほどのヤンキー生徒になっちゃったんだ……もう、あのときの鮫津さんはいないのかな……?』



 不良校として名高い釘裂高校。その中でも愛華はトップ的立ち位置にいることが、唯たちがグローブを買いに行った際の話を聞いてわかる。


 夏蓮は残念に思いつつも、今は叶恵に告げられた作戦を頭に叩き戻して構える。


『今は叶恵ちゃんに言われたこと、やらなきゃ!』


 グリップをいつも以上に強く握り締め、夏蓮の表情に小さく燃える闘志が戻る。


「――?」


 しかし夏蓮はふと、疑問の念を抱き始める。なぜならピッチャーの愛華から驚いている顔を目に捉えたからだ。きっとキャッチャーからの指示が意外だったためだろう。



『だとしたら何をしてくるんだろう? 外して様子見? それとも勝負? また他に……?』



 夏蓮は考え始めたが、翔子に頷いた愛華がセットに入り、すぐに第一球目のモーションに移行され、思考を止められる。

 大きな身体を一度畳み、起き上がると共にプレートから跳ね飛ぶ姿はまるで凶暴なホオジロザメ。水面から突如飛び出し襲うように、愛華の右手から凄まじい速球が放たれる。



 ――「走った~!」



 同時にファースト選手から声が響くと、ランナーの叶恵は予定通り二塁への盗塁を試みていた。相変わらずの低い姿勢のまま、スピードを上げていく。


 一方で夏蓮には愛華の豪速球が今にも、ど真ん中ゾーンを通り過ぎようとしていた。が、少しでも盗塁成功を促すために、わざとらしい遅れた空振りを見せる。


 ――バシッ!!

「よ~……」

 ――ビュンッ!!

「っし……?」


 下手ながらも演技できた夏蓮は、よ~っし! と呟こうとした。しかしその刹那、二塁向かって更に速いボールが顔横を通っていくのが見えた。

 もちろんボールの速度もあるのだが、夏蓮は放たれたボールよりも、投げた翔子本人に驚いてしまった。




『捕ってから投げるの、早過ぎない……?』




 ――バシッ!!

 ――ズシャァァ~……


「――っ!」

 夏蓮が翔子の素早さに唖然としているのも束の間、キャッチャーから放たれたボールは、二塁にギリギリ間に合った風吹輝のグローブに収められ、共にスライディングした叶恵のスパイク先に触れていた。


「ふぅ~危ねぇ危ねぇ……てか審判のお姉さん、何迷ってんの? 誰が見たってそうでしょ?」


 白いマスクで口ごもった風吹輝の声が、二塁審判の彩音に届く。叶恵と同じく険しい表情をしていたが、思いと反するように右手を挙げる。



「あ、アウト!!」


 無理強いされたように叫んだ彩音の声が響くと、笹二ベンチはもちろん、打席の夏蓮も驚きを隠せず立ち竦んでいた。




『そんな……叶恵ちゃんが、盗塁失敗……?』





「チッ……」

 思わず舌打ちを鳴らしてしまった叶恵は嫌々ながらゆっくりと立ち上がり、二塁から離れようとする。しかし、ボールをピッチャーに返した風吹輝から不適な笑みを放たれ、帰路を止められ振り向く。



「な、何よ……?」

「フフ……スゴいでしょ? 風吹輝たちのキャプテン」


 挑発染みた風吹輝の発言だが、叶恵は言い返す気が起こらず、ぐうの音も出ないまま俯く。



『確かに、偶然とはいえ、あれじゃ無理だわ……』



 翔子から送球されたのは、二塁隣の足元間近――文句なしのダイレクト送球だった。

 送球の速さ、捕ってからの素早さ、そしてダイレクト送球というコントロールの良さ。

 三拍子全て揃ってしまっては、今回の失敗は仕方ないと、叶恵は不服にも受け入れようとしていた。




「……一応言っとくけどさ、今の偶然なんかじゃないからね?」




「――っ!?」

 再び風吹輝から囁かれた叶恵は目を見開くと、突如肩を掴まれ更に電気が走る。



「アンタら、翔子のことなめ過ぎだよ。確かに翔子は、アンタとか風吹輝と、同じくらい小さい身体だけどさ……」



 耳元で告げられる分、不気味にも耳に入ってくる風吹輝のこもった小声。

 それを真に受けている叶恵には更に強い電気を流される。




「――力はもちろん、風吹輝たちが捕りやすいように、構えたところに投げてくれる。チーム一のコントロール持ってる、優しいなんだよ?」




「――ッ!!」

 叶恵の呼吸は間違いなく止まっていた。衝撃の真実を告げられたように、身体が凍り付く思いである。


「そんな……」


 風吹輝から解放されたものの、未だに足が動かず止まったまま震え声を漏らす叶恵。

 二塁に動こうとせず棒立ちしていたショート――浜野はまの美李茅びいちを風吹輝が注意している中、叶恵は焦りに焦る顔でキャッチャーの翔子を睨む。




『じゃあ今のダイレクト送球は、普段から投げてるってことなの……? それじゃあ、盗塁なんて一回も成功できないじゃない!!』




「チッ……」

 またもや舌打ちを響かせた叶恵はようやくベンチへと走り去っていく。ただ、先ほど鳴らした舌打ちとは異なった、悔いではなく弱々しい音であることは、聞こえた風吹輝の微笑から簡単に窺えるものだった。



「そんな……」

 打席に棒立ちする夏蓮も、下を向きながら進む叶恵を辛いながら見ていた。予定通りにいかなかったことは無論、むしろ今後の盗塁機会を封印されたようにも感じていた。



「叶恵ちゃん……あっ!」



 突如叶恵から振り向かれたことで、夏蓮は自然と目が合う。まだ序盤というのに、余裕のない厳しい表情を放たれていた。

 すると叶恵は静かに頷き、夏蓮も険しいままに頷き返す。




『もちろん、ピッチャーの鮫津愛華もスゴいわ……』




 ツーステップから放つストレート勢いは顕在。偵察に向かった柚月の話によれば、変化球のスライダーまで備える豪右腕エース。




『でも、裏でチームを支えてる内海さんだって、あなどっちゃいけない……』




 打撃や送球力だけでなく、正確なコントロールの良さも際立たせる存在。背は低くとも、大きな存在に間違いない釘裂のキャプテン。


 一朝一夕いっちょういちゆうの努力では手に入れられない、凄まじい能力の高校二年バッテリー。


 笹二のエースは釘裂のエースを、そして笹二のキャプテンは釘裂のキャプテンに目を向けていると、やがて叶恵と夏蓮の恐れていた想いは一致してしまう。




『『――このバッテリー、筑海以上にヤバイかも……』』




 ワンアウトランナー無し。

 カウントワンストライクから再開する練習試合だが、このワンアウトがあまりにも大きな意味があったことは、夏蓮も叶恵も痛いほど理解してしまった。




   一 二 三 四 五 六 七 計

釘裂|0| | | | | | |0|

笹二| | | | | | | |0|


 一回裏


 B◇◇◇

 S◆◇

 O◆◇


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