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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
二回◇すれ違いからの因縁へ――vs釘裂(くぎざけ)高校◆
116/118

45話 ②月島叶恵パート「ば、バックセカンド!!」



   一 二 三 四 五 六 七 計

釘裂| | | | | | | |0|

笹二| | | | | | | |0|


 一回表


 B◇◇◇

 S◇◇

 O◆◇

『ちょっと、見づらいじゃない!』


 ピッチャーズサークル内、キャッチャーからのサインを前傾姿勢で確認している叶恵だが、咲の手は震えが止まらない様子で、とても伝わりづらく目を凝らしていた。


 咲が要求しているボール――恐らく指が二本伸ばされていることからドロップ。


 何とか目に捉えることができた叶恵は、マスク越しでも観察される咲の余裕なき表情に、呆れたため息を漏らしてからセットに入る。


『まぁ、相手にあんな選手がいたら、怖いのもわかるわ……咲』


 叶恵が思ったあんな選手――それは現在釘裂ベンチで鋭い視線を投げている浜野美李茅のことである。三振で第一打席を終えた彼女は、バットを投げ捨てるようにベンチに入り、前の柵を何度も蹴って怒りを顕にしていた。今は少し落ち着いた様子だが、足を組んで座りながら、鋭利の如く尖った表情は未だに顕在で、赤髪と共に恐ろしいオーラを放っている幻影すら視えそうだ。


 最初は美李茅から気さくに話し掛けられ、仲が良くなったことさえ見受けられた咲。

 そんな良い雰囲気がこうして破壊されては、キャッチャーとしてではなく中島咲としてのショックは大きいはずだ。

 強張った咲の気持ちも悟りながら、投球モーションに入った叶恵はまず、二番バッターの瀬戸風吹輝に指示された得意のドロップを投げ込む。


 ――バシッ!


「ボール!」


「チッ……」

 左打者のインコース膝元から沈んだドロップはゾーンから僅かに外れてしまい、舌打ちを鳴らした叶恵はすぐに返球を受ける。ギリギリを見極めるとは、なかなか嫌なバッターだと、表情に出しながら背を向け、足元をならしてい次の攻め方を考えていた。


『ストライクからボールは振ってこない。だったらボールからストライクで、カウントを稼ぐしかないか……』


 ソフトボールにおいてセーフ率の高い左打者を打たせて取ることは、同じく左バッターである叶恵にはあまり望ましくない戦略だとわかっている。が、このままクサイ所を突いていけば、結果はフォアボールになるのがオチだろう。

 プレートに両足を置いた叶恵は咲のサインを確認するが、己が投げようとする球種が出るまで、指示に首を振り続けた。


『ここは、大きく曲がるカーブでいくわよ。インコースのボール気味から、アウトコース低めに……』


 やっと咲のサインが自分の予定と揃ったところで、叶恵は頷いてセットを構える。普段は二本指を縫い目に載せて投げるが、スピードよりも回転を求められるカーブは三本指で合わせていた。

 そして叶恵は一度深呼吸をしてから身体を折り畳み、青髪の左バッターに向かって、プレート端を左足で蹴って突き進む。


「――フッ!」


 ブラッシングと同時に手首を大きく内側にひねって投じたボールは思った通り、まず風吹輝のインコース胸元へと向かっていく。しかし斜め回転を示すボールは次第に横へと変化を見せ、弧を描くようにしてアウトコース低めへと落ちていった。


 ――コーン……。


「よし! セカンド!!」

 体勢を崩した風吹輝の、バットの先端に当たったカーブは無理矢理引っ張られるようにして転がり、セカンドの菱川ひしかわりんに難なく捕球される。ファーストの星川ほしかわ美鈴みすずもすぐにベースへ戻って送球を受け、買ってもらったばかりの黒と青のミットを鳴らした。


「アウト!」


 一塁審判の永瀬ながせ誠朗ともあきから威厳あるジャッジを下され、アウトを取った凛のプレーに仲間たちの称賛が飛び交う。


「ナイスよ! セカンド」

「凛、ナイスプレー!!」


 叶恵や周囲の選手、中でも一番声が大きかった親友の菫から褒められ、凛は表情を緩めて静かな嬉しさを表し、ツーアウトと指二本を立てていた。


 これでツーアウト、ランナー無し。


 たった五球だけで二つのアウトを取ることができたのは省エネで、スタミナを指摘されている叶恵にはとても助かるものだ。またここまで相手からの快音も鳴らされずに済んでおり、幸先さいさき良い回になる気も生まれていた。


 セカンドゴロに倒れた風吹輝がバットを持って静かにベンチに去っていくと、今度は小柄で眼鏡な三番打者――内海うつみ翔子しょうこが右バッターボックスに訪れた。すると釘裂高校初めての一礼が行われる。




「――しまぁっす!!」




 高らかな声を放ったと共に、凛々しい顔を上げて構えた翔子。


 一方で見せられた叶恵は不思議な違和感を覚えながら、相手バッターの表情と対峙する。


『釘裂にも、こんな真面目な選手がいるのね。キャプテンらしいし、警戒しておいた方が良さそうだわ……』


 油断ではないが、叶恵は釘裂ソフト部などレクリエーションの延長で、不良たちによって造られた部だと勘違いしていた。気晴らしとか、ストレス解消とかで、きっと設立されたのだろうと。

 しかし内海翔子という、自分ともよく似た直向きな様子を目にし、叶恵は抱いていた偏見を捨て、瞳を尖らせながら咲のサイン確認を始める。


 今度はアウトコースのカーブ。


 相変わらず手が震える咲のサインには眉間にしわを寄せてしまったが、サウスポーの叶恵としてはボールからストライクに入る要求に賛成し、固唾を飲み込んでからセットに入る。


『警戒するバッターには、初球は見せ球で充分。クサイところ、突いていくわよ……?』


 すると叶恵は状態を曲げ、左手のボールを弾いて上空に向ける。そしてプレートから弾き出されるようにして、片足を引きずりながら進むウィンドミルの流れから、翔子に初球のカーブを投げ放った。


 ――バシッ!


「ボールッ!!」


 高さは膝元ギリギリ、右打者の外角ゾーンに決まったカーブは惜しくも外れていたようだ。しかし想定の範囲内である叶恵はすぐに咲からボールを受け取り、再びサインを確認して頷く。


 次は、右打者のインコース胸元をえぐるスライダー。


 アウトからインへと、加えてスピードにも差が生まれる投球選択。

 バッターの目を慣れさせない要求に賛成した叶恵はセットから、再び注文通りのスライダーを予定通りのコースに投げ曲げる。


 ――バシッ!!


「ボールッ!!」


「……っ」

 ミットにたどり着くまではストライクゾーンだったが、音を鳴らした時には僅かにベース上から外れ、またしてもボールを宣告されてしまった。


 ツーボールという名のバッティングカウント。

 バッターにとっては余裕ができる状況。


 しかし叶恵はツーボールとなったカウントよりも、相手バッターの翔子の見逃し方に舌打ちを鳴らしそうになっていたのだ。




『タイミングの崩れが一切ないし、当たりそうなインコースすらも微動だにしなかった……。なんて嫌な見逃し方するバッターなのよ……?』




 釘裂高校の一二番は両者共々、身体が前のめりになったり、前足が地に着くのが早かったりと、タイミングが合わせられていない様子が何度も窺えた。


 しかし内海翔子からは構え崩れが全く見受けられず、重心は軸足に載せられたままだった。また身体に近いボールにすら向かっていくように、避けず勇ましげに構え続けていたのである。


『それで当たっても、知らないんだから……』


 返球を受け取った叶恵は、翔子のデッドボールを思いながらセットに入り、要求された第三球目を投じる。

 外角高めへまっすぐ向かいながら、途中で沈むドロップ。

 ストライクがほしいあまりに危険な高めのゾーンに放ることとなったが、変化が決まれば相手のベルトやや下で落ち着く。それに一番得意とする変化球であり、自然と自信を持ちながら腕を振ることができた。

 日々の投げ込みでつちかったコントロールも信じながら、叶恵はミットの音とストライクコールを待ち望んだ、そのときだった。




 ――カキイィィーーーーン!!




「うそッ!?」

 しっかりコントロールできたボールは確かに、相手のももの高さまで沈んだ。が、翔子のバットからは快音を響かされてしまい、打球は凄まじい勢いでセカンド――凛の頭上を通り過ぎ、間もなく右中間を襲い貫いていた。



『打たれたか……え……?』



 すると叶恵の表情からは一瞬、勇ましさが消えてしまう。なぜならライナー性の打球はドンドン飛距離を伸ばしていき、そして地に落ちた瞬間には、




 ――右中間フェンスネットに直撃していたからである。




「ば、バックセカンドッ!!」

 驚きを隠せない叶恵は思わず声を張り上げ、センターのメイ・C・アルファード、ライトの清水しみず夏蓮かれんの守備に指示と期待を送った。すると守備範囲の広いメイは転がる打球をすぐに鷲掴みし、低く速い遠投をセカンドベース目掛けて返す。


「エイヤアァァ――――!!」


 チームの中でも幼い背であるメイの遠投だが勢いはあり、中継も経由せずにセカンドベースへと転がっていった。


 ――パシッ……。


 ベース上にいた東條とうじょうすみれのもとへ何とかたどり着いた、メイの力限りのボール。




 ――しかし言うまでもなく、バッターの翔子はすでにセカンドベース上で止まり、バッティング手袋を外し始める頃だった。




 ――「翔子やる~!!」

 ――「よくあんな飛ばせんなー!!」

 ――「背ちっちゃいのによ~!!」



 三塁側ベンチからは釘裂高校ナインからの、ヤジにも似た声援が送られていたが、ヤンキーらしい活気が溢れていたことに違いない。その一方で、一人ピッチャーズサークル内でボールを返された叶恵は、我慢していた舌打ちを鳴らしてしまい、二塁打を放った翔子を睨む。




『――あのコースで、なんであんなに飛ばせんのよ……?』



 アウトコース低め。ギリギリとまではいかないが、決して叶恵の投球は失投ではなかった。にも関わらず、引き付け真芯で捉えた翔子の流し打ち弾は、恐ろしいほどの勢いがあり、終いには外野フェンスネットにまで届いていた。


 それの理由は、考える必要もない。

 内海翔子という小柄なバッターが、身の丈に合わぬほどの力を抱いているため。そして叶恵が得意とするドロップすら芯で捉えることができる、広範囲なミート能力があるためだ。



『警戒しておきながら、この結果か……』



 釘裂高校の三番打者が、いかに恐ろしいバッターなのか。


 それを思いしらされた叶恵は落ち着くことができず、ふいにロジンを強く握り締めて、驚きと悔しさをあらわにしていた。

 周囲の仲間たちからは、ドンマイ! のエールが放たれ続けるが、どうも焦燥しょうそうの念に駆られてしまい、ロジンを地面へ強く叩きつけてしまう。


 状況は一変し、ツーアウトランナー二塁。


 得点圏にランナーがいることから、相手にとってはチャンス、自分たちからしてみればピンチ以外何物でもない。


 悔しい気持ちを整理しようと、まずは大きな深呼吸をして落ち着く叶恵。

 あと一人アウトにすれば、初回は無失点で防げる。

 そう言い聞かせながら次の打者を考えたが、突如狭い肩が張りを放つ。


『……いや、待てよ。三番打者であれなら、四番って……』


 恐る恐るきびすを返してバッターボックスへと目を向けた叶恵だが、その頃にはすでに釘裂高校四番打者が訪れ、左打席の足場をならしていた。


「しゃーっす……」


 不気味なほどに低い声がグランドに漂う。前打者の翔子が黒髪だっただけに、今回のバッターの金髪がより鮮明に煌めいて見えた。両手にはもちろんバッティング手袋を、そして右肘にはクッション式のレガースが巻かれている。

 そしてついに相手打者がバットを肩に載せて構えた刹那、叶恵には恐ろしいほど尖った瞳を向けられてしまい、息を飲まされた。




『――コイツが、鮫津さめづ愛華あいかか……乱闘騒動の噂は聞いてたけど、いろんな意味でヤバそうなヤツね……』




 同じ部の牛島うしじまゆい植本うえもときららとほぼ同身長。スラッとした体型ながら筋肉質を思わせる肩幅。

 そして経験あり気なドッシリと見せる構え方からは、小学生当時からソフトボールを経験している叶恵ですら、苦い顔を浮かばせるほどのオーラを放っていた。


 エースとスラッガーの睨み合いがしばらく続いたあと、叶恵はボールを握ろうと視点を換える。だがその小さな左手は、咲と同じように僅かな震えを起こしていた。

 



   一 二 三 四 五 六 七 計

釘裂| | | | | | | |0|

笹二| | | | | | | |0|


 一回表


 B◇◇◇

 S◇◇

 O◆◆


 ランナー二塁


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