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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
二回◇すれ違いからの因縁へ――vs釘裂(くぎざけ)高校◆
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44話 ③牛島唯パート「へへっ、だってさ……」

『愛華……』



 一塁ベンチの屋根の下、唯はきららと並んで相手側ベンチ――釘裂高校サイドを覗いていた。なぜならそこには、現在座りながら、小柄なキャッチャーと話し合う鮫津愛華がいたからである。何を相談しているかまでは聞こえてこないが、恐らくはバッテリー間のサイン確認だろう。

 相手の作戦を盗む――もちろん未経験者の唯には、そんな考えなど浮かんでいない。ましてや今は、たった一つの想いだけで心が埋まっていた。




『――オレの想い……届けられんのかな……?』




 厳しい顔つきのままな唯は、暗く俯くきららと隣で、ただひたすらに愛華への謝罪を考えていた。


 昨晩の笹浦二高校内では、顧問且つ担任でもある信次から、大丈夫だ! と温かなエールを貰っている。心から味方してくれているように、相変わらずの優しい笑顔のままで告げてくれた。

 また帰宅したときには、唯は母親の牛島うしじまめぐみにも、愛華との関係と過ち、そして明日への決意を知らせていた。正直内心は不安でいっばいだったため、終始片言な説明となってしまった。だが、それでも恵は微笑みながら、


「優しい唯ちゃんの想いなら、きっと受け入れてくれるはずよ」


 と静かながら背中を押してもらえたのだ。


 自分を四番という、相手から注目を浴びる打順にしてくれた、我らのキャプテンの夏蓮。

 自分には確かな愛と勇気があると、自信を持たせてくれた、素人監督の信次。

 そして、愛華にはきっとわかってもらえると言ってくれた、実の母である恵。


 自分にはたくさんの支え、応援を受けていると感じた唯は、絶対に愛華へ想いを伝えようと覚悟している。しかしそのせいか、本日の練習試合に向けての練習は、実際のところ集中できずに過ごしていた。それは隣で静かに俯くきららも同じで、愛華のことばかり考えていたからに違いない。

 練習や試合には集中して臨むべきだ。

 いくら未経験者の唯やきららだって、そんな基本的な心構えはもちろんわかっている。わかっているのだが、ついつい愛華を眺めてわ、仲違いのことばかりを考え込むことしかできずにいた。




「――唯ちゃん! きららちゃん!」



「キャプテン……」

「かれ、リーナ……」

 ふと鳴らした声主へと振り向いた唯ときららには、キャプテンの夏蓮が傍に近づく姿が目に映る。集中できていない自分たちを叱るのかとも考えられたが、優しさ際立つ笑顔の様子からは、どうも違うように感じ取っていた。


「な、なんだよ……?」


 固唾を飲み込んで待っていた唯の前には、ついに夏蓮がたどり着く。依然として微笑む彼女には、理解に苦しんでリアクションを返せず、つい重い空気を誕生させることとなった。


 せっかく二人に声を掛けてくれたキャプテン。にも関わらず唯は突き放すような不審がる目を向け、一方できららは唯の背に隠れるようにして身を潜めていた。が、それでも夏蓮は微笑みながら、小さく幼い両手を二人にふと伸ばし始める。


「へ……なに……?」

わたしの手、握ってみて?」

「はぁ?」


 優しく囁いた夏蓮は一体何を考えているのだろうかと、不思議極まりない唯は少し驚いた表情で、背後のきららと顔を向かい合わせる。

 どうやらきららも訳がわからなそうに眉間の皺を浮かばせており、沈黙という名の妙な間を置いてしまった。


「唯ちゃん、きららちゃんも! お願い、ね?」


 普段は見せないアグレッシブさを伝えさせる夏蓮からは、絶えず両手のひらを向けて待ち構えていた。指先は簡単に折れそうなほど細く、本当にソフトボールを握られるのか疑えるほどの短さ。そして数々の痛々しい血豆を浮かべた、キャプテンとしてのたなごころ

 結局夏蓮の意図がわからなかった唯だが、言われたからには静かに従おうと、きららと目配せをして頷き合う。


「さ、触るからな……?」

「うん! お願い」


 挙動不審な唯にきららが並んだところで、二人は笑顔放つキャプテンの小さな手のひらに、それぞれの手を恐る恐る伸ばしてそっと握る。


「はっ……」

「キャプテン……お前……」


 大きく見開いて声を漏らしたきららの後、唯も夏蓮と目を合わせて顔をしかめた。


「ね……?」


 すると夏蓮からは首を曲げた苦笑いを見せられていたが、唯は今度両手で握り始めると、確かな気持ちが伝わってくると共にささやかれる。




「――わたしの手、震えてるでしょ? 全然止まらなくて……ずっと、緊張してるんだ」




「カレリーナ……」

 心配というよりも、はっきりとした不安を表情に出したきらら。そして唯も険しい顔のまま、夏蓮の微動し続けている手の汗ばみを感じ取っていた。


「どうして、お前が緊張なんて……」


 部活動自体未経験者である唯には、ソフトボール経験者でありチームの主将でもある夏蓮の震えが、正直理解に苦しんだ。彼女にとっては、決して初めての試合ではないはずなのに。ついこの前には、筑海つくみ高校と練習試合だってしているというのに。

 キャプテンの不安は何なのだろうと探ろうとした唯だが、苦くも微笑む夏蓮は自身に呆れたようにため息を漏らす。


「……ホントだよね。キャプテンなのに、情けないでしょ?」

「そ、そんなことない! にゃあ……」


 語尾に無理矢理“にゃあ”を着けた様子の否めないきららが放つと、唯には夏蓮の表情が少し和らいでいるように見えた。まるで、普段鳴らされる語尾を聞きたかったと言わんばかりに。


「ありがと、きららちゃん! ねぇ、唯ちゃん?」

「え、オレ?」


 名前を呼ばれまばたきをした唯は、悲愴染みたきららから目を放した夏蓮に瞳を向けられる。ベンチ屋根の下だというのに、太陽の如くキラキラと輝いていた。


「さっきさ、どうして緊張してるの? って聞いてくれたよね?」

「ま、まぁ……」


 確かに質問したことは自覚しているが、唯は変に追い込まれた気持ちとなって狼狽ろうばいしていた。なぜなら夏蓮が、質問されたことも含めて嬉しそうに見えたからである。


「フフ……それはね……」


 すると夏蓮は目線を下げ、自身の揺れる小さな手のひらを見つめていた。

 緊張している理由とは何なのかと、つられて唯も、そしてきららも、儚さ否めない少女のたなごころを覗く。目にも見えるほど顕著に微動していた。


「あっ……」

「お、おいキャプテン!?」


 しかし今度は、夏蓮の手が唯たちの手を包み込み始め、同じくして悩める二人を驚かせる。




「――怖いんだ、わたしも……」




「こ、怖い……?」

 すぐに疑問へと移り変わった唯が囁くと、わたしもと答えた夏蓮は頬を緩ましたまま静かに頷く。


「今から始まる現実がどうなるとか、全然わからないからさ……未来に、怯えてるんだよ。だから怖くて、緊張しちゃってるんだ」


 未来に何が起こるかなんて、予言者でもなければわかるはずがない。むしろその予言者だって時に外してしまうほど、未来とは不確かな予想図なのだ。

 夏蓮の言葉を聞いた唯も、これから起こる未来の不安を抱えている。それはもちろん、愛華との仲直りを。

 失敗するかもしれない。

 下手すれば今まで以上の苦しみを味わうかもしれない。

 きっと夏蓮は試合に対して恐怖しているはずだと唯は思いながらも、ふと愛華の顔が脳裏に過ったことで、今度は自分の手が震えていた。


「そうだな……怖いよな……」

「うん。わたしも、()()()()だよ?」

「え……?」


 “いっしょ”という言葉を強調したと感じた唯は、すぐに顔を上げて夏蓮に振り向く。すると再び煌めく目と合い、手の温もりではない温かさを受け取れた。


わたしも、唯ちゃんときららちゃんと同じなんだよ。だからさ……」


 見上げる少女の小顔が、隣のきららへ、そして自分へと視点が戻ったのを確認した唯は呼吸を止めると、反って握られていた両手が少し圧迫されるのを感じたときだった。




「――わたしたちみんなで、立ち向かおう?」




「――!! 夏蓮……」

 キャプテンではなく夏蓮と名前で呼んだ唯は、大きく開いた瞳で驚きを表すと、三人の間に沈黙が訪れる。きららは相変わらず暗めな様子だが、それでも目の前の一人だけは微笑みを絶やさず、最後には白い歯まで垣間見せた。




「――両チーム! 整列してくださ~い!」



 するとホームベース付近からは、胴にレガースと手にマスクを持った清水秀の嗄れた声が鳴らされ、唯ときらら、そして夏蓮も振り向く。


「さぁ、始まるよ。みんなといっしょなら、大丈夫だからさ」


 夏蓮が静かに呟くと、ついに唯ときららの手がそっと解放される。確かな温もりを残したままで、無意識にも呆然と手のひらを眺めてしまう。


「みんなぁ!! 集合準備だよ!!」


 すると人が変わったようにキリッとした夏蓮が呼び掛けると、笹浦二高部員たちがそれぞれのグローブを抱えながら、ベンチ前に整列を始める。先頭にはもちろん主将の夏蓮。その後ろには叶恵、咲、梓と二年生が続き、その後は菫、凛、メイ、美鈴と並び、マネージャーの柚月、顧問の信次もベンチから足を踏み出していた。皆真剣なままに待ち構え、集合場所のバッターズサークルをひたすらに見つめている。

 一方で唯ときららは、最後尾の美鈴と少し間を空けて並ぶこととなったが、二人だけはまだ下を向いた状態が続いていた。


「ねぇ、唯……?」

「あん?」


 きららから背中に小さな声を当てられた唯は返事をするも、振り向きはせず足元に目を置いていた。しかし背後の彼女の表情が憂鬱だということは、目にしなくてもわかるほど声から伝わってくる。


「清水さんの言う通り……今は試合に集中しよ?」


 カレリーナではなく名字を呟いたきららからは、唯は彼女が哀しげな素の自分に戻っていることがわかった。しかしそれでも振り向きはせず、小さなため息を地面に落とす。


「……なぁ、きらら?」

「なに……?」

「今はキャプテン……いや、夏蓮の言った通りにしようぜ?」

「え……?」


 変に言い直した唯が気になったのか、きららからは静かに驚いた様子が背に感じる。


「へへっ、だってさ……」


 ふと笑い溢した唯だが、するとゆっくりと顔を上げていき、背後で心配していたきららに横顔を放って口を開ける。




「――夏蓮は試合って言葉、一言も言ってなかっただろ……?」




「――!」

 肩越しに覗きながらも、唯にはきららの驚いた表情がよく伝わっていた。さっきまで悩み細めていた瞳は大きく開けられ、温度すらも灯して始めている。

 どうやらきららも気づいてくれたのだろうと、唯は本日初めての微笑みを浮かべることができ、長い黒髪を靡かせながら視点を三塁ベンチに変える。




『――夏蓮は言ってくれた……いっしょに立ち向かうと。愛華たちに、オレたちソフト部のみんなで』




 集中しきれていない自分たちを叱るものでなかった。はたまた、試合に集中しようとも口にしていない。

 何ともチームを引っ張るキャプテンらしくない、夏蓮からの一言であったことは確かだ。だが唯は彼女から、聞こえない大きなメッセージを受け取ったように感じながら、鋭い目付きで相手選手を睨む。


「両方だぜ……きらら」

「両方……?」


 今度は後ろを振り向かず呟いた唯は、素の右手をピースに変え、背後のきららに見えるように現す。




「――仲より、試合より、両方集中するぞ」




 それはどことなく、合宿で柚月が掲げたタイトルと似ていた。


 量より、質より、両方。


 練習する量、そして内容の質をより高めなければ、自分たち素人チームは試合に勝てないと。

 無茶ぶりな目標は何とも篠原柚月らしく厳しいものだが、少なくとも今の唯の発言は、きららを頷かせ、素直に納得させていた。


「そうだね……集中すべきことは、鮫津さんのことと、笹二のみんなとの試合だよね」

「あぁ。合宿乗り越えたオレたちなら、絶対にできる」


 不安気だったきららの表情も次第に真剣へ移っていき、ついに笹浦二高女子ソフトボール部員たちが、皆同じ視点を揃え始める。唯たちの悩みを抱えながら、チームの初勝利をも目指す瞳たちからは、素人チームを超えた一体感が顕になっていた。



「――集合!!」



 清水秀を先頭に、四人の大人たちが審判としてホームベースへ向かい始めると、釘裂高校、そして笹浦二高もついにベンチから離れる。


「いくよー!!」

 ――「「「「オオォォォォ――――――――!!」」」」――


 キャプテンの声に続いて部員たちの気合いこもった叫びが放たれたが、もちろんその中には唯、そしてきららの叫びも含まれていた。

 駆け出す仲間たちと並んで、白の石灰で表された左バッターボックスに沿って立ち止まると、いざ相手選手たちと対面するが、やはり釘裂高校生徒たちの不気味な姿が窺えた。紫を基調としたユニフォームはシャツ出し腰パンで、試合が始まったというのにガムを噛む様子が見受けられ、この前に練習試合を行った筑海つくみ高校とは大きく違った異質なソフトボーラーたちだ。

 中でも唯の目を疑わせたのは、まるで個性を見せつけるかのように、一人一人の髪の色がそれぞれ違ったことである。目の前の端から銀髪、その隣には緑、また紫と続き、目を通していく限り同じ色の髪が見当たらない。


『あ、あいつら……』


 ふと視線を固定した唯の左先には、以前きららと美鈴と共に学校をサボってゲームセンターで遊んだ際、喧嘩を売られて問題を招かれてしまった二人――浜野はまの美李茅びいち瀬戸せと風吹輝ふぶきの立ち並ぶ姿があった。見慣れた大きなマスクを着ける風吹輝に対し、何が面白くて笑っているのかわからない美李茅といたが、その隣には今日一番気にしていた存在が映った。




『――愛華……』




 青髪、赤髪と並んだ次は、誰よりも煌めいた金髪を放つ選手――鮫津愛華の、無表情の冷徹な姿だった。

 相手キャプテンの隣にいる愛華は正面を向いたままで、決して自分たちに目を向けなかった。しかし唯は一方的に彼女の素顔を覗き続け、顔がより険しく変化していた。


「では! 御互いに礼!!」

 ――「「「「お願いしまーーーーす!!」」」」――


 主審の秀、その隣に並ぶ審判団、両陣の選手、そしてベンチの監督とマネージャーも含めた一礼が行われた。

  唯は少し遅れて頭を下げていたが、上げた頃には仲間たちがそれぞれのポジションへ向かっていき、眺めていた愛華からも背を向けられていた。


『大丈夫だ。謝る場面は、まだあるはずだから……』


 愛華と近づけたところだったが、目的の謝罪はまだ叶わない。しかし唯は深呼吸と共に考えを切り替え、自身ポジションであるサードに駆けていく。


「あれ? 慶助けいすけ……」

「よお……てか、相変わらず馴れ馴れしいやつだな……」


 唯が立ち止まった三塁付近には、本日手伝いとして召集された学校外関係者の大和田慶助が苦い顔を見せていた。どうやら彼は今回三塁審判を務めるようだが、やはり乗り気でない様子がわかる。

 気になった唯はふと他の審判たちを見渡すと、主審はもちろん校長の秀、また二塁には叶恵の担任である如月きさらぎ彩音あやね。そして一塁には、どうしてこの場所に来たのか理解不能の存在――教頭の長瀬ながせ誠朗ともあきの威厳ある姿が映った。




「――唯先輩!! ボール行くっすよ!!」



 長瀬の姿と共に見えたファーストの美鈴に呼ばれると、唯のもとには練習として投げられたゴロが近づいてきた。腰を低く落とし、グローブの面を立てながら収めると、左足の踏み込みと同時に、すぐに持ち替えて右腕を振る。


 ――バシィッ!!


「イッ! ……な、ナイスボールっすぅ~」


 ファーストベース上で捕球した美鈴は痛そうに顔をしかめていたのは、唯の返球の強さを顕にしていた。

 決して大切な後輩をいじめた行為ではなく、その一球は共に彼女の瞳に覚悟の煌めきを灯す。


「なぁ、慶助……」

「なんだよ……?」


 後ろを振り向かず、背に慶助の不思議めいた声を受けた唯は、自身の右手のひらに目を向ける。


「仲間って、良いよな……」

「仲間?」


 夏蓮の柔らかな手を握っていたはずが、反って握り返された、家事の手伝いの影響でかさついたの手。しかしそこには、合宿の夜に見かけたキャプテンの素振り練習を見習い、自主練習としてのトスバッティングでてきた数々のマメが膨れていた。


「夏蓮が……いや、きららや美鈴……」


 トスバッティング時にはもちろんきらら、そして美鈴が投げてくれ、自分の成長のために時間を割いてくれた。成績が優秀な彼女たちなら、きっと勉強時間に費やさなければならないはずなのに。


「……それだけじゃねぇ。みんな、ここにいるみんながさ……」


 握り拳に変えた唯は顔を上げ、投球練習を行う叶恵と咲、守備練習をしている菫と凛や美鈴、ベンチで笑顔のまま見つめる信次、一塁側ブルペンで早速投げ込みをしている梓と柚月、外野でキャッチボールをしている夏蓮とメイ、そして背後で守るきららといった、一人一人に目を向けていた。



「オレのために、試合をしてくれるんだぜ?」



 練習試合相手が釘裂高校と決まった際、危険あるヤンキー高校と知っている唯は決行を断固拒否した。しかし仲間たちは決して恐れず試合を希望し、むしろ自分の背中を押してくれたようにも感じさせてくれた。


「みんなは、オレのために試合を決めてくれた。だから、オレは……」


 四番サードの自分にできること――いや、貝塚唯を生きてきた牛島唯としてできることを、慶助の目を見ながら放つ。




「――仲間たちみんなのために、ぜってぇ結果を残すために戦う!」




 貝塚唯として、愛華とのスレ違いを克服をしたい。そして牛島唯として、チームの仲間たちと試合に勝ちたい。

 二つの希望を叶えることはとても難しいことは、唯本人は無論わかっている。だが、鋭い面構えでいながら、先程まではなかった広い視野を得た彼女には、結果への覚悟と未来に対する勇気が備わっていた。


「友のために戦う、か……」


 しかし慶助はふと、自嘲気味に笑ってしまい、唯は彼の意図がわからず首を傾げる。


「笑うところじゃねぇだろ?」

「わりぃわりぃ。昔さ、信次にも同じこと言われたなぁと思ってよ」

「え? 田村に……?」


 二人が友だちであることは、グローブを買ってもらった際に聞いたことがある。いい大人でありながら、二人共少年のように楽しげな会話もしていた。

 しかし、“友のために戦う”という言葉に、唯はどうにも受け入れられず、不審がる目を慶助に、そしてベンチで温かな応援をしている信次にも放ってしまった。

 見た目はヤクザのようで、深夜に彷徨うろついていそうな慶助。

 そして部活動の経験など口にしたことがない、割りと身長の高い信次。

 その二人が戦う場面は? 

 そう考えた唯は、今日まで見てきた慶助と信次の行動をもとに、小さな疑問を抱いてしまう。




『――まさか、喧嘩じゃねぇよな……?』




 グローブの購入前、釘裂男子生徒に殴られた慶助は、正しいパンチの仕方を口ずさみながら殴ってしまうところだった。

 一方で信次は、唯の元父親――貝塚かいづか哲人てつとに何度殴られても立ち上がり、流血しながらも歯向かった。

 そこから思い浮かんでしまったのは、喧嘩の嫌な二文字。暴力が嫌いな唯にとっては、あまり信じたくない予想だった。



「ほれ、試合始まんぜ? 大切な仲間たちのために、集中してやるんだろ?」

「あ……」


 慶助によって気づかされた唯は、仲間たちがピッチャーズサークルで集まり円陣を型どった姿が目に映る。守備人のみんなが集まっており、あと自分だけが入れば完成するものだった。


「済まねぇ! ボーッとしてた!」


 唯は空かさず走り出し、すぐに円陣の一部と同化する。右にはきらら、左には菫がいる中、円の中央にはキャプテンが低く構えていた。


「さぁ! わたしたちにとっての第二戦目! 恐れず、ひた向きに、元気よく! 楽しみながら試合をやっていこう!」


 夏蓮が自信に満ちた掛け声を鳴らすと、皆は揃って地面に真剣な顔を向ける。

 一人円から頭がはみ出た唯も、今は慶助と信次の過去など気にしてるところではないと気づき、膝に手を着け構える。


 今は、仲と試合の二つだけでいい。


 集中すべき事柄を思いながら半月板を強く握ると、ついにキャプテンの決め台詞が放たれる。



「かがやけぇぇーーーー!!」


 ――「「「「笹二ファイトォォーーーー!!」」」」――



 午前九時三十一分。


 不良高校――県立釘裂高等学校との練習試合が、今スタートした。




 

 皆様、こんにちは。

 今回も誠にありがとうございました!!


 つい最近、女子ソフトボールの国際大会の宣伝が始まりましたね。東京ドームで上野投手が始球式を務めておりましたが、やはり速い!

 再びジャパンが試合を制し、日本に明るい元気が舞い降りることを祈っております。


 さて、今回の話で一回表を書こうと思っておりましたが、切れよくするためここで44話は終了です。


 ついに始まりました、笹浦二高 vs 釘裂高校。


 謝ろうと心に抱きながら、仲間たちのために試合に集中し出した唯。

 一方で試合に集中をしながら、唯ときららに復讐心を抱き始めた愛華。


 相反する二人の心は、最終的にどうなるか?


 次回から始まる七回までの試合ドラマ

 是非よろしくお願い致します。









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