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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
一回表◇最高の絆で結ばれた、仲間集め――創部活動編◆
11/118

二球目 ⑤清水秀パート 「――っ! 流れ星…… 」

◇キャスト◆


清水秀


教頭先生



 笹浦二高校長室。


 夕日はついに沈み、春の穏やかな夜風が窓を冷やしていた。隣接した職員室からは、帰宅する教員で物騒がしく、多忙な彼らにも一日の終わりが近づいている。

 その一方で、未だに校長室の明かりは灯されたままだった。

 壁には代々任されてきた校長先生らの写真が飾られ、また机の上には教育委員会に提出すべき報告書など、歴史と威厳が漂う空間には一人――清水しみずしげるが着席していた。



 ――コンコン……。



「はい、どうぞ~」

「失礼します、校長」



 ノックに声を返した秀に早速見えたのは、同じく眼鏡姿な中年男性の教頭先生だ。いつも真剣な顔つきで現れるばかりで、笑顔――ましてや微笑すら校内では示さない威厳が彼にはある。


「とりあえず、言われていた報告書が完成しました。一度、目を通してもらってよろしいですか?」

「はいはい。ど~もねぇ」


 微笑む秀は、教頭先生からファイルを手渡され、一応抜けがないか確認する。しかし達筆で書かれた一文字一文字からは抜けなど皆目見当たらず、さすがは教育責任者の一人だと思わせる完成度だった。


「さすがだねぇ。助かるよ~」

「あの、校長。これは……?」

「ん~?」


 ふと話題を換えた教頭先生は机上に指を差し、一枚のプリントへ秀を向けさせる。それは正しく、先ほどとある教員と生徒から提出された一枚の紙である。



「あ~。部活動申請書だよ。さっき田村先生と、孫の夏蓮が来てねぇ」

「――っ! そ、それってまさか……」



 あっけらかんと話した秀だが、ただでさえかたくなな教頭先生の表情がより強張る。まるで未来に怖じ気づいて、全身を分厚い氷で凍らされたかのように。



「フフフ。そんなにおびえることはないんじゃないかな~?」



 老人のやわらかな笑みが響く校長室。だが教頭先生の表情は変わらず眉間に皺が寄っていた。どうも焦る、学校責任者としてのうつむきをして黙っている。

 一瞬窓に強い春風が吹き付け、ガタンと音が放たれた刹那、秀は責任者として共に過ごしている教頭先生に続ける。




「――笹浦二高女子ソフトボール部が復活するの、決して悪いことではないと思うけどねぇ……」




 教頭先生とは真逆に、秀は顔に豊かなしわを浮かべながら席を立ち、校庭がよくうかがえる窓前に移る。

 夜のグランドからは、照明をけてまだ練習に励む硬式野球部の姿がまず目に映り、また体育館から出てしまったボールを追いかける女子バレーボール部員の姿まで視界に入ってきた。

 部は違えど、それぞれの競技に対する生徒の熱い想いが、たとえ二階の校長室からでも垣間見えるほどだ。未来に訪れる一瞬に掛けて努力し、青春の汗で身も心も潤している。


「頑張る子の味方、先生は生徒のために……フフフ、おもしろい先生が来たもんだねぇ」


 おもしろい先生――それは田村信次以外何者でもなかった。


 始業式当日から遅刻しかけた新任教諭でありながら、信次の生徒に対する熱意や愛が、秀には確かに伝わっていた。

 決して怒鳴ったりなどせず、貝塚唯と植本きららを式に参加させたことを始め、実の孫である夏蓮のためにも懸命に動いてくれた。

 長年教職に携わってきた秀としては、そんな信次の姿が珍しくも羨ましく感じていた。



「ですが、校長……」



 すると背後から渋い声が聞こえた秀は、窓に反射された教頭先生の鋭い面構えが映り込む。眼鏡を人差し指で上下させる様子からは、誰が見ても動揺しているのがわかる。


「なんだい?」

「女子ソフトボール部の復活って、本気なんですか……?」


 踵を返した秀には、教頭先生の尖った眼差しを当てられる。窓から見えた反射とは違い、冷や汗すらより鮮明に浮かんでいた。


「著名は三人。ちゃんとノルマを達成しているよぉ。だったら何の問題もないと思うけどねぇ」

「問題なのはそこじゃありません!」


 突如教頭先生は声を荒げてしまうが、秀には予想していた通りで驚きもしなかった。去年という一年間を知る教頭先生なら、もちろん反対するのが当然だろうと。


 それでも部の創設を認める秀が微笑みで構える中、教頭先生は顔を上げ、今日一番の恐い顔を放つ。




「――去年の月島つきしま叶恵かなえのように、悲惨な出来事で苦しむ生徒が、また出たらどうするのですか?」




 一人の女子生徒の名を挙げた教頭先生は、拳を震わせ、断固反対の意を示していた。目が悪い秀が見てもわかるくらい、尖りに尖った両眼で。



「校長だって、去年のこと忘れたわけではないでしょ? 月島叶恵の出来事を。きっと今でも引きずっているはずです」


「今の叶恵ちゃんは、どうやら落ち着いているらしいよぉ。担任の如月きさらぎ先生から聞いてるしぃ」


 月島叶恵の想いを心配する教頭先生だが、秀の説得力ある言葉で一旦止とどまる。が、反対精神が折れることはなかった。


「そ、それに今回お願いしてきたのは、校長の御孫さんの二年生。もう部活動に入っている子がほとんどなのに、今さら部員を集めてできるとは、やはり思えません……」


 再び下を向いた教頭先生からは、最後まで反対を押しきられてしまい、室内は一時の嫌な沈黙を迎えていた。


 グランドの野球部員の声も聞こえるほど静まり返った、ツートップの二人がいる校長室。普段も静かな空間でやり取りする秀たちだが、今の空気はいつもと違い、居心地が非常に悪いものだった。


 すると秀は背を向け、窓に映った教頭先生にため息を漏らす。


「……もちろんぼくは、依怙贔屓えこひいきのつもりはない。夏蓮からのお願いだからって、創設を簡単に認めた訳ではないんだよぉ」


 走塁練習を全力で行う野球部が観察される中、窓から教頭へ反射される秀の声が続く。


「何かをやりたい、心から切望している。夢へ全力疾走したい者がいるならば、ぼくら教員が背中を押してあげるのが、大切なんじゃないかなぁ」


 秀の静かな声は、野球部の掛け声に混じりながら教頭先生へ向かっていた。夢のみちを走ろうとする生徒を、背後から応援してあげることが大切だと、共に言い聞かせるように。



「校長……」


「だからぼくらも、“責任者”として応援してあげようよ。まぁぼくは、元“責任者”の立場だけどさぁ……」



 “責任者”を強調した秀は、決して学校の責任者としての言葉ではなかった。そうでなければ、校長自身が元“責任者”などと告げたりしないだろう。

 すると秀はそっと振り返り、依然として厳しい顔の教頭先生と目を合わせる。




「――君も同じ“責任者”として、そう思わないかい? 永瀬ながせ誠朗ともあきさん」




 それは教頭先生の名前を久方ぶりに呼んだ、元“責任者”としての問い掛けであり、紛れもない尊敬を示す、さん付け呼びだった。




「……その呼び方、できればやめてください。少なくとも、校内では……」




 すると教頭先生はそっぽを向き、“責任者”としての名を嫌っていた。りにって、問題あったこの学校の下で嫌々に。



「自分は、この校内では教頭以外何でもありませんから……」

「校内では、ねぇ」



 最後に秀が優しく囁くと、教頭先生はすぐに、失礼しましたと、捨て台詞の如く吐き、校長室から姿を消してしまった。


 二人が話していたことは、もちろん誰にも聞こえていなければ、誰にも明かされていない論議だった。なぜなら秀と誠朗の討論は、学校責任者としてでなく、また別の“責任者”としての衝突だったからである。


 それは親子関係とは違い、また依怙贔屓えこひいきの要素など微塵みじんもない。



 ただ、ひたすらにソフトボールをやりたいと願う少女を、心から思いやり、応援してあげようという気持ち。




 ――“ソフトボール責任者”としての、プレイヤーを大切に思う真心のみである。




 一人だけとなった校長室は、より静けさに包まれた空間に戻っていた。

 秀は校長席に着くと、夏蓮と信次が提出した部活動申請書を手に取る。その著名欄には夏蓮を含めた三人の名が刻まれており、老人に懐かしみを与えていた。



『ほぉ~。柚月ゆづきちゃん、それにえみちゃんも協力してくれたんだねぇ。相変わらず仲間想いのメンバーたちだよ……』



 夏蓮が篠原しのはら柚月ゆづき中島なかじまえみらと、幼い頃から仲良しであることは、祖父として秀は知っている。それ故に、今でもせない、仲間を思いやる気持ちが申請書から伝わり、彼女らを誇らしげに思えていた。



『夏蓮に、柚月ちゃんに、咲ちゃん……やっぱり、あずさちゃんは書かなかったんだねぇ……全く、素直じゃないだよ』



 舞園まいぞのあずさのことだって、夏蓮の大切な親友だと認知している秀は、著名がないことに困り顔を放っていた。だが協力してくれないのも仕方ないと、諦めのため息が最後に漏れてしまう。




『要するに、梓ちゃんを欠いた、この三人だけかぁ……それだと困ったものだねぇ、夏蓮……』



 秀は部活動申請書を机上に置き、座ったまま窓に振り向き夜空を見つめる。

 雲がかった夜空は春の大三角も、春の大曲線も隠されてしまい、きらめく星は乙女座おとめざのスピカくらいしか見当たらなかった。頼みの月明かりですら分厚い雲に覆われていた。




『この感じだと、今の部員は夏蓮。実質一人だけだねぇ……』




 集まったのは著名だけで、正式に女子ソフトボール部活動ができると決まった訳ではない。



 ソフトボールを始め、ハードな運動をめざるを得なくなった、篠原柚月。



 とある先輩と共にソフトボールを卒業し、現在は女子バレーボール部として活動している、中島咲。



 そして、ソフトボールが嫌いになってしまった、舞園梓。



 三人の現状をよく知っている秀だからこそ、夏蓮の創部願いが儚くも感じてしまい、一人悲しげに暗い夜空を見上げていた。孫の願いを否定したくない気持ちはあれど、それ以上に叶える困難に満たされている、そのときだった。




「――っ! 流れ星……」




 つい独り言を放った秀にはふと、雲の切れ間から一筋の流れ星が目に映った。もちろん一瞬で去ってしまった訳で、数秒後には本当に訪れたのか疑わしいくらいである。



『星……スター……フフ。かがやけ、スターガールズ……』



 しかし秀は悩ましい顔を止め、微笑みながらそっと目を閉じて願い事を唱え始める。それは一人のソフトボール責任者として――いや、一人の応援者としての願掛けに他ならなかった。




『田村先生。どうかみんなを、よろしく頼むよ。ぼくの命よりも大切な、輝ける選手たちを』




 まだ見えない星たちが、いつかキラキラと輝いてほしい。



 雲にも負けない煌めきを放って、誰もが見える正座を創ってほしい。



 秀はそんな願いを、今年新任としてやってきた信次に祈っていた。


 いつしか体育館のバレーボール部やグランドの野球部らが活動を終え、全生徒が正門を潜り帰宅していく。隣り合って歩む同部員らの姿は、強い絆で結ばれた仲だと受け取れ、今夜の星よりも煌めいて見えるほどだった。


「……さて、ぼくも仕事を片付けなきゃねぇ」


 秀は深呼吸と共に切り替え、残る校長としての業務に臨んだ。


 いつか夏蓮たちが、今活動を終えた部活生徒たちのように、輝ける瞬間を望みながら……。



二球目終了です。


次回、篠原柚月の引退理由に迫ります。


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