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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
二回◇すれ違いからの因縁へ――vs釘裂(くぎざけ)高校◆
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42話 ④鮫津愛華パート「……だよね……」

 朝のホームルームを終えた、笹浦四中二年三組。

 これから行われる始業式に向けて、生徒たちは体育館へ足を運んでいたが、教室には唯ときらら、そして愛華の三人がおり、未だ退出しようとせず立ち話をしていた。

「ゆ、唯……その方は?」

 緊張のせいか、愛華は震えた言葉を並べてしまったが、振り向いた唯の顔は自分と大きく違って、たいへん嬉しそうに笑っていた。

「植本きららだ! 実は昨日の夜に会った、オレの大切な友だちだ」

「大切、な……?」

 いつも以上にテンションが高い様子の唯に、愛華は不思議ながら首を傾げてしまう。昨日会っただけなのに、もう大切だと言えるほどなのか。

 昨晩何があったのかと聞こうとしたが、唯の誘導がきららを振り向かせ、お嬢様風貌の華奢な身体と対峙する。

「植本、きららです。その……よろしく、にゃあ!」

「にゃあ?」

 いかにも無理して着けた語尾だった。

 そう感じた愛華は眉間に皺を寄せて不審がるが、反対に唯はお腹を抱えて笑っていた。

「まだまだだなぁ~! まぁ、がんばれよ、きららッ!!」

「うん、ありがとうございま……」

「……じゃなくて?」

「あ、ありがとうにゃあ!」

 きららの言葉尻を被せて言い改めさせた唯は、よしよし! と綺麗な茶髪を撫でており、とても楽しそうな様子が伺える。それに続いてきららも嬉しそうに微笑むといった、何かを共有してる二人だけの世界が、一人知らない愛華の目の前で広がっていた。

「……ねぇ、唯?」

「あん?」

「唯と、その……植本さんと、何かあったの?」

 やっと口にできた愛華だったが、心の不安は反って重くなり、まともに微笑むことができなかった。昨晩出会ったと聞く限りでは、二人の仲はあまりにも親密に感じる。それにまだ、二十四時間も経っていないというのに。自分が想像もできないような答えが返ってきそうで、聞いてしまった後悔と聞かされてしまう恐怖に襲われていた。

 愛華は固唾を飲み込んで返答を待っていたが、すると唯からは苦笑いを放たれ、きららの肩に手を載せながら口を開ける。



「――わりぃ。ちっと、言えるようなことじゃねぇんだ」



「えっ!? どうして?」

 真実に恐れていた愛華は、相反して思わず聞き返してしまうが、きららの隣にいる唯からは、残念ながら首を左右に振られる。

「愛華は、知らねぇ方がいいと思うしさ。たぶん、こいつの見方、変わっちまうだろうし」

「……そんなに、良くないことなの?」

「まぁ……そうかもな」

 どうして唯は、植本きららとの関わりを隠そうとするのだろう? 二人だけの秘密が、それも(おおやけ)にできないことが、あるということなのだろうか?

 愛華の疑問は募るばかりで、新入生のきららに一度も笑顔を作れずにいた。唯とどういった経緯で出会ったのか、何よりも、二人がどうしてこれほど仲が良いのか。その思いは反って、変なもどかしさを覚えさせていたのだ。


「――唯、きらら、それに鮫津さんも。早く体育館行こう?」


 ふと教室の入り口から声が放たれ、愛華たち三人は顔を向ける。するとそこには、同じクラスである舞園(まいぞの)(あずさ)が立っており、始まる始業式に参加させるよう、静かな微笑みを浮かべて待っていた。

 早速唯はきららの手を引っ張って動きだし、入り口へと向かう。たどり着けば梓の肩を一度叩き、無邪気な笑顔を放っていた。

「梓、昨日はありがとな! おかげで助かったぜ!」

「本当に、ありがとう、にゃあ!」

「いや、二人が無事で何よりだよ。あまり、気にしないで」

 喜ばしい唯ときららに、温かさを絶やさず答えた梓。

 しかし愛華には再び、自分の知らない世界を見せられてしまい、茫然と眺めていた。唯ときららだけではなく、梓も含めた三人で何かを共有している。しかも、あんなにも嬉しそうに。

 微笑みを交わす三人の姿が、愛華にはあまりにも眩しく感じさせるものだった。見ていて次第に辛い気持ちが生じ、苦い顔を浮かべてしまう。

「なんで、ウチだけ……」

 愛華はふと目を逸らそうとするが、唯に振り向かれて視点を止められる。

「愛華? お前も行くぞ!」

「あ、うん……」

 唯に叫ばれた愛華は足を運び、三人と共に教室を出る。

 体育館へと向かうため廊下を進んでいたが、愛華はどうしても俯いたまま歩いてしまい、渋い顔を止められなかった。なぜなら、隣の唯がきららの手をずっと握っていたことが、どうにも気になってしまったからである。

 唯に手を握られたことは、思い返せば自分にも何回かはある。トイレに行くときや、二人で早く帰るときなど、もはや日常的なやり取りだった。



 ――しかし、今日はまだ手を握られていない。



 それどころか、唯の温かな手はきららの手を掴んだままで、体育館に着くまで離れることはなかった。

 愛華はふと、自分の手のひらを見つめてから、隣り合う唯ときららの後ろ姿を覗く。親友が喜ばしい様子でいることには、決して反対などするつもりはない。だがそれ以上に、羨ましさが胸中に芽生え始めており、素直に喜べなかったのだ。

 秘密を共有し合う、二人の楽しげな背中。

 その秘密を知らない愛華はただ黙って、後ろから見つめることしかできなかったのだ。一人置いてかれたような、儚い寂しさも抱きながら。



『――植本きららって、一体何者なの……?』



 そう思いながら望んだ愛華の始業式は、いつにも増して退屈さに襲ってくるものだった。




 それ以降も愛華の前では、唯ときららのやり取りが続くのだった。どことなく楽しげな会話が繰り出され、離れた机から眺めていても、その明るさは顕在として輝いていた。

「ゆ、唯……」

「んお! どうした、愛華?」

「ラブカだにゃあ!」

「ら、ラブカ……?」

 きららが考案したらしきニックネームに、愛華は首を傾けてしまうが、唯の大笑いで場を盛り上げさせていた。

「ラブカってなんだよ~? メッチャかわいらしい名前じゃねぇか」

「愛はラブ……だから、ラブカなんだにゃあ!」

「へへッ! だってよ~愛華?」

「えっ!? あ、アハハ~。そう……」

 こうして二人のもとに足を運べば、会話には喜んで迎え入れてくれる。



 登下校の際も、いっしょに帰る日々は残されていたが、そこには決まってきららの存在があった。

「ねぇねぇ! ラブカの趣味って、何かにゃあ?」

「趣味? う~ん……裁縫かな?」

「へぇ~! 家庭的じゃねぇか! ところで、きららは?」

「きららは~、唯といっしょにいることにゃあ!!」

 ――ギュッ!

「う、ウアァ~!!」

 するときららは歓喜なまま唯に抱きつき、完全に焦られていた。

 唯が愛華のことを決して嫌いになってないことは、笑顔を向けて話してくれることで自然と伝わってくる。その分だけ、少し胸を撫で下ろすことができていた。

 だが、どうしても心から笑うことができなかったのだ。

 なぜなら唯の微笑みは、きららのおかげで作られている気がしてならなかったからである。

「バカッ!! 何くっついてんだよ!? 変なやつだと思われんだろうがッ!!」

「きららは、唯とずっと、こうしていたいにゃあ!」

「はぁ!? そんなの知るかよ!? いいから離れろ!」

「にゃぷ~!」

 きららにはよく抱きつかれる唯は、こうやって毎回引き離していたが、満更でもない様子だということが、隣から見てる愛華にはわかる。やめろやめろ! と叫んでも怒りは全く感じられず、むしろ心は笑っているようにも感じた。



 ――そしてそれが、愛華の心を変に傷つけていた。



 愛華は大好きな親友の隣にいるはずなのに、植本きららという存在が現れて以降、いつも暗い表情を下に向けていた。



『唯はウチなんかよりも、植本きららを気に入ってるのかな……?』



 そう思うようになった愛華はある日、家の洗面台に長時間立っていた。

 ヤンキー上がりの父母にも怪しまれるが、真面目気質な娘もオシャレに目覚めたとか、ついに彼氏ができたのだろうなどと言って、どこか納得した様子で去っていく。

 確かに愛華は、自分の顔、そして映し出された姿をまじまじと眺めており、父母にそう思われても何ら不思議ではない。ただ、真の意味は全く違ったのだ。

「ウチと植本きららに無いもの……一体何なのだろう?」

 一人鏡に問う愛華は、唯が気に入ってるであろうきららと、今の自分との違いを探していた。

 真っ先に浮かんだのは、“にゃあ”というかわいらしい語尾だった。それに関しては、唯もきららに言わせている様子が伺われたため、きっとお気に入りの一つなのかもしれない。

「……でも、まずは見た目が大切だと思うんだよな~」

 悩みから抜け出せない愛華は前屈みになって、眉間に皺を寄せた自分と向き合っていた。

 どんなに中身が良くても、全ては見た目から始まるものだと、愛華はそう感じている。真面目で地味にも見られる自分には、指折り数えられる友だちしかいない。

 つまりは、見た目が悪ければ、まず人は寄ってこない。中身を知らせるためには、人を寄せ付けなければ始まらないのである。

 語尾なんかよりも、今は植本きららに勝るルックスが必要だと、愛華はきららの姿を思い出して考えていたが、思わずため息で鏡を曇らせてしまう。

「……だけど、あんな美人娘に勝てる気がしないな~……」

 同学年の女子とは思えないほどの見た目の良さを、あのきららは備えている。自分だって一目見たときに、お嬢様風貌が強く感じたのだ。

「ウチに真似できることなんて、あるのかな? …………え……あっ!」

 愛華が諦めかけていた刹那、決定的な見た目の違いを見つけ出すことができた。あれほどわかりやすく、自分だって印象的だと感じた特徴であり、しかも安易に真似できる代物である。

「そうだ……そうだよ」

 理解できた愛華は頬を緩ませ、長い黒髪を摘まんで鏡に映らせていた。



「――そうだよ! 茶髪だよ!!」



 思わず声を上げて、父母から再び視線を浴びてしまう。しかし愛華は全く気にせず笑っており、答えを見つけられたことに瞳を輝かせていた。



 自分にも真似できる、植本きらら最大の見た目の特徴――それは、髪の毛の色だったのだ。



 早速染め上げようと意気込んだ愛華だが、髪を染めた経験など無論ありはせず、まず何を買えばいいのかすら知らなかった。だが、観察していた父母が気を遣ってくれたのか、その日のうちに茶髪専用の塗料を買ってきてくれ、しかも母親の髪染めサービスという特典まで付けてくれたのだ。


 こうして愛華は難なく茶髪に染め上げてしまい、新たな自分の姿を鏡に映し出していた。

「すっごい……完全に茶髪になっちゃった……」

 ついさっきまで黒かった髪の毛は一本も残っておらず、全てまんべんなく茶色に染まっていた。

 鏡の前に立つ愛華には、映っている自分が別人に思えるほど地味さが消えており、変わることができたことに歓喜していた。



『これで唯と、もっと仲良くなれるかもッ!!』



 茶髪に染めた翌日、愛華は普段通り登校し、唯ときららとの待ち合わせ場所へ向かっていた。

 もちろん校則に髪染めは禁止されているため、悪い行いだということは自覚している。周囲の生徒からも(いぶか)しげな視線を受けてしまい、己の罪深さがひしひしと感じてならない。

 しかし、今の愛華にはどうでもよかった。ただ、親友の唯と親密になりたい、もっと心の距離を縮めたいと願うのみで、周りの視線や校則を考える余地が無かったのである。それにきららだって染めているのだから、いっしょに怒られると考えれば気が楽だった。

「唯、喜んでくれるかな?」

 笑顔の愛華は胸を躍らせながら、久しぶりに放つスキップで通学路を進んでいった。恐らくは、唯と初めていっしょに登校した日以来かもしれないが、あの日のように心は弾み、新たな新学期を迎えた気分だった。

 鼻歌すら放つ愛華には、次第に分かれ道の集合場所が目に映り、共に唯の姿が焼き付く。

「ゆ~い~~!!」

 晴れやかな登校日となりそうな本日、愛華は茶髪を揺らしながら駆け進んだ。




「――愛華!? お前、何やってんだよ!?」




「え……?」

 しかし、愛華が集合場所に着いた直後、先に来ていた唯から激しい(ののし)りを受けてしまう。

「……だ、だって、唯は茶髪の方がいいのかなって、思ったからさ」

「オレがいつそんなこと言ったんだよ!? それに茶髪が好きだなんて、一度も思ったことねぇぞ!!」

 こんなに荒々しい声をぶつけられたのは、愛華にとって初めての出来事だった。確かに口が悪い唯ではあるが、いつもなら最後にはにかんでくれるのが、優しい親友の特徴である。だが今日は違って怒濤の顔を放たれてしまい、優しさなどどこからも感じ取れなかった。

「愛華!! お前はそういう(やから)じゃねぇだろ!? 茶髪なんて似合わねぇから、すぐに黒に戻すんだ!!」

「……どうして?」

「はぁ!?」

 ふと俯いてしまった愛華は、今にも泣き出しそうな顔を伏せてしまう。こんなことになるとは思っていなかった。唯が喜んで迎えてくれると、ただそれだけを思ってここに来たのに。

「……だって、植本さんだって、茶髪じゃない……ウチが染めたら、怒るの?」

 顔を上げられない愛華は口許を震わせていたが、ふと唯から呆れたため息を浴びてしまう。

「……きららは、地毛なんだよ。別に染めてるわけじゃねぇんだ。それに愛華には……」

「……じゃあ、どうして?」

「え?」

 言葉尻を被された唯が振り向くと、愛華は鼻をすすりながら、くしゃくしゃな顔を勢いよく上げる。



「どうして! 植本きららばっかと仲良くするのッ!?」



 愛華の叫びは、天にまで届くほどの大きな声だった。一瞬時間が停まったようにも錯覚させる、精いっぱいの心の叫びだったのだ。

「どうして! ねぇ、どうして!!」

 しかし愛華は、眉をひそめる唯に目を合わせてもらえず、苛立ちがエスカレートしていた。別にそっぽを向いている訳でもなく、しっかりと正面を向いている。ただ、その瞳はどうやら自分の後ろの方に向けられている気がした。

 涙が止まらない愛華も気にして振り返ってみると、すぐに涙目を大きく開けてしまう。



「植本、きらら……」



 愛華と唯の見つめる先には、遅れてやってきたきららが悩ましい顔で立っていたのだ。今のやり取りは、間違いな聞かれていたに違いない。

 愛華は涙と共に冷や汗が垂れ込んでいたが、きららの小さな唇が動き出す。

「ラブ……鮫津さん」

「――!?」

 小さな声を漏らしたきららに、愛華はさらにショックを覚えて俯いてしまう。もうニックネームでは呼んでくれないのかと、大きな距離を置かれた感じがしてならなかった。

 振り返って見れば、唯も厳しい表情を続けており、まともに見れた顔ではなかった。きっとまだ怒ってるのだろう。それに、きららを侮辱するような発言までしてしまったのだ。怒りを向けられて尚更である。

「……だよね……」

 唯ときららに挟まれる愛華は自嘲気味に笑い、瞳を大きく(つむ)る。

 友だちの涙を見せられた二人も、表情が心配そうな色に変えられてしまった刹那、愛華は突如として走り出してしまう。



「――ウチなんか、二人の間では邪魔なんだよね!!」



「愛華!! 待てぇ!!」

「鮫津さん!!」

 唯ときららの必死な叫びも無駄となり、愛華は二人の間から姿を消してしまったのである。しかも走っていった方向は、先ほど歩いてきた自宅への道であり、晴れやかな登校日は夢の如く消えてしまった。



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