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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
二回◇すれ違いからの因縁へ――vs釘裂(くぎざけ)高校◆
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42話 ②鮫津愛華パート 「……が、とう……うぅ……」

「あぁ~つっかれた……」

 釘裂高校に隣接された釘裂寮の一室、自室に入った愛華は一人倒れるようにして床に寝転ぶ。今日の平日練習でも長時間に渡る投球練習を課せられてしまい、終えた現在はこうして仰向けのまま呼吸することでいっぱいいっぱいだった。

翔子(しょうこ)のやつ、絶対殺す気だよな……」

 思い返せばいつも自分に投球練習をさせるのは、釘裂ソフト部のキャプテンでありキャッチャーでもある同級生、内海(うつみ)翔子(しょうこ)である。小柄で眼鏡を掛けた彼女は一見大人しそうな少女に思われるのだろうが、実際のところは(やかま)しい幼女といったところだ。一日二時間超えの投げ込み練習を平気で強いる者でもあり、且つ少しでも気を抜いたところを見られると『強制スクワット』という名のペナルティーをぶつけてくる。

 周囲の部員たちがこれ見よがしにサボる反面、自分には人何百倍に厳しい翔子の前では、愛華はいつも真面目に取り組むことしかできずにいた。まるで独裁者とも感じさせる彼女からはいつも悩まされ、いくらピッチャーの自分だからといってあんまりだと思う。

「あいつ、ろくなお嫁さんになれねぇんだろうなぁ。結婚した夫も、絶対苦労させられんぜ……」

 ふと翔子の未来像を考えた愛華だったが、やはり彼女の性格からして禍々(まがまが)しい家庭生活しか想像できなかった。恐らくはモンスター翔子が夫に様々な家事を投げて強いることだろうと、これでは離婚請求も時間の問題だと感じる。

「はぁ……ウチは女で良かった」

 これで内海翔子という女とは結婚しなくて済むと、そう思った愛華は安堵のため息を自室に響かせたのだった。

「……あぁあ、にしても今日は、マジで疲れたなぁ」

 未だに起きられずにいる愛華はただ天井を眺めるだけで、気づけば練習ユニフォームのまま大の字になっていた。それにしても長時間の練習は毎度毎度身体が応える。本日だけで少なく見積もっても、約二百球は投げたに違いない。得意のストレートを多めにして、残るは唯一の変化球であるスライダー。特にスライダーに関しては、投げる度に手首を素早く横回転させなければいけないため、利き腕である右腕にはストレート以上の張りを訴えるものだ。また投球動作にリーピングを用いている以上、特に足腰はクタクタで立てる気がしなかった。

「マジで動けねぇ…………動けねぇ、か……」

 だが愛華は何かを思い出したようにふと身体を起こし、自身の疲弊仕切った脚を眺め始める。纏う白のハイソックスには土も付着していたが、今はそんな汚れよりも脚の状態を気にかけていた。それも片方の右足だけである。



『あの日もこうだったっけな……』



 あの日――それは今から四年前の出来事。

 現在高校二年生までに成長した愛華は、あまり思い出したくはない自身の中学校生活を、動かぬ右足を見つめながら振り返ることにした。




 四年前の春。

 この時期は新学期が始まるのと同時に、数多くの新入生も加わることとなる出会いの一時。新たな境地へと出向く新入生たち顔色は様々で、小学校からの友だちといっしょのクラスになれるだろうかと心配する者、はたまた新しい友だち作って仲良くしたいと前向きな者と別れていた。不安と期待が入り交じる一年生たちだが、決して落ち込んだ様子は見受けられず、皆何かに希望を抱くように学校へと歩んでいる。


 しかしそれは、中学一年生になった鮫津愛華一人を除いた話なのだ。


『友だちなんて、できるわけないよ……』

 笹浦第四中学校通学路、長い黒髪を束ねた愛華は新学期から変わらず一人で暗い登校を続けていた。内気な自分が通っていた小学校では、友だちと呼べるほど仲が親しい者は少なく、しかも学区の関係でほとんどの知り合いが別の中学校に進学したのだ。こうして一人で歩くのは、もはや日課と言えるほど当たり前化している。

 笹浦四中に入学してから数週間、周囲を歩く同級生は既に誰かしらと共に会話をしており、今の愛華には叶えられない景色が広がっていた。どうしてみんなは、あんなにも簡単に友だちを作ることができるのだろうか。同級生の者にすら緊張で口ごもってしまう自分とは大違いだった。



『いいなぁ……友だち』



 決して一人が良いからといって孤独を演じてる訳ではない。むしろ誰かといっしょにいたいという気持ちが強く、性格とは相反する思いを抱いていた。

 一人の愛華が人前に出たがらない性格については、実は彼女の家庭環境が大きく影響していることを忘れてはいけない。不良染みた両親によって築かれた家庭はあまり評判良いものではなく、周囲からよく避けられたり、時には後ろ指を立てられたりすることもある。なかでも父親に関しては暴走族『シャークウェーブ』という団体の元総長を務めていたらしく、時折自宅には柄の悪い男集団が、兄貴! と喜び叫んで訪問してくるのだ。一方で元ヤンキー女子高生だった母親も彼らを心から迎え入れていた。その結果、一般人は鮫津家に寄り付かない日々が続き、愛華に友だちができにくいのはもちろん、他者と疎遠になることで会話すら苦手となってしまったである。

 スクールバッグを強く握り締めた愛華は常に抱く寂しさと共に、こうして毎日登校を繰り返していたである。どうせ今日も誰とも話すことはできない。仮に話しかけられたとしても、自分がしらけさせてまともにトークも立ち上げられないだろう。

「…………あれ? いけない、忘れた!」

 ふと、スクールバッグに目を向けていた愛華は、いつも傍らに着けて持ち運ぶ給食袋が無いことに気づく。恐らくは自宅のキッチンに置いてきてしまったのだろう。

「まだ、間に合うかも……急いで戻らなきゃ!」

 腕時計と相談して、まだ時間にゆとりがあると感じた愛華は進行方向を真逆に変えて、すぐに自宅へと駆け戻ることにした。

 周りの生徒たちからは不振がる目を向けられていたが、愛華は気にしながらも急いで駆け進んでいく。給食袋に入ってる箸を忘れれば職員室に行って借りることができるため、わざわざ帰宅するほどの問題ではなかった。だが、ただでさえ同級生とも緊張して話せない自分が、教師である大人たちに話しかけるなど想像もできない。職員室に入るのはもってのほか、たくさんの大人たちに見られるなど恥ずかしくて仕方ないのだ。

 それならば帰って持ってくると、結局愛華は自宅へ迷うことなく戻ることを決断し、羞恥に駆られたくないあまりに給食袋を取りに向かった。


 自宅にたどり着けば、仕事に向かった両親は見当たらず、愛華は恐い人がいなくてホッとしながら台所の給食袋を手に取り、家の鍵を閉めて再び通学路を駆けていく。

「お願い! 間に合って!」

 ホームルームまでの時間は残り十分少々。このまま走り続ければギリギリ間に合う時間ではあった。しかし愛華は決して運動に自信がある訳ではなく、自身の僅かな体力に願掛けしてながら走っていた。

 すぐに息が上がってしまう愛華には、僅かながら周りの生徒たちも急いで学校へ向かう姿が目に映る。自分と同じく遅刻を恐れているのだろうが、場馴れしていない分、彼らよりも恐怖心が強いことが否めない。

「はぁ、はぁ……まずいよ~」

 焦る愛華は徐々に遅刻の二文字が現実味を帯びてきてると感じ、必死さながら歩道橋を駆け上ろうとした。だが……


「へ、いやぁ!!」

 ――バタン……


 愛華は足を滑られせ、スクールバッグと共に階段で倒れてしまったのである。

「いったぁ~……」

 バッグがクッションとなったおかげで、幸い顔や腕には怪我一つなく済んだ。しかし右足からは恐ろしいほどの痛みが襲っており、しかめた顔を自然と向けてしまう。

「うそ……血が出てる」

 階段で打ってしまった右足を覗いた愛華は、押さえる足首から出血してることに気づき驚いていた。ジンジンと腫れるように痛む足首には動作信号を送られず、立てない理由を悟るも表情が歪んでしまう。

「……うっ! 力が入らない……」

 このまま遅刻になることは間違いない。しかし今は、遅れることなどもはやどうでも良かったのだ。

 居座り苦む愛華には遅刻よりも、無事に学校に着けるかという恐さが芽生えてしまい、痛々しい足首を震える手で押さえるようになっていた。脚に纏う白のソックスにも赤が染み込み、見開く瞳に酷ながら焼き付けられる。ふと誰かに助けを求めようとしても、声を掛けるのは愚か、皆は遅刻阻止のために急いでいる様子で誰も目を向けてくれない。

「どうしよう……どうしたら、いいの……?」

 気が動転した愛華は声も震わせ、見つめる右足首がボヤけると共に涙が頬を伝うのを感じた。

 誰も気にかけてはくれない。誰も苦しむ自分を見てはくれない。

 そんなことは常に孤独な中学生活始まってすぐに感じたものだが、今日ほど強く思いしったことはなかった。それはとても息苦しい思いで、ただでさえ弱い心が折れそうになる。



『お願い! 誰か、助けて……』



 声も出せず心で叫んでしまった愛華。もちろん誰にも音として伝わることはなく、ただ一人歩道橋の階段で踞ることしかできなかった。出血した右足の痛みだけでなく、無視されることで与えられる心の傷が、落ちる涙の音でより()みる。

 誰も気づいてはくれないのだ。そう思っていた愛華は俯き瞳の温度を失っていたが、今の彼女を見ていた者がたった一人だけ、この世界に存在していたのだ。



「――おい、大丈夫か!?」



「え……?」

 突如響いた女神のような声に、愛華は耳を疑った。きっと助けを求めた自分の幻聴なのだろうと。しかし声が鳴らされた方に振り向いくと、一つのたくましい片手が差し伸べられていたのである。

「お前、血が出てんじゃねぇか!? ちょっと待ってろよ!」

 その女子の声は、自分とは大きく駆け離れるほど荒々しく、父母とよく似たヤンキー口調だった。普通だったら顔など覗かず、恐くてそっぽを向いてしまうだろう。

 だが愛華は何も考えず、自然と声主に涙目を向けていた。自身の軽そうなスクールバッグをあさっていたが、制服を見る限りどうやら同じ四中生のようだ。しかし自分のクラスにはいない、まだ一度も見たことのない背が少し大きな生徒だった。

 固まる愛華は、この正体不明な女子は恐らく先輩にあたる方だと決めつけたが、すると彼女はバッグから絆創膏と包帯を取り出して近寄る。

「あ、あの……」

「わりぃな。ホントならちゃんと消毒もしなきゃいけねぇんだろうけど、生憎これしかねぇんだ。止血ってことで、よろしくな」

 名前のない女子はそう言うと、すぐに愛華の血濡れたソックスを脱がし、出血部分に絆創膏を貼って、最後に包帯を三回ほど巻いた。

「よしっ! 学校着いたら、まずは保健室だな」

「……」

「おい? 立てるそうか?」

「……」

「あの、聞いてんだけど?」

 眉間に皺を寄せた女子からはガンつけられてしまうが、口すら動かせない愛華はただ呆然と彼女を眺めていた。



『こんな知らない彼女が、内気なアタシを助けてくれてたんだ……』



「……が、とう……うぅ……」

「ど、どうした!? そんな痛いか?」

 再び涙を流すようになった愛華に、見知らぬ女子は一歩退いて驚いている様子だった。きっと変な人だと思われたからだろう。黙ったままから突然泣き出すのだから。

 しかし愛華は、何度拭っても残る滴を抱えながら、目の前の彼女にしわくちゃな顔を向ける。



「――あ、ありがとうございます!!」



「は、はぁ!? 突然なんだよ!?」

 言葉通り女子がたいへん驚いていたことがわかるが、こうして愛華は心の叫びを、今度は大きな音として発することができたのである。それは中学校に入ってから初めての大声であり、未だ体験したことがない素直な気持ち表現だった。

 悲しみを越えて嬉しさを覚えた愛華が泣き続けると、見つめる女子は呆れたようにため息を漏らす。

「……何泣いてんだよ? さっさと学校……つっても、それじゃあ歩けねぇよな」

 すると女子は愛華のカバンを拾い、背中を向けてしゃがみこむ

「な、なにを……」

「……ほれ、早く乗んな!」

「えっ!?」

 言葉尻を被された愛華は、彼女からおんぶを許されたことに気づき驚愕していた。手を差し伸べるだけでなく、歩けない自分を運んでくれるというのか。

「でも、そんなことしたら、あなたまで遅刻してしまう……」

 愛華はそう告げたが、助けを求める自分の思いとは、正直真逆の言葉だった。内心は甘えて、彼女の背中に乗せて貰いたい。だがこんな善き人に迷惑をかけてしまうのも、反って心が痛むし申し訳ない。

 形こそは反対した愛華だが迷いを表情で示すと、背を向ける女子からふと鼻で笑われてしまう。

「気にすんなって! オレはいつものように遅刻してんだから、大したことねぇよ。まぁ、今日は早起きできたから、間に合うと思ってたけどさ……」

 女子で一人称がオレという男口調に愛華は不思議だったが、それ以上に彼女の優しさと心豊かさを感じ取り、涙ながら笑顔を浮かべることができた。


 その後、愛華はゆっくりと彼女の背中に乗り移り、おんぶされた形で階段を上っていく。自分より少し大きく見える背中はとても居心地がよく感じられ、確かな温かさを身に受けていた。

「本当に、ありがとうございます」

「何で敬語なんだよ? オレ、一年だぜ?」

「そ、そうなんですか?」

 背中で小さく驚いた愛華だが、彼女が自分よりも歳上の先輩にしか思えなかったのだ。一年生の自分のためにここまで奉仕してくれるなど、自分が逆の立場だったらできない行為に違いない。

 愛華の返しに大きく笑った彼女は階段を登り終えると、平坦な道を歩きながら顔を覗かす。

「そういえば、まだお前の名前聞いてなかったなぁ。何つうの?」

 気さくながら話した彼女が階段を降り始めると、下を眺める愛華は恐る恐る小さく囁く。

「愛華……鮫津、愛華。二組です……」

「へぇ~! 鮫かぁ! いいな~、オレなんか貝だぜ? オレは貝になんて、なりたくなかったのにさ」

 自嘲気味に笑いながら返した彼女は少し残念そうにも見えた。しかし自分が貝だとはどういうことなのだろうか。もしかしたら、彼女の名前を暗示しているのだろうか。

「あなたの、お名前は、貝……?」

 階段を降り終えた頃、今度は愛華が質問していた。すると彼女は再び顔を向けて、凛々しい表情のまま口を開ける。



「オレは貝塚(かいづか)(ゆい)、一年三組だ。隣の教室だし、せっかくの出会いでもあるし。できれば今後もよろしくな、愛華?」



 愛華は素直に驚き、四月の太陽で輝いた瞳を大きく開けた。なぜならそれが、家族以外に未だ呼ばれたことがない、初めて囁かれた自分の名前だったからである。

 小学生のときの友だちにすら、呼んでもらえなかった愛華の名。それを確かに音として伝えてくれたのが、この貝塚唯だったのである。

「ありがとう、ございます……」

「バァカ」

「え……?」

 次第に学校が見えてくるなか、涙を浮かべそうな愛華は唯の一言で口が止まる。何かいけないことを言ってしまったのかと戸惑うが、振り向いた彼女の言葉で、すぐに理解することとなった。



「――泣くのは別れのときだけだ。それに今後は、オレに敬語禁止な?」



「……うん」

 愛華は涙を堪え、眩しい笑顔を解き放ちながら頷いた。はい! と答えそうになったのは否めないが、唯の言う通り敬語を使わずに、自信を持って返事をすることができたのだ。


 ――キーンコーンカーンコーン……


 すると学校のチャイムは鳴ってしまい、まだ到着していない二人に朝のホームルーム開始を告げた。

「遅刻、だね……唯?」

「そうだなぁ……愛華」

 名前を呼びあった二人は最後に見つめ合って眉をひそめたが、あっけらかんと忘れるように微笑み合っていた。普段から真面目に励む愛華にとって、遅刻とは厳禁たる愚行だとも言える。だが、今日だけは悪くない気がした。その理由は間違いなく、中学生になって初めてできた友人――恩人と言ってもよい――と笑顔を交えることができたからであろう。

 おんぶされた愛華は唯の背中に身体だけでなく、普段学校では見せない明るい笑顔も預けていた。彼女となら、楽しい中学校生活が営めそうだと、心から期待することができたのである。



 ――あの()が来るまでは。

 

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