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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
二回◇すれ違いからの因縁へ――vs釘裂(くぎざけ)高校◆
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42話◇あの日のすれ違い◆①清水夏蓮パート「本当に恐ろしいのは、これじゃないんでしょ?」

釘裂高校の偵察から一夜明け、夏蓮たちソフト部は屋上で集まり、マネージャーの柚月から調査結果を聞かされる。だがその内容は驚くものばかりであり、特に相手ピッチャーの正体には、二年生ほとんどが絶句してしまう。

一方で、釘裂ソフト部の練習を終えた愛華は一人、寮の自室で中学時代の一時を思い返していた。


それはあの日に唯と出会った愛華。そして仲を引き裂いたきららの存在。





 昼休みを迎えた笹浦第二高等学校では現在、たくさんの学生たちがそれぞれ昼食を摂り合っている。同じクラスに属する者たちは互いの机を近づけて向かい合い、冷めた御弁当にどこか温度が戻っているようにも感じていた。 一方で友だちと離れ離れのクラスである者たちは、この短い休み時間にも関わらず教室を移動し、相手の教室や開放された生徒ラウンジ、偶然見つけた校舎の小さなベンチなどに集まって食事する。手間を掛けた甲斐はどうやらあったようで、のどかな日差しのもとで皆は笑って会話を続けており、どことなく親友との楽しさが伺えるものだ。

 ただでさえ勉学で忙しい、青春真っ只中の高校生徒たち。

 そんな彼ら彼女らに一時の幸福な時間が訪れているなか、晴れた屋上には笹浦二高女子ソフトボール部の部員たちも集まっていたのだ。未だに部室を与えられてない、いわゆる愛好会の部類である彼女たちにとって、こうした校内の一つの場に集まることが基本となっている。だがそこにはキャプテンの清水(しみず)夏蓮(かれん)を始めとする、二年生だけでなく一年生の部員たちも笑顔で集合しており、愛好会を超越した団結力を垣間見せていた。

 周囲には部と関係ない生徒たちがちらほらと見受けられる青空のもと、ソフト部はもう少しで終わる昼休みを満喫してるところである。

「……(えみ)ちゃん、本当によく食べるよね?」

 既に小さな弁当箱を空にした夏蓮は、二段式の大きな弁当箱だけでなく校内の売店でも購入したであろうパンたちを(むさぼ)り食う同級生、隣の中島(なかじま)(えみ)に点と化した目を向けていた。彼女の両手にあるメロンパンたちが次々に大きな口へと運ばれ、ものすごいスピードで形が削られていく。無くなれば今度はあんパンに手が伸ばされるという、全く止まるところを知らない吸収力は正にブラックホールと同等だ。

「……まだ、食べるの?」

「アアイオイウ゛ウオア、ゴゴアウアア!」

「そ、そうですか……そうですよね」

 頬張る咲の口から解読不能な音声が流れてしまうが、苦笑いで返した夏蓮にはしっかりと伝わっていた。彼女が言ったのはあの伝説の一言、アタシの胃袋は、五個あるから! に違いない。牛の胃袋すら凌駕してることを断言した内容は確かにその通りで、先日の合宿時にもたいへん悩ませられたアイデンティティの一つである。もしもこの世界にもう一人、中島咲という人間が存在してしまったらきっと永続的な食糧困難に陥り、人類は間違いなく滅亡の危機に(さら)されるのであろう。



『咲ちゃんが一人だけで、本当に良かった。どうか妹のにこちゃんには、姉の大食い癖が移りませんように……』



 小さな願いを思った夏蓮はついため息を漏らしてしまい、弁当箱の蓋を閉じナプキンで包み込む。ふと周りを観察してみれば、ソフト部のみんなもほとんど昼ご飯を食べ終わる頃だった。

 咲ほど大きくはないが、二段式の弁当箱を平らげたピッチャーの二人、舞園(まいぞの)(あずさ)月島(つきしま)叶恵(かなえ)

 食事制限を考慮してか、炭水化物のご飯は少なめで野菜が大半を占めた弁当箱を食べ終わり、次に別の小袋からカプセル型のサプリメントを摂り入れるマネージャー、篠原(しのはら)柚月(ゆづき)

 また、大きな身体にも関わらず、売店で買った焼そばパンと牛乳のみでお腹を膨らせた様子の二人、牛島(うしじま)(ゆい)植本(うえもと)きらら。

 逆に小柄な身ながらも、大きな弁当箱の中身をせっせと掻き込む一年生の二人、星川(ほしかわ)美鈴(みすず)とメイ・C・アルファード。

 そして、同じ柄で同じ中身の弁当箱を共有してることから、今朝いっしょに作ったことを暗示させる二人、東條(とうじょう)(すみれ)菱川(ひしかわ)(りん)

 こうして眺めていると、弁当箱だけでもそれぞれの個性が示されているようで、それぞれの確かな特徴を感じ取れておもしろい。だからこそ、誰一人として欠けてはいけない仲間たちなのかもしれない。

 夏蓮はそう思いながら、十人十色の大切な仲間たちに笑顔を向けて、一人一人の喜ばしい顔を見つめていた。

「……ん、柚月ちゃん?」

 ふと夏蓮は視線を固定し、暗い表情のままメモ帳を取り出した柚月を気にかけていた。陰鬱さを思わせる表情が確かに観察できるが、一体どうしたのだろうか。もしかしたら、ご飯の量が少なくてやや不機嫌なのだろうか。

 女子にとってダイエットは地獄だと捉えている夏蓮はそう考え、俯きながらメモを眺める柚月を心配していた。

「ゆ、柚月ちゃ……」

「……よしっ!」

「あれぇ?」

 しかし夏蓮の言葉尻は、メモを持って立ち上がった柚月の一言で被されてしまう。真剣な表情となった彼女からは何かを覚悟した様子が伺える。

「みんな! 残り少ない時間なんだけど、昨日の偵察でわかったことを聞いてほしいの!」

 すると声を張った柚月には夏蓮だけでなく、座るソフト部全員から視線を集める。

 そういえば昨日、柚月は顧問の田村(たむら)信次(しんじ)先生と共に釘裂(くぎざけ)高校を訪れたのだった。練習試合が決まった御礼として挨拶に出向いたはずなのだが、柚月の独断且つ強制的とも言える行動で偵察となったのである。彼女たちが帰ってきた頃には完全下校時刻を迎えており、残った自分たちも既に練習活動を終えて帰宅した。こうして今まで内容が聴けずじまいとなっていたのだが、キャプテンであるのにすっかり忘れていた自分が、とても恥ずかしく情けない。

 自覚はしていたがこれほどまで愚かなのかと感じた夏蓮は顔を赤くしてしまうが、すぐに切り換えて柚月へと顔を移して喉を鳴らす。

「ど、どうだった? 危なくなかった?」

「まぁ、なかなか柄の悪い部員たちだったけど、ちゃんと避けてきたから問題ないわ」

 苦笑いを浮かべたマネージャーを見て安心した夏蓮だが、それも束の間で柚月の顔色はすぐに闇色へ戻ってしまう。理由はわからないが、何か言いづらそうな様子が否めなかった。

 夏蓮が柚月の心持ちを考えようとすると、ふと叶恵は腕組みをしながら立ち上がり鼻で笑っていた。

「てか、相手は試合できる状態なの? 一年間部停だったんなら、相手としてあまり期待できないけどねぇ」

 相手を挑発させるように叶恵が発言していたが、一方で柚月は表情を変えず静かに頷く。

「部員は全部でギリギリ九人。そのうちの七人は、ずっとグランドで遊んでて、練習なんて一切してなかったわ」

「ま、マジでやってなかっんかい……」

 柚月の静かな言葉に、叶恵は顔をひきつって絶句していた。相手が本当に練習をしていないとは思っていなかったからだろう。

 話をしっかり受け止めた夏蓮も、さすがに釘裂の態度に苦い顔をしてしまい失笑するが、一方で柚月が告げた言葉に疑問を抱き始める。

「九人中七人……じゃあ、二人だけは真面目に練習してたってこと?」

「まぁ、そうなんだけどね……」

 柚月から返答を受けたことは良かったが、夏蓮は更に陰鬱な様子となって俯くマネージャーが気になってしまう。その二人について、何か問題があると言うのだろうか。

 儚げな柚月を夏蓮がまじまじと眺めていると、ふと横の方で隣り合う菫と凛の会話が響かされる。

「二人ってことは、キャプテンと副キャプテンなのかな?」

「そうだね。恐らくバッテリーでもあるんじゃない?」

 未経験者ながらも鋭い察しを効かせた二人の会話には全員が納得し、立ち竦む柚月からも頷き顔を上げる。

「菱川さんの言う通り、バッテリーの二人組みはブルペンで、ずっと投げこんでいたわ。相手投手の球種は、速いストレートとカットボール気味のスライダー。中でも特徴的だったのは、ピッチャーはリーピングをして投げてたの。だから球速に関しては梓以上だと、(あたし)は見てて感じたわ」

 ジャンピングスローとも呼ばれるリーピングの件を交え淡々と告げられたが、リーピングの意味を知っている夏蓮は息を飲んで驚いていた。ストレートの速さに自信がある梓のことは、幼いときにプルペンキャッチャーとして捕球してきた自分もよく知っている。そんな彼女の球速を超えてくるとは、なかなか想像したくない恐ろしさ際立たせる相手だと感じる。それにリーピングは女子では滅多に例を見ない投げ方で、未だに味わったことのない打席になるはずだ。柚月の言葉が、どうか嘘であってほしい。

 柚月の様子を伺う夏蓮だが、厳しい表情を見せ続けていることからやはり嘘ではないと覚え、共に眉間の皺を浮き立たせていた。


「え゛えぇ~~!? ジャンピングとか、アタシ男子でしか見たことないよ!!」

「ワタクシもです!! ladyでleapingとは、正に一騎当千(いっきとうせん)です……」

 元気娘の咲とメイを始め、リーピングの意味を知る経験者の部員らは声を上げて驚いていた。それを聴いて理解した未経験者たちが固唾を飲み込むという悪循環が襲い、穏やかな昼休みの時間が一転してしまう。


 ――ただでさえ速い梓のストレート。それを超える速球の恐ろしさ。


 バッティング練習で梓のボールを何度も空振りしてきた部員たちは、誰もが聴いて損をしたという顔をしていた。だが一人、夏蓮だけは柚月の止めない俯きに目が移る。

「……ねぇ、柚月ちゃん?」

「なに……?」

 辛そうな表情を見せる柚月を振り向かせた夏蓮は、自分が率直に思った気持ちを言葉にする。



「本当に恐ろしいのは、これじゃないんでしょ?」



 夏蓮が囁いた刹那、騒がしかった部員たちは一気に黙り混む。それは柚月も同じであり、声を殺し合うマネージャーとキャプテンが睨み合っていた。

「教えて、柚月ちゃん。一番伝えたいことが、他にあるんでしょ?」

 既に恐ろしいながら、この質問はあまりにも無謀だと言えるだろう。しかし、同じ仲間である柚月の気持ちを知りたい。嫌な想いを、マネージャー一人だけに抱えさせたくない。

 柚月とじっと目を合わせる夏蓮は強く思いながら、両手の拳を震わせていた。

「…………わかったわ」

 やっと口を開いてくれた柚月に夏蓮は一時の嬉しさが込み上げたが、マネージャーの厳しい表情を見てすぐに真剣な顔に戻す。一体どんなことを告げられるのだろうか。覚悟して臨まないと。

 部員から再び注目を浴びる柚月は、一度大きな深呼吸をして声を放つ。

「今から話すことは、あまり試合とは関係ないかもしれない。でもこれは、笹浦四中生だった、今の二年生に知ってほしいことなの。実はね……」

 重々しく話を切り出した柚月には夏蓮も固唾を飲み込み、該当者である梓や咲、唯ときららまで鋭い目付きを見せていた。

 なぜ自分たち元四中生が、今この場で知らなければいけないのか。

 夏蓮はその理由を見出だすことができずにいたが、柚月の続いた言葉で気づいてしまう。



「……相手ピッチャーは、鮫津(さめづ)愛華(あいか)さん。それも今は金髪に染め上げた、あの大人しかった鮫津さんなの」



 その瞬間、元四中生だった二年生たちには、大きな落雷が訪れたように目を見開く。しかしそれは、唯ときららを除いき、二人だけは視線を落として俯いていた。

 鮫津愛華とは同じクラスになったこともある夏蓮は、知ってしまった驚異の真実に震えを隠しきれなかった。

「さ、鮫津さんって……あの、静かな鮫津さんなの!?」

 思い当たる特徴を示しながら問うが、柚月からは期待していない頷きが返されてしまう。


「え゛えぇぇ――――!? 鮫津さんがあ!?…………ゴメン誰だっけ、夏蓮?」

「中一のとき! (わたし)と咲ちゃん! おんなじクラスだったでしょ~よ~!!」

 つい怒声を放ってしまった夏蓮に、頭を掻く咲は苦笑いをしながら謝っていた。



 ――しかし、これはあまりにも衝撃的過ぎる偵察内容だった。



 夏蓮はそう感じることが止められず、どうして柚月が暗かったのかも悟って俯いてしまう。当時のクラスではあまり目立たない、引っ込み思案な自分とよく似ていた気がする鮫津愛華。そんな彼女がまさか釘裂でソフトボールピッチャーをやっているとは。そして、金髪に染め上げたということは、不良になってしまったということなのか。

「鮫津さん……何かあったのかな……?」

 悲しげに呟いた夏蓮は、もはや当時とは別人の鮫津愛華を想像するようになっていた。信じたくない真実が頭を襲い、困惑して言葉がまともに出せず口ごもると、そう思ったときである。



「――オレが、悪いんだ……」



 突如声が鳴らされた方に夏蓮は振り向くと、やはりオレ口調の唯が真っ先に視界へ入り、柚月以上に重苦しい顔で下を向いていた。

「唯ちゃん……」

「愛華をおかしくしたのは、間違いなくオレだ。もちろんきららでもねぇし、愛華の周りのヤツらでもねぇ……全部、オレのせいなんだよ……」

 唯の後ろで同じように俯くきららも目に入るなか、夏蓮は二人に掛ける言葉が見当たらなかった。なぜ唯が悪いのかだなんて、全く検討が着かない。確かに一時期は愛華といっしょにいたときを見たことがあったのだが、二人とも笑ってて幸せそうだったのに。



『唯ちゃんと鮫津さんに、何があったの……?』



「ねぇ、唯ちゃ……」

 ――キーンコーンカーンコーン……

 しかし、夏蓮が疑問を放つことを阻止するように、校舎に大きなチャイムが鳴らされてしまう。校庭の時計台を見れば、短い昼休みも残り五分と迫っており、長話などできる余裕などないことがわかる。だが、あまりのタイミングの悪さに呆れてしまい、大きなため息を漏らすところだった。



「……とんだすれ違いだ。それが因縁に変わっちまうなんてさ」



「――えっ?」

 唯の小さな声はチャイムの音で聞きづらいせいか、夏蓮はよく理解できずに首を傾げていた。

「……じゃあ、オレは先に行くぜ」

 すると唯はパンの袋を丸めて立ち上がり、一人屋上階段を下りていく。すぐに後を追うようにしてきららと美鈴も続くが、唯の見せる後ろ姿はあまりにも儚げであり、まるで見えない重荷を背負わされた格好にしか感じられなかった。

「唯ちゃん、何だかかわいそう……」

 こう言ってしまうことは、もしかしたら相手に失礼なのかもしれない。悩める相手に対しては心配の言葉ではなく、励まし協力する言葉を送ることが求められるはずだ。だが失礼だとわかっていても、夏蓮は口を止めることができず、これ以上どうするべきか答えられなかったのだ。

 周囲の生徒たちも足を早めて教室へと向かうが、残った笹浦二高女子ソフトボール部の足取りは皆重そうである。特に鮫津愛華を知る元四中生の二年生たちは、嫌な沈黙に纏われながら階段を下りていった。



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