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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆  作者: 田村優覬
一回表◇最高の絆で結ばれた、仲間集め――創部活動編◆
10/118

二球目 ④信次×夏蓮パート「愛好会程度ってことでしょ?」

◇キャスト◆


清水夏蓮


田村信次


校長先生



 笹浦二高校長室前。


 放課後の穏やかな夕焼けが射し込む、笹浦第二高等学校の廊下。

 校長室に隣接する職員室からは、部活動へ出向くジャージ姿の教員、また授業が終わったことで一休みしようと入室するスーツ姿の新任教諭らの出入りが足繁あししげく通っている。


 一方校長室の前では、顔が強張りながら部活動申請書を握るスーツ童顔教諭と、平然とした様子の女子高校二年生が立ち並び、二人揃って閉ざされた扉を眺めていた。


「く~! 緊張する~……」

「田村先生でも、緊張するんですね?」

「まぁこの学校のボス部屋だからね。どうしても緊張するよ……てか、清水は平気なの?」


 まるで慣れた様子の夏蓮が、信次は不思議でならなかった。もしかして普段から校長室を出入りするほどの優等生なのだろうかと。


「別に校長室に慣れてる訳じゃないけど、わたしはあまり気にしないかな。教頭先生とかいると、やっぱ緊張するけど……」

「そうそう。教頭先生が恐いったら仕方ない。なんであの人は……あ」


 つい教頭先生の愚痴が始まりそうになった信次だが、夏蓮からの健気な瞳に助けられ、大きな口を閉じる。こんな無垢な少女に、大人のみにくい姿などまだ見てほしくないと、深呼吸と共に頭を切り替える。



「よし!! じゃあ入ろう!!」

「は、はい!」


 突如話を止めた担任を、夏蓮は不審がって観察していたが、気合いがこもった信次はそのまま前に進み、校長室の扉を強めにノックしてみる。



 ――ゴンゴン!



「はい、どうぞ~」

 すると室内からは間違いなく、校長先生の優しげな声が放たれた。この穏和な声こそが、信次にとっては緊張をほぐしてきれる唯一の声援である。


「失礼します!!」

「失礼します……」


 信次は早速扉を開けると、夏蓮が気まずそうに先に入ってから、扉を閉めて入室する。辺りを観察してみると、室内には校長先生ただ一人だけが窓際に立っており、どうやら教頭先生はいないようだと胸を撫で下ろしていた。


「おぉ。二人で来たんだねぇ」


 すると校長先生から明るい笑顔で迎えられると、信次もにこやかに笑いながら、きっと知らないであろう夏蓮の前に平手を捧げる。


「ご、御紹介遅れました。この子は清水夏蓮さんです!! ボクの、自慢のクラスメイトです!!」

「もちろんわかるよ」

「さすが校長先生!!」


「え? 田村先生……?」

 ふと夏蓮は信次に疑念を抱いた瞳を向ける。もしかして先生は、未だに知らないのだろうかと。

 一方で信次は校長先生の知見の広さをたたえていたが、すぐに本題へと移行される。


「ところで、今日は二人でどうしたのかな?」

「はい!! 正にこれなんです!!」


 信次は早速、手に握っていた部活動申請書を校長先生に手渡す。さっきから強く握っていたため、紙面にたくさんのしわが浮き彫りになってしまっていた。


「ほう。もう三人集まったんだねぇ」

「はい!! 彼女が一生懸命集めてくれたんですよ。なぁ清水!!」

「まあ、そうだけど……」


 よくよく考えてみれば、記入してくれた柚月と咲に創設話を持ち込んだのは、誰でもない信次だったはずだが……。


 そんなことも忘れてしまったような信次に、夏蓮はそっぽを向き、人差し指で頬を掻いていたときだった。



「……よし。では、申請を許可しよう」



「ほっ、本当ですか!?」

 すると校長先生からの承認に、まず信次が目を大きく開いて叫んだ。


「今日から、女子ソフトボール部を創設しよう。約束は守るよ」

「あ、ありがとうございます!!」


 案外あっさり決まった創部ではあるが、勢いある御辞儀を見せた信次にとっては、悩める生徒の願いを叶えられた、この上無き喜びに他ならなかった。発起人ほっきにんの夏蓮自身よりも歓喜していることは、何度も感謝を述べていることから間違いない。


「ホンットにありがとうございます!! 清水もほら! ありがとうございます!!」


 隣で固まる夏蓮にも感謝を示すよう促した信次。しかし夏蓮は相変わらず微動だにせず、信次だけが頭を下げている状況が続く。


 信次は笑顔で礼を繰り返し、一方で夏蓮は険しいままに黙っていた。すると二人を見つめて笑い溢した校長先生が、老人のしわがれた声を鳴らす。




「でも、本当にたいへんなのはこれからだよ? 田村先生?」




「え……?」

 ふと御辞儀を辞めた信次は頭を上げ、校長先生の微笑みを目に映す。変わらない優しさをあらわにするしわが何本も窺えたが、夕陽の光でレンズが瞳を隠していたことが、どこか怖くも見えてしまった。


「あの校長先生? たいへんって、どういう意味ですか……?」


 信次は国語教諭としてあるまじき質問であると自覚しながら問うと、席に座った校長先生から頷かれる。



「確かに現段階では、“部を創る”ことはできる。けど、“部として認める”ことは、まだ先の話なんだよ」



「え? つまり、どういうことなんですか?」

 顔をしかめた信次は校長先生の言っている意味が全く理解できていなかった。“創る”ことと“認める”ことはまた別物なのだろうかと。




「――愛好会程度ってことでしょ?」




「――っ! 清水……?」

 すると話の輪に入ったのは、紛れもなく夏蓮だった。真剣な表情でいながら落ち着いた様子だったが、反って信次を驚かせていた。


「つまり部は創れるけど、用具やグランド、部室だって無い状況ってことなんでしょ?」

「こ、こら清水……」


 学校のボスである校長先生に、平気にタメ口で会話する夏蓮。

 いくら慣れてる相手とはいえ失礼だと、信次は小声ながら注意してみた。が、すぐに怪しげに微笑む校長先生から言葉をつむがれる。


「その通りだよ夏蓮。まだ学校から部費を出すこととかも無理だねぇ」

「じゃあ、わたしたちは次にどうすればいいの?」

「おい……おいってば清水……」


 校長先生が下の名前で呼んでいたいたことも意外だったが、信次は小声で夏蓮に注意するよう囁いていた。しかし二人の会話はとどまるところを知らず、変に重い空気の中繰り広げられる。


「まずはやっぱ、正式に試合ができるようにならなきゃねぇ。ソフトボールだから最低でも九人……いや、ケガの恐れだってあるから、十人以上は集めなきゃだねぇ」

「うん、それくらいはわかってる」

「もしもし~? 清水さ~ん……?」


 信次の横槍は全て跳ね返されるままで、真剣な夏蓮と微笑で受ける校長の会話が続く。



「……でも、たいへんなのはまだあることぐらい、夏蓮にだってわかるよねぇ?」

「それは去年のこと、言ってるんでしょ? でもあれは、完全に先生側が悪い話でしょ」

「清水、え……?」



 二人の論争に置いてけぼりにされていた信次だが、ふと夏蓮の意味深な言葉に口が止まる。




『去年の、こと……? それって、何かあったってことなの……?』




 夏蓮と校長先生を見つめる信次にはそう考えることしかできずにいた。創部を邪魔するような出来事が、この笹浦二高の一年前にあったとしか理解できない。

 確かに一年前の出来事など、今年から新任としてやってきた信次は知らないし聞かされてもいない。何か歴史的良き出来事であれば伝えられるはずだが、夏蓮と校長先生の様子からはどうもそう感じられないのが本音だ。


「確かに、ぼくら教員の責任は大きいし、あの子のことだって、かわいそうだと思ってる。でもだからこそ、部として再び認めることは難しいんだ」

「大人の失敗なのに、それで生徒の夢を奪うって酷くない? 学校のトップなんだからしっかりしてよ?」

生憎あいにく、独裁的な人間にはなりたくないからねぇ」

「もぉ~、変なところで頑固なんだから~。バカ……」


 困り笑いを見せる校長先生に呆れた様子の夏蓮。

 思わず悪口にも聞こえる言葉を漏らした刹那、突如夏蓮の目の前には信次の怒り顔が現れる。


「清水!! いいかげんにしなさいッ!!」

「わぁ!! びっくりした……」


 初めて受けた信次のしかりに、夏蓮はか細い身を退いてしまう。


「校長先生に対してその口の聞き方はなんだ!? いくら清水でも、ボクは許せないよ!!」

「え?」


 夏蓮は不思議そうな顔をしていたが、ボルテージが有頂天気味の信次は更に怒号を鳴らす。



「親しき仲にも礼儀あり!! 清水と校長先生の仲がどれだけ近い物なのかはわからないけど、だからといってタメ口や悪口はいけな……」

「……じゃあもしかして、田村先生は知らないの?」

「ふぉへ……?」



 突如言葉尻を被せてきた夏蓮に、信次は呆気に取られて停止してしまう。

 すると夏蓮の視線は校長先生へ向けられると、信次も訳がわからず振り返り見つめる。


「あ~忘れてた忘れてた。田村先生にはまだ、言ってなかったねぇ」


 苦笑いの校長先生は頭を掻いていると、夏蓮から大きなため息を出されていた。


「もぉ~。大切なこと、すぐ忘れちゃうんだから……」

「……あの、清水さん……どういう意味ですか?」


 まばたきを繰り返す信次は点になった瞳を夏蓮に向けていると、今度は少女の悩ましい眉間の皺が映される。



「おじいちゃんなの……」



「へ……?」

 まばたきすら止まった信次はわからないことだらけで、小さな頭がパンクしかけているころだった。聞き間違いかもしれないと再び夏蓮に問おうとしたが、すると校長先生からクスクス笑いを起こされて視点が移る。

 まずは、ゴメンねぇ~ と、穏和な謝罪を受けることたなったが、咳払いをした校長先生は改めて公言する。




ぼく清水しみずしげる。清水夏蓮は、ぼくの孫なんだよ」




「……へぇ~……え……え゛えぇぇ~~~~え!?」

 信次の驚きの声は、間違いなく隣の職員室まで聞こえていた。その音量は正に、笹浦市の上空を飛ぶ、茨城空港から飛びだった飛行機の音にも負けていなかった。




 ◇◆




 信次と夏蓮は校長室を退出し、二人いっしょに廊下を歩いていた。


「いや~しっかしビックリしたよ。清水と校長先生が、まさかそんな関係だったとは」

「ゴメンなさい、先生。てっきりわたしはもう知ってると思ってたからさぁ……ホントに忘れん棒のおじいちゃんなんだから~」


 信次の隣で実の祖父に呆れ気味な夏蓮はため息を溢していたが、すると急に立ち止まり、暗い表情ながら俯く。


「ん? どうした清水?」

「あのさ、先生……」 


 信次も踵を返して尋ねると、夏蓮はもどかしい小さな口許が微動しながら開く。



「先生はソフトボール部、創れると思う……?」



 下から目線で聴いてみた夏蓮。

 正直今は未来への希望よりも、現状に置かれたことに対する不安の方が増していた。


 校長室を去る際に、祖父の秀からは最後にこう言われてしまったのも、不安を間違いなく膨らませるれる原因でもあった。




「――これでもまだ、部活をやりたいと思うかい?」




 挑発染みた一言だった。相手が身内なだけあって、余計に腹立たしい問いでもある。




『――それでもわたしはもう一度、みんなとソフトボールをやりたい! 六年前のように。あのときのように……』




 柚月や咲、そして梓たちと共に努力の汗を流した、六年前の小学生ソフトボールクラブ。

 決してレクリエーションの雰囲気ではない、毎試合が興奮と感動に満たされた日々を、夏蓮はもう一度送りたかった。

 叶うはずもない夢であることは、三人の現状を知っている夏蓮にはよくわかっている。しかし、それでも願う思いの方が、少女の胸には強く拡がっていた。




 無理に等しい願い事。


 だが、無理だと決まった訳ではない。




 僅かな可能性すらも信じようとする夏蓮は、ギュッと両手を固める。幼さ残る拳が震えを放っていたが、すると信次が優しい微笑みで前に立ち、同じ目線に合わせようと膝を曲げる。



「大丈夫さ。絶対に、できるよ」

「先生……」



 夏蓮は少しだけ笑った。理由も聞いていないにも関わらず、頬の緩みは確かに放つことができ、拳の力みも次第に弱まっていく。


「さあ、次は部員集めだね!! パッと九人、何なら十人以上集めちゃお!!」


 夏蓮に背中を見せた信次。

 決してアスリートのような広い背格好ではないが、自然と着いていきたくなる、実物以上の大きさを感じる。



「フフフ……」

「あれ? ボク、何か変なこと言った?」

「ううん、違うの。なんか先生といると、不安な気持ちがバカバカしく思えちゃうんだ。だからありがと、田村先生」




 ――そして夏蓮は、笑顔になっていた。




 無理だと感じていたからこそ、信次の非現実的な応援が嬉しかった夏蓮。

 きっと理論よりも、背中を押してくる簡単な言葉だけが欲しかったのだろう。ただひたすらに、心からの暖かい応援が。




「それは何よりだ。ボクも創部の役目 まかされちゃったから、いっしょに頑張ろうね」

「はい!」




 笹浦二高の廊下で大きな返事をした夏蓮は嬉しいままに昇降口に向かい、信次からも昨日以上の笑顔で見送られることとなった。




 きっと大丈夫だと、弱気な夏蓮には珍しい自信と共に。



 自宅への帰路を辿る夏蓮と、無事に見送りを終えて職員室に戻る信次。

 笹浦市の夕陽に照らされる二人の表情は自然と明るげに映し出されていた。目的地は同じだが、それぞれの歩む道を見つめながら、一歩一歩強く踏みしめていく。




 しかし、希望に満たされた二人には今の創部で頭がいっぱいいっぱいだったため、一年前に起きた事件――笹浦二高女子ソフトボール部の話が一切されないまま終わってしまった。

 

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