◇あの日少女だった、君たちへ◆
スポーツ。
それは、多くの人々に喜びや感動を与える、唯一無二のノンフィクションドラマ。
スポーツの種類は多岐に渡り、メジャーなものからマイナーなものまで、私たちが知らないようなものも含めたくさん存在する。
中でも、スポーツに浸るアスリートたちの姿は生き生きとしており、試合という一瞬の出来事のために努力してきた過去は、彼らの輝く汗と真っ直ぐな瞳を見れば明らかである。
こうして集まったアスリートたちを中心に、近い将来、世界のあるところではオリンピック大会が開かれ、世界中の人々が注目していた。四年に一度の開催とされる祭典場ではたくさんの観客が並び、各国のテレビ中継カメラも緊張の面立ちで回っている。
開会式で現れたランナーによって、聖火が灯された広い陸上競技場。
選手たちの激しい衝突音だけでなく、審判団の高らかなジャッジも轟く国際武道館。
屋根も備えられていないのに、観客たちの声援が鳴りやまないアウトグランド。
そして近くに属する球場では、一度は廃止された女子ソフトボール部門の決勝戦が行われていたのだ。
自分の守備位置につき、グローブの芯を叩いて意気込むスターティングメンバー。
試合に出ていなくとも、ベンチから大きな声でエールを送り続ける控え選手たち。
腕組みをしながらそびえ立ち、選手のコンディションだけでなく試合の流れを見極めようとする、国の代表監督。
サインや伝令で、選手たち及びベンチ内の関係者たちに的確な指示を与える、複数のコーチ陣。
今にも試合が開始する状況下、興奮が止められない満員のギャラリー。
――そして何よりも忘れてはいけないのが、テレビで応援する元ソフトボール部員たちである。
たくさんの人々が集まる球場がテレビ画面に映されるなか、彼女たちは母校の笹浦第二高等学校の一室に集まっていた。現在はタイムを掛けられ、守備側の日本がピンチのところだ。しかし、発信された交代投手の名前を聞いた途端に、表情の強張りはすぐに消える。
『だって、私たちの仲間が投げるんだもん』
安心して眺める画面には、一人の日本代表投手がピッチャーズサークルに出向き、地面から拾ったロジンを強く握り締める姿が放映されていた。彼女の利き手である左手にあったロジンを落として白い煙を舞わせると、恐ろしいほどの真剣な顔を上げ始める。
テレビカメラが切り替わると、今度は相手選手のバッターボックス側に向かい、さあ、かかってこいッ!! と言わんばかりの対戦打者が、勝負を楽しもうとする面立ちでバットを構えていた。
今にも試合再開の宣言が告げられそうになる刹那、サークル内の左投手は一度自分のグローブを外し、徐に中身をまじまじと覗く。カメラ陣も気にしてか、彼女の黒いグローブへとレンズの焦点を当てていたが、その中身には黄色の刺繍で、
『希望』
と書かれた文字が映し出される。
すると投手が一度頬を緩めたシーンが流されたが、テレビ越しで見守る彼女たちも微笑みを向けていた。
『大丈夫だよ。私たちみんなも、いっしょに観てるから』
遠くの異国の地で、大切な仲間が投げようとしている。それは国の名誉を掛けて、己のプライドを掛けた戦いなのかもしれない。しかし、最高の絆で結ばれた彼女には、どうか自分らしく、投げ抜いてほしい。きっとそれが、日本優勝への近道なのだから。
元部員たちが画面から暖かく見守るなか、投手は再び大きな深呼吸をして、グローブを着用して顔を上げる。その表情は真剣さながらだが、先ほどとは全く異なった、自信に満ちた様子が伺われた。
『思い返せば、いろんなことがあったよね、私たち』
オリンピックに出場できるほど、自分には優れた能力などない。そんなことは痛いほど理解したし、今だってわかっている。しかし、あの日下手な自分だって今では指導者の立場として生きているのだ。
――ここにいる仲間、たくさんの人々、そしてあの人と出会えたから。
『そうだよね、田村先生?』
窓からふと見上げた空は雲一つなく、祝福するかのように一段と晴れていた。天から暖かく見守る太陽は、どことなくあの人と似てる気がする。
テレビ画面に視線を戻せばついに、試合再開を示す審判の手が徐々に挙がっていき、待ち望んだ大観衆のなかゲームが宣告されようとしていた。
もちろんそれは現地の観衆だけでなく、ましてこの室内だけでもない。
あの日少女だった、日本を始め世界中の女性たちが共に声を揃えようとしている。
――再会を望み、勝利を信じて、そして次の瞬間を祈るように。
希望に満ちた声は試合再開と共に、この世界を揺らしたのである。
――「「「「プレイッ!!」」」」――
これは、複数の道が同時平行に進むストーリー。
高校部活動を通して、様々な想いを抱きながら過ごした、笹浦二高女子ソフトボール部の物語である。