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DIVICT

作者: 綿貫たかし

疾走。


 二段飛ばしで屋上を目指し駆け上がるが、はやる気持ちに身体がついてこない。

僕が先月入学したこの何の変哲もない学校で、唯一珍しいことが校舎の高さだ。普通ならば四、五階くらいであろう校舎は、十階まである。

 ちょっとしたマンションだ。生徒たちにとっては教室移動ほど忌まわしいものはない。そんな十階建てにもかかわらず、生徒のエレベーター使用は禁止されている。

馬鹿みたいに長い螺旋階段を汗だくになりながらのぼる僕を、すれ違った人は少し苦笑いで視線を投げてくる。大方罰ゲームか何かだと思っているのだろう。そんな彼らの前を、授業前で急ぐ必要があるわけでもないのに走る僕は馬鹿なのかもしれない。

汗で額に張り付く前髪がうっとうしい。

誰か教員が乗っているのであろう。僕をあざ笑うかのように抜き去って上昇していくエレベーターを横目に、まだ先の見えない階段をのぼっていた。








 二年前、日本で驚きのシステムが導入された。

その発端はあまりにも多かった飛び降りによる自殺者の数に、政府が頭を痛めたことだった。政府は急きょ技術者に命じてあるものを作らせた。

腕への装着が義務付けられたそれはどのような原理かわからないが、着用した人物の身長、体重のデータをもとにどの高さから落下すれば死にいたるのかを計算し導き出す。

そして実際に落下したとき、地面に叩きつけられる寸前で使用者はぴたりと止まるのだ。もちろん種も仕掛けもあるだろうが、腕輪をつけただけでそんなことがありえるだろうか。

政府から発表されたデモ映像ではモデルが落下しぴたっと冗談のように止まっていた。

信じられなかった。

今までの科学技術を軽く凌駕しているそれは、細かな情報はなにも流れておらず、世間では様々な憶測が飛び交った。


 曰く、未来技術の導入。

 曰く、今までの技術は政府が意図的に抑え込んでいただけで実際はもっと進んでいる。

 曰く、デモ映像はCGで、そんなシステムは存在していない。


 と、最後の説が一番現実味のあるものかと思われた。

しかし、こちらが確かめようにも、実際飛び降りた人が言いふらすわけでもない。死ぬ気もない人間が飛び降りる勇気もなかった。


 だからこそ、僕は飛んだ。


 二年前のあの日、人通りの多い駅前で六階建てのビルから。

人物の特定を防ぐためガスマスクをつけ、フードを目深にかぶるという不審者的格好で。

 人々の注目が集まる中飛ぶのはあり得ないほどの爽快だった。実際に止まるまでの体感数秒間、このまま死んでもいいとさえ思った。

これがもっと高いところからならどうだろう。


僕は完全にダイブの魅力に憑かれていた。





 ガスマスクのダイバーは、若者たちを震撼させた。









 息も絶え絶え屋上にたどり着いた僕は、そのままの勢いで柵を乗り越えようとした。

だが視界の隅で何かが動くのをとらえた。



「誰かいるのか?」



 すっと、顔を俯かせ出てきたのはクラスメイトの坂牧真希。

放課後の屋上に来るような人物とは思えなかった。

彼女はいつも俯きがちで、周囲とうまくなじめていない。

言ってしまえばいじめをうけている。いじめにはいじめられる側にもそれなりの理由があるというけれど、特に彼女が何かした記憶はない。

だが僕は坂牧が嫌いだ。

言われるがままに、されるがままに。

明確な悪意の前で俯き続ける彼女がもどかしく、腹立たしかった。

 学校が終わると、解放されたと言わんばかりにそそくさと帰る坂牧の姿が印象的だったが、現に彼女はここにいる。



「何で、こんなところに居るんだ」



 せっかくの勢いを殺されて、僕の声は隠しきれない嫌悪を孕んでいた。

だが彼女は何も言わない。俯いたままだ。

 よくよく考えてみれば、僕はHRの終了と同時に一階の教室から屋上を目指し始めた。そのとき彼女はまだ教室にいたはずだ。にもかかわらず何故僕より早くここへ来ることができたのだろう。



「僕が出たとき、まだお前は教室に居たはずだよな?」


「……エレベーターを使ったわ。それくらい考えればわかるでしょう」



 やっと返事をしたと思ったら毒を吐きやがったこの女。というかエレベーターに乗っていたのはお前だったのかよ。解せぬ。

 そんな僕の心情を知ってか知らずか、坂牧は言葉を続ける。



「あなたは何故飛ぶの?」



まるで別人だった。

今、目の前でこちらをじっと見つめる彼女は本当に坂牧なのだろうか。

戸惑いつつも、僕は答えた。



「…僕は普段から死んでいるみたいだ。何をしていてもつまらないし、楽しくない。周りが青春だなんだって言うけれど、そんなのどうだっていい。でも、唯一やめられないのがダイブだ」



 彼女は何も言わない。



「飛んでいるとき、僕は生きている」



 何故かはわからない。

きっと答える義理もなかったはずだ。

でも何故か、僕はきちんと答えた。



「私は……坂牧真希を殺すために飛ぶの。いつも耐えて、自分を殺して生きてるから…儀式、みたいなものかしら。死んで、耐えきった自分を殺してあげてリセットするのよ。でないと、生きられない」



 きっと、坂牧を嫌いだったのはおなじ匂いを嗅ぎとっていたから。

僕と坂牧は似てる。



「……飛ばないのか?」



 僕は飛んでいるときだけ生きられる。

 坂牧真希は飛んでいないと生きられない。


 僕と坂牧は背中合わせみたいで、似ているようで違って。

この出会いは大きかったけど僕らの関係はきっと変わらない。



「…飛びましょうか」



 二人揃って柵の向こう側に立つ。

特に話し合わせたわけではないが、なんとなく一緒に飛んだ。











 坂牧との一件から、ちょうど一カ月。


 教室内では相変わらずだけど、今でもたまに屋上で会う。

なんでもない話をして、どうでもいい未来を語って。青春だなんだって馬鹿にしてた頃の自分が、いまの僕を見たらなんて言うだろう。



「それでさ……」


「…ええ」



 もしもの話なんてどうでもいい。

僕はいまの自分を気に入ってる。



「そろそろ…」


「あぁ、飛ぶか」



 気のせいかもしれないけど、最近の僕は。

 坂牧といるときの僕は、生きている。 


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― 新着の感想 ―
[一言] これぞ青春といった感じですね(^^)
2015/01/22 21:46 退会済み
管理
[一言] 不思議な読後感が残る面白い小説ですね。 「だからこそ、僕は飛んだ」 の一文が鮮烈でした。
2015/01/17 16:43 退会済み
管理
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