第八話
白峰が突然意識を失った日から、もう一週間が経った。
俺が次に白峰を見たのは、あの日の翌日。
あいつの母さんに連れられて向かった場所…デケェ病院の精神科。
そこで会った白峰は…。
「あ…おはようお母さん。…?あなたは…誰?」
…担当の医者の話は、
「記憶障害」と「精神に何らかの大きなショック」ぐらいしか聞こえなかったよ。
そんだけ俺も…ワケが分からなかった。
後で白峰母から聞いた話では、あいつもあの日の夜、家の前で倒れてたらしい。
目を覚ましたとき、既にあいつの記憶は失われてた。
これからあいつは色々と検査か何かをしなきゃいけねぇらしくて、基本面会謝絶に
なっちまうそうだ。
それから六日間。
俺は端から見れば、いつもと変わらない生活を過ごした。
でも、俺自身はいつも感じてた。
今までと違う、何かが無くなったような、抜け落ちたような空白感。
そう。
やっと気づいたのは、俺の生活における、白峰の存在の大きさだった。
朝家を出ても、あいつが俺を呼ぶ声が聞こえない。
放課後の帰り道、あいつが俺に話しかける声が聞こえないんだ。
挙げればもっとある。
休み時間、ノートを貸してくれとせがむ声。
夕方、飯を食べに来ないかと誘う声。
突然電話をかけてきて、愚痴を聞いてくれと言う不満そうな声。
毎日感じてた、あいつの存在。
そして無くしてから気がついた、大切な存在。
好きとかそういうもんじゃねーけど、失いたくない、大事なもんだったって事が、
今、俺の中ではっきりしてる。
だから俺は、今、この瞬間に決めた。
どうしたらいいのか、なんて分からねぇ。
どれぐらい時間がかかるか、なんて分からねぇ。
俺がやらなくちゃいけない、って責任があるとも思わねぇ。
英雄気取りか、って馬鹿にされても構わねぇよ。
俺は…白、いや、"楓"の記憶を、取り戻す。
身勝手な願いかもしれねぇけど、
もう一度、あの声を聞きたいんだ。
もう一度、あの存在を感じたいんだ。
あいつの記憶を取り戻す唯一の手がかり。
いや、手がかりっていえるほど確かなもんじゃない。
それは…"夢"。
あいつの夢…もしくは俺の夢。
あの日、あいつから話を聞いて、俺は直感した。
多分、あいつが見ていた夢は、俺が見てた夢と同じだ。
俺はあいつの姉の声を正確に覚えちゃいない。
でも、どっかで聞いたことがあるような気がしたのは確か。
呼ばれてるって所も一致してるしな。
いつも元気だった楓…風邪ひいたことなんて多分無かった。
いつも笑ってた楓…落ち込んでる姿は見たことがない。
そんなあいつが、夢の話をしたときはすごく悲しい顔をしていた。
そして記憶喪失。
俺にはそれが、あの夢のせいだとしか思えねぇんだ。
だから俺は、夢の謎を解く。
必ず、取り戻してみせる!
*********************
薄暗い部屋。
モニターの放つ光以外、明かりのない部屋。
そこで二人の人間が、囁き合うような声で話していた。
「"彼女"は…?」
「…もうすぐ…目覚めます…。」
「…そうか…ようやくだな…ようやく、始まる…。」
「はい…、…様。」
一応これでこの小説の前半部分が終了です。
今後の展開も温かく見守っていただければ、と思います。