イケメン恋に落ちる ◇
ナツメ視点ですがR15ではありません。
いつも下ばかり向いていた。
人の目を見るのが苦手だった。
時には遠慮がちに、時には無遠慮に、人はぼくの顔を見るから。
どうして見るんだろう?
チラチラ見る人、通り過ぎてから振り返る人。
何かを見つけたような、何かを確かめるような目。
人から見られるのは嫌だった。
人からの視線をさけて、うつむいてばかりいると母に叱られた。特に人前では容赦なかった。
「ごめんなさいね。この子、極度の照れ屋でね。こら! ちゃんとご挨拶しなさい。失礼でしょ」
軽くゲンコツをくらった。照れ屋じゃないのに。納得いかなかった。
幼い頃の俺は「人の顔をジロジロ見るのもかなり失礼だよね」と言い返すこともできなかった。
あるとき母が言った。外出先で母の友人と出くわし、いつものように下を向いたまま目を合わせなかった帰り道。
「いいかげんに、そろそろ慣れなきゃね」
わかるような、わからないような。答えずにいると
「返事は!?」
「はい」
「なっちゃんはとってもかわいいよね。お父さんにもお母さんにも似てないけど」
「似てない『から』」
「なんか腹立つわね。しいていえば、お父さんのお母さんに似ているね。美人の女の人に似た男の子はね、とってもかわいいの。それに大きくなるとね、とーーーーってもかっこよくなるよ。お父さんは背が高いし、お母さんも女の人のわりには高いから、子どものなっちゃんの背も伸びる。きっとモテモテだね。どうする?」
母の問いかけに答えられなかった。母も答えをくれなかった。
ただ、顔が女の子っぽいというのはわかった。だからなおさら女の子っぽい呼び方がされるのは嫌で
「『なっちゃん』は止めて」
とだけ言った。
母の言うとおり、小学校の高学年ぐらいから身長は伸び始めた。
身長の伸びは中学生になるとさらに増し、母がゲンコツを上から落とせなくなり、自分の呼び名が『ぼく』から『俺』に変わる頃、俺はようやく人から見られることに慣れて開き直った。
下ばかり向いていた顔も少しずつ上を向くようになるとともに、人からの視線の意味もわかってきた。
昔は訳も判らず好奇の目で見られて気持ち悪かったけど、好奇というよりも好意や憧憬だと理解した。
人から好かれて悪い気はしない。顔だけが目当てであっても。顔だって俺の一部分なのだから。
物心つく前から下ばかり向いていて、人の顔よりも人の足ばかり見ていた。
思春期になると関心は『人の足』から『女の足』に変わった。
最初はつま先、次に足の甲、くるぶしに足首、ふくらはぎ、膝。服装によっては膝上に太もも。
突風に女子のスカートが捲れた時も「パンツが見えた」と喜ぶ友だちをよそに、太ももが自分の好みの形かをチェックしていた。
細いのはダメ、太すぎるのもダメ。
友だちにグラビア雑誌を見せてもらってもピンとこない。
言葉で説明しようにも「むっちり」とか「もっちり」とか、人によって言葉から受けるイメージが違うから伝わらない。絵心はいまひとつだから絵にも描けない。
俺の理想の足はどこにあるのだろう。
百聞は一見にしかず。理想の足をもつ子が現れれば「これだよ!」と皆にも一目でわからせられるのに。
高校に入学してから春が過ぎ、夏が来て、秋を越え、冬になった。
クリスマスの一週間前。高校の教室では試験明けのクリスマスの予定を立てようとみんな浮かれている。
俺も遊びたかったけど、あいにくバイトの先約が入った。
上田が気が利いているのかいないのか、デカイ声で俺にきいた。
「サイトー、おまえクリスマス予定入ってんの?」
大げさでなく、教室中の女子が一斉に耳をそばだてているのがわかった。
「バイト入れたから遊べねー」
ガッカリしたような、ホッとしたような、何とも形容しがたい溜息が聞こえた。
溜息をつきたいのは、こっちの方だ。俺だってバイトを放り出すぐらい素敵な足をもつ女の子に出会いたいのに。
顔なんかどうだっていい。頭が悪くてもいい。性格がゆがんでいても構わない。
だからどうか、俺にその子を会わせて下さい。
神様、仏様、今ならサンタクロース様か。
全校の女生徒の足はチェック済だった。東高に俺好みの女の子はいない。
もっと広い世界に行かないと見つからないのかな。大学とか。
それとも理想は現実にはなり得ないのかな。
帰り道、三ヶ月前にオープンしたばかりで大人気の洋菓子店の前を通りがかった。
そういえば今朝、クリスマスケーキの予約をしてこいと親に頼まれていたっけ。
店の窓ガラスにアルバイト募集の貼り紙があった。
クリスマスのバイトって、手当がついたり時給が高くなるから結構いいよね。
同じ時間をさくならば、より多く稼げる方が効率的。
そんなことを考えながら店内で予約の順番待ちの列に並んだ。
背後にある出入り口の自動扉が開いて、ざわめきが店内に入ってきた。
「クリスマス全部潰れちゃうけど大丈夫なの?」
という店長の声と
「予定ないのでバイトで稼げる方がいいです」
と答える女の子の声。
アルバイト希望の子がきたんだ。クリスマスにバイトなんて気が合うかもね。
何気なく顔を見た。普通の女の子だ。普通にかわいい女の子だ。俺の基準では大抵の女の子はかわいい顔をしている。
足に対する誰にも理解されないこだわりとは雲泥の差だ。
西高の制服を着ていた。うちの近所だから知っている。
中堅より若干上の高校で、俺も去年東高か西高か迷ったんだよな。
親に「がんばったら東高に行けるのなら、がんばって行け!」とハッパを掛けられて東高にしたんだっけ。
我ながら従順な息子である。
普通にかわいくて、頭もまあまあで、クリスマスにバイトしちゃう子。
いいなあ。これで足さえ俺好みだったら、もう言うことないよ。
理想の追求も無理そうだし、少し妥協してもいいかな。
ちょっと諦めにも似た気持ちで、女の子の足を見た。
息が止まるかと思った。いや止まった。
くるぶしよし、ふくらはぎよし、特に後ろから見たラインといったら垂涎ものだ。
かすかに見える膝の裏の窪みもかわいい。
ああ、もっと近くで見たい。触れてみたい。
願い虚しく、彼女はイートインコーナーの席に座ってしまった。
早く立ち上がって、もっと見せて。
テーブルの下で膝頭がきれいに揃えられた女の子の足以外なにも見えなくなった。店内のBGMも聞こえなくなった。
後ろに並んでいたおばさんのわざとらし咳払いで一瞬我に返り、予約の順番待ちの列から離れた。
じりじり待ち続けた。
女の子がやっと立ち上がった。店長に向かっておじぎをして頭を下げた。
スカートの中の太もも、その裏側が丸見えになった。
「ば……!」
バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!
心の中で万歳三唱した。
どうしよう、どうしよう、どうする? これだよ、これこれ!
なんだよ、足以外どうでもよかったのに、足以外も普通に良さそうだし。
足はもう言うことないし。
もっと近づいてもっと眺めるには、近くにいることが普通の関係にならないと。
もってまわった言い方するのは止めよう。付き合いたい。絶対付き合いたい。
クリスマスにバイトなんかやってられるか。
ご近所のよしみと手当に目がくらんで引き受けたバイトを断るために、携帯電話を握りしめて店外に出た。
どうか、あの子が足以外は普通の女の子でありますように。
ブサイクが好きとか、身長170cm以上は許せないとか、変わった好みではありませんように。
あの子が俺の容姿でオチてくれるなら、俺は自分の容姿に初めて感謝すると思う。