イケメンとグラビアと彼女
本編中の与太話。
県内でも随一の公立進学校に入学した上田は教室に入った途端、ケッと悪態をついた。
教室内にイケメンがいたからである。
上田は男に興味があるわけでもないのに、すぐに気づくほど、そいつは目立っていた。
しかもそいつは自己紹介もフザけていた。
「斎藤茂吉の斎藤に、夏目漱石の夏目で、斎藤夏目です」
なんだよ、ウケ狙いか?
冷ややかに心の中で突っ込むのに反して、教室は笑い声でみたされた。それも女声の。
全然面白くねーじゃねーか。顔がよけりゃ何でもいいのか。
上田は思春期とともに発生したニキビと格闘し、洗顔、食生活、あらゆる手段をつかって乗り越えたというのに、斎藤夏目の肌の清らかさは反則だった。
肌トラブルなんて絶対おこしたことないだろう?
一方的な反感はつのるばかり。
入学から半月過ぎた頃の体育の授業。
授業は男女別で女子は更衣室で着替え、男子は教室で着替える。
上田のすぐ前の席が斎藤夏目の席だった。
男の着替えなんてあっという間に終わる。
上田の席の周囲に着替えを済ませた男子生徒が集まり、にぎやかに騒いでいる。
上田の机の上には買ったばかりのグラビア雑誌。
水着姿でなまめかしいポーズを取っている女の子の写真の羅列だ。
「この尻がたまらん」
「スッゲー谷間」
上田は斎藤夏目を盗み見た。入学してから半月の間にも、女生徒の視線を釘付けにし、噂では上級生の女生徒にも告白されたらしいと聞いている。
こいつはどんな女が好みなんだろう。
「斎藤も見てみろよ。どんな女がいいんだ?」
”女を見かけで選んだりしない”なんて模範解答しやがったらぶっ飛ばすからな。
どんだけアイドル気取りなんだよって話だ。
「どうせ、胸とか尻しか写ってないんだろ?」
「は?」
上田は思わず聞き返してしまった。他に何があるっていうんだ。あ、あるか肝心なものが。
「いや顔も写ってっけど」
真っ当な(?)グラビア雑誌である。顔を売ってナンボだ。
「とにかく見てみろって」
もう一回誘ってようやくこっちにきた。
斎藤夏目が寄ってくるとグラビア雑誌に群がった男子生徒も場を空けた。
学校の王子様の好みに興味津々。自分のタイプと被っていたら勝ち目は無いので非常に困る。
巻頭から巻末までパラパラページを捲る。
一応、一枚々々吟味はしているようだ。
最後まで捲って溜息をついた。
「お好みのものは?」
「ない。どいつもこいつも細すぎるんだよ」
「デブ専か?」
「身体全体じゃねえ。足だよ」
苛立つように、開いたままのページの水着写真の足あたりを指先でトントン叩いた。
「どいつもこいつもお人形さんか? 嘘くせえ足」
ひどくガラが悪い態度だ。口ぶりも乱暴である。
細い足がイヤだなんて上田には理解できない。大きな胸、くびれた腰、豊満な尻、スマートな足は男の夢ではないのか。
斎藤夏目の女の好みはそこから外れているらしい。
外れていても女の好みはある。そのことが上田に斎藤夏目への親近感をもたせた。
「じゃあ、今度町に行ってみよーぜ。サイトー好みの女もいるかもしれねーよ?」
このときから斎藤夏目への呼び名は「斎藤」から「サイトー」に変わった。
斎藤夏目と一緒に男子生徒数人で町にくり出すと、斎藤夏目ばかりが逆ナンやらスカウトやらに遭い「なんだこのやろー」と思うこともしばしばだった。
それでも、品のある顔立ちをしたイケメンであるくせに、ときおりガラの悪くなるのが面白くて連んでいた。
年明けも遊びに行こうと、冬休み前に約束していたのに、突然断ってきたのはクリスマスの翌日のこと。
斎藤夏目から上田に電話がかかってきたのだ。
なんだ、どうした、と問い詰めると「彼女ができた」とボソリと白状した。
ちゃんと自分の好みを言ったのか? どうやってくどいたんだ?
ききたいことは色々あるが、斎藤夏目がどんな表情をしているのかをまずは知りたいと上田は思った。