第8話
「…ふぅ、こんなところかな。」
リーフ(傷薬や解毒薬に必要な素材)と呼ばれる薬草を五束、それと余分にもう一束たばねてこっちにくる際に掛けていたバッグに入れる咲闇。
ここはチェロヴェークから少し、と言うか結構離れた場所にある森の中。
チェロヴェークの周りを囲うように生えた森とは違う森だ。
何故、ここに咲闇がいるかというと…登録後に依頼書が貼られている掲示板からFランククエストのリーフ五束の回収と言う依頼を受けたからである。
ちなみにリーフはここの森とあと三カ所の森、計四カ所の森にしか生えているため、チェロヴェークの森には生えていないのだ。
「よし、帰るか…ん?」
いざ、帰ろうとした咲闇の横でガサガサと揺れる叢。
気になった咲闇はジーッとその叢を眺めている。…すると、一匹の黒ウサギが現れる。
「きゅう…」
ロップイヤーみたいなもふもふウサギは2、3歩進んだ後、弱々しく鳴くとパタリと倒れる。
「…え?」
すこし思考が停止したが、すぐに起動させてうさぎを抱き上げる。
「…血、か。」
べとりとした液体が手のひらから感じる。よくよく見ると、まるで刃物みたいな物で斬りつけられたかのような傷があることに気付く。
咲闇は手のひらに闘気を集中させる。…すると、その闘気がうさぎを優しく包み始める。
しばらくして闘気が消える…と同時に先程まで荒かった息遣いが収まり、苦痛が抜けたのであろう、苦しそうだった顔付きが緩み、安らかな表情になる。
「ふぅ…うん、傷は治ったかな。」
もふもふをかき分けて傷口を確かめ、治ってることを確認する。
闘気は体力を変換させ、活性化したものである。
と言うことは闘気=生命力なのである。先程のは弱ってしまった生命力に咲闇の活性化させた生命力を中和し、治癒に必要な細胞や血液などを活性化させ、自己治癒力を高めたのである。
「どこ行きやがった!」
治療を終え、いざ帰ろうとしたときだ。うさぎが現れた叢の向こうから男の声が響く。
「カイ、こっちにはいなかった。」
「こっちもだ。」
そこにもう二人の男が加わる。何かを探しているようだが…。
チラッと抱いているウサギをみる。
(…まさかね。)
咲闇はウサギから目を離し、耳を傾ける。
「そうか…。だが、あの傷じゃそう遠くには逃げらんないはずだ…よし、スコーはあっちに。イークは向こうを頼む。俺はこのまま真っ直ぐに進む。」
どうやら3人で動いてるらしく、カイと呼ばれた男が指示を出す。指示を受けた2人が頷く。
「黒い毛並みのウサギなんて初めて見たからな。かなりの値打ちで売れるだろう…行くぞ。」
カイの合図で左右に分かれるスコーとイーク。
「オラオラ!出てきやがれ!」
ザン、ザンと叢を切り進むカイ。
「…すたこらさっさ〜っと。」
咲闇はカイが近づいて来る前にその場から離れた。
05室|´3`)ノ
「うわぁ…すっげー血の量。」
所変わってぷくぷく満腹亭の05室。
真っ赤に染まった濡れタオルを見て、ベッドに座っている咲闇が呟いた。元々は真っ白だったのであろう、折り畳まれたタオルを裏返すと白い表面が現れる。
咲闇はもう一度、膝の上にいる黒ウサギのもふもふについた血を拭う。
「きゅう…。」
「あ、起きた。」
血をある程度拭い落として、頭を撫でているとゆっくと目を開ける黒ウサギ。どうなら気が付いたらしい。
「…きゅう?」
「うっ…。」
黒ウサギと咲闇の目が合う。血のような真っ赤な瞳。何も知らない純粋な幼い子供のような視線を受けて怯む咲闇。
『あなた、だぁれ?』
不意に咲闇の頭の中で幼い少女の声が響いた。
「…誰だ。」
咲闇は部屋の隅まで殺気を放つ。そのせいだろうか、一瞬だけ大気が震えた気がした。
『ご、ごめんなさい!』
また、咲闇の頭の中で響く。
咲闇は黒ウサギに目を向ける。
ガクガクブルブルと体を震わせ、垂れている耳をその小さな手で押さえて、目をぎゅうっと閉じていた。
「…あ、ごめん。」
一瞬、なんで怯えてんだ?と思った咲闇はすぐに自分が殺気を飛ばしたせいだと気付き、殺気を抑える。
『ごめんなさい…。』
謝るなら姿を現せよ。と思った咲闇の目の前で怯えている黒ウサギがゆっくりと瞼を開く。
「あー、その…なんだ、ごめんね、怖がらせちゃって。」
そう言って黒ウサギの頭に手を伸ばし、優しく撫で始める。最初は怯えていたが、だんだんと震えが止まっていく。咲闇の発言を聞いた黒ウサギは横に首をふった。
『こっちこそ、ごめんなさい。』
そして、その行動とともに咲闇の頭の中でまた謝罪の言葉が飛ぶ。
…ん?
あれ?と思った咲闇。この頭に響く声と、黒ウサギの行動に疑問を抱いた。
…まさか。と思った咲闇は口を開く。
「…まさかとは思うけど、君って喋れる?」
『おはなしできます!』
ふんす…となんかガッツポーズっぽいアクションを見せて答える黒ウサギ。
「じゃあ、自己紹介だな。…俺は心道 咲闇、こっち風で言うとサクラ・シンドーになるかな。君は?」
『ボクはルークっていいます!』
ぴっ!と短い手を高らかに上げる。
その行動がなんとも愛くるしいものだから、つい笑みをこぼしてしまう咲闇。
『どうして笑ってるの〜?』
「お前があまりにも可愛いからだよ。」
「えへへ〜照れちゃうよご主人様〜。」
照れるルークの頭を撫でている手が止まる。
「ご、ご主人様?」
『うん!ご主人様!』
はて、この子は一体何を言っているのか…。
咲闇は疑問を浮かべる。
「…なんでご主人様なのか聞いてもよろしいかな?」
そう問いかけると
『んー…何でだろう?』
首を傾げて悩みだすルーク。
「ちょっと待て、なんでそこで悩むんだよ。…もしかして特にこれといった理由はないのか?」
『んー…うん、ない!』
「お前…もしかしたら俺はすごい悪い奴かもしれないんだぞ?そんな簡単にご主人様とかって決めていいのか?」
ルークの真紅眼を見て、まるで言い聞かせるように言う咲闇。
「人をそう簡単に信じるな。」と。
『…ご主人様はこれからボクの事どうしようと思ってるの?』
見つめ返すルーク。咲闇はルークから視線を外し、考える。
そして、ゆっくりとルークの目を見て口を開く。
「もちろん、売るに決まってるだろ?」
「きゅーー!?『えぇーー!?』」
絶叫。その絶叫が咲闇の脳内にガンガン響く。脳細胞が一気に死んだと感じた咲闇。
『い、いや〜なかなかおもしろい冗談を言いますね〜ご主人様は。』
このっこの〜と咲闇のお腹辺りを小突く。
「確か、黒色の毛並みをしたウサギって珍しいから高く売れるって聞いたな〜。」
そう言った瞬間、咲闇が下に着ているTシャツをぎゅっと握り、潤んだ瞳で見上げてきた。
「…安心しなよ、売る気はこれっぽっちもないから。」
わしゃわしゃとルークの頭を撫でる。
『さっすがはご主人様!救われたこの命、ご主人様のために!』
そう発言するとすぐに、「きゅう〜」と気持ちよさそうに目を細める。
その様子が愛くるしく、咲闇は笑みをこぼした。
今月中にはもう一話ぐらい投稿したいですね…。