非日常とアクタリズム
最後にガムを噛んだのはいつだろう。イヤホンから流れる歯切れの悪いリズムに眉をひそめる。痺れるように暖かい駅のプラットホーム。ベンチが一つ。老人が一人。
もごもごと口を動かしてみる。もちろん、何も入っていない。粘つく唾液と歯の当たる音が耳の中で響く。ウォークマンを取り出して音量を上げる。軽快なバスドラムの重音。鮮やかによぎるベースライン。幾千の音。幾千の色。
足の爪先を曲に合わせて、タッ、タッ、タッと鳴らす。コンクリートの無機質な反響。妙に涼しい風が流れる。フードのついた上着が揺れる。
電気と鉄の絡みつく匂い。
ふと老人に目を向ける。ベンチの背もたれに寄りかかって、沈むように眠っている。膝に零れた新聞の束がばさばさと音を立てる。さしずめ歌うハイハット。音楽は下手に呼応する。
白線の向こう側にあるものが見たい。
子供の頃は何もかも不思議だった。たとえば飴玉一つにしろ、どうしようもないほど膨大な謎の塊に思えるくらい、魅力的に好奇心を刺激してきた。あの味のどれだけ甘美なことか。あの感触のどれだけ清涼なことか。
今はもう忘れている。飴玉は噛み砕いている。
いつの間に、空はこんなに曇ってしまったんだろう。
踏切の音はまだ鳴らない。ここには普通電車しか止まらない。車の音さえ一つもない。ここには普通、誰もこない。
そっと足を前に出してみる。好奇心が、刺激する。
白線の向こう側には、何がある?
言ってしまえば、そんなもの見方一つで、どうにでもなる。そこにあるのは錆びたレールが何本か。枕木というのだっけ、ネジで止められた木材の白さ。水槽の底にちりばめられたような小石の群。それぐらい。それぐらいだ。
決して非日常でも、なんでもない。歩こうと思えば、歩ける場所。ただ誰も、歩こうとは思わないだけで。
だからここには何もない。小さい頃に感じてた謎とか、神秘とか、そういったものは何もない。ただ長く長く続いていく、錆びに塗れた通り道だけがある。
ただの道だ。
イヤホンの奥から聞こえる叫び声。飛び降りていく物語の色。地面。床。そして線路。あと何度死ねば、彼らはここから出られるのだろう。
何度死ねば、人はここから出られるのだろう。
好奇心が刺激する。
白線の内側。
心が呼応する。
レールの焦げた赤。
イヤホンから鳴り続ける音が、ふっと止まる。
憧れは憧れでしかないんだ。
本当の動機は、そんなところにはない。
たとえば心の臓一つにしろ、それを止めたいと思うことが動機そのものであって、止まった臓を、止まった心を見ることがすべて行為を犯す理由にはならない。死体を見ることが、死体になりたいと思う動機にはならない。
それらは空想だ。目や耳や鼻や舌や肌をのみ通じて得た、空想の産物であるというだけ。
本当はすべて人の中にある。あらゆる元も、あらゆる種も、何もかも人の中にしかない。そこにしか生まれない。そこでしか、育たない。
結局、普通は普通だ。だからあと一歩が踏み出せない。ほんの少し動けば非日常に沈める距離、そこに立つことは出来ても、飛び越えることはできない。
憧れでしかないんだ。夢でしかないんだ。自殺する話も殺人する話も、ただそういう物語が空想の中にあるというだけで、それがそのまま、人の心に移り変わることなど出来はしない。
そういう空想を通じてしか、人は非日常に触れることはできない。触れるだけ。静かにそっと触れるだけ。
それだけでいい。
それだけで、満たされる。
その程度の好奇心だ。
踏切の音がゆっくりと鳴る。外はもう暑い。鉄の箱の中に漂う冷気が記憶を埋める。図らずも、心が躍る。
ガムはまた今度買いにいこう。
けたたましいほどのアナウンス。普通電車の到着を知らせる。
白線の内側に足を下げる。あそこはそろそろ危ないから。
ベンチに座っていた老人が起きた。新聞を丸めて立ち上がり、電車の到着を待つ。回らない腕を無理に回して背中を掻く。その後ろ姿を見て、不思議と安堵する。
ホームに入る電車の音。軽快なホイールの重音。イヤホンを外して日常に戻る。大げさな息を放って開くドア。乗り込んで、まだ埋まっていない座席を探す。
目的地まではあと十五分くらいかかる。