エピローグ そして振り出しへ...
全てを育む[白]があれば、全てを飲み込む【黒】がある…。
黒よりも冥い闇の中、空気を震わせる声が響く。
「…それで、貴様はまんまと勇者を捕り逃がしたわけだな」
魔王の憤怒が空間をも揺らし、辺りの黒き霧を散らす。怒気を含んだ霧は今にもグモを飲み込み、取り殺してしまいそうな殺気を放っている。
「グフゥ…。も、申し訳ありません。次こそは、次こそは必ずあの男の首を挙げて参りますぞ」
そのあまり剣幕に、グモさえも畏縮してしまう。
「フフフ、愚かね。もうその男に用はないわ」
グモを見下し、嘲笑う様に闇が蠢く。
「グフ? そ、それはどういう事でしょうか?」
【魔王】の予期せぬ言葉に、戸惑うグモ。
「異世界ヨリ訪レシ〈勇者〉、《ワレ》ヲ阻ム[光]トナル…。【闇】ヲ退ケシ者、…其ノ者コソガ〈勇者〉」
霧が震える様な感触。それは、グモでさえ初めて見た【魔王】の「畏れ」の感情だった。
「…《ワタクシ》が、この世界に生まれた人間になど払われる事などありえなくてよ。しかしお前は、ソレを招きこんでしまったようね」
神をも畏れぬ【魔王】が、一体何を畏れるというのか、グモには検討もつかない。
「まだ、わからぬか? 貴様が殺りそこねた娘…。その者が此方側に現れた様だ」
「グ、グフ。魔王様、まさか…」
グモの脳裏に、マルスと共に取り逃がしてしまった少女の姿が思い浮かぶ。霧の瘴気に当てられずにいたのは、彼女に特別な力があったからなのか…?
「理解出来たかしら? 出来たのなら、〈勇者〉がその力に目覚める前になんとしても始末なさい」
黒き王と呼ばれし【魔王】が最も畏れるのは、その【闇】を切り払う[光]の力。
「グフフフ、かしこまりましたぞ。我が命に代えても、必ずや…!」
低く低く頭を下げるグモを見下ろす、黒き霧の王。凍った瞳の奥に、残酷な笑みを浮かべる。
「グモよ、往くがよい! 【闇】は全てを飲み込み、全てを統べる。世界を手に入れるのは、この【魔王】ぞ!」
広間を埋め尽くす【闇】が蠢き、躍る。その狂気は牙となり爪となり、確実に世界を喰らい尽くすだろう。
「《ワガ》霧ガ、世界ヲ飲ミ込ムガ早イカ。〈勇者〉ガ〔光〕ヲ手ニスルガ早イカ…。
嗚呼、生キトシ逝ケル者達ヨ…」
『…すべてヲ【闇】に』
* * *
秋葉原での冒険からもう一週間が経ち、美優もこちらの世界に馴染んできていた。まったく新しい環境なのに、不思議とすぐに慣れてしまっていた。
「美優ちゃん、今日はどこの宿がいい?」
隣を歩くユイリアが話しかける。
「えっと…、やっぱりお風呂がちゃんとある所がいいです」
「…それは大前提ですね」
二人の会話を聞いていたアリスが割って入る。今勇者一行が訪れている地は、のどかに風が吹き抜ける丘陵地帯。
「風呂付きか…、この人数だと高そうだな」
美優たちの話を聞き、マルスが腕組みする。マルスとしては、少々高い宿でも、仲間達の為ならかまわないのだが…。
「あんまり高い所には、泊まっちゃダメよ」
わかっているでしょうね。と、パステルが釘を刺す。
「えぇ~…」
「お前はケチです」
パステルの倹約っぷりに、ユイリアやアリスから不満の声が上がる。
「美優は大丈夫か?」
ユイリア達の会話を聞いていた美優に、マルスが声をかけた。
「え、あ…。お風呂は無くても別に…」
突然声をかけられ、美優は立ち止まりマルスのほうへ振り返る。
「いや、宿の事もあるんだが…、疲れたりはしてないか?」
旅に慣れてきたとはいえ、美優を連れての長旅はまだ少し不安だったマルス。
「大丈夫ですよ。なんか、すっごく楽しいです」
と、マルスの心配をよそににっこりと微笑み返す美優。渦霧の扉の一件の後、美優は元の世界に帰れなくなっていた。マルスが帰還した直後、渦霧の扉の魔力が尽き、使用できなくなってしまっていた。アリスが言うには、魔力が再び溜まるまで三ヶ月はかかるという事だった。その間に霧の瘴気を払い、石化した人々を助ける方法を探しておこうと、美優も一緒に旅を続けている。
最初の頃はどこか思いつめた様子だった美優も、最近笑うようになってきていて、マルスを安心させた。
「ほら、美優ちゃんもマルスも、置いてっちゃうよ~」
道の先で、ユイリアが二人を呼んでいる。
「パステルさんが折れて、今日は豪遊できますよ」
「そんな事言ってないでしょ!」
ユイリアの向こうには、パステルとアリス。
「美優、いこうか」
「はい」
差し出したマルスの手を美優が握り、二人は一緒に仲間達のもとへと歩を進める。
どこまでも晴れ渡る空と、優しい陽の光の下へ…。
* *
『…廻る、魔王と勇者の戦いの物語。
世界を滅ぼし、無の闇に還さんとその手を伸ばす《魔王》。
その魔の手から愛する世界を救わんと立ち向かう〈勇者〉。
伝説の勇者の血を継ぐその青年の軌跡は、寂しがりの少女の心に小さな奇跡を起こしました。
…かくして、【闇】を討ち払う〔光〕を手に入れた勇者と、その仲間達の冒険の旅路は、まだまだ続いていくのでした。』
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
これからも、勇者達の冒険の旅は続いていきます。
ここから先の物語は、読んで頂いた読者の中で続いていってもらえたらいいな…と思います。