第5話 私の考えた、グモも異世界もなんとかする結構頭のいい攻略法 ~ 勇者の挑戦
夜の帳が下りた秋葉原。普段ならば平日でも人でごった返し、会社帰りのサラリーマンや学生などの買い物客で活気に包まれている頃だろうか。しかし今その面影はまるでなかった。黒き霧に光を奪われ、街中が廃墟のように静まり返っている。
グモがもたらした呪いの霧の直撃を受けたものはその瘴気に倒れ、それ以外の者も石化していた。今この街は、光を奪われ石にされた人々が立ち尽くす呪われた街と化していたのだった。いや、この街だけではない。霧は無限に広がり続け、やがてこの世界全てを闇に染めるだろう。
そんな街中を一望出来る高いビルの上に、その邪悪な影はいた。
「おのれ人間風情が、私に傷を付けるなど…!」
警部を倒した後から治癒は続けているものの、傷は今も残っていた。もっとも、自身の傷などこの霧の中では幾らでも回復できるだろう。そんなことより魔道の杖を撃ちぬかれてしまったことが大きかった。
佐々木警部とグモの戦いは、グモの勝利に終わった。警部はグモが魔法を放つ直前に杖に嵌め込まれた宝玉を撃ち砕き、魔法の暴発を引き起こしたのだった。その爆発に巻き込まれたグモと警部は吹き飛ばされ、グモは大怪我を負っていた。一方警部は、吹き飛ばされてからすぐに霧の瘴気に負け倒れたていた。あっけない幕引きだ。今頃、部下共々石像にでもなっているだろう。
「グフフ、まあ良い。勇者さえ殺してしまえば此方のものだ」
今グモは、霧から生まれた魔物「霧の番犬」に勇者を探させていた。霧の番犬は動くものを察知し攻撃する。何処かに隠れた勇者を見つけ出すのも、時間の問題だろう。
「グハハハ。足手まといな小娘を連れて何処まで逃げおおせると思っているのか、勇者よ」
本来ならばグモが直接魔力探知を行い探し当てていたが、この傷では精神統一もままならないのだ。
「グフ? 見つけたか!」
その時、ある一箇所から霧の番犬の遠吠えが響き、それに街中の魔獣達が呼応している。…どうやら勇者を見つけ出したようだ。
「グフフフ。勇者よ、一人でこの番犬共を捌ききれるか見物だな」
グモは、耳まで裂けた口を歪めて不気味に笑った。
* * *
「グルルルル…!」
「キャウンキャウン!」
マルスたちは次から次へと襲い掛かってくる霧の番犬を蹴散らしながら進んでいた。マルス・パステル・アリスが各々武器を持ち、道を切り開く。ユイリアと美優が三人の切り開いた道を駆け抜けていく。
しかし石化した人々を避けて通らないといけないので、思ったほど速くは進めない。それでも番犬達はお構いなしに次々と襲い掛かってくるのだった。
「やはり、石化した人間にまでかまってやる余裕は、ないんじゃないですか?」
「ダメだ。みんな魔王の呪いが解ければ元に戻れるんだ。石が崩れてしまったら死んでしまう!」
マルスの言葉に渋々従うアリス。その表情には、早くも疲れが出ている。
「美優ちゃん、次どっち行けばいいの?」
「えっと、そこの路地に入ったほうが道が空いてると思います…」
周辺の道に詳しい美優に案内を任せて、マルスたちは渦霧の扉のあるレンタルショーケースへと向かっていた。ユイリアの思いついた「良い事」とは、わざと霧の番犬を誘い出すように戦い、グモを誘き出そうという作戦だった。グモの目の前で渦霧の扉に飛び込み、グモに追いかけさせようというのだ。体力の低い霧の番犬なら倒すまで時間もかからないだろうと考えていたが、予想以上の激しい攻撃に苦戦していた。
「みんな、大丈夫か?」
大群を捌き終えて、仲間たちに怪我がないか確認する。パステルは普段から極力MP消費を制限しているだけあって、魔法が使えなくとも普段通りに戦えていた。アリスはボブを盾に攻撃をかわしている。心配なのはユイリアと美優だった。
「ユイも美優も、あんまり無理しないでくれよ」
「うん。ありがとね」
「は、はい。大丈夫です」
美優は疲れや恐怖より、勇者達の役に立てる嬉しさのほうが上回っていた。そしてなにより
「…―なんか、RPGみたい」
自分が今まさに冒険している事が夢のようだった。…しかし、それも束の間、突如、美優の浮かれた気持ちを吹き飛ばす様な不気味な声が空から響く。
「グハハハハ。見つけたぞ勇者よ!」
空に渦巻く霧から、霧の魔獣を引き連れたグモが現れる。美優はその姿を見ただけで、先刻の恐怖が脳裏に浮かび、それ以上に父への思いで胸が弾けそうになる。一方グモは涼しい顔で、警部との戦いの傷はもうほとんどに完治していた。
「まさか仲間の小娘共までこちら側にいるとは予想外だったが…。まぁよい、まとめて始末してくれる」
パステルやアリスの姿まであることに気づき、口の端を歪めて嗤うグモ。魔の眷属のみしか魔法が使えない今、何人仲間が増えようとまさに飛んで火にいる虫の様なものだ。
「…まずいかも」
「ユイリアさんの作戦より、ずっと早く見つかっちゃいましたね」
予想より早いグモとの遭遇に、焦るユイリアたち。目的のレンタルショーケースまでは、走ってもまだ少しあった。
「ユイ、アリス。美優を頼む」
マルスが光の剣を構え、颯爽とグモの前に立ちはだかる。
「…マルス。今戦っても不利だわ」
グモと睨み合うマルスに、パステルが耳打ちする。今剣を交えても、グモと無限に現れる「霧の番犬」、その両方を相手に勝てる見込みはない。
「大丈夫だ、俺の使命は魔王を倒すこと。こんなところで倒れるわけにはいかない」
「グハハハハ、愚かだな人間。面白い、その覚悟見せてみよ!」
その声を合図に、霧の番犬達が一斉に襲い掛かる。マルスは臆することなく魔物の群れに飛び込み、光の剣を横に薙ぎ討ち払う。そのマルスの死角から襲い掛かる番犬を、パステルの巧みな剣さばきが捉える。
「パステル、背中は任せていいか?」
「仕方ないわね。今日だけよ」
次々と魔物が霧散していく。マルスとパステルの見事なコンビネーションに、美優は眼を奪われていた。
「…そろそろこっちにも来ますよ。覚悟はいいですか?」
残った二人に注意を促しながら得物を構える上機嫌なアリス。短剣を使っての大立ち回りも、どうやら満更でもないらしい。
「美優ちゃん、私たちが絶対護ってあげるからね」
ユイリアも手に持つ杖を両手で握り締め、唇をぐっと引き締める。
「―私も戦えればいいのに」
美優は自分の非力さを痛いほど感じていた。打撃攻撃の苦手そうなユイリアでさえ自分を護ろうとしてくれているのに、自分は何にもできない。鞄の中を漁ってみても、武器になりそうな物は入っていなかった。
「そうでした。さっき店先から拝借してきたんですが、美優さんはこれでも持っていてください」
そんな美優の気持ちを察したのか、アリスが何か黒い棒状の物を抛ってよこした。
「ぇ?」
美優が慌ててそれをキャッチした瞬間、まるでそれが合図だったかのように霧から現れた魔物が三人に襲い掛かってきた。
「グルルルルゥ!」
「邪魔です」
アリスの短剣が魔物の眉間を正確に捉え、葬り去る。彼女の武器は急所さえ突けば、一撃で倒す事も可能だ。しかし、次々に襲い掛かってくる魔物を仕留めるのは難しく、次第に動きが鈍っていく。
「えぇ~~い!」
美優に襲い掛かろうとした番犬をユイリアが杖で打ちつける。
「グルルルゥ!」
「あ、あれ?」
しかしユイリアの力では満足にダメージを与える事もできない。魔物はユイリアに標的を替え襲い掛かっ
てきた!
「きゃあ!」
「ユイリア!」
パステルが助けに戻ろうとするも、魔物達に邪魔され動くことも出来ない。もうダメ! そうユイリアが眼を瞑ったその時、一筋の雷撃がほとばしった。
バチバチ!
「キャゥン…!」
威力こそ低いが、ユイリアに襲い掛かろうとした霧の番犬は麻痺して動けなくなっていた。勇者のみが操れる雷鳴の魔法…ではなく、アリスが渡したスタンロッドだった。
「だ、大丈夫ですか?」
「美優ちゃんありがと~」
嬉しさのあまり、ユイリアは美優を抱きしめた。一方魔物達は電撃と光を恐れ、唸り声を上げ威嚇しながらも美優達に近づけずにいた。
「グゥゥ…。使えぬ番犬共めが、ワシ自ら捻り潰してくれる!」
「グモ!」
マルスが跳躍しグモに剣先が届こうとしたその時、グモの体が黒い霧に包まれ剣先を弾く。
「なんだ、これは…」
霧に包まれたグモの身体は膨れ上がり、人家ほどの高さまで大きくなっていた。
「グフフフ…。さて勇者よ、お前が相手をしてくれるのだったな?」
霧が晴れ現れたグモの姿は、既に人の形を捨てた異形のものと化していた。不気味な数脚の脚と血の様に紅い瞳。化け蜘蛛と化けサソリをかけ合わせた様な邪悪な魔物だった。
「光の剣よ、俺に力を貸してくれ」
しかしマルスは、そんな不気味な敵を目の前にしても臆することなく意識を剣に集中させた。
「死ね! 勇者よ」
グモの巨体から繰り出される攻撃が、勇者に迫る。その時、光の剣から凄まじい熱と光が発せられた。
「たぁぁー!」
輝く剣が真横に振られ、輝く熱と光が真一文字の軌跡を描く。
「ウギャァァァ!」
グモの脚の一脚が殺がれ、遅れて悲鳴が上がった。
「お、おのれ…!」
脚を失いバランスを崩したのか、巨体を横たえるグモ。しかしすでに別の脚が生え始める。
「今だ、逃げるぞ!」
マルスはこの隙を見逃さず、全員に指示を飛ばす。
「ぁ、うん」
「わかったわ」
ユイリアと美優を庇いながら、再びマルスを先頭に走り出す。光の剣の力に霧の番犬達も警戒しているのか、こちらの様子を見ているが攻撃してこない。
「待て、逃がさんぞ!」
脚の再生の終わったグモが、巨体とは思えない程の速さで追ってくる。その妨げとなるガードレールや自転車などは簡単に踏み潰されてしまっていた。
「アリスさん、アリスさん」
ボブが手足をひょこひょこ動かし話しかけてきた。
「なんなんですか? 今私、見ての通り取り込んでるんで」
「そんな冷たい事言わないでくださいよ~。そこの建物、地下の店から裏に出られまして。逃げるんだったら丁度いいですよ~」
ボブは手足をひょこひょこ動かす。
「…お前、それが嘘だったら承知しませんよ?」
勇者達はボブの案内に従い店の中に入る。パソコン関係の店なのか、いろいろな機械やCDが並んでいた。
「こっちに階段があったわ!」
棚の裏、正面入り口から見えにくい場所に下り階段があった。マルスが全員降りきったのを見届けてから階下に下りようとしたその時、グモが入り口を破って店内に雪崩れ込んだ。巨大化し頭に血が昇っているのか、冷静さがかけていた。
「グフフフ、何処だ? 隠れても無駄だぞ!」
天井まで破り、長い脚を使って店内の棚を手当たり次第に破壊していった。
「マルス、こっちこっち」
地下に降りたマルスがユイリアの示す方を見れば、反対側にまた上り階段があった。そこから裏手に出られるようだ。
「グモが錯乱している内に、急いで出るぞ」
上からは破壊音が続き、音に合わせて砂埃が降ってくる。
「ここまで来れば、そのビルまであと少しです」
地上に戻り、再び美優の案内で進む。途中何度も霧の魔物が襲い掛かってくる為、思ったように速く進めない。
「たぁ!」
群れで現れた最後の番犬を光の剣で霧散させる。敵がいなくなり仲間全員の無事を確認するが、皆走り続けて疲れきっているようだ。
「あ! ここだよね?」
その時、ユイリアが前方に見える建物に向かい指差した。
「そうね、間違いないわ」
パステルもそのビルに見覚えがあった。今からほんの七時間ほど前の事なのに、随分と懐かしい。
「六階です、急いでください。さっきの番犬でグモに位置は知られてます」
暗い室内をせかすアリス。渦霧の扉の刻限までにはまだ十分余裕があるが、飛び込む前にグモに抑えられてしまっては元も子もない。
「ぁ、あれ? …動かないみたいなんですけど」
雑居ビルの奥に一機だけ設置されたエレベーターの前で、美優が困惑の声を上げた。
「霧に電力も何も吸い取られてるみたいですね…」
魔法に対する抵抗力の無い人間から生命力を吸い取り石に変えてしまうこの霧は、電力さえも吸収してしまうようだ。
「…仕方ない、外にある階段で行こう」
マルス達は階段を駆け上がっていくが、疲れの溜まった脚は一段を上がる度に重くなっていく。
「ごめんなさい、先に行ってください」
一番最初に限界に達してしまったのは美優だった。旅慣れした他のメンバーと違って、美優は今日まで普通の生活を送ってきたのだから仕方ない。
「美優、俺の肩に摑まってくれ」
「は、はい」
勇者の肩を借りて再び登り始める。今までの美優なら、ここで諦めてしまっていたかもしれない。この小さな変化に、美優本人が驚いていた。
「パステルちゃん、私も疲れたよ~」
「アリスに頼みなさい」
ユイリアもパステルに甘えてみるが、しれっと流されてしまう。
そして四階を過ぎ、もうじきに元の世界に戻れる…そう思った瞬間、ドン!という音と共に簡素な造りの階段が揺れた。
「グハハハハ! この霧の中、逃げおおせると思ったか!」
下を覗くと、地上にはグモと数え切れない程の霧の番犬が建物の入り口を取り囲んでいた。先ほどの揺れは、グモが階段に体当たりしたものだった。
「グハハ。番犬共、追え!」
グモの号令に霧の番犬は一斉に階段に雪崩れ込む。その群れを満足げ眺めグモは、自身も無数にある脚を
器用に使って壁をよじ登り始めた。
「みんな、急ぐぞ!」
マルス達も追いつかれまいと階段を駆け上るが、四足歩行で迫る魔物の群れに距離を縮められる。
「どいてください」
先に五階に辿り着いたアリスが、最後尾を行くマルス達に避けるようジェスチャーした。マルスが階段の端に寄るか寄らないという内に、近くにあったゴミ箱の中身を下り階段へとばら撒いた。
「おっと…」
マルスと、マルスに肩を借りている美優がギリギリで避けると、ゴミ箱の中に入っていたジュースの空き缶やガチャポンの半透明な丸いケースが下の階へと転がっていく。それらはすぐ後ろまで迫っていた魔物達に当たり、思わぬ足止めになった。
「私の計算通りです」
自慢げに胸を張るアリスの手を取って、マルスは六階への階段へと足をかける。ユイリアとパステルはもう上り終えたようだ。
「グゥゥゥ…! 逃がさんぞ勇者よ!」
グモはとんでもない速さで壁をよじ登り、五階と六階の間の踊り場にその身体を押し込む。マルス達は間一髪それをかわして、残りの段を駆け上がった。
六階に駆け込むと、外の出来事が嘘の様に静まり返っていた。
「よかった~、全員無事だね」
「一時はどうなるかと思ったわ」
先に到着していたユイリアとパステルは三人の安否を確認し、胸をなでおろす。まだ安心できる状況ではないが、この狭く入り組んだ階段と入り口では、グモも容易には突破できないだろう。
「ありました。まだ時間も十分残ってます」
店の奥の目立たない位置に置かれたショーケースの中で、静かに渦巻く蒼い光があった。アリスがケースの鍵を外そうとしたその時、不気味な声が響いた。
「グフフ、そんなところに隠してあったか」
マルス達が驚き振り返ると、店の入り口には邪悪なローブを纏った老人が立っていた。
「グモ…!」
マルスが剣の柄に手をかけ構える。
「グッフッフッフ…。何を驚いている。変身したら元の姿に戻れない…、そう思っていたのか?」
耳まで裂けた口元を歪めるグモ。光の剣に斬られ、巨大化し暴れた反動からグモも全快と言える状況ではない。しかし、先ほどまでの力に任せた暴走状態より、冷静な時のほうが数段手強い相手だ。
「アリス。その渦霧の扉が準備できたら、近くにいる順に俺達の世界へ戻ってくれ。俺がグモを引き付ける」
「やだよ、マルスも一緒に帰ろう!」
ユイリアが悲痛な声を上げる。もう絶対、離れたくなかった。
「そうよ、一人だけ残るなんて許さないわ!」
「ユイ、パステル。大丈夫だ。俺は魔王を倒し、みんなを護る使命がある。全員無事に戻れたら、俺も後を追うから」
穏やかな笑みを浮かべ、ユイリア達をなだめる。
「アリス、頼んだ」
「…いいでしょう、わかりました」
アリスは錠前を外し、ガラス戸を開ける。そして素早くユイリアの首根っこを掴むと、渦の中へ放り込んだ。
「え、えぇ~~!」
一瞬の出来事に、驚きの声を上げながらユイリアは渦の中へと吸い込まれていく。
「グフフ。逃がさんぞ!」
グモはそれを阻止しようとガラスケースの真横に転移し、邪悪な杖を振りかざす。
―ガキン!
間一髪、その杖をマルスの剣が受け止め、弾き返す。グモはそのまま後方に着地し、間合いを取った。
「次はパステルさんです」
「わかったわ。…またこれに飛び込むのね」
パステルは蒼い渦を前にし、呼吸を整える。
「大丈夫よ…、大丈夫」
「いいから早く飛べ」
深呼吸をしようとするパステルの背中を蹴り、渦へと落とす。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! きゃぁ~!」
パステルは悲鳴を残し消えていった。
「貴様、何故そこまで我等に抗う!」
マルスとグモは接戦を繰り広げていた。
「俺は大切な人の平和を護る。それだけだ」
「フン、小癪な」
キン! キン! という金属同士のぶつかり合う音が響き、光の剣と闇の杖が衝突する度に、魔力の火花が散った。
「何故だ、何故魔王は世界を闇に染めようとするんだ!」
「グフフ、貴様には関係ないことよ」
二手三手と合わせるうちに、次第に勇者が押されていく。二人がショーケースの近くで戦っているため、アリスは美優を連れ避難していた。
「グハハハ、貴様はここで死ぬのだ。死に逝く貴様に、魔王様の望みを知る必要など無い!」
キン!
グモの攻撃を剣で弾こうと構えたが、逆に光の剣を弾き飛ばされてしまった。
「マルスさん!」
援護しようとアリスが短剣をグモへと放つが、簡単に防がれてしまう。
「これで終わりだ! 勇者よ!」
グモの杖に闇の力が集結し、そのままマルス目掛け振り下ろされる!
「ダメ、やめて!」
美優は弾き飛ばされた光の剣を拾い、マルスとグモの間に割って入った。
「ダメだ! 美優」
「二人仲良く逝くがよい!」
闇の杖が美優を討ちつける寸前、光の剣が眩い光を放った。輝く光は障壁のようにマルスと美優を包み込み、グモを吹き飛ばす。
「グ、ハ…」
壁に打ち付けられるグモ。
「美優、大丈夫か?」
「は、はい…」
美優は自分の身に何が起きたのかわからなかった。剣を持ち駆け寄り、気がついたらグモが吹き飛んでいた。とにかく、手に持った光の剣をマルスに渡す。
「ありがとう、美優。助かったよ」
「ぁ、いえ。その…」
外神田警察やさっきの階段、今までずっと護ってもらってばかりだったマルスを、自分の力で助けることが出来た。美優はそれがとても嬉しかった。
「アリス、今のうちに美優を頼む」
「わかりました」
美優の手からマルスの手が離れた。
アリスは美優を連れて渦霧の扉へと急いだ。
「おのれ、逃がさんぞ!」
グモは再び起き上がり、全ての魔力を杖へと蓄える。マルスはグモから二人を護るように立ちふさがり、光の剣の刃先をグモへ向ける。
「グモ、俺が相手だ!」
「グフフ…。望むところよ」
グモとマルスは対峙し、光と闇の魔力はすでにぶつかり合っている。
「美優さん、行きますよ」
「で、でも…。勇者さんが!」
マルスの元へと戻ろうとする美優を無理やり渦の中へと押し込める。
「お願い、死なないで!」
渦に飲まれながらも、なおも戻ろうと足掻く美優をアリスは押さえつける。そして、二人の姿も渦の中へと飲まれていった。
美優とアリスが渦霧の扉から消えたことを確認して、マルスは剣を構える。グモもマルスも、これが最後の一撃になるだろう。向かい合った両者は同時に床を蹴り、[光]と【闇】が激突した…。