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第3話 それぞれの異世界

「グハハ。このグモ…、見事勇者を打ち負かして参りました」

 闇よりも深く黒よりも冥い霧に包まれた大広間に、低くしゃがれた男の声が響いた。ここは魔王城の最奥である玉座の間。そこにある一人の人影は、魔王の腹心・グモ。恭しく一礼するグモの周囲にも黒き霧が漂い、暗い闇に支配された空間は彼の声さえも飲み込んでしまう。…しばしの無音の時が流れ、そしてグモの報告に呼応するように【闇】が動いた。

「愚か者め!! 勇者はまだ死んではおらぬ!」

 空気を振るわせ怒気を露のする厳格な男の声。

「…アァ。異世界ノ扉ヲ抜ケ、彼ハマダ生キテイル」

 次に、不気味な地の底から響くような声が繋ぐ。

「フフフ。まぁ、なんてしぶとい生き物なのかしらね」

 そして、若い女のような楽しげな声。三種類の声と人格が代わる代わる口を開く。全ての声・全ての人格が【魔王】のものなのだ。

「グモよ、《ワシ》の力で貴様を異世界に送る。そこで必ずや勇者の息の根を止めるのだ。…我往く手を阻む者に、己の愚かさを死を持って刻み込むのだ。二度と…、この《ワシ》に刃向かおうなどと思わぬようにな」

「グフフ。かしこまりました」

 魔王の言葉に、グモは恭しく跪き答えた。

「異世界ヨリ訪レシ〈勇者〉、ワガ野望ヲ阻ム〔光〕トナル。…ソゥ、《ワレ》コソガ【闇】」

「このグモ、必ずや勇者の首を揚げて参りますぞ」

 グモの返答に満足したのか、部屋中の闇がざわめく。

「フフフ、いい答えね。《ワタクシ》の力、アチラ側にも示して差し上げなさい。…さぁ、生きとし生ける者達へ」

『―すべてヲ闇に』

 闇が再び蠢き、そして勇者に襲いかかろうとその牙を剥く…。


  *    *    *


「うゎ~。パステルちゃん、これ何だろ?」

「さっき見た『テレビ』とはちょっと違うみたいね」

 出発してから何度目だろうか、今度はパソコンショップの前でディスプレイを物珍しそうに触ったり覗き込んだりしていた。

 レンタルショーケースの店が入っている雑居ビルを出ると、秋葉原の裏路地が広がり、様々な商品が路上まで所狭しと並べられていた。何度もこちら側に訪れているアリスにとってはもう見慣れたそれらも、ユイリアたちにとってはとても新鮮なものだった。

 しかしアリスたちに呑気にショッピングをしている時間は無い。渦霧の扉は一度異世界に渡ると、十二時間以内に戻らなければこちら側の入り口が閉じてしまうのだ。アリスが渦霧の扉を抜けたのは正午だったので、こちらの時間で午前0時までには戻らなくてはいけない。しかもレンタルショーケース自体は午後の8時に閉店してしまうので、正味八時間でマルスを見つけ店まで戻らなくてはいけないのだった。

「ねぇねぇアリスちゃん。あの大きくて、動いてるのは?」

 一人考え事をしているアリスに、ユイリアが突然話しかけてきた。どうやら車のことを聞いているらしい。

「あぁ、あれは車ですよ。…じゃなくて」

 アリスは小さくため息を吐く。

「お前たちは、ただでさえ人目を引くんですから、もっと大人しくしていてください」

 たしかに、ユイリアとパステルは周りから浮いている。行き交う人々の中からも二人に視線が集まっているのがわかる。ただでさえ女性の集団はあまり見かけないような裏路地で、パソコンから電柱にまで興味を示しては触ったり叩いたりして周っている少女二人組みは浮きに浮いていた。そして何よりも…。

「私もさっきから視線は感じてたけど、私たちそんなに目立っているかしら?」

「そうですね…。そんな格好で目立たないわけがないんじゃないですか?」

 パステルの疑問に、アリスが冷たく答えた。

 二人の服装は人目を引いていた。パステルが身にまとっているのは真っ白な「光のローブ」。あまり目立ちはしないが変わった服であることには変わりない。

「パステルさんの服は、まぁコスプレもどきってところでしょうか」

 そして問題はユイリアだった。ユイリアの服は「風の羽衣」という袴のような装備だったので、かなりの衆目を集めていた…。

「ユイリアさんの服は…、すでにコスプレですらない“珍装”ですね」

「えぇ~、じゃあアリスちゃんの服はいいの?」

 自分だけダメ出しされたことで、ユイリアは少し拗ねてアリスに食い下がる。

「私の服は、こっちで言うところの「ゴスロリ」ファッションだからいいんです」

 と、無表情で白いレースのついたスカートの裾をつまんで見せた。

「でも、ぬいぐるみを持って歩いてる時点でアリスさんもしっかり目立ってますけどね~」

 抱かれたままボブがポソっと呟いていた。

「そう言えば、そんな事よりずっと気になってることがあるんだけど…、聞いてもいいかしら?」

 パステルが真剣そうな顔でアリスのほうを見る。ユイリアもそれにつられる。

「さっきから、タルとか壷が置いてないんだけど、この街でアイテムは拾えないのかしら?」

 …至極真面目に聞いてくるパステルに、こちらの世界の常識を知るアリスは頭が痛くなっていた。



「ぁ、あそこのお店、「コスチューム専門店」って書いてあるし、服売ってるんじゃない?」

 しばらく行くと、ユイリアがいかにもなコスプレショップを見つけた。

「やゃ。表に飾ってあるのは、「電網戦隊ランレンジャー」隊員ジャケットですね。コアですね~」

 ボブがしたり顔でウムウム頷いているが、勿論全員が聞いていない。

「今の服が目立つんだったら、あそこで新しい物を買いましょう」

 アイテムが落ちていないことに釈然としないパステルも。人目を引いている自覚があるのか、服を買い換えることに賛成のようだ。さっそく店に入る三人。店内には様々なアニメやゲームの衣装が並んでいる。ユイリアは早くも数着選ぶと、試着まで始めていた。そんな中、アリスがポソっと呟いた。

「別に構いませんが、誰が払うんですか? 私の持ってきたお金は、さっき使った分で全部ですよ?」

「え…」

 アリスの言葉に固まる二人。ユイリアは既にレジに商品を持って行った後だった。

「お客様、お会計二万三千円になりますが…」

「Gじゃ…ダメかな?」

「ご、ゴールド…? カードでお支払いですか?」

 と、何か勘違いをされている。

 ユイリアたちの世界の通貨「G」を出すが、勿論使えない。ユイリアはパステルたちの方へと、助けを求めるように視線を送る。

「そうだわ。使わなくなった装備品や道具を売りましょう。武器なら高く売れるんじゃないかしら」

 名案とばかりにレジに短剣や薬草などを袋から出していく。

「すいませんが、当店では中古品の買取りはおこなっておりません…」

 第一、聖水や薬草がコスチュームショップで買い取ってもらえるわけがなかった。


  *    *    *


 その頃、グモに命を狙われている勇者・マルスは人生最大のピンチに陥っていた…。

「あんな危険物持って、一体何やろうとしてたんだ!」

 男が机をバンと叩く音が、狭い室内に響く。ここは外神田警察署の取調室だった。

「だから、俺は勇者で魔王を倒すために旅をだな…」

 何度目になるだろうか、勇者はこの小林という刑事に今までの経緯を説明しようとするが、まったく信じてもらえていなかった。それどころか、魔王に抗える唯一の武器である「光の剣」や、盾なども没収されてしまっていた。

「―魔法の鍵も使えないし、一体どうなってるんだ?」

 手錠や牢屋の鍵を開けようと、鍵自身が鍵穴の形状に変身し、ほとんど全ての鍵を開けられる…はずだった「魔法の鍵」も、こちらの世界ではウンともスンとも言わない状態だった。

「お前まさか…」

 小林刑事は顎に手を当て少し考えるような仕草を取ると、

「麻薬でもやってるんじゃないだろうな!」

 勇者の身に、またあらぬ疑いがかかるのだった…。


  *    *    *


「お会計、二点で五万八千円になります。ありがとうございました」

 不要なアイテムを別の中古ショップで買い取ってもらい、やっとの思いで新しい服を手に入れた。

「どうどうアリスちゃん。可愛いでしょ~?」

 ユイリアがさっそく着替えた服をアリスとボブに披露する。ユイリアが選んだ服は学校の制服のようなものだった。

「あぁ~。それは「きらめきメモリアル」のキラメキ高校の制服ですね。なかなかコアなチョイスですよ~。ふむふむ」

 その服装をうっとりと見つめていたボブが解説するが、ボブはそういった物に詳しいのだろうか?

「コアなのはお前の頭です」

 アリスが間髪入れずに黙らせる。それからユイリアたちの格好をじっと見つめる。

「しかしまぁ、『コスプレもどき』が完全なコスプレになっただけなんじゃないですか?」

 …と、冷めたコメントをするのみだった。

「でも可愛いよ♪」

 ご機嫌のユイリアには、どちらの話も耳には届いていないようだった。そのユイリアとは対照的に、同じく「きらめき学園」制服に着替えたパステルは御立腹だった。

「まったく。「買い取りします」なんて書いておいて私のアイテムが売れないなんて、どういうつもりなのかしら」

「…それは、パステルさんが入った店がゲームショップだからですよ」

 パステルたちの世界では、どの店でも、全てのアイテムが買い取ってもらえる事が常識だった。勿論、こちらの世界では通用しない。

 他にもパステルは、「扉に鍵がかかってなかった」から従業員用の扉を開けてしまい怒られたりもしていた。

「まぁいいわ。とにかく目立たないよう服も変えたことだし、マルスを探しに行きましょう」

 パステルは気を取り直して、といった表情で頭を切り替える。いつまでもこうして買い物に興じているわけにもいかないのだ。

「それで、どうやって探すつもりですか?」

「そうね…、まずは街の人に聞き込みからかしら?」

 …パステルの言葉に、一抹の不安を覚えるアリスだった。


  *    *    *


 傾いた日差しが窓から差し込み、廊下をオレンジ色に染めている。壁際の椅子に腰掛けながら、佐々木警部は残っていた缶コーヒーを一気に飲み干した。勤続三十年のベテラン警部であり、部下にも慕われこの秋葉原を何十年も見守ってきた男だった。そんな彼が渋い顔をしている理由は、先ほど銃刀法違反で捕まったある男だった。

「佐々木警部。結果出ました!」

 と、そこへ部下の小林が封筒を持ち報告にやってきた。

「おぉ。で、挙がったかい?」

 佐々木は気さくに片手を上げ部下を迎える。

「それが…。薬・アルコール共に反応なしです」

「…やっぱりそうか」

 佐々木は溜め息交じりに小さく呟いた。予想通りの結果ではあった。あの男の眼はドラックやアルコールに乱された輩の「それ」とは違っていた。根拠は無いが、長年の刑事としての勘というやつなのだろう。

「あぁ~、なんつったか。マルス…」

「マルス・アレグヴァル。十八歳です」

 マルス・アレグヴァル。それが今、佐々木を悩ませている男の名前だった。取調べ中もしきりに「魔王を倒すために旅をしている」だの、「自分は勇者だ。仲間が心配している」だのと繰り返し供述する彼に、最初は「虚構と現実の区別がつかなくなった男」だと思っていた。しかしそれでも真剣そのものな男の瞳が、警部の中の何かを揺さぶっているのかもしれない。

「小林よ。あぁいうのが「ゲーム脳」ってやつなのかね? ゲームと現実がごっちゃになっちまうって言うがよ」

 調書を見返しながら部下の返答を待つ。

「そうですね。最近の若者はゲームだなんだって、のめり込み過ぎなんですよ。自分の若いころなんてスポーツに汗を流したものです!」

 …聞く相手を間違えたかもしれない。

「実はうちの娘も最近そっちの、ゲームが好きみたいでよ。よくやってる様なんだが…」

「警部の娘さんがですか?」

「あぁ。うちのもいつか「ゲーム脳」とやらになっちまうんじゃないかってな」

 そこで佐々木は大きく溜め息を吐いた。秋葉原という勤務地故か、一人娘のことが心配で仕方なかった。

「警部。そういう時には娘さんと一緒にジョギングでもして、いい汗を流せばすぐにそんな悩みもぶっ飛びますよ!」

 …やはり聞く相手を間違えたな。佐々木は苦笑いだけを浮かべ、コーヒー缶をゴミ箱へ投げ捨てた。


  *    *    *


「ちょっと、そこの貴方。聞きたいことが…」

「すいませ~ん、あの…」

 歩行者天国の真ん中で、パステルとユイリアは人混みに揉まれていた。マルスの情報を聞き込みしようと人気のありそうな大通りまで出たはいいが、道行く人に話しかけても、まったく相手にしてもらえなかった。

「―アリスさん。あの、あれって何かのお店の呼び込みだと思われてるんじゃないですか?」

 ボブがアリスにだけ聞こえる声で呟いた。

「私もそう思います。あとはキャッチセールスか宗教だと思われているんでしょうね」

 そう思うなら二人に直接言えばいいものを、アリスは少し距離をおいた場所に座って黙って見つめたままだった。


 聞き込みを始めてから早数分。未だに誰一人として立ち止まってはくれていない。

「あの~。ちょ、ちょっといいですか…」

 諦めかけていたところに向こうから声をかけられ、ユイリアは声の主に満面の笑みを浮かべ振り向いた。

「あ、あの。それ「きらメモ」の遥タンのコスですよね。写真撮らせてください!」

「…え?」

 二人に声をかけてきたのは小太りの男で、リュックからカメラを出して構えている。ユイリアが困惑していると、いきなりフラッシュが焚かれ写真を撮られてしまった。

「すいません。こっちもお願いします」

「こっち目線もらえますか?」

「ポーズとってもらえません?」

 一度撮影されてしまうと、それがスイッチだったように次から次へとカメラ片手に男性が群がってきていた。

「ちょっと貴方たち。やめなさい!」

「あ、こっち目線いいですか~?」

 パステルが止めに入ろうとするが、被写体が増えただけだった。

「…完全に路上撮影会になりましたね」

 アリスは「やっぱりか」と言いたげに、ため息をついた。

「アリスさん、助けてあげないんですか~?」

「嫌ですよ。面倒くさい」

 アリスは完全に傍観者を決め込むつもりだった。と言っている間にもユイリアとパステルの周りには、既に黒山の人だかりが出来ていた。

 と、その時ピピー!という笛の音と二人組みの男性が近づいて来た。

「おい君たち! 大通りでの撮影会や演奏は禁止されてるぞ! 直ちに解散しなさい」

 警察官だった。相手が警察だとわかると、カメラを構えていた男性は蜘蛛の子を散らすように足早に立ち去ってしまった。警官二人組みは残されたユイリアとパステルに近づき、注意した。

「大通りでの撮影会は禁止されてるのは君たちも知ってるでしょ? 次からは注意してね」

「ぁ…。はい…」

 二人は呆然となりながらも、うなずき返した。

「あぁ、あと。さっきこの辺で危険物を所持した男が出没してるから、女の子だけで来てるのなら注意して歩きなさい」

 それだけ言うと、警官二人はもと来たほうへと帰っていった。歩きながら、

「まったく、自称勇者にも困ったもんだな。巡回強化だとよ」

 と、話している。その会話を聞いていたユイリアが、何か思いついたらしくパステルに耳打ちした。

「…。パステルちゃん、自称勇者って…」

「まさか、マルスのことかしら?」

 二人の予想は見事的中していた。


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