1章(3)
「あ、ありえないわ」
身体をわなわなとふるわせながら、あたしは呟いた。
ステータス――オールウィン大魔王:Lv99 体力99999/99999 魔力9999/9999 物理攻撃333333 魔法攻撃333333 物理防御150000 魔法防御150000 力9999 知能9999 速さ9999 精神999
ステータス――サンタ:Lv1 体力1/14 魔力1/12 物理攻撃8 魔法攻撃10 物理防御3 魔法防御4 力1 知能1 速さ1 精神2
「ゆ、勇者にこかされただけであたし瀕死になってる!」
「ふむ」
「ふむじゃないわよ! あんたのせいであたし死にそうになってるのよ! どうしてくれんのよ!」
勇者は相変わらずあたしの首に腕をからめ、あたしを無理やり引き摺っている。
「先ほど貰ったあったかぼちゃすーぷでも食べればいいでしょう。何をそんなに怒っているんですか」
「あんたの行動一つ一つに怒っているのよ! ………それにね、RPGで回復アイテムってとっても大事なのよ? こんな序盤で、しかも味方の攻撃によって回復使うなんて、もったいないわよ」
「じゃ、このまま町を出て死にますか?」
「い、いや、それは………やっぱあったかぼちゃすーぷ食べる。だからいい加減首絞めるの止めて」
勇者の腕からようやく解放されたあたしは、貰ったばかりのあったかぼちゃすーぷを眺める。
アイテム「あったかぼちゃすーぷ」を使いますか? ▼はい ▽いいえ
「………ここは仕方ないわよね」
一口あったかぼちゃすーぷを口の中に含むと、身体がポカポカと温かくなった。甘くてなめらかなあったかぼちゃすーぷは、いくらでも飲めそうなくらい美味しかった。
あたしがあったかぼちゃすーぷを飲んでいる間、勇者ずっと器を持つあたしの手を見ていた。
「………サンタさん、その、手作り感たっぷりの花の指輪は………」
「ん? ああ、これ?」
あたしは勇者によく見える様に、左手の甲を勇者に向けた。
左手の薬指。そこには黄色い花のヘリクリサムで作った指輪があった。
これは、あたしの希望だ。
「昔ね、好きな男の子が、イサナがあたしにプレゼントしてくれたの。花が、ある時まで枯れなくなる魔法をかけて、あたしにくれたのよ」
ある時まで。
それは、あたしにとってとても、とても怖い時だ。
「ある時っていつまでなんですか?」
でも、枯れてい無い事は、あたしにとってこの上ない、希望になる。
「枯れなくなる魔法をかけたイサナが、死ぬ時まで。その時までこの花は枯れないのよ。もう長い間会ってないけど、いつか、また、会えるときまで、この花は大事に着けておくのよ」
「……はん、そうですか」
「鼻で笑わないでよ! ふんだ! どうせ勇者は人を愛したことが無いんでしょ! そんなんだから笑えるのよ!」
「そうですね、人を愛したことなんてありませんよ。お金ラブですから」
雪を踏みながら、勇者はバリアの出入り口へと歩いて行く。
「ねぇ、勇者はどうしてそんなにもお金にこだわるわけ?」
勇者の半歩後ろを歩きながら、あたしは訊いた。
「必要だからですよ」
勇者はそれしか言わなかった。
グロリアのバリアを抜け、町の外までやって来たあたしは、町から南東に40歩歩いたところで猛獣に出会っていた。
バトルモード! サンタはお腹を空かせた《ヤマネコ(猛獣)》と対峙した!
バトルモード――バトルモードは、主人公が敵を見つけ敵も主人公を見つけると自動で移行します。主人公だけが敵を見つけている場合、F1を押すことで任意にバトルモードに移行でき、先制攻撃が出来ます。逆に、主人公から見えない位置から敵が先生攻撃をしかけてくるときもありますので、周りには十分気を付けてください。バトルモード中は料理と一部アイテムの使用、《防具》の付け替えが出来ません。
攻撃方法――攻撃方法は大きく分けて3つあり、一つは通常攻撃。一つはスキル攻撃。一つはアイテムでの攻撃です。
通常攻撃――スペースキーまたはエンターキーを押しながらアルファベットキーを押して使う、体力も魔力も消費しない攻撃。一つ一つの威力は低めだが、出が早いものが多い。どれだけ使っても疲れないので、状況をあまり選ばず、たくさん使える。
スキル攻撃――スキル名をローマ字入力することで使うことが出来る。また、クイックスロット(テンキー0~9)に登録していると、テンキーを押すだけで使うことが出来る。体力か魔力あるいは両方を消費する上に、出が遅いものが多いが、威力は通常攻撃よりも数段上で、通常攻撃よりも範囲に優れているものも多い。一気に勝負を決めたいときに使おう。
アイテムで攻撃――アイテムウインドウまたは装備ウインドウからアイテムを選んで使う。使う攻撃アイテムによって効果が異なる。癒しの風ならヒールの効果が、天罰の実なら《ホーリーアロー》の効果が得られる。即効果が得られるが、使ったアイテムは無くなる。一部アイテムは無くならない。主人公の花の指輪も攻撃アイテム(非消費)なので、試しに使ってみよう。
「この花の指輪もそうだったのね。よし、使ってみるわ」
サンタは花の指輪を使った!
花の指輪がキラキラと光る………サンタに《オートリカバリー》がかかった!
「……オートリカバリー?」
「あー、オートリカバリーですか。中々珍しいですね」
一歩身を引いたところに座り込んでいた勇者が呟いた。
座り込んでいるってことは、勇者は戦わないつもりなのだろうか。
「オートリカバリーは自動的にマイナスになる状態異常を解除してくれる魔法ですよー。中毒とか麻痺とか、混乱とか、バトルモード入ってすぐにかけると有利ですね」
「へぇ、勇者なだけあって魔法には詳しいのね」
長い間この指輪を付けていたが、そんな効果があるとは知らなかった。
もしかしてイサナは、あたしのことを考えてこの魔法をかけてくれていたのだろうか。そもそもイサナは、そんな効果があったことを知っていたのだろうか。
「とりあえずヤマネコをやっつけてみようかしら。今のところスキルはまだ何もないし……スペースキーかエンターキーを押しながらアルファベットキーを押して通常攻撃で攻撃するしかないわね」
いくらひ弱なあたしだって、ヤマネコくらいになら勝てるはずだ。
適当に、魔力で作ったナイフで切りつける《マジックナイフ》を使う。ヤマネコは「ミギャア」と鳴いて、背を向けて逃げ出した。
サンタは戦闘に勝利した。
経験値が1上がった。通常攻撃《マジックアロー》が使えるようになった。ヤマネコの爪を手に入れた。
「お? 通常攻撃も増えていくのね。そうね、接近戦ばっかりだと不利になるかもしれないし、魔力で作った矢を相手に飛ばしてもいいわね。よし、次はそれを試してみよう!」
「…………サンタさん、魔力の扱いが《魔族》並みに巧いですね?」
勇者の一言で、冷や汗が全身から吹き出した。
(ま、ま、まさか、あ、あたしが《魔族》だってば、ばれた? そ、そりゃ普通に考えればおかしいわよね! 通常攻撃でいきなり魔力で作ったナイフを使うなんて、相当の手練れの成すことっていうか! 《人間》がそんなことしているところなんて、見たことないわ! せいぜい勇者が使ったライトエッジくらいよ!)
墓穴を掘ったかもしれない。
自ら《魔族》だと、名乗ったようなものかもしれない。
怖くて勇者の方を見ることが出来ない。
首の後ろに、暖かな何かが当たる。
「きゃあああああ!」
あんまりにも怖かったあたしは、思わず叫んだ。そしたら、勇者に口をふさがれた。
「何ぼーっと突っ立ってんですか。アララ森に行きますよ」
勇者は再びあたしの首元に腕をからめ、半ば首を絞めながら引き摺り始めた。
「…………あれは、サタン様?」
二人の去り往く後姿を見て、一人の男が呟いた。
「………勇者め、サタン様に何をするつもりだ」
かさかさと、呟く男の頬を足の長い蜘蛛が這う。