1章(2)
やばい、やばいやばい、やばい。非常に、やばい。
「いや、やめて! マジで勘弁して! ちょ、マジで頼むから!」
あたしは必死に声をあげながら、全身全霊を込めて抵抗をしていた。
何に抵抗をしているかと言うと、勇者にがっしりと右手を掴まれていて、これを引き離そうと暴れているのだ。フードを被っている上に、大した魔力も持っていないので、まだ《魔族》とはばれていないが、これはかなりまずい状況だ。
あたしの右手には、ライトエッジによって出来た火傷のような擦り傷があった。
初めに言っておくと、《人間》達の治療と言えば《ヒール》と言う光属性の魔法。勇者達《人間》は光属性なので問題はないが、あたし達《魔族》は闇属性をもっていて、光属性の魔法であるヒールなんかかけられてしまうと逆にダメージを喰らってしまう。
で、何故それを今言ったかと言うと。
勇者はあたしの右手の傷を治すつもりらしい。
「治療中なのに動かないで下さいよー、手元が狂ってうっかり貴女の首を落としちゃうかもしれませんよ?」
「手元狂って首落とすってどういうことよ! あんた治療するのに何使う気よ!」
もしかしてあたしが《魔族》だって、分かっているのだろうか。と言う考えが頭に浮かんだ。
だったら、今すぐにでも逃げないとやばい。殺される。なんて考えている間に、勇者はあたしの右手に包帯を巻いた。
「はい、手当て終わりましたよ」
綺麗に巻かれた包帯を見て、心底安心すると同時に、驚いていた。《人間》の手当と言えばヒールだと思っていたが、そんなにほいほいと使う物ではないらしい。
とりあえず、あたしが《魔族》だとばれていない内にお礼だけ言ってこの場を去ってしまおう。
「あ、ありが」「二万ピーン」
勇者はあたしの言葉をさえぎり、手のひらを上にして、あたしに向かって差し出した。
「はい?」
にこりと笑いながら手を出してくる勇者に、何を求められているのか分からず首をかしげる。
「ですから、手当て代と人助け代に二万ピーンですっ。毎度あり」
「えっ?」
一瞬、何を言われているのか、勇者が何を言っているのか理解できなかった。
手当て代? 人助け代? 代? ああ、代って、代金のことか。え、代金?
「……えぇぇぇえぇぇ? ゆ、勇者なのに、人助けてお金取るの?」
「まあ、人助けもタダじゃないんでー。包帯代とか、魔力代とかかかりますんで。助けたからにはお金貰わないとー」
なんともけだるそうに、勇者は言った。
これ本当に勇者なのか。これは本当に勇者なのか。勇者と言えばもっとこう「悪は絶対撃ち滅ぼす!」とか「困っている人が居れば助けるのは当然です」みたいな人じゃないのか?
想像していた勇者とはぜんぜん違う、現実主義な勇者にあたしは戸惑っていた。そして勇者は、伸びた兵士達にヒールをかけながらとんでもないこと言い出した。
「金が無いなら身体で払え」
「えっ?」
「だから、金が無いなら身体で払えって言っているんです」
あたしは思わずエッチなことを想像し、自分の身体を抱きしめる。
「ま、まさか、そ、そんな、そんなこと! あ、あたしには、お、想い人がいるし! その、いくら助けてもらったからって、身体は!」
幾らなんでも身体は売れない、と言う意思を伝える。すると勇者は汚物でも見た様な顔をして言った。
「身体なんか抱きしめて、どこの乙女ゲーの展開ですか。これはただのアクションRPGですよ。俺はガキには興味ないんで、働いて金払えって言っているんですー」
「そんなあからさまに嫌そうな顔するな! それから、あたしはそこまで子供じゃないわ!」
そう言う意味で言っているわけでは無い事に少し安堵しつつ、追加で少なくともあんたよりか数十年年上だ、と心の中で叫んでやった。実際は言わない。そんなこと言ったら、自分が《魔族》だと言っている様なものだ。
「兵士さん、これはただのガキもとい可愛らしい子供ですよ。悪気があったわけじゃないので見逃してあげて下さい」
勇者は営業スマイルを浮かべながら、起き上がった兵士たちにそう言う。
「あぁ、これは勇者様とは気付かずとんだご無礼を! いやはや、町の子供でしたか。勇者様がそうおっしゃるなら間違いないのでしょう。君、間違えてすまなかったね。これはお詫びだよ」
そう言って、《薬草》×5をあたしに渡し、兵士たちは城の方へと戻っていった。
「追加料金一万ピーン」
「はぁ!?」
「兵士の誤解を解いてやったから追加料金ですー。しめて合計三万ピーンです、毎度ありー」
三万ピーンと言えば、一般市民が一ヶ月暮らすのに必要な金額だ。そんな額をあたしが持っているわけも無く、そもそも金額以前に《魔族》が《人間》の通貨を持っているわけがない。
「支払期間は特に設けませんので安心して下さい。ああ、でも、逃げられても困るんで、一緒に来てもらいますか」
「ちょっと待ちなさいよ! 勝手に助けて金払えって、流石に横暴過ぎるでしょう!」
当たり前の文句を口にすると、勇者は笑顔のままこちらを見た。
間。
「いやぁあぁ! ちょ、ま、待って、マジで待って! 刺さる! 刺さるからちょっと待ってってばぁ!」
「お金払わない奴を助ける理由も無いんで、金の切れ目が縁の切れ目です」
面倒くさそうな、かったるそうな声で言いながら、勇者はあたしを人気のない通路の壁に追いやり、あたしの首元にライトエンチャントのかかった切れ味抜群の大剣を突きつけていた。
光属性は本当に駄目だって。聖水をかけられただけでも、あたしは死ねるんだから!
流石にこんなことで殺されてはたまらない。あたしには、イサナとの約束があるのだから。
「ま、まって、払う! 代金はきっちり払うから! だから命だけは!」
「あ、そうですか? すみませんね、態々助けたからってお金なんか頂いて」
あたしがそう言うと笑顔になり、目にもとまらぬ速さで大剣を鞘へと納めた。
どう考えてもこれは恐喝だ。
こんな勇者、ありえない。どうしても納得のいかないあたしは、一番確かめたいことを、相手を刺激しないように敬語で尋ねた。
「あ、あのぅ、失礼ですけど、勇者様ですよね?」
「ええ、そうですよ。……! そう言えばまだ名乗っていませんでしたね。俺は第八代目勇者のオールウィン大魔王です」
「勇者なのに大魔王? あんた本当に勇者?」
国王は何を考えているのだか。こんなおっそろしい奴なんか勇者にして、もしかして物凄く人手不足なのだろうか? それともこいつは、性格云々を差し引いてでも勇者にしたいくらい強いのだろうか?
そう考えながらも、やっぱりこいつが勇者はおかし過ぎると思った。
「ところで。まだ貴女の名前を伺っていませんが?」
「あぁ、あたしはサタ―――ンッ!」
途中まで言って、慌てて口を塞いだ。
「じゃない! サンタ! そう、あたしの名前はサンタよ!」
サタン・リーナゼントなんて名乗ったら、あたしが《魔族》だと言っている様なものだ。危ないところだった。
「はぁ、サンタ、ですか。なんだか、返り血で真っ赤なおじいさんみたいな名前ですね」
「サンタって返り血で赤いの? そんなのが家に来たら子供も大人も泣くわよ?」
そう言うと勇者は、はぁ、とあからさまにため息を吐いた。
「さっきから一々五月蝿いんですけど、そのよく回る舌引っこ抜いてもいいですかね?」
べらべらしゃべった拍子に誤って舌を噛み切ってしまえばいいのに、と言われた。
「とりあえず、貴女には俺の魔王退治の旅に付き合ってもらいます」
ぱんぱかーん。勇者のパーティーに入った!
「あれ? 勇者が入ったんじゃなくて、勇者のパーティーに入ったの?」
「そりゃそうですよ。俺の旅に付き合ってもらうんですから。さ。さっそく行きますよ」
「いたっ!」
あたしの右手の包帯を巻いているところを勇者は左手で掴み、引っ張っていく。
「ちょっと、手、痛いんだけど……! そこ怪我しているんだけど!」
「え? 何ですか? お腹が痛い? 生理前じゃないですか?」
「違うわ! 手が痛いって言ってるのよ!」
「ああ、すいません。サンタさんは生理もまだ来てないようなガキでしたね」
「だから違うって!」
光に焼かれた傷口を押さえつけられる痛みに耐える事、100歩。グロリア宿屋前。
「あ、あの、勇者様!」
「よさないか、お前!」
一人の若い女があたしたちの方に駆け寄ってきた。それを止める様に、若い男が女のもとに駆け寄る。
「何でしょう?」
勇者は営業スマイルを浮かべ、女の方に向き直った。
「ああ、勇者様………私の、私たちの娘が……娘が……!」
イベント発生!イベントNo.01「帰ってこない娘」を進めますか? ▼はい ▽いいえ
「あ、イベントが発生したわ。イベントを進めるか進めないかによっても、エンディングに影響があるのよね。えーと、このイベントの詳細は……」
イベントNo.01「帰ってこない娘」――宿屋を営む夫婦の一人娘アリナがグロリア南東にある《アララ森》に行ったきり戻ってこない。勇者様、お願いします。娘を探してきてください。《報酬:100ピーン、薬草×2、一泊無料》
「ふむ、娘のアリナね。これをきっかけに人と仲良くなるチャンスかもしれないわ。ここは《はい》を選択して……」
「人探し一回20万ピーンになります。毎度あり」
「えっ、に、20万ピーン? ゆ、勇者様?」
イベントNo.01「帰ってこない娘」がキャンセルされました。
「ちょっと勇者ぁ!あんた何勝手にキャンセルしてんのよ!」
「キャンセル? そんなことしてませんよ。ただ、労力分の金額を請求したまでです」
「それをキャンセルだと言ってんのよ! もう!」
あたしは勇者と宿屋の女の間に入り、夫婦に向かって言った。
「あんた達、このろくでなしの勇者になんか頼んだら、何もかも終わりよ! どうしてもこの勇者に頼むって言うなら、あたしがあんた達の娘を探してきてやるわ!」
イベントNo.01「帰ってこない娘」が始まりました。
「ほ、本当ですか、お嬢さん。ありがとうございます。本当は自分たちで探しに行ければよかったのですが……アララ森には《魔族》こそ出なくとも、《猛獣》が出ていけなかったのです。猛獣は気が荒いですから、気を付けてください。私達の娘を宜しくお願いします」
「そうだ、これを持って行ってください。宿屋で振る舞っている料理です」
宿屋の男から《あったかぼちゃすーぷ》を貰った。
「薬と料理の違い」――薬草などの《薬》は体力や魔力を瞬間的に回復できるが、回復量は少ない。あったかぼちゃすーぷなどの《料理》は体力や魔力をゆっくりと回復するが、回復量が多い。戦闘中は薬しか使うことが出来ないが、料理には一時的に《ステータス》を上昇させる効果がある。戦闘中は薬、それ以外は料理を使おう。
「ありがとう、美味しくいただくわ」
「アララ森はグロリアの南東にあります。道中では猛獣と《魔族》両方に気を付けてください」
《猛獣》と《魔族》の違い――猛獣は魔力を持たない獣で、体力を0にした時点で貴方の勝ちです。一方《魔族》は魔力を持っており、体力と魔力両方を0にしないと倒せません。《スキル》によっては、体力だけにダメージを与えたり、体力と魔力両方にダメージを与えたり、魔力だけにダメージを与えるものがあります。相手によって使い分けよう。
《スキル》――Lvが上がると自動的に覚えて行ったり、一部イベントをこなすことで覚えることが出来ます。スキルを使うと体力か魔力あるいは両方を消費して、強い攻撃を繰り出すことが出来ます。また、一定の順番でスキルを繰り出すと追加ダメージを与える事が出来ます。
「意外と親切に説明出るのね。まあいい――うわっ!」
何故か、あたしは後ろにこけた。
急にこけたため受け身も取れず、後頭部を思いっきり打ち付けてしまった。
「い、いったー! な、何なのよ………!」
痛みに悶えながら瞳を開けると、勇者があたしを偉そうな顔をしながら見下ろしていた。
まさか、こいつ。あたしをこかしやがったのか。
「大変不本意ですけど、仕方が無いんでアララ森に俺も行きます」
「は? なんであんたまで来るのよ? この話を引き受けたのはあたしよ?」
まず、あたしをころばせた理由はなんだ。
後頭部を押さえながら立ち上がると、勇者はしっかりとした腕をあたしの首にかけ、そのまま歩き始めた。
「うっ! く、苦しい! 絞まってる、首が絞まってる! 勇者待って! 絞まってる!」
「言ったじゃないですか。金払って貰うまでは一緒に居て貰うって。貴女だけ行かせたら、逃げられるかもしれないでしょう?」
そうだった。
ほんの数分の間に、あたしはそのことをすっかり忘れていた。
「娘が行方不明ってのも気になりますし」
おや。
これは意外と、勇者らしいところもあるのだろうか。
「それになによりも、サタンさんだけではアララ森は攻略できませんからね」
そう言った勇者の笑みは、魔王のあたしから見ても悪魔の笑みに見えた。