1章(1)
○NEW GAME ………
しんしんと降る雪が薄らと積もっている。
季節は冬。たき火の前に居ても寒い時期だと言うのに、グロリアの城下町は道行く《人間》の活気であふれていた。
グロリアは《人間》の国であるグロリア王国の中で最も大きな町であり、食べ物に薬草、衣服・防具、それから武器など、《人間》が必要とする物なら何でも揃う賑やかな町である。グロリア王国の象徴は、グロリアのど真ん中に聳え立つ大きな城。この城は《人間》の王である《国王》とその親族が住む城であり、グロリア城と呼ばれている、らしい。
さくさくと、軽い音をたてながら雪を踏みしめる。雪の沈む感触を靴越しに楽しみながら、目の前に建つグロリア城の大きさに、小さく驚きの声をあげた。
「わぁ……」
攻め難そうな城。それがあたしから見たグロリア城の印象だった。
あたしの名前は、サタン。サタン・リーナゼント。名前からお察しの通り、神話などに出てくる魔王であり、このゲームの主人公だ。語り継がれる神話と違うところがあるとすれば、それはあたしの性別が女と言うところだろうか。
見上げた大きな城の高い城壁には、びっしりと同じ紙が貼りつけられていた。
あたしは肌が露出しないように着込んでいたフードとマフラーの間から顔を覗かせ、城壁という城壁に貼り付けられている紙面に書かれていた字を読み上げる。
「〝グロリア国王ロヤルより、本日、魔法暦四六四九年一月一日を以って、以下の者を第八代目勇者に任命する〟」
あたしが聞いた噂は、どうやら本当だったらしい。
先日、魔族との戦争で第七代目勇者が亡くなった。その噂はこの紙を見る限り間違いないが、一週間とたたない内に勇者を決めた事には少しばかり驚いていた。
驚いたとはいえ、勇者が居ようが居まいが、あたしの目的には差し支えも無く、勇者に興味は無いのでその文だけを読んで城の正門へと向かった。
「ここが国王ロヤルの城で間違いないわね。《人間》の町で一番大きいところなんだから、上手くやらないと。これが上手くいけば、《魔族》と《人間》の争いも終わるんだから!」
マフラーを口元まで巻き直し、フードをしっかりと被り直すと城門の前まで歩み寄り、門をくぐろうとした。すると、門番たちはあたしの目の前に槍を突出し、行く手を阻んだ。
「あ、あれっ?」
あたしは目をぱちくりさせ、驚き門番たちの顔を見た。
「通行許可証を提示しろ」
睨むようにこちらを見る一人の門番にそう言われ、あたしは顔色を悪くする。
「つ、通行許可証? な、何よそれ、他の町の長や村の長に会う時には、そんなの要らなかったじゃない。そんなものが要るなんて聞いてないんだけど……!」
今までにいくつもの町の長や村の長に会ってきたが、アポイントが事前に必要だったことは当然としても、長の家に入るために許可証なんてものは求められなかった。国王が町長や町長よりもはるかに偉い何て当たり前のことを、魔王のあたしは良く分かっていなかった。
だからこそ、ここでもあっさり会えるものだと思っていたのだ。
どうするか必死に策を考えていると、城の方から一人の兵士が血相を変えてやってきた。
「た、た、た、大変だあ! 城に魔王の手先である魔物が入り込み、姫様をさらっていってしまった! 直ぐに勇者様に連絡を! それから、怪しい奴はすぐに捕らえ、《魔族》なら始末するんだ!」
そう言われた門番が真っ先に見たのは、あたしの方だった。
(あ、あれ? ちょっと待って。これって、かなりやばい状況じゃない?)
今はフードをすっぽりと被って隠してはいるが、《魔族》の魔人らしく、耳が人よりも尖がっている。それに、よく見れば誰でも気付くが、瞳孔が猫の様に縦長なのだ。
(やばい、捕まれば一発で《魔族》だってばれるじゃん!)
門番はあたしに向かって槍を掲げた。
「このタイミングで来たということは、魔王の手先かもしれん! 捕らえろ!」
目を血走らせながら迫ってくる門番と城の中からやって来た兵士たちに、あたしはすぐさま回れ右をして、背を向け逃げ出した。
「いや、ちょっと待ってあたしは違う! 《魔族》なのはそうだけど魔王の手下じゃない! ていうか、あたしが魔王だし! あぁ、もう! 姫様さらったのは一体どの魔王よー!」
誰かに聞いてもらう訳でもなく、あたしは叫びながら町中を走る。泣きそうになりながら、というか、少し泣きながら姫様をさらったのは一体どの魔王なのか考えていた。
あたしを動かしているプレイヤーの誤解を解きたいので言うが、あたしが姫をさらわせたわけじゃない。
《魔族》にも色々派閥というものがあって、《人間》の町みたいに《魔族》にも町や村の様な縄張りがあり、その縄張りの数だけそこを収める魔王が居るのだ。そしてあたしは規模が最も小さな縄張りの魔王だ。しかもあたし自身は日光に当たるだけで体力を削られ、光属性で清められたお守りなんかで簡単に怯んでしまうくらい、それくらい非力な魔王である。
それでも人の街にやってきたのは、あたしは他の魔王みたいに《人間》と殺し合いがしたいのではなく、《人間》と仲良く。つまり、共存したいからである。
その為の話し合いがしたくて、このグロリアにも、国王のもとに訪れたのだ。
まあ、今までに行った町や村の長はあたしが《魔族》だと分かるや否や殺そうとしてきたので、共存の話どころではなかったのだが。
だからこそ、国王の居るグロリアでは失敗したくなかった。
「でも、でもこの状況で、あたしはいい魔王です、信じて下さい、何て言って信じて貰えるわけないでしょー! 姫様をさらった魔王のばかぁー、うわーん!」
本当に泣きたい。どうしてこんな目に遭わなくてはいけないのか、本当に泣きたい。というか、さっきから泣いている。大人しく自分の城に引きこもりたくなってきた。他の魔王達みたいに、《ワープ》でも使えればよかったのだけど。
「誰か! 誰かそいつを捕まえてくれ! そいつは《魔族》かもしれん! 捕まえてくれ!」
逃げるあたしの後ろを追いかけてくる兵士が叫び、町中は軽いパニックになっていた。
「魔族だって!」若い女が叫んだ。「やばいよ、殺されるよ!」それに続き、青年が叫ぶ。「誰か捕まえてくれ!」と、兵士は周りに声をかけ。「えーん、えーん、こわいよー」それを聞いた子供が泣き始め。「こっちに来るわ!」と、歳を取った女が戦々恐々とした表情で言った。
城から遠ざかるように逃げていたあたしは、グロリアから郊外へ出る為に広場を走っていた。
確かこの町から出るには、この広場を真っ直ぐ行って、それから西の方に行けば《バリア》の出入り口があったはずだ。
バリアは《人間》が使う防御魔法だ。人が住んでいる町や村には大規模なバリアがかけられており、一定の入り口から出なければ出入りが出来ない。いざと言う有事の時には、一切の出入りを封じれ、《魔族》からの攻撃を防ぐことが出来る。
広場を抜け、西を目指して右に曲がったところで、数十メートル先を藍色の髪に左胸だけを覆う軽い鎧や薄い手甲、背に大きな大剣を担いだ若い男が通っていくのが見えた。
(あれ?)
若い男がこちらを向いていたら、多分気付かなかっただろう。
(えっ? あれって、まさか!)
あたしは《人間》よりも遠くまで見ることの出来る猫のように鋭い瞳で、若い男の頭に付いていた銀の頭飾りを見つけた。
(銀の獅子の頭飾りってことは、あれってば、やっぱり勇者!?)
後ろからは槍を掲げた兵士。目の前には勇者。そしてあたしはひ弱な魔王。これは、終わった。
「そこの君! そのフードの奴を捕まえてくれ! 魔王の手先かもしれんのだ!」
叫んだ兵士達の声に気付いた勇者は、こちらを見つけると背に担いでいた大剣を鞘から抜いた。そして、あたしには見えた。この上ないほど、極上の喜びを味わっているかのように、何とも楽しそうに、嬉しそうに、にっ、と勇者が笑うのが。
「せいっ!」
声と共に振り下ろされた大剣から真っ白な剣圧が光り放たれる。光の魔法剣、基本技《ライトエッジ》。剣に《ライトエンチャント》で光属性を付与し、剣圧と共にかかった光属性魔法を飛ばす基本で初歩的な魔法剣技。
(あぁ、あたしの人生こんなところで終わるなんて。約束守れなくてごめんね、イサナ!)
ひゅっ、と光属性独特の嫌な気配があたしの横を掠め通っていった。
「あれっ?」
自分に当たらなかったことに驚きながらも、すぐ脇を見るとライトエッジが通った跡があった。あたしを狙ったんだ。そう思うと引きつった表情のまま、瞳に涙がたまる。さっきから、あたしって泣いてばかりだ。そんなことを考えながらライトエッジの跡をたどる様に目で追うと、目をバッテンにしながら伸びている門番たちが転がっていた。
「あ、いけねっ。間違えちゃった、てへっ」
勇者は何とも態とらしくそう言うと、悪巧みしている様に笑いながらあたしを見ていた。
これが、魔王と勇者の初めての対面だった。
(オープニング終了)