30話 マリーの修行、弱点を克服せよ
「正直に言うわ。あのときは押し返された時に負けると思ったの」
「マリーの心が先に折れていた。それは俺にも伝わってくるくらいだったよ。だが、あの戦いは実際賭けだった。あのままマリーの加護が発動し続けたら、俺は負けていたかもしれない」
「……そうなの?」
レルゲンが力強く頷く。
加えて伸び代があることを伝えた。
「それにマリー、あのときは剣にあまり魔力を付与していなかっただろう?」
「そうね、剣術だけに頼っていたわ」
「その魔剣は魔力量の強化もされるんだろう。せっかく魔術適正がAなんだ。もっと剣に魔力を込めて戦えるんじゃないのか?」
「……無理よ」
ん? とレルゲンが首を傾げる。
ここで躓くとは思っていなかったようだ。
「私、魔術適正は高いけど、魔力量は少ないのよ。だからあの時だって、剣に魔力自体は流していたわ」
「……なるほどな」
ここまで聞ければ十分と言いたげに、レルゲンがマリーの強化方法を告げる。
「よし、マリーの修行は魔力の効率的な運用じゃなくて、魔力の絶対量の上昇だな」
「簡単に言うけど、それができるならとっくにやってるわ」
「簡単さ。マリーには何回もマインドダウン状態になってもらう」
マリーの顔が一瞬にして青ざめる。
マインドダウンは本来避けるべき症状だが、恩恵もある。それはマインドダウン状態になり、体内の魔力がゼロになった時に発生する“器の破壊”。
身体が怪我をしたときに、より強い組織へと修復するのと同じ。破壊された器を治すときに、より多くの魔力を蓄えられるようになる。
幸いこの土地には地脈も通っている。
器の修復自体はすぐにできるはずだ。
あとはマリーがマインドダウンによる、強烈な倦怠感に耐えられるかどうかだ。
「どうする? 止めとくか? 他にも色々とあるが、最短の道はこの方法だ」
「やって……やってやろうじゃない!」
「よし! その言葉を待っていた! それじゃ早速始めよう。魔力を全開で解放してくれ」
マリーが意識を集中し、目を開くと体外に魔力が一気に放出される。
マリーの魔力量は確かに少ない。
その少ない魔力量でやり繰りしようとしていたのもわかる。
だが、それでは無意識に力を抑える癖がついてしまう。
それでは、いざ全開で戦うときに全力を出しきれない。
日頃から力を解放することは大事なことだ。
およそ剣による稽古で、一合打ち合うのに満たない辺りで、マリーがマインドダウン状態になって地面に倒れ込む。
「もう……無理だわ。立てない」
破壊された魔力の器は、地脈のおかげもあって急速に回復しようとしている。
そしてここでレルゲンの魔力糸がマリーに繋がれ、純粋な魔力を流し込んだ。
器が破壊されている状態のため、ほとんど体内に吸収されることはないが、魔力の回復速度は飛躍的に上昇するはずだ。
昔、魔法の使い過ぎでマインドダウンになった時に、よくナイト先生がこうして魔力を送ってくれていたな――とレルゲンは少しだけ昔を懐かしむ。
すると、マリーの器の修復がすぐに終わり、マインドダウン状態からも脱却したことをレルゲンがすぐに見抜いた。
「二回目行くぞ」
「もう!?」
悲鳴混じりの突っ込みが入るが、素質が高い分、回復速度もまた早い。
「魔力は戻っているぞ、頑張れ」
「あぁあ!! 私は強くなる、強くなってやるわ!」
「その意気だ」
再びの魔力解放。
二回目は一回目よりも早く魔力が尽きる。
これに不満を感じたのか、マリーが文句を零した。
「最初よりずっと早く魔力が尽きたんだけど? このやり方で本当に合っているの?」
「合ってるぞ。最初より消費する魔力量が増えて、治った器の上昇量を上回っただけだ。魔力量の増加を実感するのは二、三日後ってとこだな」
「はぁ……こんなに時間が短く感じるのは久しぶりだわ」
「ほら、魔力送っとくぞ」
「ありがとう。あなたは私より適正が下なのに、魔力量は本当にとんでもないわね」
「それが取り柄だからな」
昼の時間までに四回繰り返されたマインドダウン状態に、マリーは耐え切った。
これにはレルゲンも少し驚く。
「まさか四回も耐えると思わなかったよ。本当によく頑張った。今日はこれくらいにしておいて、後はセレス様が来るまで休んでくれ」
「そうするわ……はぁ、疲れたぁ……」
もう無理と言わんばかりの仕草を見るに、本当に根性を出して頑張ったのだろう。
タオルと水を渡してレルゲンも地面に座る。
芝の香りが包み、気持ちがいい。
横になっているマリーは、疲れ果てて寝てしまったようだ。
セレスティアが歩いてくる。
何冊か魔術書を持っているので、念動魔術で受け取る。
「ありがとうレルゲン。あら?」
「すまないセレス様。マリーが予想以上に頑張って、疲れて寝てしまった」
「良いのですよ。では、マリーが起きるまで、付き合ってくれますか?」
「仰せのままに」
午後は魔族の尋問に行くつもりでいたが、セレスティアの誘いとあってはレルゲンは断れなかった。
中級魔術は火しか使えないレルゲンにとって、セレスティアの講義は半分くらい理解できないものだった……。
「レルゲンは実技が素晴らしいのですが……やはり感覚派なのでしょうか」
「それ、前の先生にも言われたことがありますよ。恐らくその通りで、感覚的に使っていることが多いです。ですので、マリーには自分の教えられない高位魔術についてお願いしたいです」
「レルゲンにもできないことがあるのですね。少し安心しました。何でもできる完璧な印象がありましたので」
「買い被りですよ。俺にだってできないことは沢山あります。戦闘以外は特に」
「ならそちらも手取り足取り教えて差し上げましょうか?」
「遠慮させて下さい……」
お互いに笑い合う。
もし自分に姉がいたらこんな感じなのだろうかと、レルゲンは考えるのだった。
修行二日目。
やはりと言うべきか、マリーの最大魔力量が増えてきた。
一度目は昨日より、二度目はそれよりも長い時間を魔力解放できるようになっている。
マリーもそれを実感できたのか、最大魔力量が増えてから一度に放出する魔力も、回数をこなすたびに増えていく。
魔力量の問題が解決できれば、後は実戦による自信だ。明日にはレルゲンとの立ち合いを始めても良い頃合いかもしれない。
四度のマインドダウンが終わってから、昨日は疲れ果てて寝てしまっていたが、今日は顔色こそ悪いものの、何とか気を失わずに済んでいる。
辛いのは今日までだろう。
明日からは、セレスティアの授業も問題なく受けられるはずだ。
マリーと別れ、セレスティアに後をお願いするよう頼み、レルゲンは魔族を捕らえている牢屋へ向かった。
まだ生かされていたか――レルゲンの中で同情と怒りが混在する。
牢屋に繋がれた男性型の魔族には、装着者の魔力を拡散させる魔道具が付けられている。
これで今も魔族が大人しくなっているというわけだ。指揮官の魔族はレルゲンが魔石ごと切り刻んだが、この魔族で少し試したいことがあった。
黒龍の剣で魔族の核である魔石付近を切断し、魔石が露わになったところで念動魔術を使い魔石の位置を強引にずらす。
出てきた魔石を今度は削るように一部切り取り、経過を見る。
すると魔石が元に戻ろうと修復を始め、少しの後に元の大きさへと戻った。
魔石の修復が終わると、今度は切られた身体の組織が回復を始める。
魔石を削った直後に魔族は意識を飛ばしたが、
身体の修復が終わったと同時に意識が戻る。
削り取った魔石は、そこから第二の魔族が誕生するわけでもなく、高純度の魔石として成立している。
身体の組織を再生させるのは魔石の能力ではなく、魔族の身体の特性そのものだ。
魔石は、その再生能力の強化に当てられているに過ぎないと、レルゲンは仮説を立てる。
命乞いをしていたようだが、これまで魔族に奪われてきたものを思えば、レルゲンの耳には全く届かない。
いくつか質問を投げかけたが、会話がほぼ成立せずストレスが溜まっていく一方。
レルゲンはこれだけ知れれば十分とばかりに牢屋を後にし、研究所にいるカノンの下へ向かう。
植物園に到着すると、草花の香りが鼻を抜ける。
先程の溜まったストレスが薄れていき、カノンが優しく迎え入れてくれた。
魔族とのやり取りをカノンに説明し、魔石の鑑定を頼むと快く引き受けてくれた。
「それにしてもレルゲン君。結構恐ろしい事を平気でやってくるね」
「ええ、魔族には個人的な感情もあるので、あまり気になりません」
「ふむ、私怨か。まあ私は研究が捗るから気にしないけどねー。君がやってくれないと魔族の魔石なんてまず手に入らないだろう。魔石自体が増幅器と仮定すると、対策もいくつか用意出来そうだしね」
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