10話 第三王女、マリー・トレスティア
「「……!!」」
お互いに戦闘を瞬時に中断し、何が起きているのか周囲を見渡す。
レルゲンはこの感覚を記憶していた。
これはユニコーンの時とは種類が違う。
だが、術者は同じ奴だな。
魔法が飛び交う中で撒かれた魔力を使って、また魔物を召喚するつもりか?
生憎、それならもう対策はある。
レルゲンが右手を空に掲げ、自身の知覚範囲を広げる。
魔力糸なしで念動魔術を発動したことはない。
闘技場の環境を取り巻く魔力を一点に集めるべく、イメージだけで操作を試みる。
だが、レルゲンの思い通りにはならなかった。
念動魔術は発動した感覚がある。
一瞬だが、周囲の魔力を押し固めることもできた。
しかし、魔術の継続ができない。
これは、消滅魔術か……!
消滅魔術とは、魔法・魔術の発動を検知した段階で、効果自体を消滅させる魔術だ。
似た効果で、ディスペルマジックという魔術自体をキャンセルさせるものもある。
手軽さで言えば魔術の看破が必要ない、消滅魔術の方が準備に時間がかかることを除けば、取り回しがいい。
しかし、こんな秘術と同程度の難易度を誇る魔術は、扱える人物など世界でも数えるくらいしかいない。それは、世界でも使い手が二人といないユニーク魔術に近い。
ここでレルゲンは、初めて事の重大性に気づく。
どれだけ無関係の市民を巻き込んででも、消したい奴がこの中にいる……!
足に魔力を込めて垂直跳びをして、周囲を確かめる。
念動魔術による空中浮遊は、消滅魔術によってすぐにキャンセルされる。
しかし落下を始めるよりも速く、念動魔術を再度発動。
再度、念動魔術の消滅。
再度、念動魔術の発動。
この消滅と発動を高速で繰り返し、空中浮遊を維持する。
始めに魔力を集めようとした方法を思い出し、
空中の魔力の流れを掴み、消滅魔術の魔法陣がある位置を逆探知する。
一、二、三、四……五個だな。
五つの魔法陣が星形を描くように配置され、それぞれの頂点から魔力を吸い上げている。
観客はまだ、彼女との戦闘の最中でレルゲンがルール違反をしたと思っている。
大会運営に用意されている椅子が集まる天覧席に移動するが、一歩遅かった。
黒衣のフードに身を包んだ連中が、短剣を片手に主催者たちを人質に取っている。
用意周到の敵だ。恐らく短剣には毒が塗られているだろうと想像できた。
レルゲンは敵の持っている毒武器を魔力糸無しで操り、所持者自身へ向けて刃先を強引に向かわせた。
焦る声を上げながらも、力を込めて抵抗したが、抵抗も虚しく、毒武器は自らの首へ突き刺さった。即効性の毒のようで、黒衣の集団が苦しむように、もがきながら泡を吹いて倒れ、息絶える。
「おかげで助かった」
「切られていないか?」
「ああ、大丈夫だ」
「そうか、ならここからでいい。大会の中止を宣言してくれ。誰が本当に狙われているかまではわからんが、まだ敵がどこかに潜んでいる」
「わ、わかった……すぐに場内放送を行うよう、放送席に手配する」
「その放送室とやらは、本当に無事なのか?」
「まさか、そこまで敵が侵入しているというのか……?」
「可能性はある。この闘技場にはすでに魔法陣が仕掛けられている。ユニコーン騒ぎと同じ奴が仕掛けた消滅魔術だ。
「消滅魔術!? でも君は今魔術を行使して……いや、そんな前から敵が入り込んでいたのか……」
うろたえる大会主催者は、懸命に方針を考えるが、答えは出てこないようだ。
「とりあえず今は避難が先決だ。放送室の他に方法はないのか?」
大会主催者は俯きながら
「申し訳ない……私はどうしたら……」
「そうか、なら避難はこちらでやる。あんたらは先に逃げてくれ」
「しかし……い、いやわかった。この件が片付いたら、何か礼をさせてくれ」
「未来を語るにはまだ早いようだぞ」
倒れた敵の毒武器を拾って、主催者へ襲い掛かる影が一つ。新たな敵は、黒衣のフードを被るわけでもなく、大会運営者の一人だった。
新たな敵を念動魔術の重ね掛けで停止させる。
「くそぉ! どうして体が動かない! 魔術は封じたはずではなかったのか!」
「こんな風に、内部に入り込んでいることも考えた方がいい」
「どうして、あなたが……」
他に敵が入り込んでいないか目に魔力を集中させ、全員から滲み出る魔力の揺らぎを見るが、逃げようと考えている者はいない。
他に敵は……いないな。
「それで、こいつはどうする?」
「拘束してくれると助かる」
「拘束は無理だ。気絶させるから、後はそっちで好きにしてくれ」
念動魔術で拘束していた敵の鼻と口周りの空気を固定する。次の瞬間、呼吸ができなくなった敵は、白目を剥いて脱力状態になった。
素人目には、勝手に敵が白目を剥いたように見えるだろう。
驚きつつも、レルゲンの魔術によるものだと納得する主催者一同。
すると、いい加減痺れを切らしたのか、大きな声で彼女が文句を投げかけてくる。
「ちょっと、いつまでそこにいるのよ!」
「じゃあ、後はこっちで何とかする。あんたたちは自身の安全だけを考えてくれ」
主催者が足早にその場所を後にするのを見届けて、金髪の彼女の元へと降りる。
「あなたは魔術が使えるの? 私はこの通信装置が使えないんだけど」
彼女が差し出したのは遠隔地との通信が可能になる魔道具。これを換金すれば、中央王国でも一等宿泊施設に十日は遊びながら泊まれる価値がある。
「ああ。俺は例外で使えると考えてもらっていい。それよりも、今俺が得た情報を伝える。一度で覚えてくれ」
観客からは依然として文句を飛ばしてくる人もいるが、何かおかしいと感づく観客もいた。
会場がざわめき始める。
「俺は仕掛けられた魔法陣を確認してくる」
「……待って」
その場を足早に後にしようとするレルゲンに、彼女は小さく、それでいてはっきりとした口調で告げる。
「私はマリー。中央王族機構の第三王女。王位継承権二位、マリー・トレスティア」
「第三……王女!?」
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