第8話 気に入らない
ふう、っと俺は一人、部屋で溜息を吐く。
まだ終わっていないが、今日一日、とても長く感じた。
こんなにも公爵と会話をしたのは、初めてかもしれない。いや、初めてだ。
最初はビビりまくっていた俺も、かなり公爵との会話にも慣れてきた。
しかし、実娘を何だと思っているのか、国政の道具としか思っていないのかと。思い出しただけでも胸糞悪く両拳に力が入る。怒りに似た感情が沸々と沸き上がってきた。
「ああああああ!! ムカつく!!」
と俺は目の前のテーブルをドンドンと叩き、大声を出した。しかし、そんな事も言っていられない。
クリスティーン嬢を他国、ましてやアールムに嫁がせてたまるか、という怒りのようなものが沸き上がる。
「外の空気でも吸ってくるか……」
ここに来てから外に出ていなかった。頭を冷やすためと気分転換に中庭辺りに散歩するぐらいなら問題は無いだろうと部屋の扉を開けた。
扉を開けたとたん、眉間に皺が寄る。扉を開ければ、扉両脇に赤と青の制服の護衛騎士が、背筋を伸ばし、腕を後ろに組んで立っていた。まさか、護衛が廊下に立っているとは思いもしなかった。今まで自分の部屋に護衛が付いたことがないからだ。
迂闊だった。まさか、さっきの叫び声は聞こえていないよな?
俺は二人の騎士の顔色を窺う。二人とも平然としていて、聞こえていないような感じだったが、かなり大声を出したから聞こえていないということはないだろう。
はあ、と肩を落とし諦めの溜息を吐いた。
この国の騎士団は、三大公爵の所属に入る。赤はロッソ公爵、青はブル公爵、緑はヴェルデ公爵。所属で制服の色が決まっていた。この他に王族所属があり、その制服は白とされている。
「ジルベール殿下、どちらに行かれるのですか?」
部屋の前に待機していたという事は、多分、一人では歩かせてくれないのだろう。そのままついてくる気だな、と自由にならない身にウンザリしてくる。チラリと護衛を横目に見た。
「中庭まで散歩だ……」
「護衛、いたします」
今まで護衛らしいものなんて、滅多についたことが無かった。あんなのが傍についていたら、うっとおしいだろうと思っていたのだ。それが、これからこうして護衛がつくと思うと、昨日までの自分が羨ましくさえ思えてくる。
とはいえ、初めて来た屋敷だ。中庭が何処にあるのかも分らない。結局、護衛に付くというより案内役をお願いしなければならなかった。
中庭は手入れがいき渡っており、見事なほどに大小の花が咲き誇っていた。品種ごとに分け育てられており、美しい景色とほのかな香りに視覚と香りを楽しませてくれる。
そんな中を暫く歩くと、木剣の激しくぶつかり合う音が聞こえた。かなり激しい音だ。実践ぎりぎりの鍛錬をしているのではと思うぐらいだった。そちらに足を向ければ、俺は目を見開いて驚いた。
赤色の制服を着た女性が長いシルバーブロンドの髪を一束に束ね、同じ制服を着た男性と剣の鍛錬をしていのだ。
軽やかな動きと乱れのない打ち合いに思わず見とれてしまった。
「クリスティーン嬢」
呟きに近い俺の声だったが聞こえたのか、彼女はこちらに振り向いた。とても公爵令嬢がするようなことではない。確かに、学園でも選択科目に剣の授業があった。彼女もその授業を受けていた。成績も良かったが、今しているのは実践さながらの鍛錬のようにだった。ここまで激しいのならば、話は別だ。これでは、彼女は騎士を目指しているように見えた。
「ジルベール殿下」
一緒にいた騎士も彼女と共に頭を下げる。騎士は彼女の木剣を引き取り、耳元で何かを呟き、穏やかな表情をこちらに向け、もう一度頭を下げる。そして、護衛に就いていた二人を連れて何処かに行ってしまった。クリスティーン嬢は彼に軽く微笑んでいた。要は人払いを彼からクリスティーン嬢に提案した形だ。
何か、面白くない。
まあ、話はしやすくなったが。
「何故? 鍛錬を?」
「体を動かさないと鈍ってしまいます。いつも、彼に相手をお願いしておりますの」
クリスティーン嬢は、じっと彼の後姿を目で追う。特に熱烈な視線を送っているわけでもない。彼女はただ、じっと見ているだけだった。
それでも、何か、気に食わない。
「それなら、俺が相手して差し上げたのに」
「ジルベール殿下に怪我をされても困ります。父に叱られてしまいますわ」
あの公爵が? 俺が怪我しただけで?
いやいや、そんな事はないだろう。それよりクリスティーン嬢に怪我をさせたら、殺されそうだ……いや、先程の公爵との会話からすると、そんなこともないのかもしれない。
「それより、クリスティーン嬢が怪我したらどうするのですか?」
彼女は軽く目を瞠った。
「これぐらいで怪我はしません。それに彼は、ちゃんとその辺の事は理解して相手をしていてくれてます」
「信頼してされているのですか?」
「信頼していなければ、相手を……ましてや、剣術の鍛錬をお願いできませんわ。それに、彼は私と幼い時から一緒に剣を交えておりました」
彼女が幼い時から?
「一体彼は、誰なのですか? あまり見ない顔ですが」
いや、ちょくちょく見る顔だ。彼女が外出する時に、いつも一緒にいた。護衛に就いている事は知っていた。けれど、爵位や名前を知らない。そんな奴が、彼女の幼少のころから剣術の相手をしていたのかと思うと焦慮する。
何か、気に入らない。
俺は僅かな虚栄をはり、わざと知らないフリをした。
「彼はカール・エバンス、男爵位を持つ騎士の一人です。とても腕が立ちます。きっとジルベール殿下のお役に立てると思います。国王になられる決心がついたのですよね?」
「あ、はい……」
俺の返事を聞いて、彼女は少し驚いた表情をし、そして微笑した。
「ジルベール殿下、まだ、敬語を使われていませんよね? 上に立つ者の言葉が敬語では舐められてしまいますわ。私に対してもそうですし、父に対してもそうです。気を付けてください」
「は、はい。じゃなかったな、わ、わかった」
俺は頷くと彼女は話を進める。
明日には俺を後押しする貴族たちとの面会があるという。一体どれくらいの貴族たちが味方に付いてくれているのか、俺は分からない。
「ジルベール殿下。何度も申し上げておりますが、この国の事を想えば、貴方様がこの国を纏めるのが良いと。今のクラウス王太子殿下ではダメなのです」
表情にはあまり出していないが、彼女なりに必死さが伝わってくる。もしかして、また、なにかしらの『夢』を見たのだろうか。
「それは、『夢』で見られたこと……いや、『夢』で見たのか?」
いきなり言葉遣いを直せと言われて直ぐには直せない。でも、彼女は言い直したことで納得してくれたのか、俺の問いに答えてくれた。
「未来を見たと言えば、未来を見ています。けれど、それはジルベール殿下の行動一つで変わる未来もあります」
「え?」
俺の行動一つで未来が変わる?
「貴方はどんな『夢』を見たという…………のか?」
ああ、言葉遣いが……と思いながら、彼女に問う。
クリスティーン嬢も俺を一瞥するが、話を続けた。
「どんなものを見たかと訊かれると、全てをお教えすることは出来ませんが、ジルベール殿下がこのまま決断を下さず、クラウス殿下がこのまま王太子として、そして王位に就くと、国内で暴動が起き、他国から攻め入られ、滅びます。これが、一番最悪な見た『夢』の未来です」
クリスティーン嬢は、ひどく苦しそうな辛そうな表情をしながら、話をした。その表情から、かなり酷い『夢』だったのだろう。
俺は、固唾を呑んだ。
「その他の『夢』は?」
「私の『夢』はまだ殿下が決断する前のものです。殿下が王位に就いていただければ、また違った未来があるはずです」
ならば、俺が決断するか、どうかという事までは、『夢』を見ていなかったということだ。もし、俺が決断し国王になることが出来れば、また違った『夢』を見るということなのだろうか。
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次回更新は来年1月3日更新予定です。
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