第6話 盾となり剣となり
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「我々は、もうすでに動き出しております。殿下も覚悟を決めてください」
公爵は俺に有無を言わせず、そう告げると母と一緒に部屋から退出する。
部屋には俺とクリスティーン嬢の二人だけだ。部屋の外はざわざわと騒がしいのに、この部屋だけは静かで別世界のように感じた。
こんな時でなければ、俺の気分は上々だったはずだ。
公爵の重圧の緊張から解放された俺は、ようやく事の重大性に気づいた。
全く、俺の意思とは関係なく、気持ちの整理がつかないまま、とんでもない話が進んでしまっている。
同様の色を隠せない俺は、まだ部屋に残っているクリスティーン嬢の顔を見た。彼女は真剣な瞳でこちらを見ている。
――もし私が手を貸して頂きたいと申し上げたら、貸して頂けますか?
あの事の意味が、これを差すということなのだろうか。てっきり母に伝言を伝える事だったと思っていたが。
「クリスティーン嬢。昨夜の……手を貸してほしい、というのは、この事だったのですか?」
「この事かと言われれば、そうなのかもしれません……」
何か他にもあるような、歯切れの悪い返答ぶりだった。しかし、ただ反旗を翻すだけには、理由が少し弱いような気がする。王妃の浪費に加え、王太子の自由気ままな理由でここまでするのかと考えてしまう。
「父は……今の王家を破滅させることが出来れば、理由は何でも良かったのです。その機会がなかなかありませんでした。そして、やっと私との婚約破棄です」
「…………」
そうだ。事の始まりはクラウスの婚約破棄宣言だ。あれがなければ、俺は彼女に昨日、追いかけて話しかける事もなかった。そして、その後がスムーズに動きすぎていないか、と感じる。今思えば、予め、昨日婚約破棄をされる事を知っていたかのようだ。
「お聞きしたいことがあれば、私の答えられる範囲でお答えいたします」
俺が難しい表情で黙り込んでいたからだろうか、暫しの沈黙の後、彼女は口を開いた。
聞きたい事はある。ありすぎるぐらいだ。しかし、全部いらない。今聞きたいことはこれだった。
「婚約破棄は前もって、知っていたのですか?」
「…………はい」
彼女は俺の言葉に軽く目を瞠り、数秒後に返ってきた声は、酷く小さかった。
いつもの自信に満ち溢れている彼女とは正反対に見える。
「どうして知っていたのか、教えてくれても?」
彼女はそっと自分の腕を掴み、暫く話そうか話さないか、迷っているようだった。そして、唇をきゅっと噛みしめ、意を決したように彼女は口を開いた。
「時々……夢を見るのです」
「夢?」
「はい。始めは単なる夢だと思っておりました。けれど、それが将来起りうる夢だったのです。最初は、日常的な些細なことでした。夢で見たことが現実になるのです。そして三か月ほど前、卒業パーティーで婚約破棄をされる夢を見ました。必ずしも、そうなるかどうかは分かりませんでしたので、父に伝えるべきか迷いました」
「それで、お伝えしたのですか?」
「……はい」
「公爵は、その話を信じたのですね?」
彼女は困ったように眉を下げた。彼女の表情に俺は戸惑った。大事な娘の話を信じなかったのかと。
「信じてくれなかったのですか?」
「……父は当たっても当たらなくてもどちらでも良かったんです。そうなれば反旗を翻す理由が一つ増えるだけなので。ただ、婚約破棄が他の貴族たちを説得させる理由にはなりました。予め、婚約破棄などがあれば、今の王家を潰し、第二王子ジルベール殿下を国王にすると」
彼女は信じてもらえなかったと思っているようだったが、信じなかった訳でもないような気がした。
彼女の夢の話から、公爵は卒業パーティーで婚約破棄をされることを視野に入れていた。夢は当たっているだろうと予想したのだ。そうでなければ、迅速に貴族たちに連絡が行き、また彼らが速やかに公爵家に訪れる事は難しいはずだ。
素早く動いていたのは彼女もだった。夜が明ける前に俺たちが到着しても直ぐに出迎えてくれた――もしや、これも夢で見ていた可能性もある?
「クリスティーン嬢、俺と母が夜明け前に来ることも夢で見ていたのですか?」
コクリと、彼女はゆっくりと頷く。
ああ、やっぱり。
「殿下は……私の夢の話を信じてくれるのですか?」
「信じますよ。それに公爵だって信じていると思います」
「えっ?」
彼女は、呆然と俺を見る。信じてもらえるとは思っていなかったようだ。
実際、信じ難い話だ。荒唐無稽な話だと信じてもらえないからだ。しかし『予知』『未来視』の類の特殊能力を持っている者が、極稀にいるらしい、ということを家庭教師から教わった。ただ何かしらの能力を持っている者は、殆ど隠している。その能力を我がものにせんと争いが起こる可能性もある。表には出ていない実際に起こった裏歴史もあるほどだ。
そんな歴史もあれば、公爵も簡単に彼女の夢を『信じる』とは言えないのだろう。
「それに、俺は貴方を……クラウスの婚約者になった時からずっと見てきました。無稽な事を言う人ではありません。そんな人ではありません」
俺は正直に思っていることを彼女に伝えた。
紫水晶の瞳が見開かれ、「ありがとうございます」と彼女は微笑んだ。
――我々は、もうすでに動き出しております。殿下も覚悟を決めてください。
先程、公爵に言われた言葉だ。そんな事を言われなくても、彼女に忠誠を誓ったときから、もうすでに俺の覚悟は決まっている。
「俺は、この国を敵に回しても貴方の味方です。昨日、貴方に忠誠を誓いました。あれは偽りではありません。俺に出来ることがあれば、頼ってください。いえ、どんなことでも俺に頼ってください! どんなことでもします。貴方をお守りしたい。俺は貴方の盾となり剣となりましょう」
彼女の瞳を真っ直ぐ見つめ、もう一度、俺の覚悟を伝える。彼女は、あの時と同様、目を見開いていた。そして軽く溜息を吐き、少し困った顔で微笑んだ。
「ジルベール殿下。盾となり剣となるのは私たち公爵家の役目です。簡単にそのような事を仰ってはなりませんわ」
「しかし、俺は貴方の望むことをしたい。貴方が喜んでくれるのなら」
もう、これは俺にとって告白そのものだ。どんな形でもいい彼女の傍に居たい。俺の気持ちは彼女に届くだろうか。
しかし、届いていなかったようだった。
彼女は俺をまっすぐ見つめ、ここぞとばかりに願いを口にした。
「――では、この国を守ってください。国王として」
読んでくださって、ありがとうございます。
次回更新は1週おきまして、12月20日の土曜日になります。
少々、本職が忙しいのと、他のサイトの更新にちょっと手を取られている感じです。
20日までには1話を書きあげたいと思います。
もし、早めに更新できそうであれば、活動報告にて報告いたします。




