第5話 覚悟を決めていただけますか?
「まずは、国王に伝えるべきでは無いのですか?」
俺に言うべきことではないはず。俺から国王に話しても聞く耳を持たず。公爵から話せば少しは何かしらの対策はされるだろう。
「私どもロッソ家は王妃と王太子では不満を持っておりました。王妃は次から次とドレス、装飾品など高級なものを次から次と買い揃えていた。国王はそれを止めるどころか、王妃の言いなりでした」
ああ、それは俺も気になっていた。王家の財政が段々と危うくなってきており、各領地の税金を上げだした。領地の中では、生活苦に悩まされている者が増えていると聞いていた。
「それでも、代が替わり、娘が王妃になれるのであれば、あのバカな王太子の代わりに国政ができるだろうと。国民を守ることが出来るだろうと考えておりました。しかし、王太子は自由気ままにし、娘との婚約も破棄した。もうロッソ家が今の王家の後ろ盾になる必要も無くなりました。王妃と王太子の日頃の行いに貴族、国民も苛立ちしております。これでは国がいづれ崩壊し、その二国に攻められれば、一瞬で終わってしまいます」
淡々と話す公爵の表情は相も変わらず無表情だった。けれど、怒りはひしひしと伝わって来た。ロッソ公爵が反王妃派だということは有名な事で俺も知っていた。
しかし、だからどうするというのか。あの馬鹿クラウスを更生させられるとは、思えない。
「ロッソ家では、王太子が娘との婚約、結婚を解消することになれば、そして将来国王に相応しくないと判断した場合、ある計画を立てておりました」
「ある計画?」
「はい、この計画は事前にシャルロッテ様にも伝えてありました。それが『極秘のお茶会』です。これは娘からシャルロッテ様にお伝えする合図になっておりました」
ああ、やっぱり。あれは合図だったんだな。
しかし、何の合図だったんだと考え込む。ある計画とは何だろうか。
「公爵様……本当にそんな事をしても良いのでしょうか?」
今まで黙って、俺の横で聞いていた母が、控えめに訊く。
母は憂慮に堪えない感じだ。その姿を見たら俺もただただ不安が募る。一体どんな計画を立てているのだ。
「シャルロット様。貴方様が不安に感じるのも致し方ない事です。けれど、このまま王家を放っておけば、国が荒れます。そして他国から攻められれば、一気に滅びます」
公爵の説明に俺は固唾を呑みこむ。
どうやら話の流れから行くと、ロッソ公爵は王家に楯突こうとしているようだった。そして、王家の血を引く俺が此処にいる――。
「もしかして、俺は…………人質?」
しまった。考えている事が口から洩れた。俺は恐る恐る周りの反応を確認した――が、皆、目を丸くして驚いていた。
え? これは、当たっているのか、それとも違うのか。この反応はどう捉えたらいいのか。
しん、と静まり返る部屋で、ふっ、と笑いが零れた。クリスティーン嬢だった。
「ふふふ。お父様。その考えは無かったですよね?」
「ああ、その考えは無かったな……だが、第二王子を人質にとっても、あの王家は痛くも痒くもないだろう?」
「そうですわね」
痛くも痒くもない?
随分、悲しいことを言われ、「公爵、それは酷い言い方ではないか」と突っ込みたい所だったが、無機質な表情でいる公爵にそんな事を言う勇気もなく。そして、彼女もきっぱりと何の躊躇いもなく相槌を打っている辺り、俺は結構、堪えた。
「あのう、クリス様。ジルが少しショックを受けてるようです……」
そんな事を言わなくても良いのに、俺の表情を見て母が彼女に控えめな声で伝えた。クリスティーン嬢は咳払いで誤魔化し、両手を口に当てる。
「まあ! 申し訳ございません」
さぞ、今のものは失言でした、と言わんばかりに大げさに謝って来る彼女でも、俺の顔は赤く薄っすらと染まる。まあ、実際、王家は俺がいなくなっても、痛くも痒くもないのは本当の事だから、何も言えない。
「ジルベール殿下。王家は痛くも痒くもないかもしれませんが、私にとっては貴方様は大切な方です。それだけは、忘れないでくださいね」
『痛くも痒くもない』という言葉を強調して言われたような気はしたが、『大切な方です』という言葉が俺の耳に木霊する。もう、王家が俺を必要としていなくてもどうでも良かった。彼女の一言で俺の顔は赤くなる。
それを見た彼女は驚いていたが、母は俺の気持ちをを知っているのだろう。微笑みながら「良かったわね」と俺の耳元で囁く。さらに耳まで真っ赤になった。
大事な方とはどういう意味だ? 良い方に捉えてもいいのだろうか。
俺に少なからず好意を持っていてくれたら、期待したくなる。だとしたら、メチャクチャ嬉しい。天に昇るような気持ちになった。
そんな浮かれた気持ちでいると、氷の矢が突き刺さるような威圧感さえも感じる冷たい視線を感じた。ぶるりと震え全身が凍るかと思った。前を向けば公爵があの蒼い瞳でジロリとこちらを見ている。
今の国王より、ロッソ公爵の方が余程、国王に相応しいのかもしれない。
「さて、ジルベール殿下。私どもは、貴方様を人質に捕らえたわけではありません」
無表情で公爵は、淡々と述べる。
まるで、「浮かれるな」と言われているようだった。
そして、その表情のまま、とんでもないことを言い出した。
「我々は、謀反を起こします」
「は?」
間抜けな声が俺の口から零れる。
公爵の言っている意味を理解するまでに時間がかかった。それなのに、公爵、クリスティーン嬢は平然としている。そして母はというと、なんとか平然を保たせているように見えた。
「そ、それは……どういう……ことですか?」
背筋に冷たい汗が、すうっと伝う。
「私達はジルベール殿下の後ろ盾となり、殿下を国王にします」
泰然と話すクリスティーン嬢に、唖然とする。
「ジル、黙っていてごめんなさいね。『極秘のお茶会』とは謀反を起こすという合図だったのよ。その言葉が出れば、直ぐに私たちは王宮から出て、ロッソ公爵家に訪問するよう、クリス様から言付かっていたの」
俺の手を母は震える両手で握りしめる。
驚きの余り、言葉が出ない。
一体何を母は言っているのだろうか。
王家に盾突こうとしているのかもしれない――と思ったが、まさか謀反を起こそうとしていたとは。
そして、先程、クリスティーン嬢の言葉。
――後ろ盾になり、殿下を国王にします。
俺を国王に?
思考が追い付かず、公爵の顔を見た。相も変わらず、表情が読めない。
しかし、公爵や彼女は俺を担ぎ上げ、謀反を起こすということだ。
「ジルベール殿下が王太子殿下と同じように出来の悪いお方だったら、王家すべてを滅ぼすつもりでした」
冷徹な低い声で何でもない事のように、公爵は言い放った。思っていない予想外の言葉に俺は驚愕する。気持ちも考えも何もかもが追い付かない。
――我々は謀反を起こします。
一番に動向を注視していなければならなかったのは、アールムでもルソルでもなかった。王家に次ぐロッソ公爵だったのか。
そして、朝から人の出入りが多かったのは、このためだったということを俺は理解した。
「ジルベール殿下。覚悟を決めていただけますか?」
クリスティーン嬢が真剣な顔をして言う。俺は昨日の事を思い出していた。
――もし私が手を貸して頂きたいと申し上げたら、貸して頂けますか?
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次回の更新は12月6日予定です。
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