第4話 公爵との対話
あれから暫くクリスティーン嬢と母は楽しく談話していた。外は夜が明け、明るくなると公爵家の屋敷の中が一段と慌ただしくなる。次から次と来客があった。
二階の一室を与えられた俺は、その部屋の窓から外を覗く。丁度、門を眺めることが出来る部屋で、馬車の出入り、人の出入りで、その慌ただしさがよく分かった。
王城でも何かなければ、これほどの人の出入りはない。
家名や顔ぶれを見れば、ロッソ公爵と親密な関係を持っている者ばかりだ。
何かが始まる――。
そんな気がした。
ぼんやりと外の景色を眺めていると部屋の扉を叩く音がした。
「ジル、起きていますか?」
母の声だ。
俺が入室を促す返事をすると、扉が開く。すると、母と一緒に訪れたのはクリスティーン嬢だ。
「失礼いたします。ジルベール殿下」
「あ、は、はい……ど、どうぞ」
彼女も一緒に来ているとは思わず、俺の声は裏返ってしまった。学園で顔を見かける事はあっても、一日で何度も話しかけれる事もなかった。それが嬉しくて顔がにやける――が次の瞬間、ビシッと気が引き締まった。
彼女の背後から、もう一人の男性が一緒に入室して来たのだ。
やせ型で、身長は180センチはあるだろう。彼女と同じくクセのない短めの艶やかなシルバーブロンドの髪に冷たく感じる蒼い瞳。そして、感情を読み取れない表情は彼女と似ている。
彼はクリスティーン嬢の父、ロッソ公爵だった。
彼がいるだけで、周りの空気が重く感じる。
「ロッソ公爵……」
また何故、俺の所に来たのか、何か話があって来たのだろうか――。
「ジルベール殿下。急なこちらからの申し出をお受けいただき、ありがとうございます」
紳士的な挨拶を交わす公爵だが、歳は40を超えたころだろう。歳の割には精悍な顔つきで、威厳を放っていた。
圧倒される俺は、息を呑んだ。
「……」
何と返事を返したものかと、頭の思考を駆け巡らせる。俺もそう、馬鹿ではない。母とクリスティーン嬢の会話から『極秘のお茶会』というものが、何かしらの合図になっているということが薄々感じていた。
「少々、殿下とお話がしたいのですが、お時間はよろしいでしょうか」
嫌だと言わせない重圧が伸し掛かる。俺は「……はい」と頷くしかなかった。
「さて、娘のクリスティーンは殿下にどこまでお話をしているのでしょうか?」
公爵とクリスティーン嬢、そして俺と母が部屋のソファーに座る。静かな部屋の中、公爵の低い張り詰めた声で俺に言った。しかし、何も聞いていない。どう答えようかと悩んでいると、クリスティーン嬢は無表情で、「何も……」と言葉を返した。
「大事なお話は、お父様から話してくださいませ。私の役目は殿下とシャルロッテ様を王城からこちらに連れてくることですから」
何を能天気なことを、と公爵が呟き、呆れるように溜息を吐いた。そして、俺の方を見ると一段と冷めた視線で険しい表情をする。緊張のあまり、その表情に俺の心臓が早鐘を打つ。
落ち着け、落ち着け……。
公爵相手に本当に俺の心臓は持つのだろうか。
「お父様、あまり険しい顔をされると、ジルベール殿下が畏縮してしまいますわ」
彼女の一言にギョっとする。確かに畏縮してしまっていたが、それを口に出して当の本人の前で言われると、一段と怖くなる。
「そうか、普段と変わらないつもりでいたが」と言いながらも、公爵は、雰囲気を変えることはなく、俺に訊いたきた。
「殿下は、周辺諸国の事を理解されておりますか?」
「はい?」
突然、何を問われるのかと俺は、身体が固まる。それはもちろん周辺諸国の関係は学園の授業でも嫌と負う程、習った。そして俺なりに気になることがあり、それなりに調べていたこともあったくらいだ。
この国のフランツ周辺には、シャネロ、アールム、ルソル、カウボの四つの国がある。
シャネロ王国との間には大きな河スケル川が流れている。確か20年ほど前から同盟関係があり、友好関係を築けていた。カウボ王国はシャネロとも隣接する国で我が国フランツとの国境に険しい山脈があるが、シャネロとの間にもスケル川が流れており、互いが行き来し、意外と貿易に盛んだった。
残りのアールム王国、ルソル王国は戦争時に同盟を結んだが、それも80年以上前の事で、外交が上手く言っているかと聞かれれば、危うい関係としか言えない。しかし、ルソルはカウボの隣にあり、フランツとの国境の半分は険しい山がある。通れる国境の道は、貿易に欠かせない道となっている。もし戦争になるとしてもその大事な道で戦争をしなくてはならない。戦争にメリットがあるかと言えば『無い』に等しい。それより外交、貿易を続けた方が互いに良いと判断をするだろうと俺は思う。
あとはアールムだ。国土は我が国より大きいが、北に位置しているため、気温が低く北の方では一年のうち半分が雪で覆われる。人が住むには適していないと言われればそうかもしれない。人が住みやすい大地を持っている国を欲しがっても不思議ではなかった。そんな国が最近の動きに違和感を感じる。なにかしら裏で動き始めている気配を感じていたが、もしかしたら戦争の準備でも始めているのではと勘繰ってしまう。油断ならない国だと俺は認識していた。
そしてこの国の監視役にロッソ家が携わっている事も知っている。
「アールムの動きが慌ただしくなっていると感じます。貿易にしても食料の他、武器の輸入は無いにしろ、材料となるものをここ数年多めに仕入れているように感じています」
あくまでも俺の見解だ。
国王への報告書を時々見て、年々、少しづつ増えていっていると感じていた。作物の育ちが悪かったからと言われれば食料の輸入が増えた理由になるのかもしれない。武器の材料となるものの輸入も国の開拓に使うという理由かもしれない。国王は何も感じなかったようだったが、俺はただ増え続けているのが気がかりだった。
ただ、俺では調べられる程度がしれている。それは、国王は俺が国政に口を出すことを嫌っていたからだ。
「うむ。流石、周りを見ていらっしゃる。アールムが、ルソルとこの国に戦争を仕掛けようとしています」
「ああ、やっぱり」と俺は呟く。
「お気づきでしたか……実際は、ルソルとの争いは避けため、ルソルの王女をアールムの王太子と結婚をさせ同盟を組み、ルソルと同時にこちらに攻め込んでくる可能性があるという話もあります」
ああ、なるほど。
ルソルを味方に付け、軍の数を増やそうという魂胆だろうと理解できた。アールムは国土は広いが、人の住める場所は少ない。その分、国民が少ないという事。
そして、ルソルは国土はやや小さめだが比較的過ごしやすい気候の国で、作物も豊かに育つ。国民は多めだ。その国と手を組み、我が国を攻めようとしているのかもしれない。
我が国も比較的豊かな土地が広がっていて、山も河もありアールムにとっては魅力的に見えるのだろう。
しかし、アールムにはメリットがあるが、ルソルには戦争を仕掛ける意味があるかと言えば、無いと思っている。それなのに何故――?
俺は今ふと、思った。
他国が攻めてくるかもしれないというのに、何故、俺は今ここにいる――のかと。
「公爵……その話を私にしてどうするおつもりですか?」
そんな話を第二王子の俺にしても仕方がないのでは?
まず、国王に伝えるべきだ。
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次回の更新は11月29日予定です。
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