第3話 極秘のお茶会
翌日、早朝にしては早すぎる、まだ空が白む前に俺と母はロッソ公爵家に極秘で訪れた。
初めて入ったロッソ公爵家の屋敷は、外観はほぼ城だ。屋敷の中も王城との差を感じない立派なものだった。ただ違いがあるとすれば、余計な物は置いていない、必要最低限の調度品しか置かれていなかった。
夜明け前の訪問で迷惑ではないだろうかと思っていたが、屋敷の使用人たちは快く対応してくれる。予め、彼らに伝達されていたようだった。
クリスティーン嬢も俺たちが到着するなり、出迎えてくれた。起きてすぐに準備をされたのか、寝ずに待っていてくれたのか、まあ、前者だな、と。寝ずに待ってくれていたのなら、うれしい――が、まさかそんな恋情のようなものは、彼女は俺に持っていないだろう。そうだ、期待してはいけない。
「ご無沙汰しております。シャルロッテ様。ジルベール殿下、お待ちしておりました」
クリスティーン嬢が俺の母、シャルロッテにカーテシーをし、可憐な挨拶をした。
流石、公爵令嬢だ。まだ夜明け前だというのにその時間さえ感じさせない立ち振る舞いだった。そして、俺は彼女の「待っていた」という言葉を都合よく解釈しドキッとする。
俺を待っていた?
いや、待っていたのはきっと母のことだろう。舞い上がりそうな気持を落ち着かせ、挨拶を交わした。
「お招きありがとうございます」と、俺は胸に手を当てる。
「ご無沙汰しております。クリスティーン様」
母は淡緑色のドレスの裾をふわりと持ち、クリスティーン嬢に挨拶をした。
それを見た彼女は「ジルベール殿下、シャルロッテ様。私の方が身分が下でございます。楽になさってください」と慌てた。
「シャルロッテ様、私の事はクリスとお呼びください」
母は側妃だが、元は子爵家の人間だ。公爵家のクリスティーン嬢にそんな事を言われても母は納得しないし俺も納得できない。どう考えても公爵令嬢の彼女の方が身分は上だ。
それに、側妃と言って子爵令嬢だった母は、王城では、王妃に嫌われ肩身の狭い想いをしてきていた。俺だって、そんなもんだった。そんな生活をしてきたのだから、己が立場が上だと思えない。
母は困った顔をしながら「それでは、私の事をシャルと呼んでくださいますか?」と尋ねた。
「はい、喜んで。シャル様」とクリスティーン嬢は嬉しそうに微笑んだ。
さて、忌々しい卒業パーティーの翌日に王家の人間にバレずに、俺と母がロッソ公爵家にどうして訪問しているのかというと、事の始まりは昨夜の廊下での事だ。クリスティーン嬢は俺に頼み事をしてきた。
昨夜――
「それでは、ジルベール殿下。不躾なお願いですがシャルロッテ様を極秘のお茶会にお誘いしたいのです。公爵家に来ていただけるよう手配をお願いできませんか?」
「極秘のお茶会? 母上を?」
彼女と母は、会えば挨拶はするものの、俺から見ればお茶会をするような仲ではなかったと思う。
クリスティーン嬢はにっこりと微笑む。そして俺の耳元で「王城から出るおつもりで、大切なものを持って、来てほしいのです。勿論、ジルベール殿下もご一緒に」と。
「ど、どういうことでしょうか?」
「今、ここでは詳しくお話できません。ですが、シャルロッテ様に『極秘のお茶会』と伝えてくだされば、分かります。そして、ここに戻らないという前提で我が家に来てほしいのです。出来れば早くに、早朝……いえ、夜が明ける前でも構いません。できるだけ急いで来てください」
彼女は、真剣な面持ちで言う。
だが、夜明け前にする極秘のお茶会は、すでにお茶会でも何でもない。単なる密会だ。彼女は何をかんがえているのだろうか。
困惑する俺を彼女は見つめ、「必ずシャルロッテ様にお伝えください」と念を押される。
「わかりました。必ず、母に伝えます」
俺はそのまま彼女を馬車まで送り届けた。
それから十数分経ってから、俺とクラウスが国王に呼ばれたのだった。
クラウスの婚約破棄宣言で俺まで国王に責められたが、そんな事はもう、どうでも良かった。クリスティーン嬢の伝言を伝えに、母に私室に向かった。
母の私室に入って、事情を説明する。クリスティーン嬢の『極秘のお茶会』のことを伝えれば、母は最初躊躇っていたが、クラウスが婚約破棄を言ったことを伝えれば、母の顔色は一段と青くなった。そして、ここに嫁ぐときに一緒に子爵家から来ていた侍女アンナに、直ぐに荷物を纏めるように伝える。
「まさか、クラウス殿下はロッソ公爵家を敵に回したのですか? ああ、何てことでしょう。ありえないわ。ジル、あなたも準備をしなさい。一緒に参りましょう」
母の慌てぶりには驚いた。
婚約破棄が大変な事だとは理解しているが、その事でどう、ロッソ公爵家を敵に回す事になるのだろうか。
俺は自分の部屋に戻り、早急に荷物を纏める。――が、大したものは無かった。唯一大切なものと言えば、この剣だ。この剣は母方祖父から貰ったものだった。いずれ、クラウスの家臣として働くのだから、としっかりとした剣を与えてくれた。
こうして、今に至る。
「シャル様。本当に申し訳ございません。こんなお願いを聞いていただいて」
応接室に温かいお茶が出され、俺と母は一息つく。
「いいえ、とんでもございません。それより、本当に『極秘のお茶会』をされるおつもりですか?」
「はい。シャル様が私の申し上げたことを覚えていてくださって本当に良かったです。父からの了承も貰っております」
「公爵様も賛成なのですか?」
「勿論です。始めから父もこの婚約には反対だったのですから」
さっきから母と彼女の会話に俺はついていけなかった。
どうやら『極秘のお茶会』という言葉が、合図になっているような気がしたが、本当にそれほど仲が良かったかと考えると不思議で仕方がない。
話の間に割って入る勇気も余裕もない俺は、黙って見ているしかなかった。
「でも、本当に良いのでしょうか? こんな事をしても……」
「これは、必然的だったのです。シャル様。王妃の浪費に加え、クラウス王太子の自由気ままで公務もろくにしない。出来ない。王妃だけならともかく、王太子殿下がもう少しマシな……いえ、もっとマシな方なら、我が家もこんな事はしません。このままでは、国民は黙っていません。反乱が起きないとも限りません。そして王家は国民の信頼を失い、信頼の失った王家はいずれ亡び、国は崩壊します」
彼女の言葉から、やはりクラウスには次期国王の荷が重すぎる事が理解出来る。俺もそう思っていた。そのままクラウスが国王になれば、俺はもちろん、王妃になるはずだったクリスティーン嬢や周りの人間が苦労するだろう。
だが、彼女は一体何をしようとしているのだろうか?
俺が色々と考えていると、彼女は俺の方を見る。
「ジルベール殿下が真面な方で良かったです。これもシャル様の教育の賜物ですね」
真面? 褒められている気になった俺は、頬が赤くなる。
「いいえ、私は大したことをしておりません。それより、ジルと一緒にクリス様が学園で切磋琢磨して頂いたおかげだと思っております」
ふふふ、と母の言葉に彼女は微笑む。
そして、己の名前が出ているのにも関わらず、当の本人の俺にはさっぱりだ。一体何の話をしているのかわからなかった。
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