第10話 【一介の護衛騎士視点】逃げるが勝ち
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「陛下。シャルロッテ様と専属侍女のアンナが今朝から部屋にいらっしゃらないと報告があり、王妃陛下が激怒されております」
国王陛下に報告をしたのは、側妃シャルロッテの護衛騎士をしていた俺だった。
無駄に広い静かな室内に、国王と二人だけだ。
部屋の外には騎士が立っていたが、あくまでもこの国の王なのに部屋の中には誰も他に傍にいないのかと、不思議に思った。
先程の報告をすると、いくつかの書類を眺めていた国王が手を止め、こちらに視線を向ける。
「シャルロッテがいないからと何故王妃が激怒をする? ジルベールの所にでもいるのではないか?」
「王妃陛下の仕事をシャルロッテ様が代わりにされておりまして、仕事が進んでいないと……激怒されております」
俺はどう答えていいのか分からなかった。多分あの事――国王が王妃の仕事をシャルロッテ様がされていたことなどは知らないだろうと思い、どう誤魔化して答えようか迷ったが、面倒なのでありのまま馬鹿正直に答えた。
案の定、国王は目を見開いて驚き、直ぐに眉間に皺を寄せる。
「王妃がシャルロッテに? いつからだ?」
そんなものは――。
「最初からです。シャルロッテ様が側妃になられて、直ぐです」
国王はまた目を見開いた。
シャルロッテ様が側妃に成られてから、もう何年も経っている。
そんなことも知らなかったんだろうな、この国王は。
誰かが告げ口をするものも居らず、ましてや王妃に口答えするものも居らず。王妃に口答えをすれば、あの傲慢な王妃に何をされるか分かったもんじゃない。皆、自分の命が大事だ。
何人かは、王妃に意見を述べたものもいたが、怒りを買い鞭で何度も打たれ、中には王宮から姿を消したものもいた。
この国はもう駄目だろうな、と国王に聞こえないように俺は小声で呟く。
シャルロッテ様がこなしていた仕事は書類整理などだった。単なる書類整理ではない。国内の各領地に関するものばかり。領地の収益や損益、領主からの嘆願書なども含まれ、その中には、王妃が把握していないといけない書類もあり、かなり大事なものがあったと聞いた。それすべてをシャルロッテ様に任せていたのだ。
もしかすると機密に近いものもあったのかもしれない。
それでも、シャルロッテ様は文句を言わずに、コツコツとこなされていた。
王妃と比べて大人しい方だったけれど、努力は怠らないし、しかも飲み込みも早く王妃の仕事も直ぐに終わっていた。
「国王陛下。もう一つご報告があります」
なんだ、と国王は頭を左手で押さえ、不機嫌そうに溜息を吐く。
「ジルベール殿下も部屋にいらっしゃいませんでした」
「は?」
俺はシャルロッテ様がジルベール殿下の部屋におられるのでは、と思い、殿下の部屋にも行ってみたが、殿下もいなくなっていた。
「一々、そんな事で騒ぐな。王宮の何処かにいるだろう」
一々か――。
何処にもいらっしゃらないから騒いでいるし、側妃と第二王子がいなくなったら一大事だと思う。王宮の何処かに居てくだされば良いのだが、その望みは薄い。
ジルベール殿下が大事にされていた剣だけが部屋からなくなっていたのだ。あの剣は単なる剣ではなかった。シャルロッテ様のご実家、子爵家から譲り受けた剣である。成人したらお使いになると聞いていた剣で、それまで大切に保管されていた。これはシャルロッテ様の護衛をしている者なら誰しもが知っている話だった。けれど、ジルベール殿下の事になると、国王は無関心に近い。いや、殆ど無関心だ。例え、そんな話を聞いたとしても右から左に聞き流しているだろう。それほど国王にとっては、第二王子というジルベール殿下には興味がなかった。護衛も付けなければ侍女も付けていない。殿下はご自身の身は自分で守り、身の回りの事は、殆ど一人でこなされていた。
「シャルロッテも何処かにいるのだろう。そのうち見つかるはずだ。王妃には大事な仕事もあるのだから、自分の仕事は自分でしろと伝えてくれ」
マジで? 自分で言えよ。
護衛騎士ごときがそんな事を言えるかよ、と心の中で呟きながら、表面上は平静を装い、「はい」と国王に返事をした。
俺は貴族出身ではない。苦労して騎士まで上り詰めた一介の平民だ。王妃に対してそんな事が言えるわけがないじゃないか。言ったところで首が飛ぶよな。俺はまだ死にたくない。
国王の部屋から出て扉を閉め、俺は諦めの溜息を漏らす。
多分、シャルロッテ様とジルベール殿下はもうこの王宮にはいらっしゃらないだろう。
何にせよ、昨夜はクラウス王太子殿下がロッソ公爵令嬢との婚約破棄をしたのだ。これは、王家がロッソ公爵と縁を切るようなもの。違うな、切られるんだ。
あまり知られていないが、ロッソ公爵家とシャルロッテ様のご実家の子爵家とは、いろいろと深い繋がりがあると噂で聞いたことがある。そのことを知っている者は、シャルロッテ様がジルベール殿下を連れてロッソ公爵家に身を寄せたと考えるはず。
「ああ、やっぱり今頃、お二人はあちらにいらっしゃるだろうな。ご無事なら良いんだけれど」
肩を落とし俺が廊下を歩いていると、向い側から見慣れた同僚の騎士が歩いてきた。
「おい、どうだった? 国王はなんとおっしゃっておられた?」
シャルロッテ様とジルベール殿下が行方不明という事は、騎士達のなかではちょっとした事件になっていた。俺は諦めの表情で首を数回横に振る。
「お二人とも王宮内にいるだろうから捜せ、と。挙句の果てに王妃殿下には『自分の仕事は自分でしろと伝えろ』だってよ」
「うわあ、マジか。そんなことできねえよ。……で、どうするんだ? お前は王妃に言うのか?」
「っ! 言えるわけないだろ。俺だって、まだ命は欲しい!」
「だよなあ……。俺、さっきさあ、小耳に挟んだんだけど」
同僚がそう言うと、俺の耳元まで顔を近づける。
「ロッソ公爵の元に貴族が出入りしてるって噂だぞ」
「え? マジか?」
「それも、かなりの数らしい。噂だけどな。騎士団を連れて攻め込んでくるかもしれない。逃げるなら早い方がいいぞ」
「う、噂なんだろ? まだ攻めてくるとは……」
「まあ、噂だが……お前も聞いただろ? クラウス王太子殿下の婚約破棄。信憑性はあると思うぜ。俺は今からここから密かに出る」
「今から? 夜にしないのか? 今からじゃ目立つだろ?」
「ああ、そう思ったんだけどよ。国王がその事に気づけば、もしかすると夜の警備が厳しくなるかもしれない。それだけの兵が残っていればの話だけどな」
同僚はそう言うと、「じゃあな」と手をひらりと一振りすると、その場を離れた。
その後ろ姿を見送りながら、シャルロッテ様がいらっしゃらないのなら、俺もここに留まる理由もないと考える。
シャルロッテ様は使用人、騎士達にはとても優しかった。本来、顔には出してはいけない体調の悪さなどにも気づいてくださり、労いの言葉を下さった。
そんな優しいシャルロッテ様がこの王城に居られないのなら、ここから出よう。
多分、ここを離れるのはあいつだけじゃないだろう。このままだと騎士の数が足りず、王妃の護衛に就くようになれば、それこそ逃げることが出来なくなってしまう。
逃げるが勝ち――。
俺の脳裏にその言葉が過った。
国王の伝言を王妃に言う必要もなくなる。王妃に激怒されることもない。
早々に逃げ出そう。
俺は、人の目を気にしながら、この王宮を去った。
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次回更新は来年1月17日更新予定です。
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