2.倉本くん
「はぁっ…はあっ…はあっ……」
「光ー!がんばれ〜!あと半周!」
「はっ……はひ……はぁっ……」
転校二日目の昼休み、私はグラウンドを走らされていた
本来ならば4月に受けるはずだった体力テストを空いている時間にやることになり、今は持久走の記録をしている。記録をする体育教師の隣には凛子が手を振って応援をしていた
「はぁ……はぁ……ゴール……っ」
「お疲れ〜!はいタオル、水も!」
「………」
「光?」
「……っご、ごめん……」
私は力の抜けた体を地面に下ろすと口を抑える。しかし胃からせり上がって来るものを止めることは出来なかった。
「えっ、ちょっと光……ってうわわわ!大丈夫!?」
私はグラウンドに思いっきり吐いた
「……はぁ……」
グラウンドで吐いた後、教師がすぐに後処理をして私を保健室へと連れ込んだ。今はベッドに寝かされている
「石田さん大丈夫?私はこの後いないけど、辛かったら午後の授業もここで休んで良いからね」
「はい゛……そうします……」
保健室の先生の優しい声が染みる。ガサガサの喉で返事をすると先生は優しい笑みを浮かべてそっとカーテンを閉じた
(はぁ……まさか吐くなんて……凛子ちゃんに悪い子としたな……最近運動してなかったけどここまで雑魚になってたとは……)
眠くはないのでただただぼーっと天井を眺める
すると隣のベッドから原子音が聞こえた
(隣も誰かいるのかな?……先生が出てった途端めちゃくちゃゲームやってる音聞こえるけど……)
聴こえないように布団に潜る
(……喉乾いたな……確かベッドの外にウォーターサーバーがあったはず……)
むくりと起き上がり靴を履く。下を見ると隣には男子生徒の上履きが置かれてあった
(水……水…………ぷはぁ、美味しい〜……)
水を飲んだら少し元気になったが今は5時間目の半ばだ、今戻るのも面倒なのでもう少し休むことにした
(はぁ〜…保健室のベッドってなんでこんなにも心地良いのか……ひんやりして気持ち良い……)
「……る、おーい、光〜」
「……ん、凛子ちゃん……?」
肩を叩かれ起きると目の前に凛子の顔があった
「もう下校時間だよ」
「……えっ!?6時間目は!?」
「終わったよ〜ねえ体調大丈夫?」
「あ……うん、凛子ちゃんごめんね、目の前で吐いちゃって……」
「気にしなくていいよ、大丈夫そうなら良かった!これ荷物!校門まで一緒に行こ!」
「ありがとう」
髪を軽く整えてベッドに降りる。
カーテンは開けられており隣に人は居なかった
保健室を出ると放課後特有の部活動の掛け声などが聞こえてくる。下駄箱に屯している生徒たちもいた
「凛子ちゃん、今日は本当にごめんというかありがとうというか……」
「もー気にしなくていいって!お大事にね、じゃあまた明日!」
「うん、またね」
今日は二日目ということで母の迎えはなく歩きでの帰り道だ。随分寝たからかまだ頭がふわふわしている
家に帰り吐いたことを話すと心配されてしまい申し訳ない気持ちになった
「明日の体育は見学したら?」
「うーん、そうしようかな……」
次の日、体育教師に見学したいというと快く承諾された。さすがに目の前で吐いた生徒を2日連続で運動させたくなかったらしい
「あれ、光見学なの?」
「うん、昨日の今日だし一応……凛子ちゃん頑張ってね」
「ありがとっ!」
グラウンドの階段に座り授業を眺める
体育は男女別で少し離れた所で男子達は運動をしている
(……お、休憩時間かな……みんな喋ってる……)
「石田、悪いんだがそこの倉庫までボールを取ってきてくれないか?カゴに入ってるやつだ」
「分かりました」
体育倉庫は男子側にある。近づいてみると男子はサッカーの休憩中らしくボールで遊んだりしている
(えーと、カゴに入ったボール……って、めっちゃ奥にあるじゃん……)
少しほこりを被った跳び箱やマットがある更に奥にカゴがあり、なんとか手を伸ばして取る
「……はぁ、はぁ……見学でこんなに疲れるとは……」
ジャージがすこしほこりで汚れてしまった。いったい誰だこんなに奥にしまったのは……
「先生、これで合ってますか」
「おお、ありがとう。そこに置いておいてくれ」
カゴを置き、また定位置の階段へと戻る
女子達は授業再開したようだ。ぼーっと眺めていると隣から足音がした
「ねぇ、頭に葉っぱ付いてるけど」
横を見ると知らない男子生徒が立っていた。頭を指さされている。知らないと言っても今いるということは同じクラス……なのだろうか
指摘された頭を触ると1枚の葉っぱが乗っていた
「えっ……あ、ほんとだ……ありがとう」
(倉庫汚れてたから付いてたんだ……恥ずかしい)
男子生徒は何故か隣に座った。
じっとこちらを見てくる
「……?」
(何…?まだ何か付いてる…?)
頭を触るが何もついていない、髪もそこまで乱れていないはずだ
「これ使いなよ」
そう言って彼が差し出してきたのは1枚の絆創膏だった
「……?なんで…?」
「手、切れてる」
手を見てみると確かに小さな切り傷ができていた。カゴを持ったときに切ったのだろうか
自覚した途端痛みを感じてきた
「ほんとだ……えっと、いいの?」
「たまたま持ってただけだから……あ、もう行くわ、じゃ」
「あ、ありがとう」
他の男子生徒に呼ばれた彼はそのまま立ち去ってしまった
受け取った絆創膏は、彼のポッケに入っていたからか、なんだか温かい
(なんだか人の優しさを浴びてしまった……あ、名前聞き忘れた)
包装を開き傷口に張ると少しだけ痛みが和らいだ気がした
「……」
自然と上がっている口角に気づかないまま、体育の授業は終わった
「凛子ちゃん、教えてもらいたいことがあるんだけど……」
昼休み、凛子と机をくっつけて昼食をとっている。凛子は毎日菓子パンを食べていた
「ん?何々〜?」
「あの席の男子ってなんて名前なのかなって……」
「あの席は〜…倉本柊だね、何かあったの?」
「実はさっき……」
「へ〜、あいつも良いとこあんだね」
「凛子ちゃんは仲良いの?」
「良いっていうか……中学同じなんだよね、まあウチの中学の半分はここ入ってるからなぁ」
「へー……」
(顔見知り多いのかぁ……友達を増やす気はないけどちょっと羨ましい……)
「……何、もしかして光……柊と仲良くなりたいんだ〜連絡先教えようか?」
「えっ!?いやいいよ!……どんな人なのかなって思って……」
「ふ〜ん?あ、そういえば午後の授業さぁ……」
「じゃね〜」
「また明日〜」
ホームルームが終わり凛子は足早に帰っていく
(……そういえばこの学校の図書室気になってたんだよなぁ……これからも昼は凛子ちゃんといそうだし、今行ってみるか……)
この学校は校舎が広いこともあり図書室も大きめでもちろん蔵書数も多い。読書も静かな空間も好きな私としては確認しておきたい場所だ
「……失礼しまーす……」
図書室の扉を開けると、思っていたよりも広い空間が広がっており心が躍った
(うわぁ……上の階と繋がってる!お洒落だ……)
放課後だからか人はおらずカウンターに一人受付らしき人影があるだけだった
(そういえば委員会に入らなきゃいけないって言われてたけど……こんなに良いところなら図書委員とかも悪くないかも……)
小説のコーナーを見ると古いハードカバーの本も並んでおり思わずよだれが出そうになる
(うわあ……めちゃくちゃ良い……これ借りたい…いやここで読んでいくか!)
重い本を引き抜き近くのテーブルに座る
思っていたよりも面白くいつのまにかかなり本に集中してしまった
「……ふぅ」
(面白いけど……もうだいぶ遅いし帰らなきゃ……)
本を閉じると、目の前の席に誰かが座っていることに気がついた
「びっ……くりした、えっと……倉本くん…?」
「それ、面白い?」
「えっ?面白いよ、まだ半分しか読めてないけど……」
「俺も今度読んでみようかな」
倉本はそう言うと席を立ち上がる
本も持っておらず何故ここにいるのか気になったが、受付の司書が片付けをしているのが目に入り本を戻すことを優先する
振り返ると倉本は既に廊下におり、小走りで近づいた
隣に立って分かったが私より少し背が高い
「倉本くん、昼間の絆創膏…ありがとう」
「いーよ。……石田さんって本好きなの?」
「うん、でも小説よりも漫画が好きかも」
「へー…ゲームとかは?」
「ゲームも好きだよ、倉本君もそういうの好きなの?」
「……うん、めっちゃ好き」
倉本はこちらを見て少し笑った。
「石田さん委員会決めた?図書委員とかどう?」
「……あ、図書委員にしようかなって思ってた、でも人数とか空いてるのかな」
「4組の図書委員は俺だけだから大丈夫だよ、他のクラスも1人か2人だし」
(倉本くんと……凛子ちゃんの委員会は人がいっぱいって言ってたし、良いかも)
「……じゃあ明日先生に言ってみようかな、なれたらよろしくね」
「うん、こちらこそよろしく〜」
話している間に校門に着いた。倉本くんはどうやら反対方向のようだ
「じゃあまた…明日」
「送っていこうか?」
「えっ!?だ、大丈夫だよ、そんなに遠くないから」
「そう?じゃあまた明日」
その場で別れる。振り向くと倉本はこちらを見ず歩いていた
少し歩いた先の道を曲がると、私はその場でしゃがみ込んだ
「………………」
(……な、なにあれ、なにこれ……!?なんか、心臓がやばい……)
体温が上がる感覚がする、頭が妙にふわふわして口元が下がらない
(……いや、あんな笑顔向けられたら誰でもこうなるって…!…………倉本くん、顔綺麗だったな……声も良いし……優しいし……)
手で顔を仰ぎながらなんとか家に帰る。お風呂に入っても布団に入っても熱が冷めることは無かった
「〜〜〜あーもう!うるさい心臓!」
やけにうるさい心音の原因は既に分かっているが、認めるのが気恥ずかしくてもやもやしながら眠りについた