1.転校初日
「じゃあそろそろ出るね」
「気を付けてね、帰り迎えに行ってあげるから」
「ありがと、いってきます」
いつも通りではない新しい朝が始まった
5月の中旬、天気は晴れ、今日から私……石田光は新しい学校に通い始める
引っ越しの都合によりどうしても新学期からの入学が難しくなりこんな中途半端な時期に転入……高校1年、きっと既に教室ではグループが出来上がっていることだろう
さらにすぐに中間テストが差し迫っているという事実……憂鬱にならないはずもなく、足取りは重かった
(友達は別に良いけど……ひとりぼっちはやだなぁ……)
引っ越しで随分遠くまで来てしまった。高校とはいえ流石に同級生はいないだろう……知らない土地で既に出来上がったクラスに入る異分子、初日が肝心だとは分かっているが気は進まない
「……このポストを曲がって……信号を左……」
スマホのナビで大通りに出ると同じ制服を着た生徒がちらほらと見え始めほっとする
(良かった……あとはあの人たちに付いていけばいいか)
事前に手続きで来ていることもあって校内はさほど迷うことなく職員室に向かうことができた。
「失礼します、1年4組の石田です。住吉先生いらっしゃいますか?」
「お〜こっちこっち」
手招きをした教師のもとへと向かう
「おはようございます」
「はい、おはようございます、迷わなかった?」
「結構生徒がいたので大丈夫でした。先生、その服暑くないんですか?」
先生……担任教師である住吉先生は真っ黒なシャツに真っ黒なスーツという本当に教師か疑いそうになる服を着ていた。まだ5月とはいえ昼間は太陽が暑いのによくこんな真っ黒を着れるものだ。
「日差しがキツイから着てるんだよ、じゃあとりあえず今日の流れ説明するけど〜
朝礼時に俺が呼ぶから教室に入ってきて。んで軽く自己紹介をしたら席に座って授業開始、何か気になることある?」
「じ、自己紹介ってどういったやつですか?」
「んー、名前言えばそれでいいけど〜…趣味とか抱負とか言うのも良いんじゃない?まあそんな気負わなくていいよ」
(自己紹介かぁ……ちゃんと声出るかなぁ…)
「朝礼まで時間あるし、ここで時間潰す?ココアあるよ〜」
住吉先生はちょいちょいと近くのソファを
指差すと立ち上がりコップにココアの粉を入れる
「ありがとうございます、頂きます……」
「ん、俺も飲もうっと」
「石田光です、よろしくお願いします……石田光です、よろしくお願いします……石田光です、よろしくお願いします……」
自己紹介の練習をしながら扉の前に立つ。
シンと静まり返る廊下がより一層緊張を引き立てた
「石田〜入ってきて〜」
「は、はいっ!」
住吉先生の声で扉に手を掛けた
力が入っていたせいか思っていたよりも勢いよく引いてしまいまい、反対側にバン!とぶつかった
「す、すみません……」
「いーよいーよ、その扉オンボロだからさ、ほらこっち」
教壇の横に立ち教室を見渡した
(うっ………!)
ほとんどの生徒の視線がこちらに向いている。分かっていたけどやはり心臓が飛び出しそうだ。
「いっ……石田……光です!……よろしくお願いします……」
じわじわと顔が赤くなるのが分かって隠すように頭を下げる。
数秒遅れてパチパチと拍手が聞こえてきた
「じゃあ石田の席はあそこね、みんな石田さんが困ってたら助けてやるように〜」
事前に教えてもらっていた席に向かって歩き出す。目が合いそうでクラスメイトの顔は見れなかった
席は窓側の一番後ろ……後ろにも左にも人がいないので視線が少なくてとても良い席だ
席に座ってやっと生徒に目を向けるとなんだか不思議な気持ちになった
隣を見ると明るい茶髪の女の子がにこにことしながら手を振っていた
「私、橘凛子、分かんないことあったら聞いてね」
「!う、うん……!ありがとう」
(は、話しかけてもらえた〜…!)
嬉しさで恥ずかしさがどこかへ吹き飛んでしまった。口角が上がっているのをばれないように必死に抑えた
「ねぇ、石田さんって花中から来たんでしょ?めっちゃ頭良さそ〜!」
「わ、私はそんなにかな…」
「でも先生めっちゃ厳しいんでしょ?」
「それは…そうかも、校則も結構厳しかったから……」
休憩時間になるやいなや私は女子生徒達に取り囲まれていた
隅の席のせいで前方と右側を封鎖されると完全に逃げ場がなく、嫌な気持ちはしないが少し勢いが怖かった
するとその女子の壁をかき分けて明るい茶髪が見えた
「も〜石田さん困ってんじゃん、てか次山センだけど準備した?」
「マジ?私課題やってね〜んだけど」
「えっ課題なんてあったっけ?やべー石田さんまた後でね!」
「う、うん…またね……」
橘さんは呆れながらも隣の席に着く
「橘さんありがとう」
「凛子でいいよ、私も光って呼んでいい?」
「うん!えっと……凛子…ちゃん、山センって…?」
「国語の山寺先生、めっちゃ厳しいんだよ、ちょっとスマホ見てただけでちょー怒ったり……ってやば、きたきた」
凛子はしーっと指を指すと慌てて教科書を取り出した
(なんか……不安だったけど、思ってたより上手くやれそうな気がする……ふふ)
「じゃあまたねー!」
「うん、また明日…」
帰りのホームルームが終わり生徒たちはまばらに帰っていく。女子達は残る人もいるようだが凛子は先に帰るようだ
(私も帰ろう……特に先生にも呼ばれてないし……)
校門に着くと見慣れた車が止まっていた
「お母さん、迎えありがとう」
「お疲れ〜そこのお菓子食べていいよ」
「やった〜ありがと」
いつもの車の匂いに安心する。どうやら無意識にかなり気を張っていたみたいだ
「あのね、隣の席の子が優しくて良い感じだったよ」
「そ、名前何て子?」
「橘凛子ちゃん、髪の毛がすごい明るい茶髪なんだけどけっこう日焼けしてたからもしかしたら水泳やってるのかも」
「へ〜良いじゃん」
他愛のない会話をしているとあっと言う間に家に着き夕食をとった。
「ふわぁ〜〜…疲れたぁ……」
お風呂上がり、慣れない疲れを感じベッドに飛び込んだ
「……あ、そうだ、凛子ちゃんと連絡先交換したんだった……返事しなきゃ」
スマホを開くと既に通知が溜まっており、開くとクラスメイトからの挨拶連絡だった
(凛子ちゃんが話しかけてくれてよかった……おかげでクラスラインも入れたし、お礼っと……)
凛子に返事を送ると画面を閉じる前に既読がつきどういたしまして!のスタンプが返ってきた
「……ふふ、可愛いスタンプ」
スマホを閉じ大の字に寝転がる
こうして、私の転校初日は良いものになった