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第六話 最初の任務

「任務……ですか?」


 清孝に呼び出されたりよは、彼と、その隣に座る資雅を交互に見やる。


「ああ。ただ、まだ身体が辛いなら、今回は私一人で行っても構わない。

 ……もっとも、帰ってきてからは協力してもらうことになるが。」


 歯切れの悪い清孝の横顔を、資雅は心底面白そうに眺めた。そして、ゆっくりと首を横に振る。


「ダメだよ。“帰ってきてから熱を冷ます”なんて……そんな生易しい任務じゃない。

 言っただろう? これからは、我々異能組の将来がかかってる――そういう任務を、君に回すって。」


 資雅は念を押すと、りよの方へ向き直り、表情を引き締めて彼女をまっすぐに見つめた。


「りよちゃん。君のような異能を持つ者も――これからの時代、国家のために役立ってこそ価値があると思わないかい?」


「は……? 彼女が異能持ちだと?」

「そ、そんな……どうしてそれを……?」


 清孝とりよの声が、同時に発せられる。


「悪いけど、少し調べさせてもらったよ。

 異能組の筆頭たる者の“妻”ともなれば、無関心ではいられないからね。」


 資雅は悪びれもせず、肩をすくめた。


「実家では、“異能持ち”だというだけで、ずいぶん辛い目に遭ってきたそうだね。

 本来の素晴らしい力も、自ら封じていたと聞いている。


 でも、これからは違う。

 異能は――国の中枢にまで届く力になる。

 ……我々の活躍次第では、ね。」


 資雅は、自らの唇に人差し指を立てたまま、そっと、りよに顔を近づけた。

 まるで内緒話でもするかのように、静かに囁く。


「協力してくれるよね?」


 近づかれた分だけ、りよは後ずさる。

 彼の言っていることは理想と希望に満ちていて、りよの耳に心地よく響いた。

 だが、それを語った資雅といえば、顔は柔和に笑っているのに、目が笑っていない。


 ――仰っていることは、たしかに素晴らしい。

 けれど……何を考えていらっしゃるのか、本心が見えない。

 ……困ったわ。


 少しの間、思案してから、りよは資雅の瞳から視線をそらした。

 引き込まれそうで――ぞっとした。自分を保つために、目を逸らしたのだ。


「……私ひとりの判断では、お答えできません。

 私は、清孝さまが求め、望まれるままに――その意思に添いたいと思っております。」


 りよが言い切った瞬間、清孝はわずかに口元を動かし、視線を逸らした。

 ただ、その耳の先が、ほんのりと赤かった。

 その横で、資雅が「ぷっ」と吹き出し、堪えきれず腹を抱えて笑い出す。


「まったくもう……何が“厄落としの最初の嫁”だよ。お熱いねぇ。

 いや、これが“武家の娘の忠義”ってやつか?

 ――ははっ、何にしても、あっぱれだよ、りよちゃん。」


「うるさい。さっさと本題に入れ。

 ……どうせ、先方は急ぎの案件だ。今夜にも着手せねばならんのだろう?」


 清孝が照れを隠すようにぶっきらぼうに言い放つと、

 ひとしきり笑い転げていた資雅が、ようやく息を整え、真顔に戻る。


「おうおう、わかってるじゃないか。

 依頼主は――蘇芳国、萩月藩の藩士、横谷広政殿。

 戊辰の役では各地を転戦し、名の知れた戦功を立てた。

 今では、軍部でも重用が期待される老練の将さ。」


 資雅は懐から一枚の半紙を取り出すと、わざとらしく肩をすくめ、

 どこか芝居がかった仕草でそれを広げてみせた。


「相津戦争では、戦の熱に呑まれ、自隊の非道も止められなかったらしい。

 買った恨みは数知れず。――その報いか。

 夜な夜な、無念を抱いて散った姫武者たちが、屋敷の周囲に現れ、取り囲むのだと。

 恐ろしくて、ろくに眠れぬ夜が続いているそうだ。」


「相津の姫武者……か」


 清孝は気を取り直し、腕を組んで思案に沈む。

 だが資雅は、それを否定するように小さく首を振った。


「……と、まあ、それは表向きの話だ。

 一応こちらでも調査は済んでいる。

 実際に横谷邸を取り囲んでいたのは、ほとんどが――遊女だった。

 もともと、女癖の悪い男でね。

 あちこちで火遊びをしては問題を起こし、なかには刃傷沙汰になった例もあるとか。

 ……つまり、痴情のもつれってやつだ。」


「……つまり、私にその男の尻拭いをしろと?」


「向こうもこれが恥だってことは、重々承知してる。

 だからこそ、あんな見え透いた嘘をつくんだ。

 ……まあ、そういう時ほど、恩を売るにはうってつけ――ってわけさ。」


 資雅は持っていた紙を二本の指で挟んだ格好でひょいと清孝へ差し出した。


「屋敷の場所は――ここに書いてある。

 さあ、“相津の姫武者たち”の霊を、きっちり鎮めて、たっぷり慰めてきてくれたまえ。」


 芝居がかった物言いに、清孝は深くため息をつき、無言で紙を受け取る。


「……どうせ、お前は来ないんだろう?」


「当然さ。

 我が愛しの――女神様(主祭神)。あれは嫉妬深くてね。

 うっかり遊女と関わったりしたら……何が起きるか、君なら想像つくだろう?」


「……わかった。では、終わったら連絡をする。

 早速準備に取り掛かるから、出て行ってくれ。」


「よっろしくねー♪」


 資雅はひらひらと手を振り、笑顔だけを残して部屋を後にした。



 まもなく、清孝はりよと、荷物持ちの従者一人を連れて屋敷を出た。

 依頼者の屋敷までは二里半ほど。歩けば、到着は宵の口になる。

 清孝は羽織袴、りよも簡素な小紋姿で、支度は最低限。

 正装は先方に着いてから整えることになっていた。


「……そなた、異能が使えるのか?」


 沈黙が続いた道中、清孝がふいに口を開いた。


「はい。……使えるというほどではありませんが、少しだけなら、水を操ることができます」


「ふむ……」


 彼はまた黙り込み、数歩進んだあとでぽつりと続けた。


「私が触れて、陽の気を多量に渡し、陰の気を多量に奪っても――

 そなたは、顔色一つ変えなかった。

 ……それも、異能の性質ゆえかもしれぬな」


「水の異能が、ですか? 水の異能と言えば、芳乃さんもお使いになりますよね。披露してくださいました」


「芳乃が……ふむ。確かに水の異能持ちらしいが。

 ……そなたに力を見せたのか?」


「ええ――」


 りよは頷きながら、清孝の妻にふさわしいと誇示していた芳乃の姿を思い出す。

 けれども今の清孝の口ぶりは、花嫁の資質に、その“異能”にさほど重きを置いていたようには聞こえなかった。

 ――それが不思議で、思わず首をかしげる。


「水の異能が、陽の気や、それによって生じた熱を冷ます……とか?」


「まあ、一理ある。

 父上の“花嫁”にも、水の異能持ちはいたからな……

 とはいえ、どれも――さして長持ちした記憶はないが。

 ……だが、一考の価値はあるな」


「私は、水の異能しか知りません。

 他には、どんな異能があるのですか? 斎部家の皆さまは、火の異能をお持ちだとお聞きしましたが……」


 問いに対し、清孝は言葉でなく、実演で答えた。

 右手を胸の高さで握り、そっと開く。すると掌に、青白い鬼火がふわりと浮かび上がる。

 だが、通りがかりの者に気づかれる前に、それはすぐにかき消された。


「そうだ。斎部の男の多くは、火の力を持つ。

 なかでも当主の直系は、陽の気の巡りがよく、強力な使い手となることが多い。

 ……火が“陽の属性”に分類されるからだ、と私は見ている」


「なるほど……火と水……。

 もしや、異能には五行に対応した“属性”があるのですか?

 金属性とか……それって何ができるんでしょう!」


 声を弾ませるりよに、清孝は思わず苦笑した。


「五行説と結びつけて語る流派も、いるにはいる。

 だが――実際のところは、少し違うと私は考えている」


「違う……?」


「西洋には、“火・水・風・土”に、光と闇を加えた“六属性”という考え方があるそうだ。

 私としては――完全に同意はしないが、その分類の方が、幾分か理にかなっている気はする。

 ……まあ、異能そのものの解明も、これからの課題だな」



 やがて日はすっかり落ち、店先の提灯や道端の灯籠に明かりが灯りはじめた。

 そんな宵闇のなか、一行はようやく依頼者の屋敷へとたどり着いた。


 横谷広政邸は、堂々たる門構えを誇る屋敷だった。

 もとは旗本の屋敷だったらしく、建物はそのまま使われているようだ。

 周囲の家々も似たような造りで、なかには建て替えの最中のものも見える。


「……なんだか、嫌な気配がしますね……」


 荷物を担いでいた従者が、ぽつりと呟いた。

 幽霊も妖怪も、そういったものには疎いはずのりよですら、

 屋敷の奥から這い寄るような、形容しがたい禍々しさを感じていた。


 ふと見た自分の腕に、細かい鳥肌が浮かんでいた。


「篠崎様のご紹介のお方ですね。お待ちしておりました。

 主人もすでにお控えにて――さあさあ、中へ」


 出迎えたのは、従者と思しき男だった。

 丁寧な物腰ながら、どこか顔色が悪い。


「……先に、身支度を整えたい。よろしいか」


 清孝が控えめながらも断固とした口調で告げると、男は軽くうなずき、奥へと控える下男に二言三言、言付けた。


「承知いたしました。

 お部屋はご用意しております。奥さまのお召し替えには、女中も手配してございますので――ご安心を」


 清孝のあとに続いて敷居をまたいだりよは、

 止まらない悪寒が、さらに強まるのを感じた。


 それでも、顔には平静を装い――

 彼の背にぴたりと身を寄せるように、祈るような気持ちで静かに歩を進めた。

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