最終話 二神一柱、春に並び立つ
四月。桜の花びらがはらはらと散り落ちる朝。
りよは、真新しい軍服の袖にそっと腕を通していた。
「奥さま……こちらで、よろしゅうございましたか」
伍女が少し手間取りながらも、バッスルの上にスカートのひだを丁寧に整える。
西欧諸国にも女性軍人の前例はなく、“異能特務局”に配属される彼女らの制服は、冬の間じゅう議論の的だった。
その末に定められたのは、二つの選択肢。
一つは、男性用の軍服を体型に合わせて仕立てるもの。
桃蘇阿多香をはじめ、すでに男装で働いていた者や、攻撃型の異能者の多くはこれを選んだ。
もう一つは、上着は男性と同じだが、下は西欧風のスカートを合わせる形式。
脚の線をあらわにすることを憚る者や、支援型の異能者たちが選んだ。
りよも、そのひとりである。
――何よりも、それは本人以上に、夫・清孝の強い希望でもあった。
「本当に……私が洋装をするなんて。それも軍服を着るなんて……まだ、信じられません」
黒く重厚な生地の上着を羽織り、りよは鏡に映る自分を見つめる。
それは、士官の地位を示す軍装だった。
もっとも、階級章はまだ空白のまま。
この日の発足式で、清孝には少佐、りよには少尉の辞令が下る手はずになっている。
清孝は「妻も自分と同等の地位を」と強硬に主張していたが、前例のない“士官妻”の扱いは他部局からの反発も予想され――最終的に年齢を理由に折り合いがつき、りよには少尉の地位が与えられることとなった。
それでも、異能特務局以外の士官候補生たちが兵学寮で血のにじむような鍛錬を積んでいることを思えば――どこか申し訳なく、肩身の狭い思いを抱かずにはいられなかった。
「奥さまは、ご自分を低く見積もっておられますけれども……
これからこの軍服をまとって屋敷を一歩出られたら、胸を張ってくださいませ。
おなごが軍人など、世の風当たりは強うございましょう。
ですが奥さまは、それでも“少尉殿”。
――清孝さまの傍らに、無くてはならぬお方なのですから」
伍女はそう言いながら、丁寧にボタンを留め、襟を正した。
「ええ……そうね。――しっかり、しなくちゃ」
りよが決意をあらたにしたところで、襖が静かに開き、清孝が入ってきた。
彼もまた、りよと揃いの真新しい軍服をまとっている。
――いつか資雅が揶揄した通り、とんでもない二枚目の軍人姿だった。
「どうだ、りよ。出られそうか」
「ええ、只今。伍女さん、ありがとう」
伍女に礼を言い、清孝へと振り返る。
その一瞬、清孝は目を奪われ、言葉を失った。
「……何と言うか……すごく似合っている。
これからは、平服にも洋装を取り入れたいくらいだな」
「清孝さまこそ、大変お似合いですよ。これからはずっと洋装で過ごされますか?」
「……勘弁してくれ。和装のほうが落ち着く。家では洋服など着たくはない……。
――それにしても、りよ。ずいぶん口が立つようになったな」
苦笑する清孝に、りよはニヤリと笑みを返した。
「ええ。本来の私は、きっとこういう女だったのだと思います。
……清孝さまは、気の強いおなごはお嫌いですか?」
清孝も口の端をわずかに上げ、彼女へ一歩近づいた。
洋風に結い上げられた髪へ、そっと指先を触れる。
「いや――好ましい。
芯の強い勝気なおなごこそ、私の傍らに並び立つにふさわしい。
その気概で、口うるさい部外者どもを、すべて撥ね返してみせよ」
その時、門前に馬車の到着を告げる声が響いた。
二人は視線を交わし、揃って屋敷を後にした。
やがて馬車は陸軍省の玄関に停まった。
ヒールの編み上げ靴を軽く鳴らしながら、りよは清孝の手を借りてタラップを降りる。
だが、降り立ったあとも彼は手を放さない。
訝しげに見上げたりよに、清孝は微笑を浮かべて言った。
「私たちは――二神一柱の夫婦神の依り代。
軍の中にあろうとも、常に共にある」
「……そんなことを言っていたら、破廉恥とか、風紀を乱すとか言われませんか」
「ふん。何でもありの異能特務局だ。
夫婦揃っての士官も認めさせたのだ。帯同くらい、認めさせてみせよう。
なにより――私たちの神威を一度でも示せば、陸軍卿とて口を閉ざすしかあるまい」
悪戯めいた笑みを浮かべる清孝に、りよは思わず吹き出し、そして堂々と夫の腕に身を寄せた。
「そうですね。私たちは二人で一つなのですから――二人揃ってお役に立つことを、これから皆さまにも、よくご理解いただきましょうね」
桜の花びらがはらはらと舞い散る中、二人は歩み出す。
その先には、異能特務局の発足式に参列する多くの異能者たちが、すでに集まりつつあった。
りよは――新しい時代に、自分の居場所を見つけたのだ。
夫と共に歩む未来を確信しながら、そっとその腕に添えた手に、確かに力を込めた。
おしまい
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました。
「最初の妻」として売られるように嫁いだ娘と、
「愛さぬ」と決めていた男――。
荒魂と和魂のはざまで揺れる二人の物語を、最後まで見届けていただけたこと、心から感謝いたします。
この物語が、あなたの胸にほんの少しでも温かな灯をともせたなら、これほど嬉しいことはありません。
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また、どこか別の物語の春に、あなたと出会えますように。




