クラッカー
夕暮れ、マンションの屋上。そこの端に座って、街を眺める。
「生きてて何の意味があるんだろう」
遠くで工場の煙が空を汚す。特段、僕の人生に何か陰りがあるわけじゃない。でも、光があるかって言われたら分からない。
背後で軽い靴音がした。振り返る。
「死ぬまで生きようよ」
長袖、長ズボンに髪まで真っ白な青年が翼をおろし、ミディアムの髪が若干風に浮き上がる。
「簡単に言うなぁ、本当に」
いつも不意に現れては面倒なことを言ってくれる、僕についている天使だ。
「キミを最後まで見届けるのがボクの役目だからね」
「途中で死ぬのはあり?」
「出来れば最後まで生きてほしいなぁ。出来るだけ長く側にいたいしね。キミの人生に幸あれ!」
近くに寄ってきた天使はどこからか出したクラッカーを鳴らす。
パンッと音がして、色とりどりのリボンが宙に舞った。
「全く。大袈裟だよ、君はいつも」
そう言っておきながら、僅かに口角が上がっているのが自分でも分かる。くだらないと思いつつも、こいつのこんな真面目なおふざけが嬉しいんだ。
「今日はキミの好きなハンバーグだって」
「あ、やった」
「早く戻ろう」
にこにこ顔の天使は体を浮かせ、屋上の入り口へ向かおうとする。
「お前は食べられないだろ」
「キミに食べさすんだよ。栄養満点っ。今日もしっかりご飯を食べて、長生きするんだぞ」
「はいはい」
僕は立ち上がると、天使と共に屋上を後にする。
生きてて何の意味があるのかは分からない。……まだ。
だけど、少なくとも光はすぐ近くにあったらしい。
表紙絵はこちら。
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