9 老人の話
(フィルバートというのは、ライトエルフの王の側近だった僕の名前なのだろうか? だから聞き覚えがあるのか?)
この老人は側近だった頃の僕の事を知っているのかもしれないと思いつつ尋ねてみる。
「そのフィルバート様っていうのは誰ですか?」
「ライトエルフの王の側近の方です。だが、あなたのような姿ではなく、人間と同じ姿をされています。フィルバート様もライトエルフの王と共に姿を見せなくなりました。巷では『ダークエルフの女王に殺された』と噂されていますが、一時的に姿を隠されただけですぐに復活されると私は思っています」
老人は一旦そこで言葉を切ると、フルリと頭を振った。
「姿形が違うのに、どうしてあなたをフィルバート様だと思ったのか…。私も随分と耄碌したものです…」
老人は寂しそうに笑ってみせるが、決して耄碌しているわけではない。
「そんな事はありません。僕はついさっき、花の中から生まれたばかりで、ライトエルフの王の側近だった記憶があるんです。だけど自分の名前は覚えていなくて、僕の『フィル』という名前はレオがつけてくれたんです」
老人にレオを紹介すると、少し居心地悪そうにしていたレオがペコリと頭を下げる。
老人は僕の話に「ふむ」と頷いた。
「ダークエルフの女王に襲われて一時的に身を隠されたのですね。だが、そんな姿に転生されるとは…。ライトエルフの王ももしかしたら別の姿になられている可能性もありますね」
(陛下も別の姿に!?)
そんな可能性があるとは微塵も考えていなかった。
前とは違う姿になっているとしたら、僕は陛下の事をすぐに判別出来るのだろうか?
「フィルバート様がこうして姿を現したという事はライトエルフの王も何処かで復活されているのでしょう。けれどダークエルフの女王に害されて姿を隠したとなると、そのお姿と記憶が以前と同じものだとは限らないでしょう」
つまり、陛下にはライトエルフの王だった時の記憶が無いかもしれないと言うのだろうか?
そもそも、何処に居るかもわからないのに闇雲に探して見つかるのだろうか?
不安そうな感情が透けて見えたのか、フワフワと浮いているが僕の頬をレオが優しくチョンと突いた。
「大丈夫、きっと見つかるよ」
『そんな気休めは言うな』と口から出そうになった言葉をグッと飲み込んだ。
まだ、レオと旅を始めてからそれほど時間は経っていない。
(まだ、ライトエルフの国が滅びると決まったわけじゃない。きっと見つかると信じて進むしかないんだ)
僕はニコッと笑うと老人の側にすうっと寄っていった。
「陛下がどんな姿になっていても、僕はきっと陛下を見つけられると信じています」
老人は目を細めてうんうんと何度も頷いている。
「お二人の絆の強さはライトエルフの世界では有名でしたからね。きっと見つけられると信じていますよ。それで、これからどうなさるおつもりですかな?」
「とりあえずはライトエルフの国に行ってみようと思います。あそこに行けば何か手がかりが得られるかもしれません」
「あそこには陛下が住んでおられた王城がありますからね。だが、その小さな身体ではなかなか行き着くのも難しいでしょう。ましてや人間が一緒では相当な困難が待ち受けていると思われます」
ライトエルフの国は妖力の強い者しか踏み込めない場所にある。
だからこそ妖力の小さいコボルト族はライトエルフの国から遠く離れたこの場所か、人間と同じ場所に住んでいるのだ。
「レオは割と魔力が強いみたいなので、何とかなるかもしれません。僕もこれから先、身体が妖力に慣れてくる事を期待しています」
「本王にフィルバート様なのであれば、ライトエルフの国に到達する事は可能でしょう。どうかお気をつけて行かれますよう。既にダークエルフの女王はフィルバート様が復活された事を知っているかもしれませんからね」
老人に注意喚起され、僕は毒に倒れた時を思い出し、喉がヒクリと鳴る。
「気をつけます。それじゃ、僕達はこれで…」
そう言って立ち去ろうとした僕を老人が引き止める。
「まだ、ポポを助けていただいたお礼を申し上げていませんでしたね。それに木の実まで運んでいただいて。本当にありがとうございました」
老人と一緒にその場にいたコボルト達が一斉に僕とレオに向かって頭を下げる。
レオはともかく、僕はあまり役に立ったとは思えないから、少しばかり罪悪感に苛まれる。
「お礼は僕じゃなくてレオに言ってください」
そう言ってレオを振り返ると、レオはポケットから木の実を出しながら、そのうちの一つをパクリと自分の口に放り込んでいる。
「ん?」
僕の視線に気付いたレオが、慌てて口を閉じるけれど、その頬の膨らみで木の実が口内に入っているのが丸わかりだ。
「レオ! 何やってるんだよ!」
「いや、美味しそうだったから一つくらい良いかなと…」
「はっはっはっ! 一つ二つくらい、どうって事ありませんよ」
老人は笑っているけれど、他のコボルト族の視線が怖い。
これ以上、レオが失態を犯さないうちに退散しよう。
「レオ、行こう! それじゃお邪魔しました」
レオの上着を引っ張ると、レオは渋々と歩き出した。
「お気をつけて」
老人に手を振って僕達はコボルト族の里を後にした。